4
時刻は午後二時を回り、昼時を終えた時間帯とあって、文化祭の盛り上がりはピークを迎えていた。
人混みを迷惑にならないように進み、誠次と千尋と志藤は、香月が行ったと言う学科棟の多目的室まで辿り着いていた。
「香月ー!」
「詩音ちゃんさん!」
誠次と千尋がドアを開ける。
中では、制服姿の香月詩音が、男子生徒たちがカメラを構える前に立っているところだった。
「おっ、旦那のご登場だぜ」
香月の周りにいる男子生徒は、三学年生、二学年生、一学年生と混在している。
決して笑い事ではない。誠次は鬼の形相で、部屋から入ってすぐのところで立つ。
「天瀬くん? 千尋さん? しど……っ……シルバくん?」
香月は珍しく驚いたようで、口元に手を添えながら三人を見つめていた。
「いやもう少しで正解なのにどうして捻じ曲げた!?」
また名前を間違えられた志藤が絶叫する。さすがにいくらなんでも、今のは無理やりすぎる気がするが……。
「香月に何をしているんだ!?」
しかし、返答次第では、と誠次は背中のレヴァテインに手を伸ばす。
それを見た先輩並びに同級生男子たちが、ぎょっとした悲鳴を上げた。
「待て落ち着け天瀬っ! おい目がっ、目が本気だっ!」
「詩音ちゃんさんがむやみに抵抗できないのをいいことに!」
千尋も眉を寄せ、下位攻撃魔法の魔法式を展開している。
「あんたも落ち着けっ! 何を勘違いしてるんだ!?」
男子生徒たちはさらに慌てて、二人に向かって両手を挙げる。
「俺も詳しくはわかないけど、何してるんだよ香月?」
冷静な志藤がやれやれ顔をしながら、香月に訊いている。
「ただ、先輩たちにビデオを撮りたいと言われて。学園紹介用で」
香月は誠次や千尋がなぜそこまで焦っているのかよく分かっていないようで、困惑したまま言葉を返す。
「――大丈夫だよ誠次くんとお友達さん。ごめんね、閉会式の時に公表するつもりで、それまで学園のみんなには内緒にしておきたくて」
優しい女性の声が、多目的室の奥からする。その声は、二人と共にこの場の熱を冷ましていく氷のようで。
「香織先輩?」
波沢香織生徒会長が、苦笑しながら左手に持ったハンドカメラを向けている。ビデオを撮るのが楽しいのか、誠次を映すホログラムの映像を眺め、微笑んでいる。
誠次と千尋と志藤も、真面目な優等生である生徒会長がいたことで、それぞれの思惑は間違っていたと、ひとまずほっとする。
「生徒会長さん? ここで皆さんは何をしていたんですか?」
魔法式を解除した千尋が、訊く。少し顔が赤いのは、自分の暴走を思い直したからだろう。
「詩音ちゃんが言った通り、学園の紹介用のビデオを撮ってたの。ヴィザリウス魔法学園って、こんなところだよー。みたいな感じのやつ。この人たちは、科学研究部のみんな。詩音ちゃん以外にも、いろんな人が協力してくれてたんだよ?」
香織が手を広げて紹介すると、男子生徒たちは申し訳なさそうに髪をかきながら、頭を下げて来る。
「……俺の勘違いだったのか? 香月のビデオ係の話は?」
「その可能性のあまりの低さになんでお前は気づかなかった……」
「詩音ちゃんさんの魔法でカメラを直すと言うのは?」
「同じくそっちもな……」
誠次と千尋が続けて首を傾げることにより、志藤が顔を引き攣らせている。
「騒がしいわね……もう……。私は大丈夫よ」
「よほど心配かけちゃったみたいね」
香月が呆れたような声を発して、誠次だけを睨む。
香織も口元に手を添えて笑っていた。
「撮影の続き良いかな? 心配なら、誠次くんたちも見てていいから」
香織が誠次たちを手招きするが、
「い、いえ。ご迷惑をお掛けしたので、これでお邪魔します。申し訳ありません……」
「そうですね。本当にご迷惑をおかしました……」
