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二〇七九年一一月一八日。前もっての予告通り、生徒だけでのヴィザリウス魔法学園文化祭一日目が、開催されていた。
一年でもっとも盛り上がる高校行事が文化祭と言われている以上、やはりその熱狂は伊達ではない。派手に装飾された学園中のそこかしこで、少年少女のはしゃぎ声が途切れることはなかった。
まるで学園全体が生きているように、普段の授業の日はじっと眠りにつき、ここぞとばかりに活気づいて動き出したようである。
『――さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも奇妙な魔法のショーだよ下級生!』
「わー凄い!」
「ねぇ、行ってみようよ」
「わっ、押すなって! 食い物が落ちる!」
魔法学園で迎える初の文化祭に、一学年生たちは心躍らせ、休憩の時間には校舎内を散策する。総勢千人を超える若き少年少女の盛り上がりは、最高潮だ。
中でもひと際大きな人だかりが出来ていたのは、1-Aの出し物が行われていた第二体育館だ。
『午前の部はこれにて終了となります! 午後の部は二時からの予定となっています!』
扉を一枚隔てた先から、桜庭莉緒のよく通るアナウンスが響いている。リハーサルの時こそド緊張していたようだが、どうにか本番はこなせているようだ。
ステージ横の体育倉庫を仮の楽屋として使い、太刀野桃華がふぅと息をついている。まだあどけない顔の頬を、透明な汗がつたい、歌って火照った身体にタオルを被せ、休憩中だった。
「お疲れさま。すごい盛り上がってたぞ」
つい先ほどまでステージに立ち、数百を超える人の前で歌う光景を目の当たりにしていた誠次は、笑顔で桃華を迎えていた。
今もすぐ外からは、大勢の生徒の歓声や拍手が絶え間なく聞こえている。
1-Aのクラスの出し物であるライブだが、午前の部と午後の部で別れている。そうでもしないと人気すぎて人が入りきらず、その間に香月たちが手配したお笑い芸人たちがステージに出演する、という流れだ。
「楽しかったけど、さすがに強行スケジュールだけあって疲れるわね」
当の桃華は、「うー」と唸り声を上げながら、ストローを吸い、で水分補給中である。歌っているときは跳ねていた桃色のツインテールも、今はしゅんと萎えたように垂れている。
一週間前に所謂現場入りした桃華だが、そこから毎日リハーサルを続けて今日に至る。桃華の安全のほうだが、担任教師である林の承諾の元、ヴィザリウス魔法学園のクラスメイトの女子寮にここ一週間は寝泊まっていた。
「凄い熱気だったわ。私もぞくぞくしちゃって、本当のライブみたいだったし」
「グッズとかライトとかも持参してる先輩いたし、大成功だ」
「て言うより、高校生ってやっぱ凄いわ。男子なんて上半身裸になってたり、女子なんてなに言ってるか分からなくてもとりあえず雰囲気で盛り上がってたり、本当に若いわ」
マネキュアの塗ってある手先を見据え、桃華は言っている。
「……うん。桃華は、それよりさらに年下なんだけどな……」
カーテンの隙間から第二体育館内を見渡し、誠次は苦笑しながら頷いて言う。
「魔法生、ね……」
一方で、桃華は何やら楽し気に呟いていた。
「一週間女子寮に泊まってたそうだけど、どうだった?」
なにか楽しい事でもあったんだろうかと、誠次が桃華の方を向き、尋ねてみる。
「……なんか変態っぽい質問ね」
やましい想像でもされるのではないかと、桃華は誠次をジト目で睨んできた。
「いや別にやましい考えじゃないんだ。気になってさ。……やましいか」
「かなり」
桃華はくすくすと微笑み、椅子に深く座り直す。
