6 ☆
――学園内で話し声が聞こえる。
「はは。アイツざまぁねえぜ? 先輩たちに追いかけまわされてやがる」
「桃華ちゃんと一緒にいれば当然だろ。成敗されろっての」
「調子乗りすぎだよな。先輩にボコされろ」
誠次、桜庭、桃華の三人が先輩に追われて逃げ込んで来たのは、男子寮棟であった。言わずもがな、女子は入る事のない場所である。
「ちょ、ここ男子寮じゃん!?」
「仕方ないだろ!? 飛び込んだのがここだったんだ!」
顔を赤くして露骨に反応する桜庭に、誠次は大声で言う。男子寮と女子寮は、文化祭でも会場として使われてはいない。外の゛異常な゛熱気とは打って変わり、いつもの男子生徒たちの下世話な喋り声も聞こえておらず、しんと静まり返っている。
「男子寮って、こんなになってるんだ……」
やはりどこか恥ずかしそうに「うわぁ……」などと言いながら、桜庭は男子寮棟の中を見渡していた。
「この学園は恋愛禁止って校則でもあるワケ?」
「う、ううん。そんなアイドルみたいなルールはないよ……」
不満げな桃華に、桜庭が苦笑いで返す。
「これじゃあ誠次さんがアイドルみたいなものね」
「ああ確かに! その線あるかも!」
「勘弁してくれ! いくらなんでもあれはやりすぎだ。魔法で攻撃してくるなんて」
「――そうだな。確かにやりすぎだ」
「っ!? 誰だ!?」
走る誠次たちの前方に、そう言って立ち塞がったのは二学年生の先輩男子。クラスで作ったのだろうか、文化祭用のTシャツを着た元生徒会会計、長谷川翔だった。
「長谷川先輩!」
誠次はその顔を見て、少し安心する。真面目な長谷川ならば、この異常な状況を理解し、味方してくれるだろうと思っていた。
だが、長谷川は冷淡な表情を浮かべ、誠次たちに向けて右手を伸ばしてくる。白い円形の魔法式を組み立てているのだ。
「は、長谷川先輩!?」
誠次たちは立ち止まり、身構える。
「悪い天瀬。けど、こうするしかないんだ!」
「誰かに操られているんですか!?」
「まさか私もかかっていた《アムネーシア》!?」
「い、いや……そうではなく……」
長谷川は首を横にして、少し言い辛そうに顔を俯かせる。
「なんなんですあのおぞましい先輩の群は!? 桃華に用があるにしても、攻撃してくるなんて!」
「違うんだ天瀬……。どちらかと言うとこれは、ただ……」
「ただ……?」
誠次はレヴァテインを構え、口篭もる長谷川と対峙する。
「天瀬誠次。単純にお、お前がモテすぎて許せないだけだ!」
噛みまくりながら、顔を真っ赤にした長谷川が、叫んでいた。
「「……え」」
桜庭と桃華が唖然とする中、
「もてっ!? も、モテっ!?」
誠次は動転し、思わずレヴァテインを離してしまいそうになる。
「そ、そうだ! 同級生ならまだ許せたけど、桃華ちゃんまでもお前に渡すわけには! いかない! よって! お前を! 生敗する!」
「全体的に挙動不審ですしカンペ読んだ感丸出しですよ!?」
長谷川が一息で言い切った台詞に、誠次がレヴァテインを横に構えて身構えつつ、ツッコむ。
「っく! 覚悟しろ、天瀬誠次!」
「いまいち釈然としない!」
誠次は横顔に一筋の汗を流していた。
どうするか、と必死に考える誠次のすぐ横で、桜庭が胸元に手を添え、すっと息を吸い、何やら叫びだす。
「生徒会室で会った時には、優しい先輩だと思っていたのに!」
「さ、桜庭さん!? ち、ちがっ!」
長谷川が愕然としている。桜庭に失望され、かなりショックのようだ。
誠次もそこで、はっと顔を上げた。
