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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
魔法生たちの憂鬱
13/211

6

 今や試験会場となっている第一演習場にて、先輩との模擬戦試験にのぞむ、香月詩音こうづきしおん

 相手役の男子生徒にねんせいは、どうしてもにやけ面としか見えないような表情で。


「君可愛いね。少し手加減してあげようか?」


 素行そこうが優秀とは一体……?


「……」


 香月は相変わらずの無表情のまま、先輩の言葉に首を横に振る事も、縦に振る事もしない。

 二人の制服姿の生徒の腰には、それぞれ二つのフラッグが装着されている。


「……」

「……」

「ま、まあ先生からは手加減なしでやれって言われてるし、ごめんね香月さん」


 どうやら鋼のメンタルの持ち主の先輩であった。

 対決開始の五秒前カウント中。

 先輩の表情には確かな自信の笑みが浮かんでいる。余裕の笑みとも言うか。

 香月をその見た目で判断したのならば、確かにか弱そうだと思う判断は間違ってはいない。

 ――だが。


「始めッ!」


 試験監督しけんかんとくの開始の合図。

 先輩がまずは、攻撃魔法こうげきまほうの術式を展開。

 初めから防御を捨てているような動作の早さであったが、攻撃は最大の防御、と言うのは魔法戦まほうせんではやはり実際間違っていない。やはり一度守勢いちどしゅせいに回ってしまえば、攻勢の敵に対して反撃の魔法を繰り出すのは難しい。

 経験でその事は大いに知っているであろう、先輩の男子生徒は、攻撃魔法の構築を開始したのだ。


「……」


 だが、彼女の前でそれはどこまでも遅い。


「え?」


 先輩の表情が、大きく強張こわばっていた。決して軽くはないはずの身体が、あざやかな曲線をえがいて、宙に舞っていたからだ。

 反転する視線の直前、香月の方を見れたのならば、あり得ない光景が広がっていたことだろう。

 自分より経験が未熟なはずの、一学年生女子生徒が構築した魔法式まほうしきは攻撃魔法のもの。そこまでは良かったはず、だったことだろう、が。


「はや……すぎる――」


 一瞬の動作で術式構築を完了した、香月の攻撃魔法によって吹き飛ばされた先輩は、演習場の壁に激突。

 観客席のどよめきを背に、香月がゆっくりと歩いて先輩の元に近付く。


「……」

「い、今のは何だ!?」


 無言の香月から漂う勝者の風格ふうかくを前に、吹き飛ばされた先輩は慌てふためいていた。

 どちらが先輩か、分からない状況だ……。


「うぅっ!」


 急ぎ、二発目の魔法式の構築を行う先輩。

 しかし香月は、後出しにも関わらず、先輩の構築途中であった魔法式を、咄嗟とっさ妨害ジャミング魔法で撃ち砕いた。

 悲鳴を上げる先輩の元に、崩れた魔法式の破片が降り注ぐ。魔法式の破片による身体的被害は無いが、やはり立体的なガラスの破片に似たものが飛んでくる以上、視覚から感じる恐怖はあるはずだ。よって魔法式の残骸から身を守る様に、顔をおおった先輩。

 それこそが、敗北の瞬間だった。すっかり腰を抜かしてしまった先輩から、フラッグなるデバイスを頂戴した香月。


 ――一年が、二年に勝った……?

 ――あの女子、何者だ……!?


 例年まれに見ない出来事だったのだろう。観客席が、本日一番のざわめきとどよめきに包まれる。


(よ、容赦なかったな……)


 誠次が内心で、おっかなびっくりに語る。

 端的に言えば、凄いことなのだろう……。

 幻影魔法インビジブルも使わず、ちゃんとしたルールの範疇はんちゅうで勝ったのだから、先輩から奪い取ったフラッグをいだく香月に文句を言う者はいなかった。……と言うより、彼女の確かな見た目も相まって、上級生はほぼ全員拍手や歓声を送っていた。

 試験監督しけんかんとくの先生方も、香月の試合を見て、感嘆かんたんとした表情を見せていた。

 試験が終わった香月が、フラッグを教師たちに返し、クラスメイトたちが集まっている一階の片隅へ帰って来る。香月はそのまま、立ち尽くしている誠次の横に立った。


「やったな」

「当然ね。あなたのお友達も、頑張っているみたいね」


 香月の一つ隣りで戦っている志藤は、まだ粘っている。

 誠次の称賛をさらりと受け流したように見えたが、口角は極めて微かに上がっている。


「まったく羨ましい……。だいたい昔っから志藤は――」 


 誠次は面白くなく言っていた。べ、別に香月に褒められて羨ましいだなんて思ってはいない。

 ジト目の誠次が腕を組んでねちねち呟いているのを「それはどうなのかしら……」と香月が冷静な目で見ていた。


「終わったー」


 志藤の試験が終わり、終わりたてでこちらにやって来る。


「粘ったけど絶対勝てねーよんなの。って香月じゃん。魔法得意だったんだなお前」

「どうも」

 

