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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
魔法生たちの憂鬱
14/211

7 ☆

 午前の一時限目から始まっていた魔法実技試験は、ちょうど正午の時間帯を迎えていた。

 当初の予定通り……もとい予想通り、一年生は大きく負け越していた。

 異例中の異例は、香月詩音こうづきしおんの勝利だ。


【Ⅰ 2-C長谷川翔はせがわしょう VS 1-A夕島聡也ゆうじまそうや

【Ⅱ 2-B波沢香織なみさわかおり VS 1-A天瀬誠次あませせいじ


 演習場の二階部に取り付けてある、大型モニターに刻まれた電子文字の表示。


「おおっ! 二生のエース対剣術士だぜ!」「林先生さすが分かってるーっ!」「どっちが勝つか見ものだな!」


 二階部の観客席は、浮かび上がる文字と対戦者の顔写真を見て、大きな声を上げていた。

        

「全く……。なんでこんなお祭り騒ぎに」


 頭上から降り注ぐ生徒たちの声を浴び、少なくとも良い気分では無いのが、試験監督の女性教師だった。

 試験監督である二人の男性教師の真ん中で、ため息をらしている。


「なに。見込みは十分にある」


 左隣の、1-A担当のはやしは、自前の電子タブレット端末を手でスライド操作しつつ、お気楽そうに言う。

 魔法実技試験の対戦人選は、教師たちの間で決められるものだが。


「ですからって。魔法が使えない特待生とくたいせいを、波沢さんのような優等生とぶつけるとは思いもしませんでしたよ……」


 この場合の特待生とは、あくまで特別的な待遇をすることの意であり、優遇の意ではない。


向原むかいはら先生の言う通りです。学年トップの魔法戦技量を誇る波沢の相手になるとは思えませんが」


 向原琴音むかいはらことねの右隣、二年生選抜担当の教師、森田真平もりたしんぺいが、向原の言葉に続けて、林に確認するような素振りで言う。


「俺は天瀬が勝つ方に賭ける」

「俺は波沢が勝つ方に賭けますよ」

「負けたらカートンな?」

「負けたらワイン樽寄越せよ?」


 前者林。後者森田。

 視線の火花を散らす両教師の頭を、両腕を使って抑えるのは、向原だ。


「二人とも生徒を賭けの対象にするのは止めなさい!」


 悲鳴を上げて痛がる二人から手を離し、向原は自身の崩れた教師服のえりを正して言う。

 そしてやれやれと、視線を前方の会場に戻す。


「まぁお二人が口を揃えてのこの組み合わせなんですから、多くは言いませんけど」


 向原の言葉に、林と森田の表情から笑顔が自然と、消えていた。

 辛気臭いなと、眉をひそめるのは林の方だ。


「なんだ。謙遜するな向原」

「しますよ。魔術師の原点゛失われた夜生まれロストナイトバースデイ゛のお二人なんですから……」


 向原の小さな声が、林と森田の二人の教師に聴こえたかは、さだかでは無かった。


               ※


 名簿順で一足早く行われている夕島と男子先輩との戦い。


「やるな夕島……」


 善戦しているルームメイトの光景を横から眺めつつ、誠次は息を軽く吸う。少しでも、緊張を紛らわせる為だった。

 ギャラリーたちの視線を一点に浴びている誠次と対峙するのは、波沢だった。

 口約束では信憑性しんぴょうせいに欠けると言うモノだが、どうやら波沢もそう思っていたようであり、


「さっきの約束、忘れたとは言わせないわよ」


 波沢は右手で左手を握りながら、言ってきた。

 魔法式まほうしきの組み立ての際に使うのは大勢が利き手なので、おそらく波沢は左利きなのだろうなと、誠次は推測していた所だ。


「忘れていません。自分は絶対に勝ちます!」


 誠次は真剣な表情で告げる。決しておごっているわけではない。自分自身に気合を入れる意味も込めていた。

 だが、それは相手の火に油を注ぐ諸刃の剣な行為でもあった。 


「大した自信ね。あなたでは、私には勝てないわ」

「訊きたい事があります波沢先輩」


 沈黙する波沢。表情は依然鋭い。

 こちらの言葉に対する無言は、好きにしなさいと言う事だろう。そう自分の都合の良いように解釈し、結果、誠次は相手の次の言葉を待たずに口をもう一度開いた。


「先輩が気に入らないのは、魔法が使えない自分がこの学園に入学したからですか?」


 引き返すのならば今だぞ? とどこからかささやくような声が聴こえた気がしたが、引き返してどうなる?

