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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
堕落のイーカロス
146/211

4 ☆

 保健室を出た誠次せいじ千尋ちひろは、まず今日誠次のお見舞いに来た人物を思い返すことにしていた。

 時刻は午後五時になろうとしている。屋外の部活動はどこも切り上げられ、部活用の機材を持ったジャージ姿の生徒たちとすれ違う。

 ワイシャツ姿で廊下を歩きながら、誠次はあごに手を添えて考える。


「朝の時点では確かにあった。HRが始まっている時間は」

「という事は、そこからいらした人、という事になりますね」

「ああ。一時間目の休み時間は志藤しどう。二時限目はとばり小野寺おのでら夕島ゆうじま。三時限目ははやし先生。昼休みは香月こうづきで、五時限目の休み時間には桜庭さくらば篠上しのかみも来ていたってダニエル先生が言っていた。そして、放課後の千尋と特殊魔法治安維持組織シィスティムの二人だ」


 正直、最初は特殊魔法治安維持組織シィスティムの二人を疑った。戦った以上、それは止むを得ない感情の一つだと思う。しかしあの二人が隠そうにもそんな隙はなかったはずであるし、むしろこちらを手伝ってくれてもいた。

 こうしてお見舞いに来てくれただけでも充分、信じるに値する人だと思う。


「ま、まさか、私を疑っているのですか!?」


 不安そうな面持ちを見せた千尋は、慌てて自分の手を広げて見せた。

 だから誠次は思わず苦笑し、首を横に振る。


「いいや。千尋も含めてみんなの事は信じてる」


 しかし、と誠次は真剣な表情をする。


「レヴァテインは絶対に興味本位で持ってはいけないものなんだ。アレは使い方を間違えると、人を傷つけてしまう……」 


 女性である千尋を見つめ、誠次は言っていた。

 千尋は誠次の言葉の真意に気づいたのか、はいと慎重に頷いていた。


「そうですね。私自身も、誠次さん以外の人には扱ってほしくありません。誠次さんだからこそ、私たちも安心して力をお貸しできるんです」

「……。ありがとう」


 千尋からの確かな信頼を感じ、誠次は照れくさいような気分で頷いていた。


「そう言ってもらえると嬉しい。けど、だからこそ早く見つけないとな!」

「そうですね!」


 誠次と千尋はまず、クラスメイトたちに電話をすることにした。誠次はまだ電子タブレットを新調しておらず、千尋の連絡網が頼りとなっている。


「連絡は出来そうか?」

「申し訳ありません。男の人の連絡先は、分からないのですけれど……。あと、香月さんも……」


 となればと千尋は、自分の電子タブレットを、手に持っていた鞄から取り出す。年頃の女の子にしては一切の装飾が施されておらず、服飾品はシンプルなケースのみだが最新機種だ。千尋は端末の同時会話機能と言うものを使い、桜庭と篠上を同時に呼び出していた。


「あれ剣術士じゃん」

「ちーす」

「こ、こんばんは」


 先輩たちとすれ違いながら、誠次はしきりに周囲を確認していた。


「うっ、ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」

「はい。お待ちしています」


 誠次は小走りで、近場のトイレに駆け寄っていた。


莉緒りおちゃんさんと繋がりました」


 誠次がトイレに向かった後、しばし立ち止まって待っていると、先に桜庭の方と連絡が繋がった。


『ほんちゃん! どうしたの?』

「莉緒ちゃんさん――って、そのお姿は!?」


 画面いっぱいに広がった桜庭の姿を見た途端、千尋は慌てふためき、電子タブレットを落としそうになっていた。


『えっ? 部活で汗かいてお風呂上がったばっかだったから、バスタオルだけなんだけど。べつにほんちゃんだったらいいよいいよー』

「いえあのっ、私だけではなく誠次くんもおりますので急いで!」

『天瀬!? うわ。ちっ、ちょっと待ってっ!』


 桜庭は電子タブレットをひっくり返してしまったようで、浮かんだ映像が凄まじい勢いで乱れ、ひっくり返った女子寮室の天井が見えている。服を着るようだが、慌てに慌てているのか、座っていたソファから立ち上がり、どこかにぶつかっているようで『あ痛っ!?』と声が聞こえた。


