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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
Magician of the garden ~ここは、魔法の通り道~
127/211

2 ☆

 実際は魔素マナが人体に干渉した結果によるものだが、まるで脱色したような明るい髪を揺らし、相村佐代子あいむらさよこは廊下を走って第一体育館に向かっていた。


「助言が欲しいってどういうことよー? かおりんー!」


 現生徒会長の名を呼び、口で息をしながら、相村はアーチ状の装飾が施されている廊下を走る。当日は寄ってみようかなと、何やら美味しそうなスイーツのイラストが描かれている看板を横目に、曲がり角を曲がったところ、すぐ、


「――あなたは小学生ですか? 廊下は走らないで下さい相村佐代子」

「うわっと!? きりりん!?」


 紫色のロングヘアーと、赤いリボンが特徴的な三学年生の先輩であり、元生徒会の同僚である桐野千里きりのせんりが歩いているところだった。


「ぶ、ぶつかるうっ! っとと、危ないっ!」


 相村は桐野を華麗にかわすが、体勢を崩し、身体をよろめかしてしまう。

 桐野はそれを見るとすぐに手を伸ばし、相村の制服を掴み、転ばないよう身体を引き寄せてやってくれた。


「ナイスキャッチきりりん! ウチが男だったら絶対惚れてるよ!」

「……いまいち嬉しくはないことですね」


 相変わらずですね、とどこか妥協したような苦笑をして、桐野は相村に言う。


「きりりんもこっちに来てるってことは、まさか?」

「? 波沢なみさわさんについ先ほど助言を求められて、第二体育館に行こうとしていたのですが、貴女もですか?」


 出し物はお化け屋敷だろうか、ゾンビのようなメイクをした男子の後輩たちが歩く中、相村と桐野は会話をする。


「そーそー! テンション上がるよねー!?」

「……そのテンション云々うんぬんはよく分かりませんが」


 桐野は困ったような表情を浮かべていている。相村のギャルのような感覚が、いまいちわからない様だ。


「まーまー。さっそく体育館に向かうとしましょうよ!」

「あ、こら! 廊下を走らない! ……まったく」


 元書記と元副会長は、現生徒会長に呼び出されて、体育館へと向かっていた。


 1-Aが来週の文化祭で使用する第二体育館は、見事にライブ会場へと変貌を遂げていた。体育館である事を忘れるほどで、短期間で準備したと言うにはにわかには信じられない。照明器具や座席が備わり、プロの人の協力もあった完璧なライブ会場だ。

 

「盛り上がる曲の時に座席を浮かせれば、みんなの邪魔にならなくない!?」

「おお確かに!」


 桃華とうかが来ることを信じているクラスメイトたちが、ステージ下で準備を続けている。

 そして本来、ゲストが立つべきステージには、天瀬誠次あませせいじ捜索から戻って来た香月こうづき篠上しのかみを中心に、グループが出来ていた。


「やっぱり、桃華ちゃんは無理っぽいの?」

「ええ……」


 円を作る同じクラスの女子生徒の言葉に、香月は申し訳なく返答する。


「そっかー……。残念……」

「でもでも、天瀬くんのは濡れ衣って事だったの?」

「それは間違いないわ」


 他の女生徒からの言葉に、今度は篠上が答えていた。


「それじゃあ良かったね、綾奈ちゃん!」

「な、なによ……べつに私は最初から信じてたし……」


 篠上はそっぽを向くが、すぐに自分たちが置かれている現状を察し、悩まし気に俯く。


「問題はこれからどうするかよねぇ……」

「あれ、天瀬くんは帰って来てないの?」

「なんか桃華さんの付き添いで特殊魔法治安維持組織シィスティム本部に行っちゃった……」

「あれれ……。まーニュースにもなってたし、もう無理そうだよね……」

「お笑い芸人さんや、俳優さんたちは、来てくれるわ」


 香月がぼそりと言う。


「いつの間に!? ギャラとかどうしたの」

「担任教師の財布から」

「あ……。そう言えばさっきはやし先生、自動販売機で泣く泣く水を買ってた気がする……」

「一番安いやつね……。あれ、香月ちゃんに脅迫されてたんだ……」

 

