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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
黒の再輝
142/211

8 ☆

「それで、俺は魔法で彼女の気を引こうとしたんだ!」

「そんでそんで?」

「でも気づいたんだ! ぶっちゃけ……告白に魔法いらなくねっ!?」

「本末転倒だなっ! おい!」


 ステージ上の三学年生同士の掛け合いに、どっと笑い声が第一体育館内で巻き起こる。二〇七九年度ヴィザリウス魔法学園の文化祭、その後夜祭が、開催されていた。

 一般のお客さんはうたげを最後まで楽しみ、そして現在は生徒と先生のみによる、宴の成功を祝う場と時間だ。

 その流れで、ステージ上で男子生徒が漫才をしている。大勢の人の中他にも、この場の勢いを利用して好きな娘に告白する人、ステージ上で魔法戦による一騎打ちを繰り広げたりと、後夜祭は乱痴気らんちき騒ぎとなっている。もちろん後夜祭への参加は自由であり、寮に戻っている生徒も多くいる。


『魔法が集う場所。ここは、魔法の通り道です――』

「「「いや駄目だろこれッ!」」」


 まさかのその締めで終わった学園紹介ビデオは、当然のことながらアウトと、生徒中からツッコみを入れられたとか。

 ミサイルの襲来も、大騒動になるまではなかった。はやしたち魔法科の教師陣が上手く処理をしてくれ、生徒とお客さんたちも何かのショーと思ってくれたようだ。二〇七九年度の文化祭は、こうして今、表向きは平和なまま幕を閉じようとしている。

 彩夏さやかがテロリストだったと言う一報は、誠次せいじも後に聞いた。身柄は特殊魔法治安維持組織シィスティムが拘束し、怜宮司れいぐうじも同じく特殊魔法治安維持組織シィスティムに拘束されていた。

 

 後夜祭で体育館が盛り上がる中、なぜか誠次せいじとばりは遠く離れた1-Aの教室にいた。


「それで桃華とうかちゃんは特殊魔法治安維持組織シィスティムの人と一緒に自宅まで警護されていったんだ。時間も時間だったし、クラスメイトたち分のサインだけぐらいかな、思い出は。別れ際は寂しそうだったよ」

「まあ日も暮れてたし、事件もあったし、当然か」


 帳の説明に、誠次は少し寂しい思いを感じながらも、納得する。お互いに疲れ果て、後夜祭に参加する気も起きなかったのだ。

 

「発表では今年の学園全体の出し物で俺らのクラスが一番盛り上がったってよ。天瀬のお陰だぜ?」

「よしてくれ。企画したのは帳だし、みんなが力を合わせた結果だ」

「くう~痺れるぜ」

「こっちは疲れた……。なんたってミサイルを撃墜したんだからな……」


 なんだか身体が少しだけ熱く、誠次は口で大きく息を吐いていた。褒められたことによるものではないだろう。

 窓際の机の上に座る帳は、カーテンを少しだけ開け、夜の外を見わたしていた。今日も都会の夜景は綺麗だ。


「……ショックだったな彩夏さんの事は。なんで、テロなんか……」

「……桃華の事は、本当に心配してくれてたみたいだったのに」


 二人して裏切られ、何とも言えない空気が、静かな1-Aの教室内に流れていた。ただ桃華を誘うだけが、気付けばテロとの戦いにまで発展していたのだ。


「あっ、やっぱ教室にいた。天瀬、帳。ちょっといい?」


 Tシャツ姿の桜庭莉緒さくらばりおが、教室ドアからひょっこりと顔を出してきた。


「桜庭。後夜祭は疲れたから休むんじゃなかったのか?」

「うん休んでたよ。でも、二人に用があって。談話室まで来てくれない?」

「「?」」


 誠次と帳は何事かと思いながらも、桜庭の言う通り、後夜祭で盛り上がる体育館を後にして、ついて行った。

 いつもは誰かしらいるはずの談話室だが、今日は無人だ。正確には、マスターのやなぎが何やら老眼鏡らしきものをかけ、ホログラムの新聞を読んでいるが。


「いらっしゃい。天瀬くん、帳くん」 


 やってきた二人の男子に気づき、柳は眼鏡を持ち上げながらにっこりする。


「「失礼します」」

「挨拶は必要ないのに、二人とも義理堅いと言うかなんと言うか」


 結構結構、と柳は微笑んでいた。


「はい、連れて来たよー!」

 