「す、すいませんした……」
自分の暴走を悟った誠次、千尋。そして志藤が順に頭を下げ、部屋を後にした。
「この馬鹿! 大恥だわ!」
多目的室から出た途端、志藤から誠次は頭をぺしぺしと叩かれる。
撮っていたビデオに自分たちの醜態が映っていると思うと、また新たな黒歴史が刻まれてしまったようである。
「さ、さすがに過保護すぎたな……」
「そ、そうですね……。なんて、はしたない真似を……」
千尋も顔を真っ赤にし、誠次と志藤と目を合わせられないようだ。
誠次は何かを誤魔化すように髪をかき、志藤を見る。
「すまなかった志藤。志藤がいなかったら、色々な意味でマズかったな……」
「まったく。じゃあお礼になんか奢れよなー?」
志藤は得意げな表情で、腕を頭の後ろに回す。
誠次は千尋に確認をとると、千尋も自分の電子タブレットを起動していた。
「でしたら、ちょうど綾奈ちゃんも合流できるそうです。次は四人で、一緒に見て回りませんか?」
「おっ、いいねいいね!」
千尋も志藤も、やはり大勢でわいわいと賑わう方が性にあっているようだ。おれも同じ思いだなと感じつつ、誠次は盛り上がる二人の後ろをついて行った。
文化祭二日目は、初日に比べればこうして平和で何事もなく、楽しく過ぎていくものと思っていた。
場所は変わり、中庭の小休憩用のベンチ席にて。篠上を加えた四人は、軽食を取りながら、談笑していた。
「はあ。やっぱ男子が一緒にいると声かけられなくて優雅にすごせるわ」
ストローでジュースを飲みながら、篠上がほっと一息ついている。
「っつか、そう言えばお前仕事は!? なんで自然といんの!?」
熱々のたこ焼きを美味しそうに頬張る志藤が、白いベンチに座っている篠上に訊いていた。
「なんか気使われて仕事少なめにしてもらったの……。無用な気遣いなのに」
「綾奈ちゃん。クラスの皆さんに、あとで一緒にお礼を申しあげましょう……」
「そうは言うけどねぇ……。大体、千尋の奔放すぎる行動にも問題があるのよ!? 屋上で二人きりだなんてなんていやらしいっ!」
「そ、そこまで話を戻さないでください綾奈ちゃんっ!」
綾奈もやられっぱなしではなく、自分の身体を抱き締めながら、千尋に反撃をしていた。
「志藤。こういう時は俺らは、どう言う顔をしていればいいんだ……?」
「俺が聞きてーよ……」
お互いに顔を真っ赤にしながら、言い合いを始める二人を前に、誠次と志藤は割って入る事も出来ずに冷や汗を流していた。
「――っていうかアンタ、いつまでデンバコ壊れたままにしてんのよ? 不便すぎるわ」
「あーそれ確かに言えてる。お前だけ完全に旧世紀の人みたいになってんぞ」
綾奈と志藤両者に言われるが、誠次は腕を組み、いまいち芳しくない表情をしていた。
「すまない……。でも暇がないんだ。いざショップに行こうとしようとしても、つい読みたい本が目に入ったりな」
「それが暇ってことでしょ……」
篠上がツッコみ、
「相変わらず本好きだなお前……。そしてデンバコの購入をテスト勉強前の心情と一緒で良いのかよ……?」
志藤が苦笑していた。
ふと、誠次の隣の席に座っていた千尋が思いついたように顔を上げていた。
「あっ、そう言えば綾奈ちゃん。プレゼントがあります」
「え……?」
千尋が大事そうに持っていた紙袋から、綾奈の前に箱に入った何かを差し出す。
「私と誠次くんで取ったものです。気に入っていただけると嬉しいのですけれど……」
「女子にプレゼントって、お前ってやつはそこまで成長してしまって……」
ぼそりと、志藤がなあなあと誠次の肩に手を乗せて言ってくる。
誠次は少し顔を赤くしながらも、抵抗とばかりに言い返す。
「志藤も早く見つけるんだ。俺、応援するぞ」