 臆することなく言い放った香月に、女子生徒たちが苦笑し合う。


「でも、やっぱり桃華さんありきの企画だったから、芸人さんたちには悪いけどなんていうか華がないと言うか……」

「桃゛華゛ちゃんだけにって?」

「あはは、それうける!」

「うけるって、お気楽そうねあなたたちは……」


 クラスメイトたちのやりとりに、赤い髪をポニーテールで結んだ篠上がこめかみに手を添えてため息をつく。

 香月もむむと口に細い手を添えていたが。


「こうなったら、天瀬と志藤しどうに漫才でもしてもらうかな……」  


 篠上も冗談交じりに呟いていた。なんだかんだで、あの二人のコンビは面白いと感じている。


「――ごめんなさい。桐野先輩に佐代子……」


 そこへ、青髪の上級生が二人の先輩方を連れてやって来る。腕に生徒会の赤い腕章を巻いた、波沢香織なみさわかおりだった。


「あ、初めまして……」


 篠上を始め下級生たちは、先輩の登場に、頭をぺこりと下げる。


「いいっていいって。それより、ヤバそうだねこのクラス」


 香織に向けて手を軽く上げた相村が「いろんな意味で」と付け加えながら言う。辺りを見渡すその目には、1-Aの生徒たちが力を合わせて作ったライブ会場が広がっている。


「……ごめんなさい香織先輩。結局、土壇場でこうなってしまって」


 香月が香織の前まで歩み寄り、頭を下げる。


「ううん。詩音さんは出来る事をやったと思うし、こうなっちゃったのも仕方ないよ。ちゃんと手伝ってあげれなかった私の責任もあるし……。太刀野さんがそんな事に巻き込まれていたなら、文化祭に出るなんて普通無理よ……」

