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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
Magician of the garden ~ここは、魔法の通り道~
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【Magician of the garden ~ここは、魔法の通り道~】


「いや誰だこのテーマ考えた奴!」

「どこかで聞いたことある……聞いたことあるぞ……!」


 仰る通り、どこかで聞き覚えのあるようなフレーズの横断幕が、ヴィザリウス魔法学園の中庭と東西南北にある正門に掲げられたその時、全校生徒がそう叫んだと言う。

 二〇七九年度のヴィザリウス魔法学園で開催される文化祭まであと一週間となった本日。ヴィザリウス魔法学園校内の熱気は、全学年を通して高まっていた。良くも悪くも、である。


 群青色の髪をなびかせ、現ヴィザリウス生徒会長である波沢香織なみさわかおりは、一週間後に迫った文化祭の準備にひたむきにいそしんでいた。


「盛り上がってまいりましたなぁ!」


 わーここと、副会長である渡嶋美結わたしまみゆうを横に連れ、至るところで装飾が施されている中庭を歩く。汎用魔法を応用した薄い水のアーチを潜りながら、なにかの出し物だろうか、眷属けんぞく魔法で生み出された可愛らしい小動物たちが歩いていく様子を見る。


「一年に一度の行事だし、いいよねこう言うの」


 一週間前とは言え、賑やかで楽しそうな光景を前に、香織も自然と笑みをこぼす。

 視察、見回りと言えば仰々しくなるが、職務ばかりではさすがに気が滅入ってしまうので、散歩がてら学園内の様子を見て回っているのだ。つまりは立場を利用した、視察と言う名のただのお散歩である。

 

「あ、波沢先輩! お疲れ様です!」


一年生の後輩女子に声を掛けられ、「お疲れさま」と返す。何やら外で屋台を出店するクラスらしく、声を掛けて来た子の後ろの方では、後輩たちが初々しく準備をしている。


「あの、氷属性を使った汎用魔法を使うんですけど、上手くいかなくて……。その、なにかアドバイスを貰えれば!」


 生徒会長と言う事もあってか、少し恥ずかしそうな顔で後輩は尋ねて来る。


「危険な魔法は駄目だよ?」


 香織からすれば、生徒会長などとは関係なく、出来れば普通に接してほしかった。よって、綻んだ表情で言葉を返す。


「あ、それは大丈夫です!」

「うん。じゃあ教えてあげる。みんなにも教えてあげてね――」


 香織が()()()()()後輩に魔法を教えるのを、先に歩いていた渡嶋が面白気に見ている。


「な、なに……?」


 戻って来た香織が、くすくすと笑う渡嶋を見て、困惑する。


「いやぁ。氷の女王がすっかり形無しになってしまったと思っただけですよー」


 それを聞いた途端、身体が下から上まで一瞬で熱くなるのを感じた。


「もう……。仕事、仕事!」


 香織はそっぽを向き、渡嶋のにやつく視線から逃れようとする。

 渡嶋はくすくすと笑っているだけだ。


「ぎゃっ!? 馬鹿! 屋台丸ごと凍らしてどうするんだっ!?」

「あ、あれ!? 波沢先輩に教わった通りに魔法文字スペルを打ち込んだんだけど……」


 背後から響く悲鳴と猛烈な冷気に、香織と渡嶋は顔を見合わせる。


「……っ」

「……」


 そして、一目散に駆けだしたのは、香織の方だった。


「ご、ごめんなさい! 私が間違えてたかもっ! ちょっとわーこ来てーっ!」

「ありゃりゃ……」


 渡嶋は肩を竦めて、香織の後を追っていた。

 少しおドジなところはあるが、それでも優しく、生徒会長としての評判は高いようだ。少なくとも、前年度の熱血生徒会長に比べては。 


      ※


 その前年度生徒会長、兵頭賢吾ひょうどうけんごは今日も今日とて平常運転だ。

 兵頭率いる(?)三学年生男子たちは、正門に運ばれて来た文化祭の資材を運搬する作業を行っていた。最上級生であり、男の役目であると胸を張るのは、兵頭である。


「よしっ! この機材を運ぶぞ! ついて来てくれみんな!」


 兵頭は両手でがっしりと荷物を持つ。

 後方に控える三学年生は苦笑交じりに、


「分かったよ。じゃあ物体浮遊の魔法を使って――」

「さあ行くぞっ!」

「兵頭手で持ってるぞっ!? しかも速っ! 足速っ!」


 位置的に正門を見渡せる図書棟の窓からは、三学年生の女子たちが笑いながらその様を見ていた。張り切る兵頭を先頭に、白に赤い線の制服を着た男子たちが綺麗な三角形を作りながら走っていく。友人たちと窓際の席に座っていた紫髪の美人な三学年生女子も、その方をじっと見つめる。