 答は最初から分かっている……が、最終確認だった。 

 

「何度も言わせないで。私たちが魔法学園にいるのは、゛捕食者イーター゛と戦う為。魔法が使えないあなたが来ても意味がないわ」

「わかりました……っ」


 そして誠次は、腰と腹部に一つづつのフラッグを装着する。

 ひんやりとわずかに冷たい装備品は、この戦いにおけるお互いの、頼りない生命ライフであった。゛捕食者イーター゛との戦いでも、捕まったら終わりのようなものなので、ある意味実戦には近いか。


「両者一礼」


 女性教師の凛々りりしい言葉を受け、言いつけ通り、試合を前に頭を下げる二人。

 その距離は八メートルほど。とても剣が届く間合いでは無い。

 それでも誠次はあらかじめ使用許可を試験監督に貰っておいた背中の剣を、さやをつけたまま構えた。


「剣なんか、魔法の前では……」


 波沢の口が形を作って言ってくる。

 確かに、一見無謀すぎる戦いに見える。単純に考えて、遠距離攻撃ができる魔法と近距離攻撃用の剣では、どちらが優位かは明白だ。

 ――しかし。


「桜庭は絶対に間違ってなんかない。俺が勝つ」


 やる前に諦めるなど、愚の骨頂。誠次はそう思っていた。

 会場が、先程までの歓声とは打って変わり、しんと静まり返る。横の夕島と先輩の戦いでも、一息ついたところだろうか。

 いずれにせよ、第一演習場に集まっている者の大半は、固唾かたずを飲んで誠次と波沢を見つめている事は分かった。


「開始五秒前――」


 残されたカウントの最中さなか、誠次は意識を真正面の波沢に集中させる。

 さながら西部劇の早撃ち直前のような静寂が、第一演習場を包み込み――。


「試合開始っ!」


 向原の開始の合図と同時に、誠次は地面を蹴っていた。――魔法物質の抵抗を受けないこの身のスピードは、まずは抑える。


「よくも真っ直ぐ来たわね。猪じゃないんだから――」 


 得意気に口角を上げた波沢は、左の手の平を誠次に向け、攻撃魔法こうげきまほうの術式を展開。

 配置された文字列を黒い瞳に映し、誠次は魔法の種類を判断していた。


「氷属性の攻撃魔法……」


 ――《アイシクルエッジ》。

 口走った魔法は、現実の物となって誠次の目の前で具現化する。

 ゛属性魔法ぞくせいまほう゛とも言われる。それこそファンタジー世界の魔法のような呼称だが、国際魔法教会が実際に定めている呼び名だった。

 完成された水色の魔法式から、小さく尖った氷のつぶてが、こちらに襲いかかって来る。

 それも、流れるような動作で波沢は、瞬時に三個もの魔法術式を展開していた。


(全て氷属性……。身体には普通に干渉してくるな……!)


 ――魔法の干渉は受けない身体と称したが、それほど万能なモノでも無い。

 魔法によってすでに発生した事象(例えば火球を生み出す魔法により発生した、火そのものなど)は、普通に誠次の身体に干渉してくる。

 今回で例えれば、氷結属性の魔法が生み出す氷だ。

 氷は、なにも魔法が生まれるより以前からこの世にあるもの。

 魔法を使うのは、魔法元素エレメント魔素マナを使って氷をこの場に生成し、それを対象に向けて放つ時のみ。

 この場合、波沢の操る氷の礫自体は、誠次にダメージを与えられた。……それも、魔法の加速によるスピードを据え置きで。


「――っ!」


 迫りくる礫を、誠次は横に跳ねるようにして回避する。礫は演習場に突き刺さった直後、音を立てて粉々に崩れた。


「? 今のをあのスピードから避けたの?」


 誠次の急旋回に、波沢はほんの少しだけ動じたようだ。

 そのまま、演習場に大きく円を描くように走り出した誠次に対して波沢は、


「まあいいわ。さあ、次はこれをどうする気?」


 挑発する声。次々と術式を展開する姿には今の所、微塵みじんの焦りも感じられない。


「後ろ!?」 


 察知できたのは、ひやりとした何かを背中に感じたからか。

 背後に展開されていた術式から、新たな氷の礫が迫っている事に気付いた誠次は、咄嗟に回避行動をとる。演習場の青白いタオルを踏みしだき、前へ逃れる。

 自身の後方から流れた氷の礫を見送り、誠次はすぐさま体勢を整え加速。一気に波沢との距離を詰めた。


「速、い……!?」


 うめいた波沢は、自身の足元に素早く術式を展開。

 やはり、氷結属性の形成けいせい魔法だ。

 とたん、波沢の足元に氷の面が発生し、それが高く上へと伸びていく。演習場の天井付近にまで上昇した、氷の塔の頂上。雪の結晶を身にまとわせ、波沢は眼下の誠次に向けて叫んでいた。