「こんな恥ずかしい真似をして、相村先輩が悲しみますよ!」
「なっ!? いやっ、天瀬お前! な、なんで相村の名前を出すんだ!?」
しかし顔を赤くした長谷川は、攻撃魔法の魔法式の構築どころではなくなった。
「あーっ! あんなところに相村先輩が!」
追い打ちをかける為、誠次は指を戸惑う長谷川の後ろへ指す。
「なに!?」
長谷川が慌てて振り向いたその直後、誠次は「今だ行くぞ!」と叫んできょとんとしている桃華の手を握り、桜庭と一緒に長谷川の横を駆け抜けていく。
「なっ、よく考えれば相村がここにいるわけがなかった!」
長谷川はそうして、片手で顔を抑える。
「卑怯だぞ天瀬……」
「悪いですけど俺、モテなくちゃいけない理由があるんです」
誠次は走りながら後ろを見て、苦笑する長谷川に告げる。背後から魔法を放つと言う卑怯な真似は、どうやらしないようだ。
が、向こうもやはり一つ年上の先輩。そのまま黙って引き下がるタマではなかったようで、誠次とレヴァテインをなるほどなと交互に見てから、
「分かったよ剣術士。ただお前こそ、あんまり桜庭さんを悲しませるなよな。頑張れ!」
「なっ!?」
「はっ!?」
背後から響いた声に、誠次と桜庭が共に顔を真っ赤にする。
「あたしはむしろ、天瀬に感謝してばかりだけど……」
共に顔を赤くした誠次と桜庭はしばし目線を合わせられず、その様子を桃華が後ろから見ていた。
「見つけたぞ! 翔は突破されたのか!?」
「アイツはただの゛無自覚系゛だからそこまでは想定内だ!」
何やら言っている二学年生の先輩方が、息つく間もなく立ち塞がって来る。細長い通路、そして左右には窓と寮室の扉があるだけで、他に逃げ場はない。
「この剣術士が! お前はこの世の男子の敵だ!」
「女子を騙し、気持ちを踏みにじり、悲しませるお前に桃華ちゃんを守る資格はない!」
「天瀬の何が分かるんですか!? 踏みにじられたりなんかしていません!」
立ち止まり、桜庭が叫ぶ。
しかし、もはや立ち止まって落ち着いて話し合う状況ではないだろう。現に、先輩方は汎用魔法の魔法式を展開している。
「押し通る! そこを退けぇ!」
誠次はレヴァテインを突きの姿勢で構え、そのまま突撃する。
「お、おいマジかアイツ!? ひぇええええ!」
「に、逃げろ! 刺されるーっ!」
「こちらポイントC! 防衛線を突破されました! 援軍をお願いします!」
目に見える、男子寮棟の照明を受けて煌く凶器を前に、先輩方は蜘蛛の糸を散らすように逃げていく。
「やけに統率がとれているな……」
気味悪く感じながら、誠次たちは男子寮棟を脱出する。
出て来たのは再び中庭だった。学園の中心にある中央棟に向かえば、職員室がある。秋風をいっせいに浴びながら、誠次は辺りを見渡していた。
「もう……ごめん天瀬……。またこんなんで」
ルートを計算している誠次のすぐ後ろから、桜庭が謝って来る。
桃華も、桃色の髪を悲しそうにしゅんと垂らしていた。
「私もごめんなさい……。誠次さんといると本当に楽しくて、立場を忘れてたわ……」
「なんで二人して謝るんだ。気にするな」
「それにしても先輩たち、ちょっと異常すぎだよ……。桃華ちゃんが来て興奮してるのは、わかるけど……」
確かに、長谷川を含めて攻撃までしてくるのは、いくらなんでも常軌を逸していると言わざるをえない。
「桜庭さんの言う通り、さすがに過激すぎるわ。職員室に行くのよね」
「ああ。一刻も早く先生に話すんだ」
装飾された中庭を走りながら、桜庭と誠次が息を切らす。
