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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
複合付加魔法
123/211

10

 いくら高校生時代の恩師でも、こうもこき使われるのはいささか別の問題である。

 特殊魔法治安維持組織シィスティム第七分隊所属、影塚広かげつかこうは、自らを納得させるためにため息をつき、自身が座る運転席の助手席に座る女性を見た。


特殊魔法治安維持組織シィスティムをこうして運転手代わりにするのは、後にも先にもあなただけですよ、八ノ夜はちのやさん」

「ふん。上司の命令にはなにがなんでも従うものだぞ、影塚」

「その言葉だけでは典型的なダメ上司ですね……」


 影塚は苦笑しながら、両手でハンドルを切る。夜間の任務を主にする特殊魔法治安維持組織シィスティムの特殊装甲車両に、サイレンと言うものはない。失われた夜の反動の為に一斉に動き出す都会の様相は、目的地にいち早く辿り着かせることを困難にさせていた。


「……っく。魔法で車を浮かしてその下を通って行くか」

「やめてください本当に窓開けようとしないでくださいやめてください怒られます」


 苛立つ八ノ夜を、影塚がどうにか抑える。


「隊長からの指示で貴女を援護するように言われましたし、構いませんけど」


 進行方向である前方をじっと見つめ、影塚は言う。


「そちらの内部状況は今どうなのだ?」


 大きな胸の前で腕を組み、八ノ夜は影塚と同じ方を見つめ、尋ねる。


「貴女も分かるでしょう? 言えないのは守秘義務です」


 影塚は青い目を微かに細めていた。八ノ夜は、それを見逃さない。


「しかし大内(おおうち)が捕まった以上、さぞかしごたごたしているだろうな。局長は責任を押し付けられ、さぞや大変だろう」

「……」

薺沙愛(なずなさえ)の改革宣言の反動。そして相次ぐ守るべき国民からの"税金泥棒"との批判の声、だ。これは状況は訊くまでもなかったな」


 実際はただの勘で述べた八ノ夜であったが、影塚ははあと大きなため息をしていた。どうやら、隠すのは無駄だと判断したようだ。


「政府――薺総理は、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)の主権を正統な理由と手続きでとろうとしています」


 独り言のように、影塚はぽつりと呟いた。


「総理大臣が司法に介入するとは……戦後から続いてきたバランスを崩し、いよいよ独裁者になるつもりか……」

「今、特殊魔法治安維持組織(シィスティム)にのし掛かってきているのは多数からの圧力ですよ。これは僕の予想になりますけど、それを一番に受けているのが他でもない、志藤(しどう)局長です。息子さん、確かヴィザリウス魔法学園の魔法生ですよね」

「ああ。なんの因果か、天瀬(あませ)と仲が良い」

「お友達、ですか。大切にしてほしいですね」


 影塚はシートベルトで固定した身体を背もたれに深く預け、何かを思うようにして言っていた。


「フ。そんな事を言うようになったとは。お前もすっかり一人前だな」


 八ノ夜は微笑むが、影塚の表情は冴えないものだ。


「僕は責任から逃げて、一度隊長の座を辞退した男です。一人前なんかじゃありません。……だから()()()()()()隊長になったアイツに、憎まれる……」 


 やがて渋滞が終わり、車は走り出す。


怜宮司飛鳥れいぐうじあすか。プロフィールを検索してみましたが、どうにも怪しいですね。太刀野桃華さんのマネージャーになる前の経歴が不明なんです」


 運転をオートに切り替えれば、両手で端末の操作が出来る。

 浮かび上がった青白いホログラム画面を見つめながら片手を口の下に添え、影塚は呟いた。怜宮司の真面目そうな顔写真の横には、白い文字が流れている。


「大方どこかのセキュリティシステムにでも侵入して、記録を改ざんでもしたんだろう」


 八ノ夜は腕を組んで、忌々し気に言う。


「セキュリティシステム? 例えばどんな?」

「話を聞く限りでは、奴は相当な幻影魔法の手練てだれらしい。なんでもかんでも魔法に絡めようとしている世界だ。情報を魔法で管理しているところがあってもおかしくはない」

「魔法で便利になるはずの世の中なのに、皮肉なものですね」

「まったくだ」


 やがて二人を乗せた車は、都会のとある建物の前にたどり着く。一流階級層でしか家賃も払えそうになさそうな、豪華な高層マンションの真下だ。怜宮司飛鳥は、ここに住んでいるという情報を、特殊魔法治安維持組織シィスティムの局長が運んできたのだ。


「表向きは家宅捜索です。特例も特例なの、承知の上でお願いします」

「分かっている。しかし、現役を思い出すな」 

 