「お前……たこ焼き投げつけるぞ……」
「応援するのは本気だ。それに、志藤は充分にモテると俺は思うんだけどな……。……何かがおかしい」
「そこ! 真剣に悩むな! その俺の何かに問題があるみたいな感じやめて!?」
一方で、篠上は「ありがとう……」と嬉しそうに微笑みながら、箱を開けていた。そして、中に入っていたものを取ってみる。
「黄色い、リボン……? 可愛い……」
いつもはきりりとしている篠上の表情は、嬉しそうに綻んでいる。そうすると、千尋も嬉しそうに力強くうんうんと頷いていた。
「綾奈ちゃん、いつもポニーテールにしてますよね? その為の髪留めです!」
「う、うん。でも、私にこれ似合うかな……?」
「その、俺のレヴァテインにエンチャントしてくれる時、髪が解けていて不便かと思ったんだ」
「そ、そんな……」
「……」
顔を赤くして恥じらう篠上の姿を前に、まるで周囲を行き交う人々の時間だけが早く進んでいるような錯覚に襲われ、誠次は息を呑む。
「あ、ありがと。付けるわ」
篠上は、ポニーテールとなっていた髪を解き、黒いヘアゴムを口で加える。そして髪をかき上げ、大きな黄色いリボンのヘアゴムを、慣れた手つきで器用に付け始める。
誠次はその姿を直視し、女性特有の艶やかな気品を感じ、胸が高鳴るのを自覚していた。
「ど、どう?」
「お似合いです! ですよね、お二人とも!?」
「あ、ああ……」
「お、おう……」
誠次と志藤も顔を赤くしながら、答える。真面目な性格のはずだが、黄色ろく大きなリボンが子供のような可愛らしいのギャップを生み出していた。
篠上は、誠次と目を合わせながら「嬉しい。ありがとう……」と言って来た。
「綾奈ちゃんは本当に可愛いです」
「あ、アンタが言うな……」
千尋も可愛らしい友人の姿を見れて満足したのか、きゃあと喜んでいた。
その時、千尋のタブレットに着信を知らせる通知音が鳴り響く。
「? 莉緒ちゃんさんからです。一体何でしょうか?」
ライブ会場である第二体育館ではしゃぐ人を背景に、桜庭の上半身が現れる。浮かび上がった青白い画面がちかちかと光っているのは、1-Aの皆がライブ会場にて魔法の照明を発動しているからか。
どうやら、桜庭からテレビ回線の方を選択してきたようだ。千尋との会話のはずだが、これでは内容が筒抜けになってしまう。
「どうしたの莉緒ちゃん? って、二日目の午後、凄い盛り上がってるね」
篠上がほっとしながら言う。なんだかんだ、自分のクラスの出し物が成功しているようで嬉しそうである。その気持ちはこちらも、志藤も同じようで、互いに「やったな」などと言っていた。
桜庭の方は、周りの音や声が大きすぎるようで、自分の声を張り上げていた。
『しのちゃん? ごめん、天瀬もいる!? 今日ほんちゃんと一緒にいるって言ってたから!』
「ああ。いるぞ」
誠次が篠上と千尋の横に立ち、同じように桜庭を見る。
桜庭はなにやら焦っているらしく、真剣な表情だ。
三人の後ろでは志藤が胸の前で腕を組み、画面をじっと見ている。
「この人、知ってる? ってあれ、もう一人の男の子は……って今はいいか」
桜庭が画面を動かす。
桜庭のすぐ横に立っていたのは、帽子を深く被った長身の男だ。
やがて男が、帽子を取り払った時、誠次は黒い目を大きく見開いた。
「怜宮司、飛鳥!?」
『天瀬誠次……』
桜庭の横にいる怜宮司は、どこか憂いを帯びた表情で、こちらを見ていた。
「怜宮司って、桃華ちゃんを洗脳しかけていたって言う……!?」
「そんな人が、第二体育館に!?」
志藤も誠次たちの方まで歩み寄り、千尋が目を丸くする。
「っ!? 桜庭! 今そっちに行く!」