「――そうはとんやがおろさないわよ」
あともう数Mで、中央棟の入り口に辿り着くところで、誠次たちは頭上から棒ゼリフを掛けられる。
「新手か!?」
「この聞いたことある棒ゼリフ、まさかこうちゃん!?」
何事かと身構える誠次の横で、桜庭がはっと顔を上げる。
中央棟の玄関口の少しだけ突き出した屋根。その上に、赤いマフラーを首に巻き、なぜかボディスタイルが強調されるような黒い衣装を着た、銀髪の少女が立っていた。いわゆるく女性版忍者、くノ一のコスチュームだろうか。
「口をマフラーで隠していて、誰か分からないぞ! お前は誰だ!?」
険しい表情で誠次は叫ぶ。相手はこちらの命を狙う追っ手であり、油断は出来ない。
「いや絶対こうちゃんだって! むしろ隠れてるの口だけだよ!?」
「香月が゛あんな恥ずかしい真似゛するはずがないだろ!?」
「誠次さんがあんな恥ずかしい真似とか言うから彼女、少し恥ずかしそうにしてるけど……」
こちらを見下す不敵な紫色の視線から、見てはいけない何かが見えそうであり、誠次はよく顔を見ることが出来ないでいた。
「そ、そう。私がくノ一のコスプレをして天瀬くんの前に立ち塞がるなんてことは絶対にないわ。例え渡嶋先輩の命令だったとしてもっ」
「私って言ってるわよね!?」
「あと、恥ずかしくは、ない……断じて」
「そこはやっぱり頑固なんだねこうちゃん!? 乗り物酔いの時みたいに」
マフラー越しにもごもごと言う謎のくノ一に、桃華と桜庭がツッコむ。
「確かに香月のあの透き通るような声にはよく似ている。だが、俺が香月の事を間違えるはずがない! お前は偽物だ!」
「いや、褒めてるのに盛大に間違えてるんだって天瀬が……」
誠次がレヴァテインを意気揚々と構えると、やれやれ顔の桜庭が肩に手を添えて来る。――その時、レヴァテインに微かに魔法の光が纏わりついていた。
一方、謎のくノ一少女の紫色の目が、悲し気に揺れていた。
「そう。あなたはどうしても私が香月詩音じゃないと言うのね?」
「ああ。俺の知っている香月はそんな事はしないはずだ!」
「そう。なら、分からせてあげるわ。……私は香月詩音よ!」
銀髪の前髪をさらりと払い、謎のくノ一少女はきっぱりと言ってくる。
「……いや、もう何がこうちゃんの目的なのかさっぱりなんだけど……」
桜庭があんぐりとしていた。
「え……?」
そして、周囲の気配にも気づく。
「天瀬誠次! あなたは女子の敵よ!」
「莉緒ちゃん! 桃華ちゃん! こっちに来て!」
「そのピンク色のツインテールでどうか私をぺしぺししてください!」
巫女服やナース服や婦警。扇情的なものからきっちりと作り込んだものまで。コスプレをしたヴィザリウス魔法学園の女子生徒たちが、誠次と桜庭と桃華を取り囲んでいた。
「聞いて下さい! これは俺の持っているこのレヴァテインの戦い方の為。そして、何よりもみんなが俺と一緒にいたいと言ってくれているんです!」
「な、なにを言ってるの天瀬くん!? じ、自意識過剰にもほどがあるわ!」
女子生徒たちが顔を赤くして、誠次に反論する。
「ほ、本当です! 天瀬の事をみなさんは誤解しています!」
負けじと、顔を赤くした桜庭も後ろから声を張り上げる。
「誰が誰と一緒にいたいかは、その人個人の自由だと思います。現状、誠次さんが何か事件を起こしていると言うのでしょうか!?」
桃華がこの場の全員に、よく響く声で問う。
女子たちの普段は見ない非日常的な姿を前に赤面している誠次の背中で、その二人の女子の言葉は大きな力となって、誠次の背中を押してくれている。
