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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
Magician of the garden ~ここは、魔法の通り道~
129/211

4 ☆

 一般には公表されない憲章を記憶に残し、誠次せいじは面会室に戻って来た。周りを見てみれば、意外と面談者の数は多く、家族らしき人と会話をしている特殊魔法治安維持組織シィスティムもいる。そんな中でも、桃色の髪と言うのはよく目立つもので。


「お待たせしました」 


 戻って来た誠次を待っていたのは、桃華とうかの手に握られている電子タブレットからの大声だった。


「……?」


 誠次が何事かと背後から近づくと、次第に鳴き声が聞こえて来て、


『良かった、良かったっ! 桃華ちゃんが無事で私はやっと安心できる!』

「あ、は、はい……」


 一回り以上は年上の男性の声に応答する桃華の背中が、困ったようにすぼまっている。

 その前に座る堂上は、相変わらずニコニコ笑っているのみだ。


「桃華?」


 誠次が後ろから声を掛けると、桃華はすぐに振り向き、持っていた電子タブレットを誠次に押し付けるようにして来た。


「なっ?」

『君が天瀬誠次あませせいじ君かっ! そうなんだなっ!?』


 硬直する誠次の目と鼻の前、電子タブレットに映っていたのは、どこかの室内にいるスーツを着た、小太りの男性だった。本当に泣いていたのか、お金持ちそうな男性は白いハンカチで涙を拭きながら、誠次をまじまじと見つめて来る。


「は、はい」


 桃華をちらりと見てみると、恥ずかしくて目も合わせられないのか、口をぎゅっと結んであさっての方向を向いている。


『おっと失礼! 私は桃華の所属事務所の社長だ。結構偉かったりする!』


 男性は思い出したように、頬をハンカチで拭いながら言って来た。

 男性のまさかの身分に、誠次は慌てて背筋を伸ばしていた。


「しゃ、社長さんですか!?」

『その通り。よくそうは見えないと言われるけど、会社は結構大きいんだぞ! ワッハッハッハ!』


 豪快に響く社長の笑い声を聞き、誠次の目の前で桃華の顔はいよいよ真っ赤になっていた。


『それもそのはず、ウチの桃華ちゃんのお陰だからだ! ワッハッハッハ!』


 笑い声はさらに響き、周りの人もこちらを見始める。

 誠次が慌てて桃華の隣の席に座る中、


「しゃ、社長落ち着いて下さい……」


 桃華が身体をすぼめながら、極めて恥ずかしそうに言う。


『おっとすまん桃華ちゃん! 君が無事でいてくれて、とても嬉しくてな。ワッハッハッハ!』

「だからその笑い声が大きいんですってば!」

『お、その事務所でもよく聞かせてくれるツッコみ! みんなッ! 桃華ちゃんが無事だったぞ!』


 ウオーッ! やったーッ! ……などと、社長の後ろの方で歓喜の声が聞こえて来ている。事務所の人だろうが、ノリが良すぎる。


「「……」」


 誠次と桃華は呆気にとられ、硬直していた。


「おっ、やったー。この前買った宝くじ当たってる。三千円」


 なぜかその目の前では堂上が、タブレット端末で自分の当たり番号を検索していた。……なぜこのタイミングで?


『桃華ちゃんから話は聞いた! まずはありがとう天瀬誠次くん! 君は私たちの宝物を守ってくれた! そして謝ろう! 私たちがもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかった……本当に申し訳ないっ! そうだろうみんな!?』