「まったくあの人は……」


 ぱたり、と暇つぶしに呼んでいた本を閉じ、元副会長の桐野千里きりのせんりは小さくため息をこぼす。図書棟は現在、本棚の配置を巧みにずらされ、また魔法で紫色の妖しい霧がかった状態のようになった、巨大迷路の様相となっていた。さしずめ、上から見渡す光景は地下ダンジョンのようである。

 そして二階は、そんなダンジョン迷路を一望出来るおもむきの、レストランだ。 


「きりりーの案、見事採用されたね。実際面白そうだし!」

 

 同級生の女子が一階部を見渡し、賑やかに呟く。


「あとは眷属魔法でモンスターでも配置すれば完璧でしょう。入場されるお客さんに合わせて、ですが」


 凛とした佇まいで椅子に座りながら、桐野は言う。


「じゃあさ。兵頭の場合は?」


 桃色の髪をした同級生が、机まで身を乗り出して聞いて来る。


「その場合は、私が直々に相手します。あまり得意ではありませんが」

「……う、うん。頑張って……」


 紫色の目をぎらりと光らせた桐野に、同級生たちが恐怖を感じつつ、応援していた。

 生徒会の任が終わっても、桐野の特殊な任は終わりそうにない。少なくとも、この学園を卒業するまでは。


「まったく仕方ないですね……」


 このまま兵頭が暴走し、同級生男子がこき使われるのも可哀想だ。桐野は自分の良心に従い、席を立ち、兵頭を叱りに行った。


       ※

  

 元副会長が元生徒会長を学科棟玄関で待ち構え、それはそれは阿修羅の如く怒っていたと言うのは、元会計である二学年生男子長谷川翔はせがわしょうにとっては安易に想像できる光景だ。生徒会室で熱くなってすぐ暴走し、それをいつも自分か桐野が抑えていたからだ。そんな時、もう一人のメンバーであった相村佐代子あいむらさよこは、にやにやとこっちを見て笑っているだけだったとも思い出す。

 だいたい相村はいつも自分を馬鹿にしていると思う。事あるごとに自分をおちょくり、その反応を見ては楽しんで……。

 いや、今は相村の事は気にしていられない。

 長谷川は汎用魔法で作成した、宙に浮かぶ数式を、悩まし気な表情で計算する。


「やっぱり予算オーバーだな……。これ以上の設備を整えようにも、一度生徒会長の波沢さんに相談しないと……」

「家計簿でもつけてるのか?」


 男子用プールサイドにて、友人でありクラスメイトの茶化す声が聞こえ、長谷川は反応する。


「主夫じゃないんだし。それよりヤス、ネクタイにゴミがついてるぞ」

「うお、マジか」

「とってやった。だいたい掃除なら、体操着に着替えたらどうだ?」

「制服脱ぐの面倒くさくてよ。まあサンキュー。……完全に主夫だな……」


 同級生の安田やすだの小声には気づかず、またぶつぶつと呟きながら自分のクラスの出し物の予算の計算に入っていく長谷川。

 長谷川のクラスが使用するのは男子プールであった。当然、広い空間ほど使う装飾等も多くなり、予算も跳ね上がる。長谷川はそれに対応するため、無駄がないかなどのチェックを任されていた。


「まあ俺ら文化祭もそうだけど、冬には修学旅行もあるし、本当ご褒美期間だよな」


 床の掃除がてら、安田は赤い髪をかきながら呟く。

 長谷川は魔法で作った計算式を眺めながら、安田と会話する。


「ご褒美?」

「ほら、最近実戦魔法戦の授業キツイじゃん。二年だけでちょうど一クラスぶん以上も辞めた奴いるしよ。戦ってばかりじゃアレだし、いい息抜きじゃん」

「ああ……」


 一学年からの同級生で、実戦魔法の授業に耐え切れず、学園を辞めてしまった人は少なくない。三学年生も兵頭の話では、もっとやめて行ってしまった人がいると言う。だからこそ、あの人のような存在が必要なのかもしれないと感じるのは、今この瞬間ばかりではない。