「ご、ごめんなさい莉緒ちゃんさん! 本当に! なんと言うか、マシュマロみたいでした!」

『全然フォローになってないよ!?』


 やがて誠次が戻って来たところ、電子タブレットを握る千尋と、そこから出力されている映像中の桜庭に、二人して変な笑顔を返された。


「な、なにかあったのか?」

「えへへ……」『あはは……』


 灰色のTシャツを着て首回りにタオルを巻いた桜庭が、電子タブレットを机の上に置き、なぜだか気まずそうな面持ちでソファに座っている。風呂上がりでまだ完全には黒髪の水を拭けてはいなかったのか、シャツの首回りは水が染みて黒くなっており、首には湿った黒髪が張り付いている。


『べつに天瀬だからよかったけど……。あたしも気を付けないと駄目だって思ったし、気にしてないよー』


 髪をバスタオルで挟むように乾かしながら、桜庭はそっぽを向きながら言っていた。


「だから、なんのことなんでしょうか……?」


 まったくわけが分からない誠次は、ぽかんと口を開けていた。

 えほんと、桜庭が瞳を閉じて咳ばらいをしている。


『それで、二人で何の用かな? って、天瀬風邪は!?』

「風邪で寝てるどころじゃない事態になってしまいまして……」

「俺のレヴァテインが行方不明なんだ――」


 誠次がかくかくしかじかと。レヴァテインを紛失したと言う説明に、桜庭はにわかには信じられないようで、黄緑色の目を大きく驚いている。


『レヴァテインが無くなったって、大問題じゃん! めっちゃヤバいじゃん!』


 わちゃわちゃと騒ぎながら、画像の桜庭は身体をこちら側まで傾けて来る。他のルームメイトに声を掛けられたのか、桜庭は急に落ち着くと振り向き、対応していた。


「そうなんです。もし他の男の人の手に渡ってしまったあかつきには、悪用されてしまう可能性が高いのです!」

『そうだよね……。笑い事に出来ないよ……』 


 千尋の言葉に、桜庭の顔がどんどん青ざめていく。風呂上がりだと言うのに、湯冷めしてしまっているのかと思うほどだ。

 なんて真似をしてしまったのだと、改めて反省した誠次は瞳を閉じて首を横に振る。


「すまない……。俺の管理ミスだとは思うけど、桜庭は俺の見舞いに来てくれた時にレヴァテインがあったかどうか、分かるか?」

『ごめん分からないかな……。短い時間で冷えシート取り換えるとか、天瀬の看病してたんだもん。汗とか、凄かったんだよ?』


 桜庭は困惑した表情で、頬をかきながら言っていた。普通なら気にすることはないはずなので、分からないのも当然か。


『一緒にお見舞いに行ったしのちゃんはどうかな?』

「綾奈ちゃんにも連絡をしているんですけど、部活がまだなのか、出てくれなくて……」

『うーん確か、しのちゃんと一緒に帰った時はしのちゃんなにも持ってなかったはずだったけど……』


 桜庭が斜め上を向いて、思い出すようにして言う。 


『でも何か知ってるかもしれないし、あたししのちゃんの寮室に行ってみるね。たぶん部活も終わってるし、直接伝えた方がいいよね』

「莉緒ちゃんさん。手伝ってくれるのでしょうか?」


 すでに画面先で立ち上がっている桜庭に、千尋が訊く。寮室から本気で出るつもりなのだろう、冬用の私服を用意しているようだ。


『うん。()()()()()()()()()()これくらいは』

「桜庭……」


 誠次が声を掛けるが、桜庭との通話は終了されていた。

 誠次と千尋はしばし無言となり、顔を見合わせていた。


「莉緒ちゃんさん、大丈夫でしょうか?」

「たぶん……」


 しかし、桜庭の様子を見れば、重大な事態であることを誠次は自覚していた。あの剣は本当に色々な意味で危険すぎる。


「面白半分でみんなが持って行った可能性もあるな……」


 ルームメイトたちである。万が一も考えたくもなかったが。


「俺は一回寮室に戻って、ルームメイトたちに会ってみる。もしかしたら寮室に置いてあったりするかもしれないし」

「私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「ご一緒って、男子寮棟に来るつもりなのか?」

「綾奈ちゃんも行ったと言っておりましたし。結構、自慢げに」

「なぜ男子寮棟に来たことを自慢する……」


 そう言えば千尋のご友人の篠上は、夏休み明けの一日目に百合に学園紹介をした時に男子寮棟に入って来ていた。そして、ものすごい勢いで怒られていた。

 誠次はがっくしと肩を落としそうになっていたが、千尋の手前、踏ん張る。


「わかった。じゃあ一緒に来てくれ」

「は、はい! かしこまりました!」


 千尋も若干緊張しているのか、細身の背筋をぴんと伸ばしていた。なるべく人目につかないルートなら、目立たずに済むだろう。

 誠次と千尋は共に、男子寮棟に入っていた。別に男子寮棟に女子が入るのも、女子寮棟に男子が入るのも、禁止自体はされていない。ただ当然のモラルと言うものはあり、女子寮棟に大した理由なく男子が入ろうものなら、後日から白い目で見られる事は間違いなしだ。 