 その通りッ! 無念であるッ! ……などと、社長が振り返った先の方で、声が続く。

 誠次の目の前では、いよいよ桃華が頭を抱え始めていた。ものすごく恥ずかしそうだ。


「なあ、政治家の後援会の集まりじゃないんだよな? ちゃんとした事務所なんだよな? 公民館とかじゃないんだよな!? ビルの中なんだよな!?」


 凄く不安になってきた誠次は、念のために桃華に訊く。


「そ、そうだからっ! 相手して!」

「相手って!? 社長を俺に押し付けるな!」

『あれ? もしかして僕今桃華ちゃん以上にモテモテかい?』

「違いますね!」

「仲良しって事にしておいた方がいいかもね」


 誠次が大声を出すと、堂上がコーヒーを口に含みながら、苦笑していた。


『冗談冗談! それで、肝心のこれからの事なんだけど、どうか桃華ちゃんを君たちの文化祭に()()()させてはくれないだろうか? ギャラは一切頂かない!』

「え」


 真剣な表情へとなった社長の口から出た言葉に、誠次は驚いていた。


「私からもお願いする誠次さん。貴方には、大きすぎる恩がある」


 桃華が座席から身を乗り出しながら、誠次に軽く頭を下げる。


「ですが、桃華さんの今の状態で……」

『今回の一件で、私たちも取材陣に囲まれてしまってね、うけていた桃華ちゃんの仕事も全てキャンセルなんだ』


 そこまで言うと、ここだけの話、と社長は口元に伸ばした手を添え、小声で話し出す。


『私たちの業界においての最大の敵は昔からマスコミの存在なんだ。ある事ない事書かれて、桃華ちゃんの人気も落ちてしまう。ま、ある意味人気者の宿命というやつだね』


 真面目な口調となった社長の言葉は、妙に説得力があるものであった。


「でも、どうして文化祭の事を?」

『君の理事長のせいだな』


 聞き覚えのある凛とした女性の声音が、ホログラムの方、すなわち、桃華の事務所の方から聞こえた。青い髪が特徴的な、特殊魔法治安維持組織シィスティム第七分隊所属、波沢茜なみさわあかねだ。ヴィザリウス魔法学園の新生徒会長、波沢香織なみさわかおりの姉でもある。


「茜さん!? どうしてそこに!?」

『君の理事長に協力していたんだ』


 画像の先で腕を組み、茜はなぜか少しだけ不満そうな態度だ。


八ノ夜はちのや理事長が、第七を証拠の確保にあたらせたんだ。私は太刀野桃華さんの事務所に直接向かう班。そしたら出るわ出るわだ、この事務所のずさんな管理体制が』


 まったく、と茜は呆れてものも言えないようだ。


『そう怒らないで下さい! ほら、桃華ちゃんの限定プレミアグッズあげますから!』

『いらんと何度言えばわかるのだ!? よ、よせ押し付けるなぁ!』

「うわー大変そうだねぇ茜さん」


 桃華オタクに染まっていく茜を眺めながら、のんびりと、他人事のように堂上は呟く。

 真横で桃華が気まずそうに頭を下げ続けている中、茜の後ろから社長が出て来る。


『私たちは怜宮司飛鳥くんに桃華ちゃんを任せっきりにしてしまっていたんだ。言い訳と言うわけではないけれど、桃華ちゃんの元気がなくなっているのも、怜宮司くんが人気の疲れによるものだと言っていて、それを素直に信じてしまっていたんだ。本当にすまない……』 

「気を落さないでください社長さん。私は、私をここまで育ててくれたことにとても感謝しています」


 本当に優しくて、人を疑う事を進んで行わないのだろう。だから、良くも悪くも()()()()()()なのだろうか。桃華の言葉に、社長は「ありがとう……」と涙ぐんでいた。