「そ、それは……」
「騙されないで! もう二人とも剣術士に洗脳されている!」
こちらを包囲する女子生徒たちの団結力に、不穏な風が差し込む。
押し込まれるわけにはいかないと誠次は腹に力を込め、左手を横に伸ばしながら声を出す。
「そうです。俺は魔法が使えず、魔術師ではない剣術士。その魔法が使えない以上、女性を洗脳するなんて論外です! あなたたちになんと言われようと、俺の事を信じてくれている皆を失うものか!」
「ね、ねえ……。や、やっぱ天瀬くんは……」
「……あ、あの言葉と声と顔に騙されちゃ、だ、駄目よ!」
明らかに動揺の色が、女子生徒たちの中で広がっている。
「……」
気づけば、無言の謎のくノ一少女が、誠次の前まで降り立っていた。
「こうちゃん?」
誠次の右手にぎゅっとしがみついている桜庭が、謎のくノ一少女を見つめる。
誠次もその姿を正面間近で見た。
「さすがね天瀬くん」
「……わかって、くれるのか……?」
いささか自信を失くしてしまいそうになりながらも、誠次は問う。その声と言葉に、何度背中を押された事かと、目の前の少女を見つめ返す。
「桜庭さんと桃華さんをお願い」
口元をマフラーで隠したまま、くノ一少女はぼそりと言う。
任せろ、と誠次は頷いていた。
「任せてくれ、香月詩音」
「……ようやく気付いたのね」
「ここまで来られたらな。それに、俺の事をなんだかんだ、香月はいつも理解してくれる」
声を掛けられた香月はマフラーを口から首回りまで降ろす。どこか嬉しそうに、微笑んでいるようには見えた。
「図書棟」
「?」
「図書棟に、今回の一件の全ての元凶が待っているわ」
香月は小声でそう言うと、誠次の目の前で振り向き、逆にこちらを取り囲む女子生徒たちを見渡す。そして構え、完全に女子生徒たちと対峙していた。
「こ、香月さんが裏切った!?」
「渡嶋作戦司令! ど、どうします!?」
女子生徒の群れの前に立ったのは、紺色のスクール水着姿の、渡嶋美結だった。健康的に日焼けした柔らかそうな太ももがむき出しであり、おおよそ中央棟の背景には似合っていない姿だ。
「なにやってるんですか副会長……」
誠次はいよいよ目のやり場に困り、赤くなった顔であさっての方を向く。
「桃華ちゃんと桜庭ちゃんと天瀬くんを行かせちゃ駄目っ! なんとしてもここで食い止めるよ!」
ご丁寧に胸元に平仮名で【2-A わたしま】と書かれたスクール水着姿で、渡嶋は大声を出す。
そして先ほどからこの騒ぎ、教師の目にも止まるはずだが、ここまで一切の干渉がない。
「どうなってるんだ!?」
「こうなったら図書棟ってとこに行くしかないわよね、誠次さん!」
桃華が周囲を見渡しながら、言ってくる。
「分かってる。けど、この包囲を突破しないと」
しかし周りを囲んでいるのは、コスプレをした女子生徒たち。誠次にはどうすることも出来ず、じりじりと距離をつめられる。
「ここは私に任せて」
「香月!? ――すまない頼む!」
「こうちゃん、ありがとう!」
「桜庭さん。天瀬くんを、お願い」
「う、うん!」
誠次と桜庭が香月に声を掛け、桃華も一礼をして、走り去って行く。
香月が汎用魔法の魔法式を展開し、それを周囲に威嚇するように向ける。魔法元素が集う風に、赤いマフラーが揺れていた。
「っく。゛もう無属性でも攻撃魔法は中止゛! 汎用魔法で相手するよ!」
「了解!」
女子たちもまた、物体浮遊等の汎用魔法の魔法式を組み立て始める。