 逆も然り、というのは不思議とないもので。


本城ほんじょうさんがどうしてここに?」

「ち、ちょっと用事でな……」

「そ、そうなんです……」


 さすがにレヴァテインをなくしたとは言えず、すれ違う男子にそう言われてもどうにかはぐらかすしかない。

 成績優秀で素行も真面目――本当は年相応の好奇心の持ち主だが――と周囲ではもっぱら言われている女子生徒が、男子寮棟を訪れるなど夢にも思われていないのだろう。


「やっぱり、じろじろ見られるのは少しこそばゆいですね……」

「逆の立場だったら平手打ちとか罵声だから、不思議な世の中だよな」

「……やったことあるん、ですか?」

「ない!」


 などと話しているとやがて、誠次と千尋は誠次たちの過ごす部屋に到着する。

 中には誰かしらルームメイトがいるとは思うが、誠次は自分の真顔の写真が印刷されている学生証をドア横の端末にかざし、鍵を解除する。

 誠次はドアノブに手を掛け、切羽詰まった顔で突入する。


「みんな一大事だ! 俺のレヴァテインがなくなってしまったッ!」


 室内のどこにいても聞こえるように、誠次は声を張り上げた。


「「「は!?」」」


 バタバタと音を立て、寮室にいた帳、小野寺、夕島の三名の声が返って来る。


「一大事だ! 俺のレヴァテインがなくなってしまったッ!」

「いや風邪で寝てたのにいきなり保健室から帰って来て剣なくしたって言われても理解が追いつかない!」


 シャワーを浴び終え、すでに私服に着替えていた帳が、誠次の元へ詰め寄って来る。


「本、城?」

「お邪魔してます」


 誠次の横に立っていた千尋を見て、唖然とする帳に、千尋はぺこりと軽くお辞儀をする。まるで自分がこの場にいることが、別段珍しいことでもないように。


「風邪で、とうとう頭でもやられたのか?」


 夕島も困ったような顔で、玄関までやって来た。


「違う。レヴァテインが本当になくなったんだ」

「お前はロボットか! それとも対応できてない俺たちがヤバいのか!?」


 帳が大声でツッコむ。


「なくなった? あんなに大きなものが、保健室からなくなったんですか?」


 桜庭同様風呂上がりだったのか、バスタオルで湿った金髪を拭きながら「風邪は大丈夫なんですか?」と小野寺もやって来る。


「そうなんだ。いつの間にかに、忽然こつぜんと姿を消していて……心配だ」

「ペットか……」


 まるで生き物のように言い出す誠次に、帳がツッコむ。

 千尋が胸に手を当て、三人に向け問いかける。


「皆さん、誠次くんのお見舞いの時にレヴァテインがあったかどうか、覚えていらっしゃいますか?」


 夕島があごに手を添え、眼鏡の奥の赤い瞳を千尋に向け、考える。


「マズイな……覚えていない……。記憶力は良い方だと思ったんだけど……」

「そりゃあ俺たち気にしてないしな……」

「ある意味近くに刃物と言う危険物があっても気にしていなかった自分たちの神経は、すでに結構麻痺しているかもしれませんね……」


 帳が太い腕を組み直し、髪をかいて悩んでいるところ、小野寺も肩を竦めて苦笑していた。


「保健室はよく探したのか? どこかの隙間に入るほどの大きさでもないだろう」


 夕島が確認のために訊いて来るが、保健室の中は最初からくまなく捜索済みだ。誠次と千尋は揃って頷いていた。