「メイク担当の彩夏さやかさんも、騙されていたと言っていましたし……」


 昨夜の何気ない会話を思い出しながら、誠次がぼそりと呟く。

 その瞬間、画面の先で一瞬だけ、しんと静まる間があった。


『彩夏さんって……?』

「? 陣内彩夏じんないさやかさんです」

『……そんな人、いたっけ?』


 社長を含め、社員一同がきょとんとしている。


「え? 桃華は?」


 その反応に、どこか不気味な感じがし、誠次は慌てて桃華を見る。


「わ、私は洗脳されてたんだし、よく分からないわ……」


 桃華は首を横に振っていた。


『ま、まあまあ! きっと怜宮司くんが呼んだんだろう。恥ずかしながら、プロデュースも含めて本当に彼に頼りっきりだったからね。今は桃華ちゃんが無事で何よりだよ』


 社長があははと後頭部に腕を回しながら笑い出し、誠次も含めて、他の人もそれに納得しかけていた。


「……」


 ――頭に桃華ファングッズであるバンダナを巻かれているものの、あごに手を添えて何やら考えていた茜を除いて。


『実は今回の一件だが、とても怜宮司飛鳥一人だけの犯行だとは思えないのだ。北海道の辻川つじかわの時と、同じ感覚でな』

「協力者がいたという事でしょうか?」


 誠次が訊く。


『それはまだこちらで調査を進めておく。そこで私からも頼みたいのだが太刀野さん。ぜひヴィザリウス魔法学園の文化祭に参加してくれないだろうか?』


 どうしてか茜からも、お願いをしてきた。


「私はもうその気です」


 横で桃華が即答する。


『ありがとう。妹の香織が生徒会長になってから初めてのイベントなんだ。私情を挟むようで悪いがな』


 茜は感謝する、と頷いていた。妹思いの姉ではあるが、そこはやはり年上か。どうやら、別の事をその安堵の表情の裏で計算していたようで。

 茜は青い目を誠次に向けて来た。


『天瀬。お前と少しだけ一対一で話がしたいんだ。良いか?』

「はい」


 まるでもう一人の八ノ夜のようで、誠次はほぼ反射的に答えていた。


『堂上さん。イヤホンを天瀬に貸してやってくれませんか?』

「良いけど、随分と天瀬くんの事を信頼してるんだね。いや、深い意味じゃないよ?」

『いいから早くしてくださいませんか』


 堂上の言葉を受け流すように、茜は肩を竦めている。

 堂上から渡されたのは、小型のワイヤレスイヤホンだった。耳に装着してスイッチを入れれば、電子タブレットの音声は周囲に聞こえず装着者だけに届くという代物である。

 誠次はそれを耳にあてがい、茜の言葉を待った。周囲からは茜が口パクで喋っているように見えるだろう。


『応答はなしで聞いてほしい天瀬。今回の一件、なにもこれでめでたく幕切れではない。むしろ、まだまだこれからだろう』

「……っ」


 誠次は小さく頷く。たしかに、肝心の怜宮司は捕まっていないし、茜の言う協力者とやらも気になった。


『この状況で太刀野さんを文化祭のステージに立たせるのは、ある意味賭けだ。怜宮司が何か動くかもしれないからな。私たちも当日までは備えるが、君も充分に気を張っていてくれ。気の抜けない日が続くだろうが、頼む』  


 誠次は頷いてから、隣の桃華を見た。桃華は囮と言うわけかとは思ったが、本当にそうするかどうかは、自分の手にかかっている。ならば、最善を尽くすまでだ。

 桃華の方も、誠次の視線に気づき、目を合わせて来る。


特殊魔法治安維持組織シィスティムの人はなんて?」

「怜宮司はまだ捕まっていないし、充分に注意してほしいんだって」

「そうね」


 桃華はそう言いながら、くすりと微笑む。そして次には、赤い大きな目を不敵に細め、誠次を吟味ぎんみするようにまじまじと見つめて、


「じゃあ護衛、やってくれるのよね?」

「勿論だ。全力を尽くす」


 誠次は胸に手を添え、頷いて返事をする。


「決まりね。期限も少ないし、準備は早い方がいいわ。やるんだったら私も全力で、最高のパフォーマンスを見せつけないと!」


 桃華は意気揚々と、宣言していた。

 その準備が早い方がいい、と言う桃華の言葉は、我々の想像を遥かに超えていて――、

 