「なんでかみんな私と一緒に寝たい寝たいって、すごかったし、一日おきに違う部屋に泊まったの。そうね……桜庭さんたちの部屋での出来事は、あなたには言えないわね」
「? 俺には?」
「そう、あなたにだけはねって。桜庭さんにも釘を刺されてるし」
一体何があったのだろうかと思いながらも、深い詮索は誠次はしなかった。外の雑音がうるさすぎるのだ。
しばしの休憩をしていると、桃華は椅子から立ち上がり、両手を天に向けてぐぐっと背伸びをし始めた。
「ねぇ、午後の部まで時間あるし、せっかくだからこの学園案内してよ。シャワー浴びてから」
「案内って、出し物見て回りたいって事か?」
「そう。あなたと一緒にね」
桃華の提案に、誠次は少し難しい表情を浮かべていた。
「見せてやりたいけど、外に出たら大騒ぎになりそうだな……」
ただでさえ混乱気味の体育館内を見るに、学園の通路なんかに行ってしまえば、たちまち人だかりが出来てしまうと思う。
しかし、せっかく来てくれた桃華の願いを聞き届けないのもどうかと思う。
誠次は腕を組んで、上手い作戦を考えていた。
「うーん……。《インビジブル》は使えるか?」
誠次が提案する。
「そんな高度な魔法、いくらなんでも無理よ。仮に術式を組み込めたとしても、少しだけしか持たないし、魔素も足りないわ」
「そんな難しい魔法をさらっとやってのけている香月って……」
魔法が効かない身な為今まで少しだけしか感じなかったが、ここに来て香月の凄さと言うものを、改めて感じていた。
「でも桃華の見た目なら、目立って当たり前だしな」
「あら、それって私の事を褒めて下さっているのかしら?」
どこか芝居臭く、桃華が嬉しそうに、無邪気に微笑んでいる。
誠次は参ったなと、後ろ髪をかいていた。色々な意味で、だ。
「堂々と歩いたらいいじゃん」
「その堂々と歩いた場合がマズイんだって……。桃華は一流アイドルなんだし」
「……」
誠次が宥めるようにして言うが、桃華はどこか悲し気な顔をして、俯いていた。雰囲気だけで見れば、バーで独り飲みをしている淑女のようだ。
「それも、もう終わりだと思う」
「……?」
「私はあまりいい気はしないけど、社長も言っていた通り、アイドルはイメージが全てなの」
「イメージ?」
「マスコミはこぞって嗅ぎ付けて、ある事ない事私の事を書くと思うわ。マネージャーに洗脳されていた虚像のアイドル、とかね。そうするともう世間のイメージは百八十度変わる。歌と踊りとは、まったく関係ないのに……」
想像に難くない話に、誠次は戸惑う。
「そんな――」
「勘違いはしないで、貴方のせいじゃない。あのまま怜宮司に操られているよりは、ここにこうやっていられる方が遥かにマシよ。貴方には、本当に感謝してるから」
桃華は誠次を見つめ、ほんのりと頬を染めて言っていた。
「それに私自身、テレビで芸人のギャグを見て愛想笑いしてるのも、つまらないし。やっぱり自由に歌ってたりする方が、楽しいわ」
「今まさにステージで桃華の穴を埋めている芸人さんたち涙目だな……」
容赦ない桃華の言葉が、観客たちの笑いを見事にとっている彼らには聞こえないことが、救いだろう。
しかし、覚悟を決めている桃華を前にすれば、誠次もうんと頷いていた。
「よしわかった。俺も腹をくくる。このまま一緒に見て回ろう。なにより変装して隠れながらこそこそなんて、桃華もつまらないだろうし」
「ありがとう誠次さん! さすが私が見込んだだけあるわ!」
桃華は嬉しそうに、胸元で小さなガッツポーズをしていた。
問題はアイドルと一緒に文化祭を見て回る事に対しての学園内での自分の立場だが……。
彩夏によってメイクを落としてもらい、体育館備え付けのシャワー室でシャワーを浴び、Tシャツ姿に着替えた桃華とはクラスメイトたちに学園内を案内してやると言う名目で断りを入れ、人目につかないところで合流をした。
