12
二人の少女が描いた魔法式から、鮮やかな魔法光が誠次の剣に纏い、誠次は空へと消えて行った。纏っていた魔法元素の色は、赤から青へ、青から赤へと。
桃華は篠上と呼ばれた赤髪の少女と共に、ダニエルの防御魔法の後ろにへたり込むように座っていた。
「あなたが、太刀野桃華さんね」
ふと、隣の少女が話しかけて来る。
「え、は、はい……」
太刀野桃華は、自分のすぐ横にしゃがむ篠上綾奈を見つめる。いつの間にか篠上の後ろ髪を縛っていたゴムは解けたのか、鮮やかな赤い髪が背中まで広がっていた。
「その……ありがとう……ございます」
「こ、こっちこそ。セイジが迷惑かけて、ごめんなさい――ってなにその恰好!?」
篠上はもとより赤かった顔を、さらに赤くしつつ、こちらの下半身を見つめて来る。誠次がくれた上着を羽織る上半身に対し、下半身は相変わらずショーツ一着だ。
「まさか、セイジが助けたお礼として……っ!? 許さない!」
まるで彼氏が浮気をした、と言わんばかりの言い様だ。
「ち、違います大丈夫です! ただ、窓から突然やって来て、準備が出来なくて! 私も洗脳されかけてたし」
「ま、窓から突然!? 洗脳!? それもうただの立派な変態じゃないっ! 信じらんないっ!」
完全に怒りだした篠上。解けた豊かな赤い髪が、本人の心情を示すかのように、真っ赤に燃えているようだ。
「私の話を聞いて下さい! えーと――」
ダニエルの叫び声が響く中、桃華は当時の状況を篠上に説明する。
話を聞き終わると篠上は茫然とした面持ちで、片手でおでこを抑えていた。
「もう馬鹿すぎる……。いくらなんでも、馬鹿すぎる……。帳もなんで止めなかったのかしら……」
誠次の行動を聞いて、呆れてモノが言えないようだ。
「で、でも。正面から頼もうとしても、怜宮司に止められていたはずだから……天瀬さんに……感謝してます」
桃華は恥ずかしく服の袖を握り締めながら、篠上に頭を下げた。
「いえ。セイジには私が責任をもって言っておくわ! ヴィザリウス魔法学園を代表して謝ります! 本当にごめんなさい!」
誠次のぶんも、と言う意味合いも込めて篠上は謝罪していたが、桃華は本当に気にしておらず、むしろ感謝していた。
「天瀬さんを悪く言わないで下さい……。彼は本当に、私の為に頑張ってくれてたんです」
篠上は桃華の赤い瞳を、まじまじと見つめていた。
「うん。分かってるわ。アイツ……そう言う奴だから」
篠上は誠次が戦っているであろう、二階を見上げて言う。ここからではちょうど、所々崩れた通路が視界を遮り、二階の様子を見ることが出来なかった。さきほど、篠上と一緒に来た銀髪の少女が空を飛ぶようにして向かって行ったが。
「付加魔法……。その、二人でしてましたね」
いささか話しづらく、桃華はもごもごとした口調で言ってしまっていた。――それに、世代の近い年上の人は本当は、゛苦手゛でもあった。
篠上は青い目を少し大きくし、桃華を見つめる。
「そ、そうよ。そう言うあなたこそ、リリック会館でセイジに付加魔法したそうね」
「え、は、はい……。私と篠上さんで、効果は違うみたいですね」
確か私の場合は、緑色の光で、レヴァテインと呼ばれていた剣が、変形していたはずだ。
――しかし、レヴァテインと言うのは……。
「レヴァテインって。レ―ヴァテインなら、役でゲームに出た時に知ってますけど……」
桃華がぼそりと言うと突然、目の前で赤髪が跳ねた。
「そうそう。大抵炎属性の剣で、最強のタイプの剣よね!? 私もとるのは苦労したなー」
「!?」
いきなりうんうんと頷きながら得意げに言いだした篠上を前に、桃華は硬直していた。
「――っ!?」
篠上もようやく口を手で抑え、自分の暴走を無理やり抑え込んでいた。
「も、もう! 付加魔法ってこう言う効果もあったりするわけ!?」
「……ふふ」
桃華は口元に手を添えて苦笑していた。きっと家では、今のように年頃の女の子としては少々ラフな格好で、テレビ画面の前でコントローラーを片手に白熱しているのだろうと、思って。