「確かに、同学年の知り合いと魔法戦をするのは、喧嘩みたいで嫌だよな」

「そうそう。気が狂っちまうっての」


 実戦の授業後、敗北が認められないからと暴走する輩も、二学年生になって初めの頃にはいた。状況的には私闘よりは魔法を使った暗殺に近く、それらは極めて危険な行為だ。

 どちらにせよ生半可な気持ちでは、ここの学園生活は送れない。


「でもよ、この前の総理大臣の放送で、なんか全部の中学校に実戦魔法のカリキュラムを入れるとか言ってたじゃん。それって結構やばくねぇか? 極端な話、魔法で平気で人を傷つけられたり出来るようになるんだぜ?」

「実感は沸かないよな……」 


 遠くでクラスメイトが汎用魔法の力でプールの水に形を作り、水の上ではしゃぐ可愛らしい水の小動物を眺めながら、長谷川は呟く。


「みんなが笑顔で魔法に触れられる世界、か……」


 弁論会で本城直正ほんじょうなおまさ大臣が言っていた言葉。それをふと思い出し、長谷川は何とも言えない気持ちとなっていた。

 

「ま、ともあれ文化祭に修学旅行と、高校生活の目玉イベント目白押しだぜ? 俺らもそろそろ彼女の一つでも作らねーと、やってられねーぜ?」

「作れるなら作りたいよ。俺、全然モテないしさ」


 長谷川が肩を竦めながらそう呟いた途端、何やら安田が物凄い目つきでこちらを睨んでいることに気づく。


「な、何だその目は……?」


 長谷川は居心地が悪そうに、ベージュ色の髪をかいていた。

 安田はぼそりと、


「プールの水底に沈め」

「怖いわ!」


 ぎょっとする長谷川だったが、安田の目は据わっている。


「俺が突き落としてやるチクショーっ! 《グレイプニル》!」


 縛られて沈められようモノなら、即死が待っている。それもかなり苦しい末路だ。


「拘束魔法かよ!? やめろマジで落ちるってヤス! 《プロト》!」


 室内プール独特の、反響する声が響き渡る。

 防御魔法を展開し、安田の魔法から逃れる。これもある意味、魔法に触れるという事だろうかと、長谷川は無駄に感じていた。


「ちょっと男子ー。遊んでないで真面目にやってー」


 お決まりの台詞を、向こう岸の女子から言われてしまっていた。


      ※

 