「香織先輩のせいではないです……」

太刀野桃華たちのとうかさんをゲストととして呼べなくなってしまった以上、なにか他の案を考える必要がありますね。こう言ってはなんですが、第二で失敗はありえません」


 桐野があごに手を添え、考える。 


「私も頑張って考えたんだけど、浮かばなくて」


 香織は相変わらず申し訳なさそうな表情で、二人に告げる。


「でもこんな立派な会場作っちゃったんたんだし、中途半端なものも出来ないっしょ」


 相村が片手をステージから広がる座席方向へ向け言う。

 篠上もその方を見つめていると、何やら桐野がこちらを見ている事に気づく。


「な、何ですか先輩?」

「い、いえ」


 篠上と目が合った桐野は、少し慌てて目を背けていた。


「……ただ、あなたがステージに立つと言うのも、アリかなと思いまして。゛私にはない華゛も、ありますし……」


 桐野は篠上の豊かな胸元をぎこちなく見つつ、言っていた。


「は、はい!? な、なに言ってるんですか先輩!?」


 桐野の視線に気づけないまま自分の耳だけを疑ってしまい、篠上は思わず声を荒げてしまった。


「いえ……私の気の迷いです、気にしないでください」

「き、きりりんが、あのきりりんが冗談を言った!?」


 相村があっと驚いていれば、桐野は物凄く恥ずかしそうに、顔を背けていた。


「桐野先輩……。確か、可愛い後輩が欲しいって言ってましたもんね……」

「今、それを言わないで下さい波沢香織さん……。本当に気の迷いです……」


 好かれてみようと、慣れない事はする事ではなかったと、桐野は恥ずかしそうに俯いてしまっていた。


「でもでもー確かに、こうなったら香月ちゃんもステージ立ってみる? 似合いそうよ!?」


 顔を真っ赤にして完全に撃沈してしまった桐野と篠上を眺めた相村が、何やらニヤニヤしながら、資料を胸の前で両手で握っている香月に誘うようにして言う。

 香月も驚いたように、紫色の目を丸くしていた。


「いくらなんでも私には無理です。……責任を取ると言う形でしたら、やむを、えませんけど……」

「冗談、冗談。そんな硬くならないでよー」


 強張ってしまった香月の肩をぽんぽんと叩き、相村は笑っていた。今のところ、他の案は思いつきそうにもない。


「しっかしこんなにも多くの女の子を悩ませるなんて、天瀬くんもなかなか罪な男だねぇー」


 にやにやと笑う相村が、青い髪を垂らす香織を見つめて言う。


「なんか、別の意味が含まれてる気がするんだけど……」


 香織がジト目で相村を見る。

 香織はこほんと、咳ばらいをしてから、


「私もどこかで、天瀬くんに期待しちゃってたんだ。天瀬くんなら、不可能だと思えるような事もきっと可能にしてくれそうで。北海道で、私を助けてくれた時のように……」

「「……」」

  

 生徒会長の言葉を、二人の後輩はじっと聞いていた。


「……? あの人は?」


 ふと桐野が、1-Aのクラスメイトたちが集まっているステージの方を見つめて、呟いていた。

 大学生ぐらいだろうか、若く美人な女性だ。スタイルもそれなりによく、男子生徒たちの注目を少し集めている。

 桐野が注目したのは、見慣れない私服姿の女性、と言うところでだったが。


「あっ、あの人は陣内彩夏じんないさやかさんって言って、太刀野さんのメイクを担当してた人ですけど。手伝ってくれているんです」


 篠上が説明する。

 彩夏は今、魔法を使って1-Aのクラスメイトたちの作業を手伝っているところだった。一応桃華のステージには何度か同行している経験があるので、限りなく桃華のコンサートライブ会場に第二体育館を近づけようとしている。

 何やら彩夏をじっと見つめている桐野の凛々しい横顔を、相村が見ていた。


「どうしたのーきりりん?」

「……いえ。ただ、随分と魔法が得意そうだなと思っていただけです」


 猫のようなつり目で、簡単そうに魔法を扱う彩夏をじっと見つめていた。

 つられるようにして香月も、桐野と同じ方を見る。アメジスト色の瞳が、その魔法式の光を映した直後であった。


「……あの、魔法式……。見覚えが……」


                ※


 空港のアナウンスのように、英語で何かの放送が始まっている特殊魔法治安維持組織シィスティムロビー内。特殊魔法治安維持組織シィスティムの人ならば、きっと理解できる内容の放送なのだろう。


「なんだなんだ? なんで高校生くらいの子がここにいるんだ?」

「さあ……。って、あの子の背中にあるの、剣?」


 大声でのやり取りだったため、自然と周囲の視線はこちらに集中してくる。しかし誠次せいじは、この男の前で屈するわけにはいかなかった。

 かつて大阪でおれと戦い、おれの右肩を斬り裂いた男――戸賀彰とがあきら


「釈放、されたのか?」

「ああ。釈放されちゃ悪いか?」


 途惑う誠次の目の前、戸賀彰とがあきらは片手をズボンのポケットに突っ込み、こちらをあおるようにして訊き返す。

 

「……」


 誠次の後ろで座っている桃華とうかは初対面のはずだが、印象で判断したのだろう、眉をしかめて戸賀を見上げていた。


「俺が斬った右肩の調子はどうだ? うずくか? ああ?」

「なに、この人……」


 立ち上がった桃華が後ろで何かを呟いている。

 誠次は自分の右肩を見てから、首を横に振っていた。


「生憎だが、もうとっくに完治してる」

「馬鹿が。そんな報告いらねえよ」


 戸賀はくつくつと笑っていた。相変わらずの勝気な表情のままだ。


「随分と優雅な出所じゃないか?」


 誠次は戸賀の全身を見て言う。


「連中が生ぬるすぎるんだよ。俺はテロに利用されてたって事で、軽くなったんだぜ?」


 戸賀は片手を掲げ、飄々ひょうひょうと言う。三白眼の目線の先は、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部の受付を示していた。