 取り調べを終えたその日の昼過ぎから、桃華は1-Aのクラスメイトたちが待つ、ヴィザリウス魔法学園の第二体育館にやって来た。普通だったら最低でも一日は休んでもいいと思う所であったが、桃華は俄然やる気を出し、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部から直行して来たのだ。

 社長の言葉通り、事務所からも直接スタッフが派遣されており、リハーサルが始まっていた。ちなみにスタッフ曰く、下手な会場よりも魔法学園の体育館の方がよっぽど豪華なライブ会場だ、そうだ。クラスメイトたちが力を合わせた結果だろう。

 これにて、あとは桃華の約一週間ほどの調整次第となった。


「――それで、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部に行ったら社長さんと連絡が繋がって、バックアップしてもらえる事になったんだ」

「いやワケわかんねーっての……。急にひょっこり帰って来てこっちも焦ったわ!」


 ようやく帰ってこれた誠次せいじと、志藤しどうが、冬が近づく秋空の下、体育館外の階段に座り、話をしていた。

 体育館内では今も、とばり香月こうづきが実行委員として先頭に立ち、現場の最終調整とやらをしているのだろう。桃華の所属事務所の大人たちが歩いているのを眺めながら、誠次は疲れた身体で志藤が奢ってくれたチューブのお茶を飲んでいた。

 二人とも直前まで最終準備作業をしていたので、上のコートのような制服は脱ぎ、スラックスにボタンを開けたワイシャツ姿と言ういで立ちだ。完全に土方作業員の休憩時間風景である。 


「帳のやつ、お前にめっちゃ貸し作っちまったって言ってるぜ。いつか返さないとな、って」

「あまり友達に貸しは作りたくないけど、今回ばかりは期待したくなるな」


 誠次は苦笑しながらあくびをし、大きく伸びをした。昨日はまともに眠れておらず、付加魔法もしたため、とにかくひたすら疲れ果て、眠かった。たった二日だけなのに、色々な事が起き、また色々と知った気がする。

 帰って来た誠次をまず待っていたのは、クラスメイトたちからどうやって桃華を招待することに成功したのかどうかの質問攻めだったが、志藤が気前よく゛中学からの友人特権゛を利用して連れ出してくれ、こうやって休憩を挟んでいられる。後日説明しなくてはいけないのは、目に見えているが。

 たった二日のはずだが、真横に床に手をついて座る志藤も、なにやら色々とあったようで、どこか大人びて見えるのは気のせいか。 


「ま、こうやって二人っきりでお前と話すのも久しぶりじゃね?」

「確かに。最近は何だかんだ、女子と一緒にいた気がするからな」

「嫌味だわ、それ」

 

 髪をがしがしとかき、志藤はやれやれと笑う。

 誠次はどうしたものかと、頬をぽりぽりとかいていた。


「そうだ。特殊魔法治安維持組織シィスティム本部で志藤の父さんに会えるかとは思ったけど、さすがにそこまで見て回れなかった。取り調べも終わったら、すぐに出て行くような雰囲気でさ」