 ビルの影が二人を覆い、八ノ夜と影塚は共に息を呑む。

 やけに緊張するのは、横に立つ人の影響もあるかと、影塚は思った。


「こちら影塚。目的地に到着。突入するよ」


 胸元の通信機に、言葉を掛ける。


『了解。こちらも太刀野桃華の事務所に着いたところだ。先に頼むぞ』


 帰って来た波沢茜なみさわあかねの言葉に、影塚は()()()()「うん」と頷いていた。

 

「おいおい。相手は通信機だぞ?」

「最近の茜、張り切っているんです。特殊魔法治安維持組織シィスティムの汚名返上だ、なんて言ってたり。妹には負けられない、とかなんとか」

「張り切り過ぎて自滅だけはさせるなよ、影塚。守ってやるのはお前の役目だ」


 マンションのエントランスを特殊魔法治安維持組織シィスティムのホログラム証明書を使って通り、エレベーターに乗り込む二人。

 八ノ夜の言葉に、行き先を設定しながら影塚は片手で髪をかき、頷く。


「いつも貴女の発言には、重みがあります。茜は僕にとって学生時代から特別な人です。守るのは当然ですよ」


 その気概さえあれば一人前だろうに、と八ノ夜は内心で思いつつも、茶化さずにはいられなかった。


「おっ! それはなんだ? やはり一人の女性としてか!?」

「え? 仲間として、ですけど?」

「私の知り合いの男は揃いも揃って……!」

 

 どういう意味だろう? と首を傾げる影塚の前で、八ノ夜は頭を抱えていた。

 エレベーターでの会話を終えるのと、それが目的地に着いたのは、同じタイミングだ。八ノ夜も真剣な表情となり、エレベーターから降りる。

 はるか先までビルの山が広がり、身体に向け吹く高層マンション特有のビル風は、冬を感じさせるほどの冷たさだ。


「ここだな」

「はい」


 ノックなどはしない。重厚そうな扉を前に、影塚と八ノ夜は息を合わせ、慎重に頷く。

 影塚は防御魔法。八ノ夜はドアを明ける為の汎用魔法を起動し、発動。がちゃりと鍵が解除された音を聞き流し、一瞬で突入する。


「これは……」

「なんなんだ……?」


 壁一面に広がる、目が眩むほどのピンク色。それが太刀野桃華のイメージカラーでもあり、象徴でもあることは、二人とも知っている。元の壁や足場はもはや見えないほど、怜宮司飛鳥の部屋は桃華と関係したポスターで埋め尽くされていた。


「狂気を感じる……」


 影塚が目を細める。思わず顔を覆ってしまいたくなってしまうほどの、異常な光景が、目の前に広がっている。


「こう言うのはせめて壁だけにせんか……。足で踏むなど、普通なら出来ないぞ」

「僕たちの常識から外れた、普通でない人なら、それが可能なんでしょうね」


 配慮し、プリントされた顔を踏まないようにして室内へ進んでいく影塚と八ノ夜。

 リビングは、ある程度は整理されているとは言え、やはり桃華関連のグッズで溢れていた。


「PCですね。うちの解析班にデータを転送します」

「頼んだ。しかし、肝心の怜宮司の姿が無いな……」


 いつの間にかに空間魔法を起動していた八ノ夜が、周囲を見渡しながら言う。

 デバイスをPCに素早く取り付けた影塚も、空間魔法を展開し、人の魔素マナ反応を探してみる。閉所であればあるほど、効果を発揮する魔法のはずだが、反応は八ノ夜と自分のもののみ。もしや幻影魔法の術中の中か、とも思ったが、現パートナーである八ノ夜美里の存在を考えれば、それはあり得ないだろう。 