「お待たせ。体育館にシャワー室が備わってるなんて、本当に設備がいいわね」
「まさかアイドルが使うなんて思ってもいなかったけど。じゃあ、行こうか」
体育館から外へ出た途端、まず誠次と桃華の二人を待っていたのは、謎の生命体だった。丸い球体の見た目で猫のような耳や尻尾が生えていたりする。唯一分かる事は、それが魔法で出来ているという事だ。
「なんだこのほわほわとした謎の生き物は……」
「――あ、悪い悪い。こっちのグラウンドでやってるパレードの使い魔が逃げちまってさ! ってあまっちじゃん! しかも早速女の子連れとか、やるー!」
やって来たのは、三学年生の先輩、夕島伸也だった。茶色に染めたクセっ毛の髪に、同性から見てもモテると思う整った顔立ちの男性だ。ルームメイトである夕島聡也の実兄である。
伸也は「桃華ちゃんじゃん!」と清々しいほどの明るい笑顔で、ビシッと指を指して来ていた。チャラい。チャラすぎる。
「その眷属魔法は出し物のやつですか?」
誠次が目線を向けると、眷属魔法の小動物は嬉しそうに飛び跳ねる。
伸也は切れ長の赤い目を、誠次の視線と同じ方へ向けており、
「そーそー。良かったら見にきてくれよー桃華ちゃん連れて! ……ってなんで桃華ちゃんの目を塞いじゃってるのあまっち!?」
誠次はさっと桃華の真後ろに立ち、棒立ちの桃華の目を両手で塞いでいた。
桃華も桃華で、誠次の行動を受け入れ、微動だにしていない。
「いえ。ただ見せない方が良いと思いまして」
「それってもしかして俺の事!?」
「いえ……その……謎の生命体の方、です……」
「妙に歯切れ悪いな!」
伸也が絶望する中、誠次と桃華はすたすたとその場を去って行く。
「――こちら伸也。手筈通りターゲットは体育館出て行ったよー」
誠次が去った後、伸也は自分の電子タブレットを起動し、何者かに連絡をする。そして、ニヤリと微笑み、
「悪いな後輩、ショータイムだ。ま、持ち前のその力でどうにか頑張ってくれよー?」
「ああいう先輩、私の中学にもいたわ。ちょっと顔が良いからって自分がモテるとか思っちゃってる奴」
「ず、ズバズバ言うな……。本当は良い先輩のはずなんだ……」
誠次はフォローをすることを忘れずに、桃華を案内する。手には、文化祭用に用視された電子デバイスのパンフレットがある。それを起動すると、華やかにアレンジされた文化祭のテーマの文字が浮かび上がり、ヴィザリウスの地図が表示される。生徒会と実行委員が用意したもので、どこで何が行われているのか、これで分かると言う代物だ。
幸いなことに、今のところはまさか桃華が素のまま学園の中を歩いているとは思われていないのだろう、大きな騒ぎにはなっていなかった。桃色の髪の女子は魔法学園にもそこそこいる。男子はさすがに染めているのだろうが。
「随分と凝ってるな」
本当、なんと言えばいいか、生徒会が女子だけの生徒会だけに女の子っぽい作りだ。
「魔法の歴史だって」
桃華はパンフレットの最初の方のページを眺めていた。文字がずらりと並んでおり、おそらくとも言わず、波沢香織が担当しているのだろう。
「すごいタメになるわね。魔法の名前って、編み出した人の国籍で決まるのね」
「ああそうなんだ。例えば桃華の使っていた《シュラーク》は、ドイツの方で編み出されたから、国際魔法教会でドイツ語で承認されたんだ。確か槍って意味だったか」
「一番多いのは、やっぱりアメリカなのね」
「国際魔法教会本部もあるし、あそこは魔法大国って肩書がつき始めているからな。一時は二〇五〇年前から魔法が生まれることを事前に察知していたとか都市伝説があったほどだし」
日本とは比べ物にならないほど、魔法技術が発展していると、そちらへ飛び級留学していた百合が前に言っていた。