「あそこは普通俺らみたいな一般人が入っちゃいけない場所だからな。それに連中、自分の事を選ばれた魔術師でエリートだって思ってるだろうし」

「そうなのかな。確かにアクは強い人ばかりだと思うけど、そんな風には感じなかったな」

「どうだか……」


 志藤がなにやら、握りこぶしを作っていた。


「なんでもかんでも隠すんだよな。利用するだけ、利用してよ……」

「志藤?」

「んああ、なんでもない。しっかしこっちもこっちでマジ疲れたっての」


 志藤は両手を頭の後ろに回し、階段の横にある芝の上にごろりと寝転がる。汚いのもお構いなしのようだ。


「……」

「……」


 昔はそんな事などなかったのに、気づけば会話が途切れていた。下ネタのような下世話な話も、最近の話題についても。今の志藤に対して、咄嗟に浮かんだ話題がないのだ。

 すると、志藤の方から口を開いて来た。


「――なあ天瀬。お前、将来の夢変わってないか?」

「? 特殊魔法治安維持組織シィスティムに入る事だけど」


 志藤からの問いかけに、誠次は即答する。


「あんだけ無実の罪で追いかけまわされたのにか? ムカつかねーの? いや普通ムカつくって」

「向こうの人の立場になって考えたんだ」


 誠次は遠くを見つめ、お茶をもう一口飲む。


「向こうの立場?」


 志藤は首から上だけを持ち上げ、誠次をまじまじと見た。


「相手も同じ人間で、相手から見たら確かに俺は、誘拐犯だって。俺のやり方が悪かったのもあるし、向こうも桃華さんの事を心配に思っていたんだって思ったら、俺がもっとうまくできたはずだって」

「魔法が使えないお前が、魔術師の立場ねぇ」

「魔法が使えるか使えないかなんて、そこには関係ないと思うんだ」

「……」


 秋風が押し黙る二人の間に吹いては、流れていく。ヴィザリウス魔法学園の構造上、ビル風に近いそれは時に冷たく、時に強くて、身体を大きく揺らされるようであった。


「最初から俺は〇からのスタートだったんだ。特殊魔法治安維持組織シィスティムに入って、人を守りたいと思う気持ちは、変わらない」


 後ろから流れてきた桃華の歌声を聞きながら、誠次は真正面を見据えて、言っていた。タイミングよく、ちょうど応援歌のようだ。


「……そうか。お前は、そうだよな」


 志藤はそう呟くと、一際大きく息を吐く。空を見上げたまま、動かなくなる。本人も言っていた通り、寝たのだろうかと思ったが、黄色い目ははっきりと開いている。


「普通に他愛ない高校生活を送って、何事もなく大学に行くんだって、ずっと思ってたわ」


 志藤の呟きは、風に流されるようにして聞こえてきた。


「そう思ってたらなんかお前は剣を持ってテロと゛捕食者イーター゛と戦ってるし……。総理大臣は、急に変なこと言い出すし……」

「……」

「はは。俺らしくもないか、こんなこと言っちまうなんて。難しい政治の話とか、やっぱ苦手だ」


 一見すると整っている志藤の横顔から出た言葉に、誠次は首を傾げていた。


「あれ、今の俺、もしかして相当キモくないか……?」


 慌てて両手を頭の後ろから離し、上半身を起こし、確認してくる志藤。


「別にキモくないぞ。それに、今のでキモかったら俺はもうスライムだな」

「真顔かよ……。それに、お前のそのキモさの基準がいまいちわからねーし……」


 誠次がきょとんとしているが、志藤はやんわりと苦笑していた。


 志藤との会話を終えた誠次は、ステージで優雅に歌うジャージ姿の桃華を眺めながら、体育館の二階の隅っこの方に腰かけていた。


「はぁ……。やっぱアイドルってのは、ジャージ姿でも輝いて見えるもんなんだよなぁ……」

「ギャップ萌えってやつ?」

「それは少し違くないか……? でも、本当に生で見れるなんて、夢みたいだよな」


 などと会話をしているクラスメイトたちの背後、誠次はうとうととしている。帳たちの気遣いで、誠次に質問責めがいかないよう、上手くクラスメイトたちを作業に誘導してくれてはいるが、桃華を連れて来た一番の功労者が、この様である。

 帰って来た時も驚いたが、改めて。見事なまでのライブ会場に、睡魔により意識を落としそうになりながらも誠次は息を呑んでいた。集会などで利用する時よりは、若干薄暗い照明となっている現在のライブ会場もとい、第二体育館。

 

「お帰りなさい、天瀬くん」


 青白い照明に照らされ、淡く輝く銀髪の少女がやってくる。


「香月……」


 たった一日、いや、数時間離れていたと言うだけなのに、久しぶりに会えた気がする。この感覚は、志藤の時とはまた少し違っていた。

 桃華が歌うステージを眺める香月は、胸元に資料を添え、桃華の歌声を聴き入っているようだ。ところどころリズムに乗っているのだろうか、顔がこくこく頷いているように見えた。