 教室中にずらりと並んだ目を引くような衣装を眺め、相村佐代子あいむらさよこは満足気にうんうんと頷く。

 参考にしたのは、大阪のアルゲイル魔法学園で弁論会の時に、演習場でパーティ衣装が並んでいた光景だった。


「わあー。佐代子ちゃんのクラス凄いね!」


 他クラスからやってきた、眼鏡をかけたおさげの同級生の女子生徒に、出来栄えを褒められているところだった。


「でしょでしょ!? ウチのセンスが憎たらしいわー」


 相村はどや顔を浮かべて、どうよどうよと同級生の肩をぽんぽんと叩く。

 同級生は苦笑しつつも、まるでファッションコーディネーターのクローゼット状態になっている教室内を見渡す。


「凄い数の衣装だけど、出し物はなんなの?」

「同じクラスのわーこの提案なんだけど、()()()()のコスチュームチェンジ場だとさ」


 副生徒会長と同じクラスであった相村は、そう説明をする。


「? それってどういう事?」

「まあ要するに、コスプレってこと。わーこらしいと言うかなんて言うか」

「でも、これって確か巫女服? 巫女さんに全然魔法関係ないよね?」


 同級生が白と赤のひらひらとした服を手に取り、質問してくる。


「魔法が使えれば関係ない、だとさ。それこそが悪と戦う正義の味方、魔法少女なのだから! ちなみに女性限定ね!」

「? あの、ちょっと何言ってるかよくわからないんだけど……?」

「私に言わないで……わーこに言わされてるの……」

「何だかんだそれに付き合う佐代子ちゃんもクラスメイトのみんなも優しいね」

「そのフォローやめてーっ!」 


その時、相村の私物の電子タブレットが音を立てる。じゃれていた二人はぴたりと止まり、電子タブレットの知らせを見た。


                ※


 天瀬誠次あませせいじ特殊魔法治安維持組織シィスティムの車の後部座席に座り、都会の街中を眺めていた。時刻はまだ昼前だ。

 隣の席に座る桃華とうかは、用意されたジャージを着て、すやすやと眠っていた。よほど疲れていたのだろう、口をぽかんと開けてあられもない寝顔を見せてしまっている。野暮ったいジャージ姿と合わせて見れば、完全にオフのアイドルだ。


「悪かったね。第五分隊が誤解してしまって。彼らには、しかるべき処分が下されるから」


 運転席で車を運転しながら、特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性が言ってくる。くせのある赤い髪が特徴的な、男性だった。

 誠次は少し気まずく、窓の外から視線を車内へ戻す。


「いえ……。怜宮司飛鳥と言う男が、全ての元凶です」

「その男は今特殊魔法治安維持組織シィスティムが全力で追跡している。捕まるのは時間の問題だよ」


 男は車の自動運転を終え、手動操作を行う。そして車は、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部の前で止まる。

 少し曲折している特殊魔法治安維持組織シィスティムの本部の入り口は、ホテルのエントランスのようであった。特殊魔法治安維持組織シィスティムの車両、と言う事で、敷地内に入るチェックは極めて緩かった。


「……」


 止まった車の窓から、誠次は特殊魔法治安維持組織シィスティム本部をじっと見上げていた。

 昔から何度も憧れを持ち、近くを通った時は眺めていたりもした。その度に自分は魔法が使えないという事を改めて自覚し、自己嫌悪におちいることもあったが。

 そして今。車窓から見えるのは、日本全国から集められ、厳しい試験に合格した精鋭の魔術師たちの城だ。

 何度見ても見慣れることはできず、誠次は全身がぞくぞくする思いだった。


「さ、降りて」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性に促され、誠次は横ですやすやと眠る桃華を見た。リリック会館の時と同じように、幼気いたいけな表情で眠る少女を起こすのは、少し忍びなく感じるものだ。


「桃華さん。着いたぞ」


 誠次はシートベルトに絡まったままの桃華の身体を、優しく揺すっていた。


「――んっ」


 桃華は赤色の目を開き、軽く伸びをした。


「……あ、私また寝ちゃってたの?」

「良く寝るよな」


 リリック会館の時もあどけない表情で寝ていた気がする。

 桃華はぼうっとした表情で頷きかけたが、


「うん。……って、それと背が低いのは関係ないから!」

「そんな事一言も言ってないからな!?」


 実は結構コンプレックスらしいので、今後は発言に注意しなければと、誠次は自分をいましめた。

 車から降り、二人は特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性の後ろを歩く。


「久しぶりに来るわ。つくりは半世紀前まであった国連のビルを意識したとか言っていたけど」


 寝ぼけ眼をくしくしと擦りながら、桃華が建物を見上げて呟く。


「旧国連、現国際魔法教会、か。って久しぶり? 来たことがあるのか?」

「うん。仕事で、一日局長って言うイベントで。楽しかったな」

「あ……」


 そう言えば、影塚かげつかがGW明けの会話の時にそんな事を言っていたなと、思い出す。

 本当に楽しかったようで、桃華は笑顔を見せていた、が。


「って私、タメ口で喋っちゃってる……」


 桃華がはっと気づき、怯んだように立ち止まっていた。

 誠次はそんな事か、と同じく立ち止まり、 


「別に構わないぞ。それに、今更じゃないか?」


 少しばかりきょとんとした表情を見せていた桃華だが、次にはうんと頷いて、にっこり笑顔で、


「それもそうね! だから、お詫びに私の事も呼び捨てで呼んでいいことにする!」

「いくらなんでも切り替え早いなっ!」


 ツッコむ誠次の横を、桃色の長い髪が嬉しそうに跳ねていた。

 少しづつ元気が戻ってきたようでなによりではあるが、目の前にそびえ立つ建物の事を考えると、やはり誠次は緊張してきていた。


特殊魔法治安維持組織シィスティム本部……。まさか一六歳で、その中に入る日が来るなんて……」

「おっと。君の背中のそれ、警報が鳴っちゃうな」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性が誠次の背中のレヴァテインを見て言う。