「じゃあ実際はどうなんだ?」


 誠次は眉を寄せ、戸賀に尋ねる。

 戸賀は居心地が悪そうに、舌打ちをしていた。


「……おめーにペラペラ喋ってどうすんだよクソが。教えるわけねーだろうが」

「俺の右肩を斬った男だ。このまま素通りさせるわけにはいかないと思ってな」

「格好つけか? 冗談は背中の剣だけにしてくれよ」


 戸賀は苦笑する。


香月こうづきと同じ施設出身、と言ってたな?」

「ああ」


 誠次が質問すると、戸賀は気だるそうにだが、答える。


「どうして、そんな所にいたんだ?」

「お前は尋問官かよ。詩音の事、まだ俺は諦めちゃいないからな。詩音は俺のものだ」

「香月は誰のものでもないはずだ」

「お前のそういう正義ぶった臭いところ、マジでキモイんだよ」


 戸賀が吐き捨てるようにして言ったのを見て、誠次は少し大きめに息を吸う。


「……戸賀。俺には分からないんだ。俺と同い年ぐらいの男子が、どうしてテロリストになってしまったのか。その理由わけを、訊いてみたいんだ」


 戸賀は、一瞬だけ目をきょとんとさしていたが、すぐに見る者を威嚇するような鋭い目つきに戻る。


「そうか。お前らは学園でぬくぬく楽しくお勉強してるんだもんなぁ?」

「……」


 誠次は俯き、自分の足元を見つめていた。

 真逆だ。自分たちは学園にいる間、戸賀は犯罪者として、テロリストの一員として生きて来た。向こうの立場の事は、何も知らない。


「教えてやるよ。理由は単純、家族が全員、゛捕食者イーター゛に喰われちまったからだ」

「!」


 誠次は顔に、隠せていない動揺を浮かべていた。


「親もいねえし、学校にも行けねぇから、犯罪で稼ぐのが唯一の方法だったからな」


 別に悪びれている様子もない。それが当然だろ、とも言うような素振りで、戸賀は言ってくる。


「俺も、両親を゛捕食者イーター゛で亡くしたんだ……」

「ああそう。――でも、今は幸せ真っ盛りってやつか?」


 戸賀は誠次の言葉を一蹴していた。

 

「いや、そう言うわけじゃ……」


 誠次は慌てて言い返そうとするが、


「確か大阪にいた女、八ノ夜はちのやとか言ったな? それに今じゃ詩音に、後ろの女もか? ちやほやされて最高過ぎる人生を送ってやがるぜコイツはっ! ……だから、正義面出来るんだよな、自分に余裕があるからな!」

「……っ」


 戸賀には、自分を保護してくれた八ノ夜のような存在はいなかった。それが、自分との大きな違いなのだろう。犯罪に、テロに頼るしかなかったのだ。  

 こちらをまじまじと見つめる黒いスーツ姿の男女の少なくない視線の中、誠次は絶句してしまう。寒気すら、感じていた。


「……ハハ。どうした甘ちゃん剣術士。俺の過去の話を聞いた感想を聞こうか?」

「……辛い事を、思い出させて、すまなかった……」


 誠次は頭を下げ、戸賀に謝罪する。

 戸賀は一瞬だけきょとんとしたしていたが、すぐに笑う。


「何言ってるんだよお前。俺はお前の右手を斬ったんだぜ? それなのに謝るとか、お前の頭は相当ハッピーなもんだな」

「人なら俺も斬った。でも、言い方はおかしいかもしれないけど、それは魔法で人を傷つけることと同じだと思うんだ。勿論、進んでやるようなことでは、決してないけど」

「だからなんだ?」

「だから……なんて言うか……」

 