「やっぱり、桃華さんの曲は最高ね」

「はまってるんだな……」

「別に」


 なぜこうもバレバレな事実を目の前の少女は隠そうとするのだろうか……。

 しれっと言い放つ香月を、誠次はぼんやりする意識で見ていた。


「もう、問題はなさそうか?」

「ええ。貴方のお陰よ。ありがとう」


 香月は自信を覗かせ、言って来た。

 誠次は「そうか……」と頷いていた。


「すごく眠たそうね。まさか、ここで寝る気?」

「それも悪くないかも……」


 桃華の歌声を聞きながら、安心できるこの場で眠る。最高の贅沢だと、誠次は思え、目を閉じてみた。

 

「もうすぐ死にそうな人の台詞ね」

「縁起の悪い事言うなよ」


 香月の冷ややかな声は、誠次の真横で聞こえて来た。気づけば、香月も誠次の隣に寄り添うように座って来ていたのだ。二人して人目につかぬような体育館の隅っこで座り、尚且つ薄暗い照明の中。変な状況だが、今の強力すぎる睡魔には敵わず、誠次はぼんやりとした表情のままだった。


「私が起こしてあげるわ」

「文化祭……実行委員としての仕事が、あるだろ……」

「これもその仕事の一環ね。クラスメイトがサボらないように、しっかりと見ていないと」

「相変わらず、頭の回転は速いな……」


 ――今なら、これくらいは許してくれるのかもしれないと、誠次は目を瞑って身体の力を抜いてみた。そうすると、上半身は自然と傾き、隣に座る香月の肩に吸い寄せられるようにもたれ掛かった。

 同年代の女子からすると華奢な香月の身体が、びくんと驚いたように反応したのも一瞬。ふんわりと香月から漂う石鹸の匂いが、誠次の眠気を増々加速させていた。


「天瀬くん……っ?」

「まだ、起きてる……。嫌だったら、ごめん……すぐ、離れる」


 やや少しの間を置き、香月の静かな呼吸音が、自分の鼓動と同化する。


「……いいわ。本当に、お疲れ様」

「あり、がとう……」


 そう呟いた誠次の髪を、香月の細い手が、優しく撫でて来る。一定のリズムで、すりすりと。まるであやされる動物のような気分であったが、悪い気はせず、心地よい。


「……」


 香月は、少し言葉に詰まっていたが、やがて小さく口を開く。


「寝ているのなら、聞き流していいのだけど……その、お父さんを、文化祭に誘ったの」

「……っ?」


 誠次は驚いて目を半開きにし、香月をじっと見つめる。香月の父親である、東馬迅とうまじん。しかし八ノ夜は、東馬がテロに関する重要参考人として探っていると、言っていた。それ以降、特に秋のテスト明け以降、暗黙の了解のような形で、東馬の話題を出すことを避けていた二人だったが、ここへ来て香月の方から、その名を出してきた。

 香月は誠次の髪を撫で続けながら、紫色の目を潤ませているようだった。


「起こして、ごめんなさい。本当にもう寝てて、いいから……。本当にごめんなさい……」


 香月は至極申し訳なさそうな顔で、誠次を見下ろしていたが、誠次は意地でも目を開けていた。


「大丈夫だ。話して、ほしい……」

「……。私の事なのに、どうしてそこまで、親身になってくれるの……? 貴方は……」

「東馬さんとは……俺も無関係じゃいられない……はずだ。それに、香月の事なら……俺は……」


 こちらが言うより早く、香月は言葉を遮って、


「忙しくて、来れないって」

「……」


 それを聞いてほっとしている、自分がいてしまった。


「駄目だと分かっていても、もしかしたら、来てくれて……そして……」


 その先の言葉を失ってしまった様子の香月を見ていられず、しかし今の自分にはどうにもできず、誠次は奥歯を噛み締めていた。おそらく香月は、最後まで父親を信じているのだろう。そうでなくとも、育ての親への当然の義理として、香月は父親を文化祭に誘っただけだ。