「どうする気、天瀬くん?」

「見下しているつもりですか……!?」 


 さすがは二学年生つ、優等生か。

 しかし、あの同級生ほどではない。あの同級生は、きっとこの戦いをどこかで見ているのだろう……。きっとまた、こちらに対し強気で、勝気な目で。

 ――不思議とそれに、格好悪い姿は見せたくない、と思った。

 

「っち!」


 波沢を見上げる形となった誠次は、その場で軽く舌打ちをし、右手の剣を上空に投げる。

 そして、自らも跳躍した。


 ――なんだ……アイツ……!


 勝利する為には、やむを得まい行為だと思った。


 ――魔法使えないんだろ!? なんであの距離を……!?


 ねた、と言うには高すぎる誠次の姿に、観客たちは驚きの声を上げていた。


「えっ、剣だけ――!?」


 一足先に、回転しながら氷の塔の頂上に到達した、光を反射する漆黒の剣に、視線を奪われたのは波沢。

 その一瞬の隙に、誠次は波沢の目の前の氷の上に着地する。


「ちが、な――っ!?」

 

 続いて驚愕する波沢の眼前で、誠次は剣をキャッチする。波沢にすれば、この高さを魔法も使わず飛べるなどとは思わなかったのだろう。


「こんなところで俺は負けられない!」


 次の瞬間、波沢の腹部から、誠次は一つ目のフラッグを頂戴ちょうだいしていた。

 手札にあった、並外れた身体能力と言うカードはこれで使ってしまった。

 ――残るカードは一つ――。

 ふと何かの視線を感じ、誠次は演習場の二階の席に視線を送る。そこに佇む紫色の視線が、何かを期待するようにこちらへ向けられていた。


              ※


「――今のは魔法を使ったのですか!?」


 ゛普通の゛人間ならばありえないはずの跳躍力を見せつけた一年生あませに、向原むかいはらは、訳が分からずと言った声音こわねであった。

 視線は、崩れ落ちる氷の塔から軽やかに降りる、誠次をとらえている。

 誠次と対照的に、波沢は苦悶くもんの表情で、氷の塔から落ちていた。

 魔法をコントロールできるのは波沢の方なのに、これでは真逆だ。


「いや、天瀬誠次は魔法が一切使えないぞ」


 向原の右隣ではやしは、冗談であってほしい言葉を口にしていた。

 だが林の表情は、至って真剣だ。


「しかし、ではどうやってあの距離を……?」


 魔法が使えないはずの誠次が見せた跳躍力の答えは、右隣の森田もりたが示した。


「まさか……純粋な身体能力」

「そんな、あり得ない……」


 目眩を感じたように、こめかみを抑える仕草を向原は見せていた。

 森田も確証は得られておらず、答を求めて林の方へと視線を向けた。


「まあもっとも。二〇五〇年より前の人間は、俺たちのような奴らの方をあり得ないって言うんだろうけどな」


 自身の存在に軽い自嘲じちょうの笑みを添えて、林ははぐらかしていた。

 視線の先では、誠次がさやに収まったままの剣を振り、波沢の魔法の氷を撃ち砕いている。 

 ことごとく魔法を無駄にさせる誠次に、波沢はこの場の向原と同じように、ひたすら戸惑っているようであった。



                ※


 誠次と波沢はお互いの距離を一旦離していた。

 フラッグを一つ取られながらも対峙する波沢の表情は、依然として固い。それは波沢の得意な魔法属性と相まい、冷たい印象をずっと与えて来ていた。 


「剣の鞘を外さないのは……どういうこと?」


 誠次の剣の振り払いにより砕け、崩れゆく氷の結晶の中。波沢が誠次の右手を見ながら、困惑した顔で言ってきた。確かに誠次が握る剣には、まだ鞘が着いたままであった。


「申し訳ありませんが、外す必要がありません」


 ……外す訳にはいかない。

 その場で軽く剣を振り払いながら、誠次はぞんざいに言う。


「私も舐められたものね……。負けたら退学なのよ?」

「舐めてはいません。それに先輩こそ、俺に負けたら、謝ってもらいます」

「……そう」


 とたん、圧倒的な冷気をはらんだ波沢の左手が持ち上がり、誠次に向けて魔法術式を展開。

 彼女の身長程はある、巨大とは言わないまでも大きな魔法式だ。こちらを一撃で仕留めようとでもしているのか。