「天瀬さんには、内緒にしておいてあげます」
「わ、私はべつに……」
篠上はそれを聞くと、うっと恥ずかしそうに俯いた。アイドルとしての目線で見ても、同業者としてそん色なさそうな、可愛らしい仕草であった。
「さっきの話だけど……アイツ魔法使えなくて、それなのに一生懸命で……優しくて……」
それが嬉しそうに、篠上は微笑んで言う。
「……」
昨日と先ほどまで、誠次の黒かった眼は決して絶望など映してはいなかった。焚火に照らされるときも、夢を語るときも、まっすぐ前を向いていた。
「女の子みんなに優しいんですね」
「そ、そうね。だから、私たちは、安心して魔法を貸せる」
「……綺麗」
「え?」
桃華は何か神々しいモノでも崇めるような素振りで、篠上を見上げる。どうしてかは、よくわからない。けれど誠次に付加魔法を施した少女の姿は、神話の世界の気高い女神のように、美しかった。
――ただ一点。
「凄い煙草臭いですけど……まさか、スケバンですか……?」
「違ーう!」
※
「……」
黒い生地が破れ、血が滴る右腕に添えた左手に、小さな円形の魔法式が広がる。ユエは無言のまま、自らの右手に治癒魔法を施していた。
「治療してください、か……」
あの時の少年の表情は戦闘時にあるべき険しいものだが、同時に悲し気だったのを、鮮明に覚えている。
傷こそ右手だけだが、完膚なきまでに叩きのめされた気分だった。実戦を想定した訓練では、これ以上のひどい怪我など、日常茶飯事だ。それらは全て、魔素により人体をすぐに修復する治癒魔法があるからこそのものだが。
しかしこれは――、
「笑えてくるっつーの……」
これ以上に無い、みねうちだ。正確には、一撃だけ斬られたが。
「天瀬誠次とあの光る剣……。何だったんだよ一体……」
ヒリヒリと肌が焼けるような痛みは続くが、斬られた傷の手当ては終えた。後はこの痛みが治まるのを待つだけだ。その気になれば再び戦う事は、可能だが。
かび臭く、ひしゃげた鉄柵の下からは、澄佳の異常なまでの叫び声が聞こえて来る。
「澄佳……暴走してんな……」
『――聞こえますか!? 第五分隊!? 応答してください!』
胸元の通信機から、女性通信士の声が聞こえる。違うのは魔法のエキスパートか、警察の延長線上と言ってもいい特殊魔法治安維持組織の面々に、いち早く状況を知らせる本部の役職の一つだ。
ユエは立ち上がると、胸元のポケットから小型の通信端末を取り出す。
「こちら、南雲ユエ……」
自分でも分かるほど、声に張りがなくなっていた。こうなったら本当に切り殺されていた方がましなのではなかったか? と思う一方で、最後までそうなる事を望まなかった青と赤の目の少年の顔が思い浮かび、ユエは嘆息する。
『別件で捜査していた本件の依頼人、怜宮司飛鳥に対する太刀野桃華さんへの違法魔法使用容疑の裏付けが出来ました――』
その言葉を聞いてしまえば、ユエは汗が滲んだ赤いバンダナに、ぎゅっと手を押し付けていた。
「あー……それ、マジ? 証拠とか、ある感じ?」
『はい。これは局長より直々の命令です。早急に捜索対象を怜宮司飛鳥へと変更、太刀野桃華さんは保護をお願いします。これは最優先命令です』
「……了解」
『通信終了します。……任務、ご苦労様です』
「お、おい……!?」
ブツリ、と途切れた通信端末を眺め、ユエは何とも言えない表情をする。とりあえず第五分隊の隊長に怒られることは、確定だ。精々良くても、停職は免れないだろう。
完全に、天瀬誠次の言う通りであった。
「あーくそっ。とりあえず、澄佳止めないとな……」
※
「《フレア》!」
吊り橋程度の狭い足場の上。澄佳は小さな太陽を思わせる炎の火球を、立ち塞がる香月に向けて放つ。
「セイジは私が守る!」
香月も澄佳と同じく《フレア》の魔法を発動。
「なんでお前がそんな魔法を使えるんだ!?」
紅蓮色の光を受けながら、澄佳が戸惑う。二人の放った魔法は、互いに衝突し、爆ぜる。灼熱の風が、ボロボロの廃墟の中を溶かすようだ。
「まだだっ! 《アイシクルエッジ》!」