「部屋の中にはありません。掃除の時にも出て来ませんでしたし」


 小野寺がリビングの方を見渡しながら言う。


「悪い。みんなを疑っているわけじゃないんだ……」

「天瀬お前、顔赤いぞ。絶対熱上がってるって……」

「とにかく寝ていろ。明日また探せばいいし、落とし物として拾われているかもしれない。まずは風邪を治せばいい」

「本城さん、天瀬さんをどうかお大事に……」


 三人と千尋が心配そうにこちらを見る。肩を貸そうとしてくれているが、誠次は額の熱を自分で確認しながら、やんわりと断っていた。


「俺は平気だ。他を当たろう。みんなすまなかった」


 千尋を先に送り出してやってから、誠次はドアに手を掛け、身体を半身外に出す。


「お、おお」

「あ、ああ」

「え、ええ」


 風のように現れた風邪のルームメイトが去りゆく様を、三人のルームメイトたちが呆気に取られながら見つめている。

 ふと「そうだ」と誠次は身体をピタリと止め、


「この時期は冷えるから身体を大事にな!」

「「「お前が言うなっ!」」」


 グーサインをして言い放っていた誠次に、ルームメイト一同がツッコんでいた。


 寮室を出た誠次と千尋の元に、電子タブレットから着信を伝える音が鳴る。


「お待ちください誠次くん。綾奈ちゃんのところに行った莉緒ちゃんさんから連絡です」


 千尋が連絡を告げるランプが点滅している電子タブレットをブレザーの胸ポケットから取り出し、立ち止まった誠次の前に出す。


「繋いでく――」

『こらあああああぁっ!』


 誠次が端末から浮かんだホログラム画面に視線を向けたのと、篠上の怒鳴り声が聞こえたのは、ほぼ同時のタイミングであった。


「ぬわ!?」

『なにしてんのアンタ!? あんな物なくすってどう言う事よ!? 物理的に考えて不可能極まりないでしょ!?』


 気迫溢れる声と顔で、画面の先の私服姿の篠上は問い質してくる。篠上の横からは、桜庭が『天瀬風邪ひいてるからあんまり……』と言葉を挟む。


「あ、綾奈ちゃんどうか落ち着いて!」


 ものすごい勢いの篠上を前に、千尋は端末を落としそうになっていた。

 篠上も風呂上がりのようであり、クラス内で見かけるポニーテール姿ではなく、赤い髪を肩まで降ろしている姿だ。


「も、申し訳ありません!」


 これには弁明の余地もなく、そしておどけたり言い訳をすると赤い火の勢いは増々増えそうで、誠次は気をつけの姿勢で頭を下げていた。


「あ、綾奈ちゃん。気持ちは分かりますけど、全て誠次くんのせいと言うわけでもないんです……」

『甘やかしちゃ駄目よ千尋! こいつはすぐに調子乗るから!』

(い、いくらなんでも失礼だな……)


 おどおどとする千尋の横で、ぐっと拳を抑え込む誠次。


『とりあえず、正座ね』


 どうやら彼女は怒る際、人に正座をさせるクセがあるようだ。


「篠上!? えっとだな、こ、ここは廊下で……」

『しなさい』

「「はい」」


 そして、なぜか巻き添えを喰う形で千尋までも廊下で横に並んで正座をする。


『アレが私たち女子にとってどう言うものか、アンタは分かっているはずよね? なにも私は自分の身だけじゃなく、他の女の子にも被害が出るかもしれないってことを伝えたいの!』