 あまり大声では言えないようで、桜庭は両手を口の前に添えて掠れ声を出している。しかし、いかんせん声量自体は高い為、全くもって抑えている意味がない。


「桃華!?」「桃華ちゃん!?」


 私服姿の桃華が、そこにはいた。帰っていたはずなのだが、まだいたことに誠次と帳は二人して驚く。桜庭が声を潜める素振をしていたのは、その所為か。


「おじいちゃん! 私桃華ちゃんのサイン貰っちゃった!」


 柳の孫娘である真由佳まゆかも奥からやって来て、嬉しそうにサイン色紙を掲げていた。


「おおよかったね真由佳。でも、お兄さんたちにちゃんと挨拶をしなさい? 二人とも桃華ちゃんを守った男の子なんだから」

「あっ、こ、こんばんわ」


 真由佳が頭をぺこりと下げれば、誠次も帳も恥ずかしく頭を下げる。

 桃華は、やはり若干緊張しているようであるが、口をぎゅっと結んでうんと頷いていた。


「その……二人にはちゃんとお礼しないと駄目だから、無理言ってやっぱり残ることにしたの」


 誠次と帳を交互に見て、桃華は言う。二人の男子生徒の後ろでは、柳がこっそりと部屋の鍵を内側から閉めている。


「残りたいだなんて困ったおてんばさんだ。ザキ隊長、怒ると怖いんだよなー」


 堂上どのうえがとほほと苦笑しながら、真由佳と桃華がやって来た方から最後に姿を現す。


「いいじゃないか堂上くん。不貞腐れずに桃華ちゃんの安全は、頼んだよ?」


 柳が堂上に語り掛ければ、堂上は笑みを少しやわらげ、軽く頷いていた。どうやら、堂上も柳には頭が上がらないのだろう。


「もう大丈夫だとは思いますが、一応は。僕の寝床ってありますかね?」

「私が用意しよう」


 二人の大人が会話をする中、桜庭が誠次の真横にやって来る。


「桃華ちゃんは、もう一回あたしたちの部屋に泊まってくね?」 


 一対の桃色の長い髪を揺らし、桃華は息を軽く吸っている。


「二人には、ちゃんとお礼をしないと。本当に、ありがとうございました」


 そして、深いお辞儀。


「本当はもう一人の女の子、香月さんにもちゃんとお礼をしたかったんだけど……」

「こうちゃん、探してもいなかったの……」

「香月が?」


 誠次が桜庭と桃華に訊き返す。


「私の言葉の所為で、ちょっと様子が変になってしまって……。謝りたくて……」

 

 桃華が胸に手を当て、不安そうに言う。


「確か、ジンって言葉に反応して」

じん――」


 誠次はすぐに、身体を動かしていた。


「あ、天瀬?」

「誠次さん?」

「心配だ。ちょっと香月を探してくる。桃華! ヴィザリウスを満喫してくれな!」


 二人の女子に呼び止められながらも、誠次はきびすを返していた。


「あ、もし会ったら――」 


 しかし桃華は、言葉の途中でううんと首を横に振る。


「……また、すぐ会うわよね」


 桃華は誠次の背中を見つめ、優しい口調で呟いていた。


「おじいちゃん。お兄ちゃん、どうしちゃったの?」

「真由佳ちゃんには少し早いかな?」


 堂上が柳のコーヒーを啜りながら、微笑んでいた。


「堂上君?」

「なんでもありません。大人な味ですね」


 コホンと咳ばらいをした柳のコーヒーは苦かったのか、堂上は苦い表情をしていた。

 三人を残して談話室から出た誠次は、手がかりもなく香月の事を捜し始めた。


「あ、天瀬。みんなで記念写真撮ろうだってさ!」


 廊下から急いだ様子でやって来たのは、思えば文化祭企画会議の日に休憩室と書いていた男子生徒、神山かみやまであった。なんだかんだと言うよりは誠次の喝で、彼もやる気を出し、文化祭を共に成功に導いた大切なメンバーだ。