熱によってじりじりとパイプが音を立てる中、澄佳は続けて、氷属性の攻撃魔法を繰り出す。
「ハァハァ……っ!」
一切の容赦を見せない澄佳を前に、香月は息切れを起こしていた。
鋭く尖った氷の礫が、香月のいる場所目掛けて襲い掛かっていた。
「香月ーっ!」
誠次が香月の背中から現れ、香月を片手で抱きかかえる。そのまま網の床の上を飛び降り、空中に足場を作って澄佳の魔法から逃げる。直後、殺意を孕んだ無数の氷の刃は、穴の開いた鉄網の上に突き刺さっていた。
それを見た澄佳は、舌打ちをしていた。
「っち! ちょこまかと逃げるなーっ!」
「セイジ、ごめんなさい……」
「いい! あの人を斬って止める。腕を狙えば――」
次々と空中に足場を作り、誠次は澄佳を上空から見下ろす。狙いを定める瞬間、香月のエンチャントに切り替え敵を観察し、自身の身体が落ちていく前に篠上のエンチャントに切り替え、再び足場を作って行く。それらの切り替えは、まるで魔術師が扱う魔法のように、頭の中で念じるだけで素早くできた。
「でもそれじゃあセイジが――っ」
香月が誠次の胸に手を添え、ぎゅっと力を込めて来る。
「確かにさっきは駄目だった。でも、香月や知り合いに危害を加えるつもりなら、覚悟はした!」
エンチャントもそろそろ切れる。誠次は赤い目を下へ向け、こちらを見上げる澄佳の身体に狙いをつけた。
「当たれ当たれ! 《フェルド》! 《ライトニング》! 《エクス》!」
「なんでもありだな……!」
誠次はそれらの魔法を全て回避する。背後の青空に撃ちあがった魔法は、そのまま青の世界の先へ消えて行く。そして、青い目に切り替えた誠次とレヴァテインは、香月を抱いたまま澄佳を睨んだ。
「今から貴女の右腕を斬る! 切断はしないが相応の痛みは伴う! 覚悟しろ!」
「……っ!? 攻撃宣言だと!? 馬鹿にしているのかっ!」
――しかし、先ほどユエが斬られる瞬間を見たせいか、反射的に澄佳は軽く右腕を引っ込めた。誠次の青い目は、それをじっと見ていた。
「……」
篠上のエンチャントで足場を作る最中、胸元の香月が腕にぎゅっと力を込めて反応する。
「――あれは?」
青い目で見える世界。誠次の視界に映ったのは、何やら澄佳に声を掛ける、銀髪のユエの姿だった。
「セイジ待って! 何か言っているみたい」
「っ!? ああ」
突撃する誠次は急停止し、状況を見守る構えを見せた。
香月はいつ何が起きても良いように、誠次の胸元で《プロト》の魔法式を組み立て、隙の無い構えを見せる。
「沼田澄佳! 俺は平気だ! 落ち着けっつーの!」
痛いはずだが、ユエは血濡れの黒いスーツに包まれた右腕を高く上げ、澄佳に見下ろして見せる。
「ユエさん!? 無事だったんですか……っ。でもこいつらは!」
澄佳は迷いを振り切るように、誠次と香月に向け声を張り上げる。
「本部からの、命令。標的は、怜宮司飛鳥に、変わった」
「私たち、まんまと犯罪者に助力してたんだよ」
義雄と環菜が生み出した形成魔法の足場を上り、環菜が澄佳を後ろから羽交い絞めにする。
「嘘っ! どっちにしたって、アイツはユエさんの事をっ!」
「だから、治癒魔法で治療したっつーの! それに……完全にこっちの所為だしな……」
気まずい表情のユエは、右手を見せつけるようにして掲げる。
その隙に、誠次と香月は特殊魔法治安維持組織の面々とは少し離れた所である、錆びたパイプの上に着地する。
「大丈夫か、香月?」
「ありがとう、セイジ」
香月を降ろしてやり、しかし最後まで誠次はユエたちを睨んでいた。
「天瀬誠次……。お前の言っていた事は本当だった」
「……」
ユエの自責の念を感じさせる言葉を聞く誠次と香月は、何も言わずに佇む。付加魔法は、ちょうどその時切れた。
ユエは網の床から飛び降り、誠次と香月が立つパイプの前の足場に着地する。さすがに我慢できなかったか、ユエは右腕を抑えていた。
「悪かった――つっても、納得いかないかもしれないが、この通りだ」
だが、次にユエは腕を伸ばし、瞬く間に深く頭を下げる。
誠次は黒に戻った目で、ユエをじっと見つめていた。