桃華は心から祭りの雰囲気を楽しんでいるようで、辺りをきょろきょろと見渡している。そして、すんすんと細長の鼻を動かし、
「お腹空いたし、まずなにか食べようよ。中庭に屋台がいっぱい出来てるって、みんなから聞いたから!」
「了解」
周りからの視線だが、少し離れた位置で見守っている体でいれば大丈夫だろうと、この時までは思っていた。
「――来たものの、地味に多いな……」
誠次と桃華は、中庭入り口横の大きな木の幹の裏に隠れて、中庭の様子を窺っていた。
桃華のライブの午前の部が終わり、その観客が一斉に昼食の時間を迎えているので、人が集まっているようだ。
横では桃華があごに手を添え、なにやら考えていた。
「ねえ誠次さん。どうして私たちって、ここでこうやってこそこそしているの?」
「いやだから、目立つって――……ああ分かった! 楽屋出た時から覚悟は決めてるんだ!」
「そういう事! 私も準備はOKよ!」
桃華は誠次の腕をぎゅっと掴んで来た。
「っ!?」
二の腕に柔らかい感触を感じ、誠次はかあっと顔を赤くする。身長こそ誠次の顔一つ分低いが、それに反して女性として膨らんでいるところは膨らんでいる。
(我ながら俺、廃墟の時よく我慢できてたな……)
状況的にそれどころではなかったのだが、アイドルとして人に見られるに値する魅力を持っていることに、間違いはない。
込み上がって来た邪念を振り払うように、誠次は首を横に振っていた。
「……」
そんな誠次を、ふふんと桃華は何やら面白気に見上げていた。彼女自身、こちらにしていることがどんなことか分かっているはずだが。
「私、グラビアの仕事は受けたことあるけど、水着とかはやった事ないの。オファーはあったけど、断ってたし」
「……えっ。あ、ああそうなのか……」
突然そんなことを言われ、誠次は桃華を直視できず、じーっと真正面方向を見たままだった。声のトーンが若干高くなっている。なんでそんなことを言い出すのかと思えば、桃華は誠次の腕を引っ張る力をぎゅっと強める。
「だからつまり、私の゛大胆な姿゛を見たのは、貴方が初めてなの、誠次さん」
なんてことを言うんだ!?
この状況でそんな事を言われてしまえば、誠次は慌ててしまい、
「っ!? す、すまない!」
「ううん。窓からやって来るなんて、私がよく読んでた少女漫画のワンシーンみたいで、本当にドキドキしたし……」
桃華も頬を赤く染めながら、歩き続ける。
「好きな人に自分の恥ずかしい姿を見られても、構わないし……」
「……アイドルがそんな事……」
「……恋愛禁止なんてルール、ウチの事務所にはないから……。文化祭デートなんて、一度やってみたかったし」
桃華はそう言うと、誠次の腕からその身体を離す。するりと腕が解けていくが、最後の最後で、手だけを繋ぐ。
棟と棟とを結ぶ空中回路を屋根に、アーチのようなそこを潜れば、屋台が広がる中庭だ。
「「「と、桃華ちゃんだ!」」」
誰かが気付いた声を出せば、たちまち周囲の人が反応し、こちらを見つめて来る。
その時、桃華のこちらを掴む手にぎゅっと力が入る。誠次も桃華の手をぎゅっと掴み返し、そこに意識を集中させる。
「け、剣術士と一緒にいるぞ……」「おい嘘だろ……」「ニュースで桃華ちゃんを誘拐した未成年の男って、やっぱり……」
ひそひそとそこかしこで、囁き声がしている。誠次と桃華から一定の距離を空けて、輪を作っているようだ。午後の部の方で、なにか悪影響が出ないといいのだが、今は桃華の苦労を労うことが先だ。
「ふふ。アイドル失格だわ」
「笑ってないか? 楽しんでないか?」
「貴方とのスキャンダルだったら、望むところね」
クラスメイト以外からは、相変わらずの視線である。誠次はもう慣れた顔で肩を竦めていた。
「受け流すなんてすごいわ。私はいつも気にしちゃうし」