「悪徳マネージャー!? 莉緒ちゃんに何かしたらただじゃおかないわよ!」
誠次と篠上が声を張り上げる。
しかし、続いて気だるそうな口調で『その必要はねーよ』と、白銀の髪をした少年が映り込む。
「戸賀!? 来てたのか?」
予想だにしていなかった組み合わせに、誠次はまたしても意表を突かれていた。篠上と千尋と志藤は、きょとんとした表情を見せている。
『別にお前に誘われたから来たってわけじゃねーよ。偶然、目の前でやってたからな』
戸賀はぞんざいな態度で言う。
その態度に篠上と千尋と志藤がむっとし、
「その言い訳には無理がないか……?」
しかし、ツッコんだ誠次はそんなことよりと桜庭に目を向ける。
「大丈夫なのか桜庭? なにもされてないのか?」
『あたしは大丈夫。心配してくれてありがとう天瀬』
桜庭が微笑んで答える。しかし、次の瞬間には真剣な表情となり、
『それよりも、落ち着いて聞れるといいな。先生にはもう話したんだけど天瀬、志藤、しのちゃん、ほんちゃん――』
※
ヴィザリウス魔法学園の外周を走る特殊魔法治安維持組織の特殊装甲車の中、南雲ユエは運転席にて、頭の後ろで手を組む。
文化祭閉会式開催時刻、すなわち文化祭終了まで、三〇分を切っていた。もう少しで終わりだと言うのに、門から中へと入っていく客の数は減る様子を見せない。ヴィザリウス側にとってみれば、嬉しい悲鳴だろう。
「今時、学園に武器を担いだ犯罪集団がご襲撃なんて様式美、はやらねーっつーもんか」
もしかしてもしかする、と思っていたユエは平和な光景を前にほくそ笑む。
そんな時だった。ラジオを流していた車のスピーカーから、通信を促すサイレンが大音量で鳴ったのは。
「む、どうしたの?」
自分が許可を出して、後部座席で休眠をしていた義雄が目覚め、のっそりとした声で聞いて来る。
「回線繋ぎます。本部からですね」
助手席に座る澄佳が、助手席備え付けの端末を操作する。間もなく繋がった、台場にある特殊魔法治安維持組織本部の相手は、この場の四人にとって予想もしていなかった人物だった。
『第五分隊、聞こえるか?』
「はい。……ってその声、志藤局長でいらっしゃいますか!?」
助手席の澄佳が驚き、戸惑っている。
志藤康大。大勢の選ばれた魔術師たちを束ねる特殊魔法治安維持組織の現最高責任者だ。大内委員長が失脚してからは、康大がその役目も担っており、最近はかなり忙しい毎日を送っていると聞くが。そして、局長直々の通信とは、前例がないものだ。
ユエは慌てて、崩していた姿勢をぴんと伸ばしていた。反動で頭部を車の屋根にぶつけるドジをして、頭を抑え込む。
『よし。追って説明する。まずは今すぐ旧東海タワーに向かってくれ!』
音声のみの相手は、車内の様子を知る由もなく、命令を下してくる。
「旧東海タワー? 赤と白の、昔の電波塔ですか?」
ユエはそう聞きながらも、手早く車の自動運転を解除し、手動運転に切り替え、ハンドルを握る。
『東海電波塔までの音声ナビゲートを開始します。安全運転をお願いします』
『ああ。そこから、ヴィザリウス魔法学園を狙っている!』
浮かび上がった立体的なホログラムの地図と共の音声ナビゲートの声に、康大の声が重なる。
車はすでに走り出していたが、ユエは顔をしかめる。
「狙ってるって……一体何が? それに、狙うっつたって、ここから旧東海タワーまで結構な距離がありますよ?」
『ところが、連中には可能なんだろう』
「連中っつーのは……?」
『レ―ヴネメシス。テロリストだ』
「……っ」
白い眉を寄せ、ユエはハンドルを握る手に力に込める。日本の犯罪史上に色濃く影を落とす彼らなら、もしかしたらやりかねない芸当だ。
「レ―ヴネメシスだと、どうして分かったのでしょうか?」