「あ、ああすまない。香月を捜してるんだ」

「香月? そう言えば後夜祭の体育館にもいなかった気が」

「体育館にはいない、か。ありがとう。写真は先に撮っててくれ」

「先って……。実行委員の香月がいないで撮れるかよ。クラスメイトには待つようにって俺が伝えておくから、香月捜してこい。早くな?」

「ありがとう神山! 急ぐ!」 


 誠次は廊下を走り出した。

 廊下には後夜祭には参加せずとも、文化祭の余韻を楽しんでいる生徒たちがちらほらいる。


「あと一か月ちょいでクリスマスやで?」

「一年経つのマジ早いわー」

「す、すいませんっ!」

「うおっ、剣術士や!」

「マジ速いわー」


 生徒たちがお喋りをしている中、誠次は必死に香月の姿を捜していた。夜間照明は省エネの為に所々落とされており、遠くの人を捜すのは難しい。


「あ、お、お前、兵頭ひょうどうにやられたんじゃ……」


 学科棟と中央棟とを結ぶ薄暗い空中回廊にて声を掛けて来たのは、おそらく文化祭の初日で図書棟にいた先輩男子だ。


「先輩……」

「本当に悪かったよ。お前の事、少し誤解して……。お前はちゃんと、図書棟で二人を守ってたんだな。ごめんな」


 男子生徒が頭を下げてくる。

 自分への謝罪の言葉云々より、今の誠次には、何よりも優先すべきことがあった。自分を信じ、自分に守る力を与えてくれる者の存在を、捜すことだ。


「構いません。香月詩音こうづきしおんさんを、見ませんでしたでしょうか?」

「香月? 誰だそれは?」


 先輩はあごに手を添える。


「同級生で、髪が白くて目が紫で……。か、髪に! 髪に三日月の髪留めをしている女の子です!」


 香月の事を必死に伝えようと、言葉遣いが早くなる。


「あ、ああさっきすれ違った! なんだか、落ち込んでいるみたいだったけど、特別活動棟の方の上の階でだ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「あ、天瀬!? あの、本当に悪かった!」

「構いません!」


 誠次はお辞儀をし、南東の方角にある特別活動棟の方へ走って向かった。普段は部活用に使う棟なので夜は静かであり、後夜祭中ともなると増々人も少ない。少ないと言うよりは、ほぼ無人であるようで、その為に照明も周囲の棟以上に落とされているようだった。


「タブレットさえあれば、ライトが点けられるんだろうけど……」


 或いは、魔術師ならば場を照らす魔法か。お互い、連絡をとり合えないのはやはり不便だ。

 夜の学校独特の不気味さがある中、誠次は特別活動棟の中に足を踏み入れる。青い照明と、防災用の赤いランプが不気味に輝いている。


「香月、どこにいるんだ!?」


 身体に少しの寒気を感じつつ、誠次はその場で首を軽く横に振り、香月を捜し続けた。


「香月! いるんだろう!?」


 また香月に「声が大きい」などと怒られそうだが、誠次はなりふり構っていられず、大声で呼んでいた。闇が広がる棟内に、むなしく大声が響き渡る。

 もう一度叫ぶために吸い込んだ空気はひどく冷たく、胸に痛みさえ走ったようだ。


「香月! 香月詩音っ! 俺だっ! 天瀬誠次! 捜しに来たんだ!」

「――天瀬、くん」


 上の階へと続く階段から、しとりと声が返って来る。背後の大窓のカーテンは開けられ、しかしそこから見上げる雨の夜に月は映らず。一抹の虚しさを漂わせながら、制服姿の香月が、立っていた。

 ほっと一息ついた誠次は階段に一段だけ、右足を掛けていた。


「捜したんだぞ」

「相変わらず声が、大きい、わ……」


 香月は階段の支えの壁に手を添え、誠次を見下ろしている。その夜でも輝いて見える綺麗なアメジスト色の瞳には、微かに涙の跡が見えた。 

 その涙の理由は、誠次にはすぐに分かっていた。

 香月は壁に添えた手を、ぎゅっと握り締めていた。視線をやや落とし、分厚い雨雲のはるか向こうにある、月の残光に照らされているようであった。


「ごめんなさい……。私、どうしていいのか、わからなくて……。考えていて……」

みんなのところに行こう。大丈夫。香月の居場所はそこだ」

「分かってる……。あなたはそうやって、私に非がないという事を伝えてくれる。でも、現実はそうはいかない……」


 左足を上げようとした誠次に、香月の言葉が降り注ぎ、誠次はピタリと止まってしまった。

 香月は本当に苦しそうで、胸にもう片方の手をぎゅっと押し付けていた。


「そうだ……うまくいかない事ばっかりとか、どうしようもない事ばっかりだ……この世界は……」


 誠次も自分の右手を見つめ、ぎゅっと拳を作る。誰もが夢見た平和な魔法世界など、今はまだ遠い夢物語だ。ヴァレエフ・アレクサンドルが提唱する誰もが悩みのない世界など、また然り。