「気にはしてるけど。……私は?」
「中学の話。仕事が忙しくてたまに行けてもみんな私を珍しいモノを見る目で見て来て、少なくともいい気分じゃなかったわ。怜宮司がマネージャーになってからは、行ってないわね。今になったら皮肉だけど……」
「アイドルと中学生の両立か。本当にすごいと思う。やりたいこととか、プライベートな時間も、そうとれないだろ?」
「私の場合、そのやりたいことが歌を歌う事だったし、良かったんだけどね。まあ学校の方は、それじゃ上手くいかなかったんだけど……」
「あー……。同性からの妬みとか、凄そうだよな」
想像に難くない光景に、誠次は気まずそうな表情をする。
「あっ、来てくれた」
気づけば、桃華が一点を見つめて軽く手を振っている。
誠次も桃華の視線につられてそちらを見てみると、見慣れたセミロングの黒髪の女子が一生懸命こっちにやって来ているところだった。
「ご、ごめんなさい! 通してください! ちょっ、隙間!」
人の群の中を掻い潜って、飛び出るようにやって来たのは、先ほどまで館内アナウンスをしていた桜庭莉緒だった。
「桜庭?」
誠次が戸惑うが、桃華は桜庭がやって来ることを知っていたようで、笑顔で迎えていた。
「お待たせ桃華ちゃん! 上手く合流できたね!?」
「は、はい!」
周囲の人の好奇の目の中、桜庭は気にすることなく誠次の隣に立っていた。
「どういうことだ?」
「あたしたちの寮室に来てくれた時、桃華ちゃんとちょっと色々と話してね」
桜庭は人差し指を突き立て、何やら得意げに言ってくる。すなわち、女の子同士の秘密トークと言うやつだろう。
「その話の内容がとんでもなく気になるんだけど……」
「ま、まあそれで天瀬と二人だけだと、二人とも大変だと思うから、あたしがフォローしたいなって思ってさ。けど、大体予想できてたけどやっぱすごい注目されちゃってるね……」
はぐらかした桜庭は、冷や冷やな表情で、せわしなく辺りを見ていた。
「でも! あたしが来たからには百人力! 友達おススメの屋台とか、教えてあげるからね!」
柔らかそうな胸元をぽんと叩き、桜庭は意気揚々と桃華に告げる。
桃華は礼儀正しく、軽く頭を下げていた。
確かに桜庭がいれば、三人で歩いているという事になり、桃華とデートしている体ではなくなるはずだ。桜庭と桃華の考えに、誠次は助かる形となっていた。
「ありがとう桜庭。休憩時間なのに悪いな」
「ううん。あ、あたしも天瀬と一緒にいたかったし。……それに桃華ちゃんにヴィザリウスの良い所、いっぱい知ってもらいたいからっ!」
前半の言葉を物凄く早口に言い終えると、桜庭は捲し立てるように言ってくる。
「それにあたしもお腹空いてるしっ! めっちゃ声出したから喉乾いてるし!」
「飲み物とか、一緒に買いに行きたいですね!」
「うん! となればこっちだね!」
桜庭の誰とでもすぐに打ち解けられる技術は参考になるなと思いながら、誠次は二人の女子の後をついて行く。
状況的にも取り残されていたのは、周囲の生徒たちだ。
「な、なんだ? どういうことだ?」「桜庭さんが天瀬と付き合ってて、天瀬と桃華ちゃんが一緒にいて、桜庭さんが桃華ちゃんを攫ってった……?」「桃華ちゃんのサイン貰いそびれた……」
桜庭のお陰もあり、桃華は屋台を見て回れていた。パンフレットを二人して見ながら、楽しそうに中庭を歩いている。
誠次は二人の後ろを、やや遅れてついて行く。茜の言っていた通り、脅威には備えないといけない。
行儀は悪いが、人が集まってしまうので、歩きながら買ったものを食べていく三人。
「これ美味しい!」
桜庭が紙袋に入っているお菓子のようなものを食べて、目を輝かせている。おっしゃる通り、祭りの食べ物はあまり美味ではないと聞くが、それこそなにかの魔法でも使ったかのように、充分に一般のお客さんに提供できる代物だ。