 誠次が目線を逸らしながら言葉につまると、戸賀は腹を抱えて吹き出すように笑い声を上げる。


「それはそれは! こちらの事を労わってくれてどうもありがとうございました、剣術士サマ! 俺たちすっかり同類だな?」

「同類……確かに、そうかもしれないな。俺とお前は、同じだ」


 それっぽい言葉を見つけられたと、誠次は頷いていた。


「な、んだよお前、だからキモイんだよ……!」


 表情を暗くすることも、怯むこともない誠次に対して戸賀は少し怯んだように、片手を挙げていた。


「ちょっと貴方。さっきから黙って聞いてれば」


 桃華が声を発するが、戸賀は威嚇するような大声を上げる。


「関係ない外野は引っ込んでろ! 俺とコイツの関係も知らないクセしてよ!」

「愚問ね。私は貴方がつけた誠次さんの右肩の傷を、この目で見ているわ。それにこの場に二人でいる以上、関係ないわけないわ」


 いつの間に自分の身体を見られていたのかと、誠次は思わぬところで恥ずかしさを感じた。


「一応、誠次さんは私の恩人。そんな人が悪口言われているのを、黙って見ていられるほど大人しくできないの」

「なんだ、このちんちくりんは」

「ちんちくりん言うなっ!」


 桃華が桃色の髪を振って怒鳴る。


「知らないのか? 太刀野桃華さん。テレビにもよく出てるぞ」 


 完全にカチンときている桃華の前に立ち、誠次が説明するが、戸賀は興味無さそうに鼻でふんと息をつく。


「知るかよ、こんなちんちくりん。テレビなんて見た事ねーしよ」

「そのままの意味で捉えないでほしいのだけど戸賀、相当な世間知らずだったんだな」


 同情するように目線を落した誠次の言葉に、戸賀は二度にたび笑う。


「まったく良いご身分だぜ。庇ってくれる女がいてよ」

「さっきも言ったわ。私が誠次さんを庇うのは、誠次さんに守られたから。守られたら、守りたいと思うのは当然でしょう?」


 今度は桃華が、誠次の前に一歩進み出ていた。

 

「んだとちんちくりん。随分と偉そうじゃねーか」

「偉そうなのは貴方の方よ。少なくとも誠次さんは、私が庇いたいと思えるような事をしてくれたわ。貴方、詩音さんと言う人に気があるんでしょう? だったら貴方は、その詩音さんと言う人に何かしてあげたの?」


 ハキハキと、まるでステージの上に立っているように桃華は言う。


「!? う、うるせえ! ちんちくりが喋んな! 俺の事も何も知らないで!」

「両親がいない点では、私も一緒だわ。あと一応教えておくけど、私の名前は太刀野桃華。今度ちんちくりんって言ったら、本気で怒るから」


 ふんと言い放ち、桃華は一歩下がっていた。桃色の髪がふわりと風に舞う様は、周囲の大人たちの視線を釘付けにしているようだ。


「なんなんだよ、本当に……」


 完全に論破された戸賀が、苛立ち混じりに床を蹴っている。やり場のない怒りを、吐き出すようにだ。


「――ごめんなさい、出過ぎたかしら……」


 後ろから桃華が、ぼそりと呟く。

 誠次は黒い目を見開き、しかし首を横に振る。


「庇ってくれてありがとう」

「だってそれは……私を助けてくれた人が情けない目に合うのが、嫌だったから」


 桃華の表情はうかがえないが、自分は改めて、そう言ってくれるほどの事をしたという事を自覚する。そして、同時にそう思われている事の重大さの自覚も、沸いていた。

 誠次は完全に落ち込んでいる戸賀を、再び見る。大阪で出会った時は大剣を担いでいたため、その分背が高いと思っていたが、こうして出会うと自分より背は低かった。それでも、筋肉質な身体つきがかもし出す威圧感は、変わってはいないが。