 思わず震えそうになる右手を、誠次は意地で止めていた。


「重要なのは、だからどうするか、じゃあないのか……? みんなこの中途半端でまだ作りかけのこの魔法世界を必死に生きていて……。辻川つじかわ怜宮司れいぐうじも、もがき苦しんだ結果ああなって……」


 そして、と誠次は顔を上げる。


東馬迅とうまじんさんも、きっと……」

「……っ」


 紫色の目を大きくした香月は誠次をじっと見つめ、階段をゆっくりと降りて来る。


「こんな俺でも、諦めたくない……。香月が苦しんだり悲しんでいるのなら傍にいて、支える事だって出来るはずだって……。あの人たちと同じ間違いを繰り返しちゃだめだ……。じゃないと、香月まで失いそうで……」

「でもその所為で関係ない貴男が……」

 

 香月が立ち止まる。


「――っ!」


 身体の芯から熱を昂らせる誠次は、首を必死に横に振っていた。


「関係ないわけないだろ!? 誰に何と言われようと、俺は全員を欠けさせることなく守ると言ったはずだ! いい加減にそんな馬鹿な考えは捨てろ!」


 香月に向け、誠次は激昂し、手を伸ばす。

 怒られた香月はびくんと身体を震わしたが、すぐに俯かせていた顔を上げる。


「そんな考えだなんて、簡単に切り捨てられたら、こんなところにはいない。どうしてもこれは変えることが出来ない現実だから」

「現実って……香月!」


 誠次は背中のレヴァテインを引き抜き、それを後方へ投げ捨てる。レヴァテインは音を立てながら壁にぶつかり、廊下の床に落ちて行った。間違っても今はレヴァテインのエンチャントの力には、頼らず、香月と会話をするために。


「お前は一見ちゃんと向き合っているようでただ逃げているだけだ! 人に頼ることを恐れて、自分だけで解決しようとしている! 俺を見ろ! 香月こうづきを始め、桃華とうか篠上しのかみ香織かおり先輩、千尋ちひろ桜庭さくらばの力に頼ってここまで来たんだ! 俺に頼られた人はみんな不幸なのか! そうじゃないだろうっ!」

「!? そ、そんな事は……別の、問題よ……。私はただ、貴方の事が心配なだけなの!」

「だったら俺を信じてくれ! 人を誰も信じれなくなったあの人たちとは違うだろ!」


 エンチャントも関係ない、純粋な香月の叫び声を聞いた誠次は力強く、右手を差し伸ばしていた。


「頼む香月! 俺の手を取ってくれ。今はそれだけで良いんだ!」

「そんな事をしても……っ!」

「確かに過去は変わらない。でもまだ未来がどうなるかなんて分からないだろう! 俺は諦めない! 少しづつ歩いてでもいい! 一緒に行こう!」

「私は……」

「……頼む」


 香月は紫色の目を潤ませ、しかし涙を溢すことはなく、代わりにそっと、手を差し伸ばしてきた。


「馬鹿って言わないで、お馬鹿さん……。私にテストの点で、負けてるし……」


 いつもは冷静な声音にも、今は年頃の少女らしい゛弱さ゛が垣間見えた。

 誠次は思わず脱力してしまい、微笑んでいた。


「二言ぐらい多いな……」


 誠次は香月の手をぎゅっと握り締め、自分の元へ引き寄せる。

  

「っ!」

「あっ、大丈夫か?」


 足を踏み外し、階段から滑ってしまった香月を、誠次は慌てて受け止めていた。自分でも力を入れ過ぎてしまったようだ。

 胸元に香月が飛び込んで来たため、誠次と香月は至近距離で見つめ合う状態となる。


「っ!? こんなことするつもりはなかったんだけどな……。でも、俺は香月を信じ続ける」

「ううん。天瀬くん……しばらく、その、こうしていたい……。私も絶対に、貴方を信じて守るから」


 香月は誠次の背中に腕を回し、身体を寄せて来る。


「最初から、こうすればよかったのね……」


 硬い表情のイメージがある香月とは違った、柔らかい感触に、


「香、月……!?」


 誠次は頬を赤く添め、指先をぴんと伸ばす。緊張と変な興奮で、体温がいよいよおかしくなりそうだった。これは事故だ、と自分に言い聞かせるが、大して意味はない。


「天瀬くんの身体が、すごく熱い……。心臓の音も、早くて……」

「あ、ああ……」

「? あ、天瀬くん?」


 寄せていた胸元から、香月が顔を離す。


「身体が、すごく熱くて、ふわふわして……」


 自然と身体に熱がこもるのを感じ、誠次は足に力を入れた。しかし、自分の足は意に反してふらついてしまう。なぜだろうか、と考える頭にも、何か重たい感触がのしかかってくる。 