「ふふ。やっぱり、天瀬くんは私の見込んだ通りの男の子」
自身に向けられる十は超える魔法式を前にしても、相変わらずの上からな香月は怯える素振りすら見せず、大胆不敵に微笑む。
先輩たちを相手にしても、香月は退かなかった。時間稼ぎと言うよりは、むしろ押し返し始めてもいる。先輩たちが発動した魔法を自分の発動した魔法で押し返し、逆に空に浮かして見せる。
「きゃあっ!」
香月の゛手加減゛を前に、スカートを抑えて宙に浮かぶ先輩たち。
「無駄よ」
真横から放たれた汎用魔法の光を、防御魔法で防ぎ、お返しと言わんばかりに汎用魔法で反撃する。
「つ、強い! 本当に一学年生!?」
香月の戦いは時間稼ぎとしては上々だった。凍てつくような冷気を、生肌に感じるまでは。
「こ、この氷は……っ」
香月が気づいた時にはすでに、自分の手が地面から伸びた氷によって、纏めて凍らせられてしまった。氷によって固められたと言うのに、不思議と冷たくはないが。
「《グレイシス》。ごめんね、詩音ちゃん」
魔法の詠唱をし、歩いてやって来たのは、ある意味この場では異質となってしまっている、普通の制服を着た生徒会長、波沢香織であった。青い髪を靡かせ、身動きできない香月の元に、彼女は優雅に歩み寄って来る。
「香織先輩っ」
香月が口惜しそうに、香織を見つめる。
「この先輩たち相手に、ここまで粘れたのは凄いよ」
香織は純粋に驚いているようで、まだ香月の前で魔法式を起動したままだった。
「手を塞がれていては、あなたもどうにもできないでしょ?」
「……っく」
香月は文字通り打つ手をなくし、その場で項垂れた。
「でも、誠次くんを逃がす時間は稼げた。その点では、あなたの勝ちよ詩音ちゃん」
「北海道で貴女も、天瀬くんに助けられたはず。それなのに貴女も、天瀬くんの事を信じられなんですか?」
香月が香織に問い正す。
香織はびくん、と身体を強張らせ、
「え? い、いやそう言うわけじゃないけど……これは、その……゛あの人゛の命令で、仕方なくなの」
香織は自分なりに理由をつけたようで、そうしなければと言い切る。
香月は紫色の瞳でじっと、香織を睨んでいた。
「貴女も天瀬くんに力を貸した一人。でしたら、天瀬くんの事はわかるはず。貴女はただ、逃げているだけ! そう、コスプレからも!」
「コスプレの件は関係なくない!?」
香織はきっと顔を真っ赤に染め、香月に言い返す。
「生徒会長……?」
二度不穏な風が流れ始める、女子生徒たちの中から、香織の背中に声がかけられる。
女子生徒たちから見える香織の背は、微かに揺れていた。
「詩音ちゃん。確かに私は、生徒会長と言う立場に従ってしまっていた……」
「いや、それでいいんですよ生徒会長……?」
「でも、それより前に私も一人の女子! 私は私の信じるものに従う! なによりみんなのその恰好、非常識すぎる!」
香織も振り向き、見事、コスプレをした集団と敵対していた。氷結属性の魔法式を解除すれば、晴れて香月も自由の身だ。
唖然とする女子生徒たちの目の前で、香織は華麗に氷結属性の魔法を展開し、構築する。
「やるわよ詩音ちゃん! 私は誠次くんを信じる!」
「ありがとうございます香織先輩。私もです」
現役生徒会長と一学年生のエースマジシャンガール。この二人が手を組んでしまえば、たちまち形成は再逆転する。
「先生」
「えっ?」
「香織先輩のコスプレで、似合いそうなものです」
不意に、そんな指摘を香月がしてしまい、香織が慌てる。香織の水色の魔法式が、集中力を切らしたことにより消えてしまい、