「戸賀。年はいくつだ?」

「は? 今年で一五だ」


 桃華と同い年のようで、自分より一つ下であった。


「なら、俺の一つ下だな」

「なんだ、年上だから敬語で話せってか?」

「そこは別に構わない。今更だしな。ただ、文化祭に誘いたいんだ」

「……は?」


 戸賀は首を傾げる。表情を見れば、戸惑っているようだ。

 後ろの桃華でさえも、こちらの行動に驚いているようだ。


「今なんて……文化祭だと?」

「そうだ。来週の週末に、ヴィザリウス魔法学園で文化祭があるんだ。来てみないか?」

「何を言い出すかと思えば……お前、相当頭沸いてやがるな」

「さすがに怒るぞ。まあ、傍から見れば結構変な行動かもしれないけどな」


 それでも、戸賀に一度でもいいので、学園で学ぶ魔法と言うのを見てみてほしかった。自分がそうであったのと同じように、それで何か、考えが変わってくれると思って。


「なんでもかんでもお前の思い通りにいくと思うな。行くわけねーだろクソが。一度倒したからってあんま俺を舐めんな」

「そっか……。……じゃあこれからお前は、どこに行くんだ?」

「――おっと。ここで私の登場でしょうか。それにしても彰くん、所内で大きな声はあまり出さないようにしてくださると助かります」


 眼鏡を掛けた背丈の高い、特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性がいつの間にかに、戸賀の後ろから歩み寄って来た。優男そうな顔立ちをしており、茶色の髪をセンター分けにしている男性だが、よく見ると胸元には分隊長の紋章バッジが輝いている。


「第五分隊が迷惑をかけたようでごめんね。ただ、彼らにも素直に引き下がれない事情があった事は分かってほしいんだ。この世の中は自覚がない子供ほど、危険な存在だからね。君はどうやら違ったようだけど」


 新崎は眼鏡の奥から瞳を覗かせ、誠次に告げて来る。


「自分にも非があった事は自覚しています。ですが、自分も引き下がれなかったんです。ご迷惑をかけて申し訳ありません」

「なるほど、噂通りの誠実さだ。彰くんは私が保護、指導するから安心していいよ。戸賀くんも言葉遣いに気を付けないとね」


 満足そうに新崎は微笑み、戸賀に語りかける。


「ウゼ……」

 

 戸賀が心底嫌そうな顔をしている隙に、男性は手元のデバイスを操作して、ホログラムの名刺を浮かばせる。


「私は特殊魔法治安維持組織シィスティム第四分隊隊長の、新崎和真しんざきかずま。キミたちを車で運んでくれたのは、副隊長の堂上淳哉どのうえあつやくん。以後、お見知りおきを」


 新崎はニコリと微笑みながら言うと、戸賀の背中をぽんと押す。


「さ、行こうか彰くん」

「っち」


 戸賀は舌打ちをしてから、誠次の横を通り過ぎて行った。


「君が例の剣術士くん、でいいんだよね?」


 新崎が横まで来たところで立ち止まり、訊いて来る。


「例の、と言うのはよくわかりませんが、剣術士とは呼ばれています」


 新崎の横顔を見た誠次は、硬い表情のままで応じる。新崎の背丈は高く、黒いスーツの下には、がっちりとした筋肉が広がっているようだ。


「いやあそんな緊張しないでしないで。こうくんとれんくんとお知り合いなんだってね。あの二人、ちょっと犬猿な感じだから、その二人と学生が面識があるのが珍しくてね」


 新崎はにやりと微笑みながら、去って行く。気の抜けない笑みと言う点では、どこか朝霞刃生あさかばしょうを彷彿とさせていた。


「何だったのさっきの白髪男!? なんて傲慢でわがままな態度なの!?」

「……」


 誠次はジト目で桃華を見る。

 しかし、桃華の不満は収まらないようで。


「髪の毛白い男ってみんなあんな感じなの!?」

「まあそう言いたくなる気持ちは分からなくはないけどさ……」


 誠次は髪をかいて苦笑する。

 二人連続で桃華の印象は最悪だ。たまたまであると、信じたい。


「戸賀にも、色々と事情があったんだ」


 背後の靴音を聞きながら、誠次は呟く。


「で、何だったのよアイツ。話の内容次第では、許す」


 相変わらず上からだな、と言うツッコみは、もう意味を持たないだろう。


「剣で戦った関係だ。お互いの、大事な人をかけて」

「大事な人をかけて……今時剣で戦う関係、ね」


 まるで護衛剣士を前にした中世の姫君のような言い分で、桃華は胸の前で腕を組んでいた。


「戸賀がテロに手を貸していたのは、決して許される事じゃないと思う。けど家族を失って、他に道がなくて、そうするしかなかったんだって思うと……」


 胸に手を当て、誠次は震えそうな声で呟く。自分は八ノ夜に拾われたから、まだ幸せな方だったのだろうか……?