「ああ大丈夫です。探知機で検知されないんですよこれ」


 大阪でのリニアモーターカーに乗った時も、北海道での飛行機に乗った時も、不思議と素通りできていた。最初こそは鳴らないか冷や冷やしていたが。


「驚いたなあ。金属じゃないのかい?」


 特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性は、どこか気の抜けるような声音で、のほほんと尋ねて来る。


「いえ……俺も材質は分かりません。どれ――」

「いやここで抜こうとしちゃ駄目でしょ!?」

「ははは。確かに、桃華ちゃんの言う通りだ」

 

 自然と背中に手を伸ばし、確かめようとしていた誠次を、桃華が慌てて抑えていた。

 天井の光を反射する綺麗な大理石の床が続く、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部ロビー。海外ドラマのワンシーンのように、黒いスーツを着用した男性や女性が、こつこつと足音を立てて行き交っている。片手に白い紙コップを持ちながら、真剣な表情で会話をし歩いていく様は、いくらなんでも型に入りすぎていると思うほどだ。

 ざわざわと話し声がそこかしこで聞こえる中、誠次と桃華を送ってくれた特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性は、二人を窓沿いのソファまで案内してくれた。


「ここで少し待っていてくれるかな。係の人を呼んでくるから」

「はいっ」


 緊張に緊張が重なり、少し返事の声が高くなる。特殊魔法治安維持組織シィスティムの男性は、そんな誠次の心情を理解しているのか否か、少し微笑みながら去って行った。


「まるで東京の中のアメリカだな。ふぅ……」


 実際に海外に行った事などないが、誠次は軽く息を吐きだす。

 一方で、こういう場や状況に慣れているのか、桃華はソファの上にじっと座っていた。


「あなたって、真面目そうなのに結構よく分からない行動する時あるよね。いわゆる、()鹿()()()()って感じ」


 雰囲気は完全に大御所芸能人だが、いかんせん見た目はジャージ姿である。しかし、今はそこを指摘するよりは、


「酷いな! 頭はいい方だと自覚しているぞ!」


 先ほどのレヴァテインを無意識に引き抜こうとしたとき以外にも、窓をつたってやって来たとこも含めての、桃華の言葉か。

 苦笑する桃華に誠次が慌てて反論するが、現状信ぴょう性は限りなく低い。


「自分で言わないわよ普通。ま、そのおかげで私は助かったんだし、本当に感謝してるわ。ありがとう、誠次……()()


 桃色の髪をさらりとはらい、桃華は顔を背けながら、言って来た。磨かれた綺麗なガラスに桃華の横顔が映り、そこでは恥ずかしそうに顔を赤らめている様子が見える。


「うん……。なんか、いまいち素直に喜んではいけない気がする……」

 

 ……ひょっとして、とばりの言っていた通りおれって馬鹿なのか……?

 くすりと微笑んでいる桃華の感謝に、誠次の内心はしかし、大きな衝撃を受けていた。


「――ああ清々するぜ! こんなお高く纏まってる場所からおさらば出来るとはよ!」

「!? 大声でうるさいわね……」


 しばし待っていると、ロビーの奥の方から、大声で歩いて来る男がいた。桃華が両手で耳を塞ぐ中、その男の声に、誠次は聞き覚えがあり、反応する。


「え、戸賀彰とがあきら!?」


 椅子から立ち上がって名を呼んだ誠次に、戸賀も気づく。


「俺の名前をこの耳障りな声で呼んだのは誰だ? ……あ、テメェはッ!」


 戸賀彰。レ―ヴネメシスの構成員の一人で、拘留中のはずだが。三白眼の瞳をぎらつかせ、銀色の髪の戸賀は、派手な髑髏マークが目に付く長袖にジーパンと言う姿で、背中に回した片手にはバックを持っていた。

 まさか、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部でこの男と再会するとは。

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