「……ごめんなさい。浅はかな考えだったわ」


 香月は視線を落とし、謝罪してくる。

 誠次は微かに、重たい首を横に振っていた。


「俺だって……俺の事を育ててくれた八ノ夜はちのやさんが急に裏切ったと言われても、そう簡単には信じれないと思う……。今まで育ててくれた恩が、あるからな。……香月の気持ちは、分かるつもりだ。()()()()を、信じて、いるんだろう……?」


 ハッとなった香月は、誠次をじっと見つめる。


「ええ……。これが、()()だったのかもしれない……。本当に、起こしてごめんなさい」

「いいんだ。俺に話してくれて、ありがとう……」

「魔法が効けば《ナイトメア》で無理やりにでも寝かせてあげさせたいのだけど……」

「勘弁、してくれ……」


 もはやうまくツッコむ気力さえもない。今はつかの間の休息をとる事にし、誠次は香月の肩に身体を寄せたまま、桃華の優しい歌声の中、寝息を立てていた。

 その後も香月は微笑みながら、誠次の髪を撫で続けていた。


 第二体育館、その出入り口付近では、三人の女子先輩が横並びで立っていた。


「本当に大変な時を手伝ってくれて、ありがとうございました」

  

 帳悠平とばりゆうへいが、三人の女子に綺麗なお辞儀をしていた。


「そこまでの事はやっていませんよ。本番は楽しみにしてますね」

「そーそー。ま、乗りかかった船は最後までがないとね」


 帳が実行委員として頭を下げる前、桐野きりの相村あいむらが共に言う。


「実際、1-Aのみんなでほぼ出来ちゃってたしね。私たちは本当に見学人」


 香織かおりがにこりと微笑みながら、帳に言う。


「でも、一学年生がこんなに頑張ってると気合入っちゃうかな。みんなの為に、絶対成功させたいな」


 香織は青髪をかきながら、微かに頬を赤く染め、自分の思いを述べていた。


「その意気です、波沢さん」

「うんうん。頑張ろー!」


 桐野と相村が首肯し、香織もどこか吹っ切れったように握り拳を作る。


「うん! 頑張る!」


 香織が二人を見渡してから、やる気を出して頷いていた。

 三人の先輩女子を見送った帳は、大きなため息をつく。


「……結局、俺じゃ何もできないでいる……」


 大きな自分の手のひらを見つめ、悔しく呻く。


「あっ、帳くん。会場のメイク室の準備を手伝って欲しいんだけど、いいかな? どこを使う事になるのか、ちゃんと把握しておかないとね」


 隣接する棟の通路からやって来た女性、彩夏の声に、帳は軽く反応する。


「あ、はい。当日はステージ横の小部屋を楽屋として使う予定です」

「なるほど。じゃあ当日はそこに桃華さんがいるという事ね」


 にこりと微笑んで、彩夏は確認してくる。人の好さそうな笑顔だった。


「そうなります。もちろん、桃華ちゃんに危険が及ばないように、俺たちがしっかり警護します」

「危険? 例えばどんな?」

「ほら、熱狂的すぎるファンですよ。生徒だけの一日目はともかく、二日目は一般のお客さんも来ますから」

「あら。じゃあ帳くんのたくましい身体は、必要になるかもね」

「はい」


 彩夏が微笑む中、帳は胸を張って答えていた。


()()()()()()()ね、帳くん――」 


 ――来たる週末。一一月一予報の天気は快晴。西暦二〇七九年度の、ヴィザリウス魔法学園の文化祭が、熱気と熱狂を伴って開幕した。 


挿絵(By みてみん)

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