「いくら治癒魔法で治療したとしても、右手が痛むはずです。無理はしないでください」
「……悪いな」
誠次の指摘通り、ユエはじんとした痛みが続いている右手を抑え込んでいた。赤いバンダナの下にも、じんわりと汗が広がっている。
「申し訳ありません。ですが、これしか方法がありませんでした」
誠次はユエと目線を合わすことはできず、俯いて言う。
「いや、こっちが悪かったって。みっともない姿見せて、本当に悪いな」
「……っ」
気落ちするユエの後ろでは、未だに澄佳が目つき悪く、誠次を睨んでいた。片目を隠した髪形の環菜が、そんな澄佳の肩を掴んで、後ろへと向かせる。
「僕たちも、謝らないと。ごめんなさい」
義雄も頭を下げたところで、下からダニエル、篠上、桃華が階段を上って合流して来た。
「なんだこれは! 随分と大雑把な治癒魔法のやり方だな。さてはミシェルの手ほどきだな?」
ユエの右腕を見た途端、ダニエルがどら声を発する。
「アルゲイルの卒業生ですけど――」
「吾輩がちゃんと診てやろう! ホラ! 右手を差し出すのだッ!」
「勘弁してくれっつーの……」
半場泣き顔になりながらも、ユエは大人しく右腕をダニエルに見せていた。
「肝心の怜宮司の身柄は、どうなったのでしょうか?」
吹き出た汗をぬぐいつつ、誠次は特殊魔法治安維持組織の面々に尋ねる。
「まだ捕まってはないみたいだ……。家宅捜索をしたが、どこかへ隠れているらしい」
ダニエルの治癒魔法を受けながら、ユエが答える。
「太刀野桃華さんは特殊魔法治安維持組織本部で保護する。日本で一番安全な場所だ」
「……」
桃華は髪が解けた篠上の後ろに隠れ、特殊魔法治安維持組織の面々を不安そうな面持ち見つめる。
「まぁ、信用しろっつーのも無理な話か……」
「でも、桃華さんの安全が一番じゃ……」
篠上が遠慮がちに小声を出す。
「文化祭、と言うわけにもいかなくなったしな」
レヴァテインを香月の持っていた鞘に納刀しつつ、誠次は呟く。
「文化祭?」
「天瀬アンタ、文化祭の事を教えなかったの?」
桃華が首を傾げたのを見た篠上が、ジト目で誠次を睨んだ。
「じ、状況的に仕方がなかったんだ」
誠次はムスッとした表情で、言い返す。
「太刀野桃華君本人の精神的な疲労が特に大きいだろう。吾輩は特殊魔法治安維持組織本部に行くことをお勧めするが、同時に無理な話でもあろう。桃華さんはどうだね?」
ユエへのちゃんとした治療を終えたダニエルは、どうかねと桃華に訊く。特殊魔法治安維持組織の面々は、ただ一人を除いて、頭を下げるしかない。
桃華は、じっと考えた後、
「分かりました。特殊魔法治安維持組織本部に、行きます」
と慎重な表情で頷いた。
「ただ、一つお願いがあります。天瀬さんも……一緒に来てくれませんか? 特殊魔法治安維持組織本部に」
「「え」」
桃華の言葉に、香月と篠上が揃って反応する。
「護衛とかではなく、天瀬さんの濡れ衣を晴らすために、ちゃんとした説明の為にです。もちろん、天瀬さんが良いと言ってくれればですけど」
「わかった。俺のこと、頼むぞ桃華さん」
「うん」
「いいの?」
即答した誠次に、篠上が確認するが、誠次自身もそのつもりであった、いくら誤解が解けたとは言え、桃華の不安が解消されたわけではないし、このままではこちらも釈然としない。
「決まりだな。迎えの車を寄越すから、そっちに乗ってくれ。俺たちは隊長に折檻されなきゃな」
ユエはそう言うと、自分の腕時計型のデバイスで、通信を行う。
「本当に行っちゃうの、天瀬?」
特徴的なポニーテールではなく、セミロングヘアーとなっている篠上が、誠次に尋ねる。心配してくれているようだ。
「ああ。事情もちゃんと説明しないといけないし。でも文化祭の件は……」
自分で言いかけ、どうしたものかと語尾を濁す誠次。代わりの案など、考えはなかった。
「……」
桃華が胸元に手を添えて何かを考えている中、誠次は俯かせた顔を上げていた。
「……とにかく二人とも、来てくれて本当に助かった。レヴァテインは俺が持っていく。ダニエル先生も、ありがとうございました」