 こつこつと用意されたスニーカーで足音を立てて、そんな誠次の前に立ったのは、桃華であった。


「お人好し過ぎよ、誠次さん。アイツは貴方の事を、傷つけたんでしょう?」


 赤色の目は背中のレヴァテインを見つめているようだ。簡単に人を傷つける事が出来る武器を持っているのに、とも言いたげな桃華の小ぶりな唇を見つめて、誠次は俯いた。


「誠次さんのお陰で、私は今ここにこうやっていれる。それに過去は関係ないし、どう言われてもその事実に変わりはないはず」


 桃華の言葉に、誠次は握り拳を作っていた。

 そして顔を上げ、桃華の顔を見る。


「桃華の事は、俺が責任を持って誘拐した。桃華は俺の事を信頼してくれて、それなのにこんなんじゃ、桃華に失礼だよな」

「えっ……そ、そうよ! しゃんとしなさい!」


 急に顔を上げたことで驚いたのか、桃華は慌てて頷いていた。どこか篠上しのかみのような反応だ。


「桃華も、両親がいないのか? その……゛捕食者イーター゛に殺された、とかで……」


 桃華はハっとした表情を見せ、しかし何かを思うように口を結んでから、開く。


「ちょっと違うかな。私は、捨てられたの」

「捨てられたって……」


 初めて聞く事実に、黒い目を大きく広げ、誠次は戸惑う。


「うん。こんな時代に子供なんて育てられない、ってなって。私が聞こえるところで、お父さんが言っていて。その時は何の意味かも分からないまま、施設に預けられたわ。その点では、戸賀と私も同類だったみたい」


 今までそんな事を言う相手がいなかったのか、桃華の口は止まらなかった。


「だから太刀野って言う苗字は本当の名前じゃない。両親には私にこの歌声、そして小さくてもこの身体を生んでくれた事には感謝している。……けど、本音は複雑で……。もちろん、幸せで生きていてほしいとは、思ってるけど……」


 しかし、それらは全て桃華抜きでの話だ。よって、桃華の言葉に次々と、物悲しい声音が重なる。それでも自分を生んでくれた両親に感謝する姿勢は、きっと本当に強い人なんだと言う、女性の芯の強さを感じさせた。

 その小さな身体の中に眠る凛々しい佇まいに、誠次も自然と引き込まれていく。それは、互いに両親を失った身だとかいう、傷を舐め合うような関係ではなく。

 誠次は首を軽く横に振っていた。


「桃華の事、責任をもって誘拐するって言ったよな、俺」

「? うん」


 赤い瞳の端に水の雫と、頬の端に赤の色味を宿していた桃華が、誠次を真っすぐ見る。


「最後まで、責任を取らしてくれないか? その……桃華が本当の幸せを見つけられるまで」

「……? ロマンチスト? 誰かの言葉でも言ってるの!? 何言ってるの!?」


 本当の意味は分かっているのか、桃華は両手を慌てて持ち上げ、捲し立てるように言ってきていた。ろれつも怪しい。

 誠次も恥ずかしい思いをしていたが、慌てる桃華の顔を意地でもじっと見つめていた。


「告白だよ桃華ちゃん!」

「アイドルに告白してる!」


 周りの特殊魔法治安維持組織シィスティムたちが次々とはやし立てる。

 桃華は慌てて桃色の髪を振り乱し、周囲を見渡していた。


「だから、その、ヴィザリウス魔法学園に来てほしいんだ! それで俺と一緒にいてくれれば……。俺の周りにはすでに……大勢の女性がいるけど……」

「篠上さんと、香月さん?」

「それ以外にも……。戸賀にはああは言われたけどみんな大切な人なんだ。そして、俺には今力があって、その力でみんな守ると決めた。桃華の事も、与えられたこの力で守りたいんだ」