「「「今だ取り押さえろ!」」」
「きゃっ!? ちょ、ちょっと!」
「ご、ごめんなさい香織先輩っ」
謝る為に香織の方を向いていた香月共々、迫り来る女子生徒たちの群に取り押さえられてしまっていた。
「被害は甚大! 物凄く手ごわかったけどなんとか、か、確保!」
「かおりん……香月ちゃんはある程度予測できてたけど、まさかかおりんまで裏切ってしまうなんて……!」
渡嶋は腕を組みながら、嘆かわしそうだ。
香織は警察のコスプレをした二人の女子に取り押さえられ、悔しそうだ。
「この人数相手に立ち向かった勇気はさすが! しかし罰として、かおりんもコスプレをする刑に処す!」
「趣旨変わってない!? 誠次くんはいいの!?」
香織が目を丸くして渡嶋も含めて周囲の女子に問いかける。
「ぶっちゃけ私、最初から天瀬くんに興味ないしー。それよりもかおりんのコスプレ姿の方が見たい!」
「それに、あとは先輩がなんとかしてくれるでしょ? 聞いてたほど悪い子じゃなさそうだし、それより疲れたー」
渡嶋の言葉を皮切りに、戦っていた女子生徒たちの緊張感が解けていく。
「詩音ちゃん。これでよかったのよね?」
「はい。天瀬くんなら……乗り越えてくれるはず」
女子生徒たちにもみくちゃにされながらも、二人は接近でき、小声での会話を交わしていた。
香月が教えてくれた通り、全ての元凶を確かめる為、誠次と桃華と桜庭は他の棟とは違ってドーム型となっている図書棟まで走ってやって来た。博物館のような、入り口に繋がる石造りの大階段を駆け上がる。
「ハァハァ!」
「きっつい!」
誠次と桜庭は二人して息を切らしていたが、桃華はアーティストとして日頃からトレーニングをしているのか、まだまだ余裕のようだ。
段数自体は別に多くない大階段を上り切れば、図書棟内部へはすぐ突入できる。
「なに、ここ……」
大きな門を開け、図書館に入った途端、目の前に広がった光景に、桃華が息を飲む。
「ここが、あの図書館?」
「いつもより暗いけど、これは……」
桜庭と誠次も、いつもの図書館とは様変わりしていた内部の様子に、驚いていた。
白いうっそうとした霧が立ち込め、頼りになるのは松明を模した照明のみ。そして巨大な本棚からは本が全て抜かれ、それが場所を移動し、壁のように立ち塞がっている。
桜庭はパンフレットを起動していた。
「三学年生の出し物で、巨大ダンジョン迷路になっているみたい」
なるほど、と誠次は顔を上げる。
入り口と言わんばかりに、真正面方向に進む道が一つだけある。その両サイドに道しるべとして浮かんでいる松明が、妖しい雰囲気を醸し出していた。
「巨大ダンジョン迷路……」
「ねえ。あそこに誰かいるわよ!」
桃華が目を細め、真正面方向を指さしていた。
朝靄に似た白い霧が立ち込める中、道の先に、確かに一つの人影が立っている。まるで、こちらを待っているようだ。
「行こう。こんなおかしいことを終わらせるんだ」
「「うん」」
やがて、その男のシルエットが如実に分かり、黒い目で見た誠次はごくりと唾を飲んだ。
「――おめでとう誠次少年。よくここまで辿り着けたな!」
「兵頭、生徒会長……!?」
「生徒会長は元、だ」
短い茶髪に、こちらを射抜くような赤色の瞳の持ち主。白い制服の下、がたいの良い身体つきを隠すこともなく堂々と立つ少年、兵頭賢吾が、迷路の中でも少し開けた場所で待っていた。
「元生徒会長が、元凶なの……?」
桃華が兵頭をまじまじと見つめる。