澄佳が尋ねる。
『怜宮司飛鳥が、自白した』
康大の言葉に、車内の四人がピクリと、それぞれ反応する。
「自白って……。……いや、いつの間にかに捕まえたんですか!?」
ユエがハンドルを回しながら、訊く。
『いや、彼はヴィザリウス魔法学園の体育館内にいる。連絡が来たのはつい先ほどだ』
「!? それじゃあ、ヴィザリウスの体育館に行った方が――!」
『そちらの心配はいらない、対応できる。お前たちは一刻も早く旧東海タワーに向かってくれ。距離はお前たちが一番近い。応援は順次送る』
「了解!」
どちらにせよ、自分たちのやるべきことは決まっている。
ユエは三人の部隊員の顔を、それぞれバックミラーで確認する。全員、自分と似たような表情をしている。上等、とユエはほくそ笑んだ。
「好きにはさせねーっつーの。気取った名前の犯罪集団ども……。行くぞ!」
※
冬の南風と思えるほどの冷風が吹き寄せる、旧東海タワーの展望台の屋上に、数名の男と、一人の少女が立っていた。
軍用の明細ジャケットを羽織り、無骨そうな表情をした屈強な男たちが、仰々しい兵器を次々と設置し、機材を調整している。細長く先が突起の形状をしているのは、ミサイルの一種だ。
風に靡く薄い青髪の少女は、吹き寄せる風の冷たさにも関わらず、黒一色のワンピースと言う姿だった。
「一世紀以上前、戦争のつめ痕が残るこの国で、技術者たちが未来への希望の為に総力を合わせて作り出したのが、この塔だ。ここから電波発信されたテレビやモノクロの映画などは当時、多くの人々に夢や娯楽の喜びを与えたと言う」
男の暗い声音に、長い髪の少女が顔を上げる。
赤い鉄骨に手を添え、この場の全員を束ねるリーダー、東馬迅が呟く。
「そして時は流れた今。ここはクリスマスにライトアップされる事もあったこの塔は、夜を失った事で光も灯さないただの観光名所となった。偉大な昔の゛同業者゛たちが作り上げたこの鉄塔で、この俺が魔術師たちに力を示す。光栄なことだ」
黒色の埃がついた右手を握り締め、東馬はほくそ笑む。
「結局、怜宮司飛鳥はただの駒ですか」
片目に眼帯を着けた男が、東馬に訊く。
「勝手に体育館に行ったのは奴だ。もう少し使い道があるとは思ったが、所詮はただの弱い男だったな。纏めて消えてもらう。忌々しい、魔術師たちごと……」
「魔法学園の施設、ですか。確かに我々の大義を示すには、もってこいの場所ですね。しかし、防御魔法が守っているのでは?」
「ああ。そこで、コイツさ」
東馬があごをくしゃる。その方向には、黒いワンピース姿の少女が、無垢な表情をして、展望台の端に座っていた。百メートルを優に超え高さにも関わらず、興味深そうに遥か下を見下ろし、足をふらふらと前後に揺らしている。
「ネメシス。相変わらず随分と恐ろしい名前ですね」
まだ年端もいかない少女を見つめ、男は言う。
「名前なんてない。そもそも人ですらない、ただの俺の最高傑作だよ」
東馬はニコリと微笑んでいた。
その笑顔に、男は戦々恐々とした面持ちで、特殊兵器の配備へと戻って行った。
「さあ。君の力を見せてくれネメシス」
少女は無表情と無言のまま立ち上がり、遥か遠くのヴィザリウス魔法学園に向けて、右手を伸ばす。
「日本標準時、午後二時四八分……」
東馬がアンティークの腕時計を確認し、少女と同じ方を睨みつける。
「よ、予定より早いですが?」
さすがに男が焦った様子で東馬に確認するが、東馬はうんと頷いていた。
「わざわざ予定時刻を律儀に守るテロリストなんていたら笑われる。――撃て」
冷酷な表情を浮かべ、東馬は攻撃の開始を宣言する。
間もなく、魔術師たちの住まう里である、ヴィザリウス魔法学園を狙う無数のミサイルが放たれた。