 桃華は、ジャージ姿の胸に手を添え、じっと考えている。周りの大人たちのお喋り声もとっくに消え、桃華の言葉を待っているようだ。


「……私は、貴方の事が好き。一人の人としても、異性の男の子としても」


 桃華が極めて小さな声で、しかしラブソングのメロディーのように心地よい声で、言う。

 ドクン、とこちらの心臓が音を立てて跳ねていた。女性からちゃんと「好き」と言われて告白されるという事は、初めての事だ。


「好きって……」

「……っ」


 むしろ一切の感情を覗かせない無表情で、桃華は誠次を見上げていた。今の桃華の心情は、読み取れる事が出来ない。


「でも貴方って、馬鹿。そういう事言うの、もうちょっと場をわきまえてよ。フラれたら相当、格好悪いわ」

「それは、すまない……」

「答えは決まってるわ。保留よ保留。今はそれより先に誠次さんの無実を証明しないと」


 桃華はツンとそっぽを向き、腕を組んで言って来た。


「……そう、だよな。急に変な事言って、悪かった……」

「案の定、フラれてやがる……」

「だっさ……」


 周りからは「どこかのテーマパークと勘違いしたか?」などの失笑や苦笑の波が、押し寄せている。

 誠次は心に深い傷を負いそうになったが、桃華の口が、ゆっくりと形を作っていた。


「今言えるわけないじゃない。それに……答えはほぼ決まっているし……」 


 すると、


「いやあ結局係の人って僕だったよ。間違えた間違えた。取り敢えず今回の事について二人に話してもらいたいから、ついて来てもらえるかな? 短く済ますからさ」


 新崎の言っていた第二分隊の副隊長堂上が、まるでタイミングを見計らっていたかのように、髪をかきながら歩いて戻って来た。

 二人が連れられたのは、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部の地上一階にある質素な個室だった。刑事ドラマでよくあるような取調室ではなく、通路と直接連なった話し合いの場だ。


「――なるほどね。怜宮司飛鳥れいぐうじあすかが《アムネーシア》を利用して、桃華さんを洗脳しようとしていたと」


 一通りの説明を終え、堂上はうんうんと頷いていた。

 向かい合って座る二人の手元には、堂上が用意してくれた紅茶が入った紙コップがそれぞれ置かれている。二人とも最初に勧められたコーヒーは飲めないからだ。


「アイドルも大変だね。ファンの相手をするだけじゃなくて、面倒な人も相手にしないといけないのだから」


 爽やかな笑顔を見せながら堂上は言っているが、その内容はなかなかえげつない。


「ファンの相手、と言う言い方は、少し気になります」


 桃華は強気に言い返す。

 相手は特殊魔法治安維持組織シィスティムで、尚且つ副隊長の身分だが、肝が据わっているのは相変わらずだった。


(俺も影塚かげつかさんや日向ひゅうがさんに熱くなってしまったし、人の事は言えないか)


 横に座る桃華の横顔を眺め、誠次は自嘲していた。ここは台場の特殊魔法治安維持組織シィスティム本部だ。言ってしまえば、全国から精鋭の魔術師が集う場所。ひょっとしたら彼らも今、この建物のどこかにいるのだろうか。そう言えば志藤しどうの父親も、ここに務めていたはずだ。もしかしたら、会えるかもしれない――。

 憧れの場だ。変に意識してしまった誠次に、腹痛が押し寄せてきていた。


「う……っ。すいません、お手洗いに……」

「ああ。トイレなら、後ろを真っすぐ行って、右に曲がったところにあるよ。一応忠告だけど、他の所には行かないで欲しいかな。一応ね」


 堂上はジェスチャーを交えて、説明してくれた。

 誠次は「分かってます。ありがとうございます」と礼を言ってから立ち上がり、案内されたトイレに向かう。


「誠次さん……」

「ははは。君を助けた剣を持つ勇者くんは、随分とユーモラスだね。緊張しているのがよく分かるよ。それなのに、僕たち特殊魔法治安維持組織シィスティムに敵対してまで君を゛誘拐゛するだなんて、゛愉快゛だね。普通の人だったらあっさり、降参、って言ってるところだよ」


 いまいち反応に困るダジャレに、桃華は苦笑する。恥ずかしい思いも含めての、微笑みであった。


挿絵(By みてみん)

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