「はい。はい……。あの、本当に申し訳なく……」

「あ、綾奈ちゃん……。どうか怒りをお収めくださいませ……。私のいたずらを怒る時とまったく状況が一緒です……」


 そして千尋は篠上から怒られるときはこうされているらしい。


「何してんのアレ……修行?」

「新手の宗教か、なんかか?」


 リノリウムの床に置いた電子タブレットに、二人して正座をして謝っている光景は、この男子寮棟の廊下を歩く男子たちにとって、大きな話題となっていた。

 状況的に篠上も注目されているはずだが、彼女の怒りはそんな些細な羞恥心程度では収まらないようだ。


『うっ……。あたしだけエンチャント出来てないから横からフォローしにくい……』


 篠上の口撃に、同じ部屋にいる桜庭も困ったような顔で手出しできないでいた。


「なあ千尋……。思うんだけどこれって絶対篠上持ってないよな、レヴァテイン」


 ぼそりと、小声で誠次が千尋に訊く。

 千尋も「そうですよね……」と目をつぶって落ち込んでいた。


『――っと、私の怒りの理由がよーくわかったと思うところで、正座解除していいわよ! ふん!』

「「は、はい……」」 


 誠次が先に立ち上がり、千尋の手を取って立たせてやる。千尋はふらつきながらも、誠次の手を握り締め、立ち上がっていた。

 千尋が男子寮棟でこんな目に合わされているのが申し訳なく、些細な反撃とばかりに、誠次は「でもさ……」と負けじと言葉を返す。


『な、なによ』


 ふんと腕を組んで、完全にふくれっ面の篠上は立ち向かってくるようだ。


「病人の服を半脱がしにして放置された件は、いったいどうしてくれるんだ?」

「まあ」


 誠次がジト目で言ってやると、横の千尋も驚いたように手のひらで口を隠す。

 当の篠上は、


『へ!? あ、そ、そ、それはアンタが汗かいてるから仕方なかったのよ!』


 予想通りと言ってはなんだが、映像でも鮮明に分かるほど顔を真っ赤にし、動揺を隠せずに早口で言い返してくる。


「いや、温かい布団で寝てたから汗はかくし、むしろ風邪だからかかないと。それに、汗かいてるから仕方ないって言われても服脱がしっぱなしにされた事は別だろう」


 勝った……。誠次は内心で勝利を確信した。


『っぐ。う、うるさい黙れ馬鹿! この落とし馬鹿!』

「落とし馬鹿ってなんだ!? 俺の勝ちだいいな!? 篠上の敗因は、俺の服を中途半端に脱がして放置した事だ! あー寒かった寒かった!」

『そ、それは悪かったわよ! その……上だけなら本当に、な、なんとか、出来たのに……莉緒が余計な――』

『二人とも変に子供っぽいところ今はやめてー!』

    

 突然画面が大きく揺れながら、一緒に現場にいた桜庭が顔を赤くして仲裁に入り、篠上を抑え込む。

 誠次もさすがに千尋からどこか冷ややかな気配を感じ、一歩下がっていた。しかし、あの時寝ている自分の身体に二人は一体何をしようとしていたのだろうか。


『こ、こうなったら私も一緒に探すわよ。落とすのは女の子だけにしてよ、もう……』

「あ、綾奈ちゃん、お上手です……」

『わあ凄い、しのちゃん』

「聞いてられない……」


 今度は誠次が顔を真っ赤にして、頭を手のひらで抑えていた。


『お返しよ……。こうなったら、学園内の隅から隅まで捜索よ』


 篠上はため息をこぼしつつ、座っていたソファから立ち上がる。背後では篠上のルームメイトが仲良さそうに談笑しており、立ち上がった篠上に何事かと声をかけている。篠上はいつも通りの元気の良さで「大丈夫」と声を返していた。


『うん。大変そうだけど、大変な事だもんね!』

 

 映像の向こうで、篠上と桜庭が寮室から出る用意を始めていた。


「頼みます綾奈ちゃん。莉緒ちゃんさん。お二人は詩音しおんちゃんさんのところへ行ってくださいませ」

『こうちゃん、レヴァテインを天瀬の許可なく持ち出すかなぁ……?』


 桜庭が小首を傾げている。


『案外、レヴァテインをぬいぐるみみたいにベッドで一緒に寝てたりとか……。……想像すると、か、可愛い』

 

 両手で髪を束ねる篠上が顔を赤くし、突如変態染みたことを言い出す。


「剣に抱き着いて寝てるのか……?」


 誠次は目を閉じて想像する。鞘に入ったレヴァテインを枕に添え、それに抱き着きながら眠る香月。……ないことはないとは思うが、可愛いと言うよりは、何か危険なものを感じる。


「あ、綾奈ちゃんが暴走する前に、電源切りますね」 


 苦笑する千尋が電子タブレットの電源を落とし、誠次を見る。

 

「私たちは志藤さんのところですね」

「ああ。寮室はすぐだ」


 志藤の寮室は誠次たちの寮室から一つ部屋を挟んだところにある。志藤もまた、他の三人の1-Aのクラスメイトたちと一緒に寮生活をしているところだ。

 学生証のキーでは開かない他の寮室への入り方だが、ドアの横にある端末で中の人と連絡を取ることが出来る。誠次はその端末のスイッチを押していた。

 ――なんでもねーって!