「兵頭先輩。おかしいですよ。俺の事が気に喰わないのでしたら、貴方は正々堂々と俺に挑むはずです」
「? 俺は弁論会で君を騙していたんだぞ? それなのにそう思うのか?」
「弁論会の時は理事長の命令だったんですから。それとも、今回の一件も理事長のせいなんですか?」
「違う。けど゛確かにこの事態は異常だ゛。学園全体が君の事を敵と見なしている。故に、俺がこうして君と対峙している理由を知りたいか」
兵頭は目を瞑り、うんと頷く。そして、次の瞬間には目を開け、口も大きく開けると、
「だったらこのダンジョンを攻略し、見事もう一度俺の元へたどり着くんだ! 誠次少年!」
「えっ!?」
誠次が驚く声を上げたその直後、兵頭と自分との間に、巨大な本棚が上空から落ちて来る。見上げればこの場以外にも、無数の本棚が物体浮遊の魔法を受けて浮かんでいる。
「危ない!」
誠次は桜庭と桃華の身体を押し、急いで後退させる。白霧を巻き上げながら、完全に兵頭の姿は本棚の向こうへと消えた。それだけではなく、二人が入って来た図書館入り口も、降って来た本棚によって閉ざされた。
「ありがとう天瀬……。でもこれって、進むしかないってこと?」
「前は行き止まり。右と左、どっちかね」
桜庭と桃華が周囲をきょろきょろと見渡している。
「そうね。女は黙って右よ!」
「女は黙って右って聞いたことないけど……」
張り切る桃華の横で、桜庭が苦笑しながら一言。
一方、二人の後ろで、誠次は自分の右手を苦悩の表情で見つめていた。黒い瞳は、漆黒の刀身を持つレヴァテインをじっと見つめている。
「……」
「天瀬」
桜庭がそんな誠次に気づき、傍に駆け寄ってくる。
「もしかして、自分が間違ってるんじゃないかって、思ってる?」
「いや……。ただ、やっぱり少し、堪えるなって……。兵頭先輩までもが、俺の事を……」
「あたしは覚悟できている。もう、逃げたりはしないよ。一緒に、頑張ろ? 天瀬」
「ちゃんと言えたじゃない」
桃華が微笑みながら、桜庭を見る。
「と、桃華ちゃん!? い、今言わないでよ!」
「なんの話だ……?」
誠次が困惑するが、二人の女子ははぐらかしてくるだけだ。
「あの元生徒会長、自分で異常な事態って言っていたわ。当人にその自覚があるのに、どうしてなのか確かめる必要があるはず」
桃華は桃色の長い髪を振り払いながら、宣言通り、右へと続く角を曲がる。
しかし、すぐに顔を真っ赤にしながら戻って来た。どうやら、行き止まりだったらしい。
「……っ」
「じ、じゃあ左だね。本格的すぎて、迷いそうだけど」
桜庭があははと苦笑いしながら、誠次と桃華を伴う。
「……ああ、何回迷ったって、歩き続けないとな」
「天瀬……。うん、そうだよね」
そう言って、誠次たちが振り向いた直後だった。
「?」
白い霧の奥から、青く、もやもやした物体が二つほど、浮かんでいるのだ。そこから覗く、赤く鋭い双眸。獣のようなその赤くぎらついた眼は、人のものではない事は分かる。
「なにあれ……」
桃華が思わず後退っている。
「なるほど……。ダンジョンにモンスターは付き物って事か」
使い魔を召喚、使役する高度な魔法、眷属魔法。誠次はそうと判断し、レヴァテインを両手で握って構える。背後に聳え立つのは壁と言う名の本棚。倒して突破するしかない。
「戦うぞ桜庭! 桃華!」
「う、うん!」
「の、望むところよ!」
声が少し震えているところは、いちいち指摘しない方がいいだろう。なんて余裕を見せられる間もなく、誰かが発動した眷属魔法の使い魔が、襲い掛かって来た。