 するっと、力が身体から流れ落ちるようにして抜けていく。

 何事かと香月の腕が、遠ざかって行くのを感じた所で、誠次のはっきりとしていた意識は遠のく。


「ハア、ハア……っ!」

「天瀬くん!? 天瀬く――」


 遠くで、香月の叫び声がす――。


               ※


 和やかな雰囲気が続くヴィザリウスから、遠く離れた台場の特殊魔法治安維持組織シィスティム本部。

 最上階の局長室にて、志藤康大しどうこうだいは、昔ながらの印刷技術を用いた一枚の写真をじっと眺めていた。局長室の自分の机に飾ってあるそのお気に入りの写真には、自分と妻と一人息子の颯介そうすけが写っていた。颯介が小学生の頃、さすがに家族と映るのは恥ずかしかったのか、どこか照れながらもピースをしてくれている写真だ。


「昔から人助けが好きだったよな、颯介……。お前は私の自慢の息子だ」


 写真の向こう、机の上に乱暴に置かれたままの栄養ドリンクの空き瓶の山を隠すように写真を見つめて、康大は呟く。


「文化祭を楽しんでくれ、颯介。? あぁ、もう終わった後だったか? いかん、時間の判断がいまいち……」


 そろそろ風呂にも入らないとな、と思い至ったところで、康大は来客がある事を知らされる。椅子から立ち上がった瞬間に激しい頭痛に襲われ、思わず右手でぎゅっと頭を抑え込んでいた。


南雲なぐもユエ。沼田澄佳ぬまたすみかがともに重傷です! 第五だけではやはり無理だったのでは!?』

『゛捕食者イーター゛が復活しました! 局長!』

「分かっている、分かっている。会議にはすぐに向かう」


 人を喰う怪物――゛捕食者イーター゛が出現した。その事実が、人を再び恐怖へと突き落とす。

 からんと音を立てて、栄養ドリンクが机から落ち、茶色のガラス瓶が音を立てて割れる。中からこぼれた液の色が一瞬だけ血のような赤色に見えてしまい、康大は思わず目を強く擦る。すると、液体の色は黄色であった。


「――チヨウ。キョクチョウ!」

「!?」


 康大はそこで、ハッとなって顔を上げる。

 ここは会議室だ。会議室にはすでに、特殊魔法治安維持組織シィスティムの重役たちが、顔を揃えている。警視庁上がりの顔馴染みの者や、白衣を着た科学者のような風貌の者までだ。

 自分が局長室ではなく、会議室にいたことに戸惑いを感じる間もなく、康大は自分の座る席へ促される。


「早く国際魔法教会の旗に礼をなさって、着席を」

「し、失礼した」


 円卓の背後に飾られた国際魔法教会の旗への一礼も軽く済ませ、康大は自分の席へ座り直す。


「局長。早速ですが、旧東海タワーに出現した゛捕食者イーター゛に関してです」

「ああ」


 黒いコート状の制服を羽織り、康大は頷く。


「第五の隊員の報告では、室内へ侵入して来たとか」

「室内だと……」

「どういう事だ……」


 誰かが発した事実に、場が騒然となる。


「室内侵入の事は内密にしておきましょう。悪戯に国民の不安をあおります」

「公表しないのですか!? それでは……」

「パニックを起こされでもしたら二次災害を起こす。どうせ目撃者はいないのだ!」

「人員は最悪の事態に備えて、いつでも出動できるようにしておきます」


 康大の目の前に、ホログラムの映像が差しだされる。

 康大が顔を顰しかめていると、間もなく、映像に子供の姿が映し出される。しかし、康大を除くこの場の大人たちは何よりも、その人物の登場を心待ちにしていた。


『大変な事になっているようじゃのぅ? 特殊魔法治安維持組織シィスティム局長、志藤康大?』

なずな総理大臣……」


 国際魔法教会の制服を身を着けた、幼女の見た目をした日本総理大臣が、不敵に微笑んでいた。

 頭痛が増々酷くなった気がし、康大は目元に出来たクマをぎゅっとつまんでいた。


挿絵(By みてみん)

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