「ふと思ったんだけどさ。うちのクラス、ほんと桃華ちゃん頼りだよねー」
歩くスピードを緩め、横を歩く桜庭の言葉に、誠次も棒についた飴を舐めながら、頷いていた。
「まあ魔法は使ってるし、問題はないはずだ」
「桃華ちゃん、来てくれて本当によかったよ。天瀬のお陰」
「最終的に決めてくれたのは桃華の意思なんだ」
謙遜しながら誠次は、目の前で不意に立ち止まっている桃華を見た。
「桃華? どうしたんだ?」
桃華は桃色のツインテール姿のまま前を見つめ、微動だにしていない。桃華が見つめている先を見てみると、一体何なのだろうか、正門方向で砂埃が舞っているのだ。
「な、なにあれ?」
「さあ……」
恐怖を感じている桜庭と、動けないでいる誠次と桃華の元へ、それは迫り来る。
「――桃華ちゃん発見したぞ!」
「こっちだ!」
赤線の入った制服を着た、三学年生男子の群だ。桃華が出歩いていると言う情報を聞きつけた三学年生の先輩たちが、走ってやって来る。大勢の魔法生が大挙して襲い掛かって来るのは、結構恐ろしい光景だ。
「ちょ、ちょっと!?」
「マズイ!」
焦る桃華の前に、誠次が腕を伸ばしながら立つ。所々混ざっているネクタイの色は緑色で、どうやら二学年生男子の先輩もいるようだ。
中庭の砂埃が巻き起こっているほどの勢いで、先輩たちは猛然と走り寄ってくる。
「全員のサイン分、腕を動かせそうか!?」
急いで飴をバリバリと嚙み砕き、誠次は冷や汗を流しながら、後ろにいる桃華に訊く。
「いくらなんでもむ、無理に決まってるでしょ!?」
「なら逃げるぞ!」
誠次は咄嗟に振り向き、桃華と桜庭の背を押す。
「ちょ、ちょっとあたしまで!?」
「別方向に逃げて構わないぞ!」
走りながら桜庭は何かをじっと考えた後、首をぶんぶんと横に振る。
「私も天瀬と一緒に……゛一緒に走るよ´!」
「一緒に逃げるぞ!」
「うん!」
「待て剣術士! これ以上桃華さんを貴様の元に預けるわけにはいかない!」
「桃華ちゃんは我々が取り戻す!」
彼方後方から、なんと魔法式の光が輝き始めていた。
「正気ですか!?」
振り向き、びっくり仰天する誠次は、身体を反転させてレヴァテインを抜刀。先輩のうち誰かが放ってき下位攻撃魔法、《フォトンアロ―》の光の矢を、切り裂く。いくらこちらに魔法は効かないとはいえ、本気で当てに来ている。
「ぷ、プロトを!」
桜庭が防御魔法を展開しようとするが、慌てているために失敗している。
「こう!」
そのすぐ横で、桃華が素早く《プロト》を展開し、先輩方の攻撃魔法を防ごうと前方に展開する。
「桃華ちゃん凄い!」
「まあね! ――っ!?」
桜庭の称賛に桃華が微笑んだのも一瞬、魔法生の先輩が放つ《フォトンアロー》は、桃華の魔法を簡単に破壊していた。
「こ、これが、魔法生の魔法!?」
本人には防げる自信があったのか、桃華は赤い目を大きく見開き、自分のすぐ横の床に突き刺さった光の矢を見ていた。
「この人数相手じゃ無理だ! 棟内に逃げるぞ! 俺の後について来てくれ!」
急に襲い掛かって来た先輩の大群に、自分でもどうしていいかわからず、しかし逃げるしかないと思い、誠次はレヴァテインを抜刀したまま走り出す。
「う、うん。桃華ちゃんこっち!」
桜庭が桃華に手を伸ばす。
「え……」
桃華は差し伸ばされた桜庭の手を見つめると、なぜか一瞬だけ怖気づいたのかのように手を引っ込めようとする。
「大丈夫! 私と天瀬を信じて!」
「……は、はい!」
桃華が桜庭の手を握り、誠次が二人の先頭を切って走り出していた。
二人の間にあった一瞬の奇妙な間。その真意を今の誠次が理解できるはずもなく、しかし暴徒のようになってしまっている先輩たちから、誠次たちは逃げ出した。