 志藤の褒め言葉にも、香月は大した反応もしなかった。


「――天瀬誠次君」


 聞き覚えの無い女性の声で名前を呼ばれ、誠次は声の方へ振り向いた。

 善戦した友人との喜びを分かち合う時間もつかの間、誠次は自分の名を呼んだ女性を見て、驚いていた。


「先輩?」


 見れば、先ほど、ずっと目が合っていた女性先輩だ。


「……っ」


 志藤が、その見た目を見て思わず息を呑んでいた。

 優雅な青い髪をなびかせ、先輩は誠次を一瞥いちべつして歩み寄って来ていた。


「始めまして。私の名前は波沢香織なみさわかおり


 その青く鋭い眼光におおよそ――好意的な印象は無い、と感じる。

 中学の時の先輩と似ていて……敵だ、と漠然としたイメージが、誠次の中で巻き起こっていた。


貴方あなたの相手は私よ。よろしくお願いするわ、魔法が使えない一学年生君」


 清楚せいそな見た目の先輩から出たのはまさかの、これ以上ないかと言う程の、嫌味だった。


「え……」

「……」


 志藤と香月も、何とも言えないような怪訝けげんな表情で、波沢を見ている。


「……分かりました、波沢先輩」


 あの時の目線は、やはり敵意か。そうと断定した誠次は、二人に比べ一歩前に立っていた。


「魔法が使えないにも関わらずにこの学園に来た事、後悔するわよ」


 よほどこちらの事が気に喰わないのか、波沢は高圧的な態度で言ってくる。


「そう後悔しないようには、頑張るつもりです……」


 昨夜の反省も含め、どうにか無難な対処をしようと誠次は努めていた。

 だが、その時。試験会場の方から――。


「やっぱり先輩は強いねー。あたしじゃどうにもならなかったよー」 


 気の抜けるような声で桜庭さくらばが、波沢と対峙する誠次たちの方へやって来た。

 なんで……来た!?

 試験を終えた桜庭がやって来た所で、波沢先輩の表情が更にくもったのを、誠次は危うく感じていた。


貴女あなたもそんな呑気な態度で、よくもこの魔法学園に来たものね」


 波沢の言葉は、真っ直ぐと桜庭に向かって行く。


「え……」


 汗をかいている桜庭の表情が、にわかに強張る。

 誠次を含めこの場の三人が、固唾を飲んでしまっていた。


「貴女の戦いを見ていたけど、はっきり言って才能が無いと言えます」

「そ、そうかも知れないです……けど……」


 落ち込む桜庭に、波沢は更に言葉をたたみ掛ける。


「貴女たちのくだらない友情ごっこを続けている間にも、゛捕食者イーター゛は人を襲っている。今この学園に相応しいのは、゛捕食者イーター゛を倒す覚悟と、技術がある人だけ」

「あ、あたしは……」

 

 桜庭が怖気づいていた。

 そして波沢は、最後にと言わんばかりにジト目で、誠次を一瞥して来た。


「――ましてや、魔法が使えない人がいても、意味がないわ」


 ああ、そうか。なら……だったら……。桜庭を……巻き込むな……っ!

 誠次はただ単純に――ムカついていた。


「自分と先輩との話です! 今は桜庭さんは関係ないでしょう!?」

「確かに、そうだったわね。桜庭さんに対しては謝罪するわ」


 志藤がなにか言いたげなのを察しつつ、誠次は思わず声を荒げていた。昨夜の反省は結局、一切生かされてはいなかった。

 一方で周囲は演習場中央で戦っている他の生徒に気を取られ、この一幕に気づいていないようであった。


「でも、いい度胸ね? 天瀬誠次くん」


 反抗的な態度がかんに障ったのか、波沢は相変わらず高圧的な態度だ。


「……っ!」

「おうお前ら、なにやってんだ?」


 いつの間にかに担任の林がタブレット端末を片手に、向かい合う誠次と波沢のもとにやって来ていた。

 