 術式の文字を、すぐさま読み取った誠次であったが――表情はくもる。


形成けいせい魔法……複合型ふくごうがたか!?」


 少し驚いた誠次の周囲を囲むように、厚い氷の壁が視界いっぱいに地面から発生する。

 逃げ場を探せと振り向くが、すでに広い氷のおりの中に誠次はとらわれてしまっていた。

 魔法物質まほうぶっしつのみの作成を行う形成魔法。

 作成される魔法物質の根源は、魔法元素エレメント魔素マナであるため、普通の形成魔法による障害は《プロト》と同じくこちらには効果が無い。

 しかし波沢は、そこに氷と言う物質を組み込んできた。

 並の魔術師にはできない、高度なテクニックだ。

 ――だが。


(全て見切れ!)


 誠次は、網のような氷の障壁を滑りながら掻い潜り、逆に一気に波沢に接近した。ここで、隠していたスピードを解放する。大技にはやはり、それ相応の隙が生まれるものだ。


「なんてスピード――っ!」


 と、波沢が呟いたのも一瞬。


「でも、この距離ならまだこっちが有利!」


 目を凝らしてこちらを捉え、波沢は魔法式を空中に次々と展開する。


「正気!? 今度こそ直撃するわよ!?」

「……」


 誠次は構わず、タイルの床を直進していた。

 確かに、波沢の作った魔法式は漏れなく全てこちらを睨んでいた。

 魔法は……氷属性を調合した高位攻撃魔法《イグニート》。魔法式より発生する光の矢のようなもので、目標を貫く攻撃性の高い魔法だ。

 高度な魔法を構築した波沢は、しかし、焦っているようだった。


「撃たれたくなかったら止まりなさい!」

「先輩の方にも覚悟があると言うのなら、俺を撃てるはずです!」


 ここで誠次は、賭けに出た。無論防御魔法は使えないので、撃たれたらもれなく直撃することだろう。


「な……っ!?」

「その怯え……戦いでは命取りですよ! ましてや゛捕食者イーター゛を前にした時なんて!」


 誠次は波沢の頭上に飛び出す。


「知ったような口を……っ!」


 波沢は僅かな迷いを振り切るように首を横に振ると、誠次の接近を拒むように、攻撃魔法を発動した。


「っ!?」


 誠次の目の前に迫り来る、氷の礫の数々。それらはこちらの身体を傷つける為に向けられた、無情の刃であった。

 その内の一つが、誠次の右目の目の前までに迫った時、見開いた誠次の黒い眼が、青い光に包まれる。


「――見えた!」


 右手の剣に掛けられた、二階席からの遠距離の付加魔法により、波沢の攻撃を回避し、回り込む。

 香月詩音が右手を伸ばし、こちらに付加魔法を施していたのだ。


「これでちゃんと、借りは返したから――」


 ぼそりと呟き、香月はそっぽを向く。それはエンチャントをしたことによる奇妙な感情を、周囲の人々から隠すためにでもあった。

 香月の作り出した青い世界の中で、誠次はそんな香月の姿を捉える事が出来ていた。

 そして今は、目の前に倒すべき相手がいる。

 驚愕している波沢が、こちらを見上げる形となっていた。その距離――誠次の持つ剣の間合いだ。


「避けた!? その、光は……!?」


 素早く誠次が身を翻し、背後に回った途端、波沢は自身の周囲に防御魔法ぼうぎょまほうを展開。

 目の前に浮かんだ黄色い光の壁が、誠次と波沢を分け隔てる。

 波沢から見てそれは、誠次の進行を阻害するものだと見えることだろう。

 ――しかしやはり、誠次から見たそれは、ただの綺麗な光の幕でしかならない。


「え――っ!?」 

「――っ!」


 誠次は構わず、勢いよく左手を防御魔法の中に突っ込んだ。

 バリバリ、と何かがショートしたような音が響いた。

 だが魔法に触ったと言う感触は、やはりない。

 驚愕する波沢。揺れる青い視線の先で、誠次は二つ目のフラッグを鷲掴みにした。

 ――勝利は決まった、が。


「魔法が……効いてないのっ!?」


 波沢の叫び声が、観客たちを本日一番のどよめきを、呼んでいた。


挿絵(By みてみん)


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