「……」


 ふと、見たことも聞いたこともなかった保健室でのお見舞いに来てくれた志藤の鬼気迫る表情と叫びを思い出した誠次は、黒い目をじっと細めていた。


 誠次と千尋との通信を終えた篠上と桜庭はさっそく、香月がいる寮室まで向かっていた。時間帯的には文化部も室内競技系の運動部も含め、全部活動終わりの時間であり、シャワーを浴びたのか髪を濡らした女子たちがタオルで髪を乾かしながら、友人たちと談笑しながら歩いていく。日々の他愛ない事やおしゃれの事。部活の事や彼氏の事など、女子寮棟で流行の話題は様々で、移ろいやすい。


「今って感じだけど今度さ、みんなで部屋に集まりたいよねー。こうちゃんとほんちゃんと四人で。寒くなって来たし、鍋パーティーがいいかな!」

「ふふ。確かに面白そうね。でも、料理は私担当ね」

「失礼な!? な、鍋ぐらいみんなで出来るよ……多分。ダシ入れて具材入れてみんなでとり合うの!」

「莉緒の場合、みんなでとり合うところだけが具体的よね……」

「あははーばれたか……。でも、しのちゃん料理得意だもんねー」


 二人も笑顔でそんな会話をしながら、香月がいるはずの寮室の前までたどり着く。

 桜庭が端末にタッチして、中の人と応答をとる。


「もしもーし」

『はーい。誰ー?』


 間もなく、中にいるクラスメイトから返事がある。寮室内はさすがにプライベートな空間の為、廊下と繋がるインターフォンは音声のみだ。


「桜庭莉緒です。突然でごめんだけど、香月詩音ちゃんいる?」

『あ、香月ちゃん? いるよー。詩音ちゃん、莉緒ちゃんだよ』

『桜庭さん? どうしたの?』


 同年代という点で見れば、いくらか落ち着いた香月の声が続いて聞こえる。

 さすがにこの不特定多数の人の耳に入りそうな状況では香月に内容を伝え難く、桜庭と篠上は顔を合わせて、玄関まで来てもらう事にした。


「どうしたのかしら?」


 ドアに手を掛けたまま、香月が首を傾げて姿を見せた。

 まだシャワーを浴びていないのか、ブレザーを脱いだワイシャツ姿であった。リボンは解いているので、入る直前だったのだろうか。


「時々出てくる馬鹿天瀬よ。レヴァテインを失くしたみたいなのよ」


 篠上が腰に手を当てて、説明する。篠上の中で誠次は、複数人の存在が確認されているようだ。


「レヴァテインを失くした……? あんなに大きくて長くて目立つものを、どうやったら失くせるの?」


 至極真っ当な香月の疑問に「「ですよねぇ……」」と篠上と桜庭は同時に頷き合う。

 まだいまいち状況を呑み込めていないのか香月は、逆に失くした経緯を訊きたいようで。


「天瀬くんは?」

「今はほんちゃんと一緒に男子寮棟を探してくれてるの。この分だと、こうちゃんも持ってないよね」

「詩音ちゃんならもしかしたらと思ったんだけど、やっぱないよね……。詩音ちゃん、真面目だし」


 篠上がおでこに手を添えて言う。


「篠上さんのその私ならもしかしたらって言うのは納得できないけれど……」


 あごに手を添え、香月はジト目で篠上を見ていた。

 

「あはは……。あ、ごめんねこうちゃん。お風呂入ってていいよ」

「え、いえ、このままじゃゆっくりお風呂にも入れないわ。私も探すの手伝うわ」


 香月は周囲をきょろきょろと見渡すと、すぐに寮室から出る服の準備を始める。

 一緒にレヴァテインを探す理由など、この三人の中ではいちいち聞く必要も理由もどうやらないようだ。


「こうちゃん、お風呂にゆっくり浸かる派なんだー」

「わかるわ。雑誌とか読んでると、ついつい時間忘れるのよね。お肌にも良いって聞くし」


 篠上がうんうんと頷いている。

 香月もそれに同調した頷きをした上で、


「そしてしわしわになる自分の手を見るのが、楽しいの」

「それはちょっと違うんじゃないかな……?」


 自分の指先を見つめて微笑む香月に、桜庭が苦笑していた。

 時間をかけて探せば見つかるだろうと最初よりは幾らか和やかな空気の中、黒い夜は刻々と、近づいている。 


挿絵(By みてみん)

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