「林先生。私は納得がいきません。魔法が使えない男の子が魔法実技試験なんかやっても、意味がないとは思わないんでしょうか?」

 

 法廷の検事のように、波沢は林にハッキリと告げる。


「い、いくらなんでも天瀬に失礼ですよ先輩……っ!」


 せきを切ったように、桜庭が叫ぶ。緑色の目には、微かに水の輝きが見えている。

 そんな様子を見届けた林が少し考えた素振りを見せ、よし、と小さく声を出していた。


「――事情はだいたい把握した。ちょうど今は真っ向勝負の試験の時だ。ちょうど良いし、試験の勝敗でどっちが正しいか、決めようぜ?」


 身振り手振りを交えて説明してくる林に、


「はい先生。私は、天瀬誠次くんに退学を進言します」


 即答に近く、波沢は冷酷な表情で告げてきた。


「りょーかい」


 林も林で、二つ返事で頷いていた。

 あまりにも早すぎる呑み込みだとは感じたが、今の誠次はそこまで頭が回らなかった。

 

「お前はどうする?」


 林が続いて、じっと黙ったままであった誠次を見てきた。

  

「受けて立ちます! 俺の背中の剣が飾りではないことを、証明します」


 誠次は、林と波沢をセットで睨んでいた。

 若干であるが、波沢の整った眉が寄ったようには見えた。一方で、林は少々、拍子抜けしたような顔をしていた。


「? いいのか?」

「はい」

「そうか。――じゃあ決まりだな。波沢、今は試験の時まで下がっていろ」


 強張っていた表情を崩し、林はお気楽そうに言っていた。


「わかりました、林先生。逃げないことね、天瀬誠次くん」


 自信を持ったまま、波沢が去った後――。


「――剣術士。お前負けたら本当に退学な」


 林は波沢の背を目線で追いつつ、そう言ってきた。


「本気、なんですか?」


 ここへきて誠次が、事の重大性を理解し、少しだけ戸惑った声を出す。


「ここで魔術師に勝てないようならば、お前もそこまでだったと言うことだ」

「けど先生! 向こうが勝手につっかかって来たんスよ!?」


 志藤が誠次の前に進み出て、相変わらずこちらに背を向けている林に言う。

 林は面倒臭そうに後ろ髪をぽりぽりかいて、


「べつにいいんじゃないか? ここは魔法学園。魔法が使えない生徒が学ぶことなんて、何もないじゃねーか」


 志藤の言葉を受け流すように林は胸の前で腕を組み、誠次に鋭い視線を送る。 

 先輩からのああ言うもの言いは、慣れてはしまっている。


「試験の時まで今は待ってろ。肩の力は抜いとけよ」


 林はそう言うと、手を呑気そうに掲げてバイバイと、この場を去って行った。


「下らないわね」


 去って行く林と波沢の背中を見つめながら、香月が切り捨てるように呟く。

 

「やっぱり魔法は人を傷つけるもの。魔法が生まれて三〇年経った今では、それが当たり前の認識よ」

「違う……そんな事は……」

「どう違うのかしら。現に今、あの人は魔法の事で桜庭さんを傷つけた」

「桜庭って、香月。もしかして、桜庭の事が心配で――」


 誠次の指摘に、


「っ」


 香月は一瞬だけハッとなったが、すぐに紫色の視線を落とし、こちらに背を向ける。


「……もう行くわ。一応、貴方なら心配ないと思うから」


 香月は軽く首を横に振り、この場を去って行く。


「納得できねぇ!」


 志藤が舌打ちをしていた。

 人と戦う。それは言うまでもなく、初めての事だ。しかもこちらの武器は、生身の人を簡単に傷つける事が出来る、剣のみ。


「天瀬……ごめん」


 一方で桜庭は、今にも泣き出しそうな声を出していた。胸元に手を添え、俯いている。


「どうして来たんだ? どう見ても関わらない方が良かっただろ?」


 桜庭に視線を向け、誠次は訊いていた。


「こ、今度は助けられたら良いなと思ったんだけど……逆、効果だった、よね。本当、ごめんね……あたしの所為せいで」


 桜庭はすっかり気落ちして、肩を落としていた。

 昨日の庇った時の事か。それを一日ずっと負い目に感じていて、桜庭はこちらを庇ってくれたようだ。


「なんで桜庭が謝るんだ……。あの先輩と香月に、分からせないと」


 たとえこれからの戦いで、自分がまた周囲から変な目で見られようとも。絶対に負けられない戦いとは、このことであった。

 知らず、背中の剣の重さが増したような気がした。


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