「私も一緒に」
香月が前へ進み出るが、誠次は首を横に振った。
「文化祭実行委員の香月が、この時期に持ち場を空けるのは、みんなに迷惑がかかる」
「……」
香月はハッとなり、何か口惜しそうにしながらも、微かに頷いていた。
「俺が言えることじゃないかもしれないけど、クラスの皆には、上手く伝えておいてくれないか? 二人共本当に助かった、ありがとう」
誠次は軽く頭を下げ、桃華の元へ歩いていた。
「天瀬くん……」
香月はそう呟くが、誠次を追う事はしなかった。香月と篠上は目を合わせ、お互いに頷く。今自分に出来る事を、深く理解しているのだろう。
「吾輩は二人の魔法生をヴィザリウスに送り返そう。貴公らにも事情があるのは重々承知だが、今回の一件はとても看過できぬな」
「ええ。分かってますよ……。どんな罰則も受けるつもりです」
誠次と桃華を眺めていたユエは参ったと言わんばかりに、ダニエルに苦い表情を見せていた。
※
「本当に一週間後、桃華が文化祭に来るのか?」
都会のビル群を通る風を浴びながら、怜宮司飛鳥は疑心暗鬼な心境を顕にする。
「――ああ。学園に通う娘が言っていたんだ。珍しく、家に電話を掛けてきてね」
今現在自分がいる、赤と白の網のような意匠が特徴的なとある塔の屋上へと連なる階段の影から、その男は声を返してきた。
「その言い方だと、その娘さんとは最近連絡を取られていないようですね」
怜宮司は振り向かず、顔も知らぬ男に問いかける。互いを深くは詮索せず、怜宮司は今も話し相手の顔は知らない。それが、自分に桃華を得ることが出来る力を分けてくれると言ってくれた男からの、条件だった。
「どうしてかここ最近は冷たくてね。親子のスキンシップもきちんととれていないんだ」
「そういう年頃でしょう? 女子高生と言うのは」
「……そうか。すっかり忘れてたよ、娘がそう言う立場の人間だったとはね」
男の冷たい言葉に、怜宮司は寒気を感じていた。きっとこれは、自分が高層タワーの展望台の屋上にいるからではないだろう。
「そんな中、やっと来た連絡が、自分が実行委員をする文化祭を見にきてほしい、ってことだったんだ」
「良い娘さんじゃないですか。それを情報として利用するとは、なんとも酷い人だ」
怜宮司はほくそ笑む。その視線の先には、広大な敷地を誇るヴィザリウス魔法学園がある。
「そうでなくてはやりきれないさ。こんな事なんて」
男の言葉の途中、がしゃりと、なにか重たいものが怜宮司の背後に置かれる。そして近づく、いくつもの足音。
怜宮司の背後では、無骨そうな男たちが、何やら金属制のモノを組み立てたりしている。見れば、迷彩服や黒い帽子を被ったいかにもな風貌の男たちが、この国の進むべき道、すなわち魔法世界に反した重火器で、武装しているところだった。さすがにミサイルを担いでいるところを見れば、怜宮司は冷や汗を流すしかなかった。
「私の目的は、桃華の奪還なんですが」
「我々の目的は、我々の正義を邪魔する存在の排除だ。桃華は間違いなく一週間後、ヴィザリウス魔法学園のステージに立つ。そして、大勢の人の前で歌う。我々はそれを破壊活動をもって阻止する。我々の邪魔をした報いを受けてもらうんだ。あなたは桃華を好きにすればいい」
一切の否定の意見は出させないと、男の口調は重たく硬いものだった。
怜宮司は少し歯痒く唇を噛んだが、
「……まあ、いいさ。僕のものにならないのなら、いっそのこと全て滅茶苦茶にしてくれていい」
「おや、人の事は言えないようだ?」
この人の神経を逆撫でするような煽る物言いは、この男の特徴でもあった。
「あなたに言われたくありませんよ。国際テロ組織、レ―ヴネメシス」
ただの幹部クラスだと思っていた怜宮司は、この時知らなかった。自分が話している相手が、そのトップに君臨する男、東馬迅だったと言う事に。
一世紀以上前の戦後、当時のこの国の復活の象徴と言われていたと言う、今では棄てられた巨大電波塔に、無数の悪意が渦巻いていた。