「こちら影塚。怜宮司飛鳥はマンションにはいない。このまま家宅を捜索、及び周辺の警戒にあたる。転送されたデータは全て大至急、解析班に渡してくれ。急いでくれ!」


 影塚は班のメンバーにそう連絡を入れ、証拠になりそうなデータの収集にあたっていた。


「持ちこたえろよ、天瀬……」


 一方で八ノ夜は、窓の外に広がる都会の街並みを眺めていた。


                  ※


 大都会の中の、忘れ去られた廃墟の中。誠次せいじ桃華とうかは裸足のまま、特殊魔法治安維持組織シィスティムの追撃をかわしていた。


「こっちだ!」


 街中に出ようにもすでに包囲されているはずだし、そもそも廃墟の一つしかない出口は通れないように立ち塞がれている。よって誠次は、廃墟の中を逃げ回っていた。


「……っ」


 誠次の手を握り、桃華も必死に走る。砂利を踏み、足の裏に異様なほどの激痛が走るが、それは桃華も同じことだろう。

 いずれにせよ、このまま逃げていても絶対に追いつかれることだ。


「《グレイプ二ル》!」


 上方じょうほうから突如、白い魔法式の光がきらめく。


「あれに捕まったらアウトだ!」

「こっちなら通れそう! しゃがんでっ!」

「了解!」


 誠次と桃華は身をかがませ、錆びた鉄パイプの下を通り抜ける。直後、誠次のいた場所に魔法の縄が蛇の如く伸びて来ていた。


「良い運動神経と連携だ。路地裏のネズミみたいだけどな」


 声のした方を見上げると、天井のはりの上にしゃがんだユエが、面白げにこちらを見下ろしていた。


「話を聞いて下さい!」

「だから、特殊魔法治安維持組織シィスティム本部の牢屋の中で聞いてやるっつーの」

「そうしたら桃華さんは……!」

「知るかっつーの! 《ライトニング》!」


 ユエは手元で黄色の魔法式を組み立てる。


怜宮司飛鳥れいぐうじあすかは危険な男です! そんな男のもとに返したら、桃華さんの身が危ないんです!」

「何度も言わせるな」


 お互いの主張がぶつかり合って、これではらちが明かない。

 しかし、今更引き下がるわけにはいかない。誠次は桃華を連れて再び走り出し、廃墟の階段を駆け上がっていた。


 ユエは、逃げ惑う少年少女の背中を目線で追っていた。逃げられるわけはないと言うのに抗い、必死に逃げる姿に、魔法式を向ける。


「っち。これだから、話なんかしたくなかったんだっつーの……。情が沸いて、仕事に支障がでる……」


 どうやら魔法が効かないと言う話は本当のようだが、向こうが魔法で反撃してこないのはどういう事だろうか。どちらにせよ、この調子では、やり難いにもほどがある。

 ユエは小声で面倒臭そうにため息を吐きつつ、《ライトニング》の構築を途中でやめる。


「確かに、これじゃあ俺たちが悪者の気分だなこりゃ。……ま、これが仕事いらいだから」


 しばし悩んだ末、ユエは再び《ライトニング》の魔法式を構築していた。


 ユエの追撃をかわした誠次と桃華だったが、敵は複数。なおかつ、国家により訓練を受け、選ばれた魔術師である特殊魔法治安維持組織シィスティムだ。


「《エクス》」


 衝撃波を生み出し、対象を吹き飛ばす魔法だ。

 角を出ようとした誠次目がけ、そんな攻撃魔法の衝撃波が飛来する。目の前の空間がぶれたかと思えば、それがそのまま眼前まで迫って来ていた。


「っ!?」


 誠次はそれを真正面から喰らい、身体を吹き飛ばされる。


「天瀬さん!?」


 桃華が急いで防御魔法プロトを構築し、《エクス》が展開してきた方向へ張る。


「太刀野桃華、さん。その男は、危険。離れた方が、いい」


 《エクス》の魔法式を解き、待ち構えていたのは、相手の仲間の大男だった。


「何度も言ってるでしょう!? 私が怜宮司飛鳥に洗脳されかけてて! それを助けてくれたのが、天瀬さんなんです!」

「その情報を聞いても、僕たちは、天瀬誠次によって桃華さんが、洗脳されているとしか、思えない」

「そんな……違います!」


 しかし大男は、構わずに妨害(ジャミング)魔法を展開。桃華の防御魔法を、呆気なく破壊していた。


「そんなっ!」

「やめろーっ!」


 怯える桃華の背後から誠次が飛び出す。

 大男は肉弾戦の構えを見せつける。誠次は大きく飛び上がり、大男に向けて殴りかかる。


「無駄、だ」


 しかし、大男は身体を素早くひるがえすと、誠次の攻撃をかわし、反撃に回し蹴りを繰り出す。


「訓練で、習った」

「なに!?」 


 反応できなかった誠次は、背中に男の蹴りを受け、二度にたび身体を無理に吹き飛ばされる。


「天瀬さん!?」


 誠次の元へ駆け寄ろうとする桃華に、大男が声を掛ける。


「ずいぶんと、ストックホルム症候群が、ひどい」

「だから私は正常です! どうして分かってくれないの……!?」


 埃が舞い飛ぶ廃材の山からどうにか上半身を起こした誠次は、桃華が大男に詰め寄られている姿を見た。


「悪いけど、捕まえますよー。特殊魔法治安維持組織シィスティムに対した以上、立派な犯罪者である事は確定していますからね」


 小柄な女性が、大きな汎用魔法の魔法式を構築する。直後、魔法式から形成魔法で作られた壁が生み出され、倒れる誠次の周囲を取り囲んだ。


「っく、足が、絡まって……!」


 まったくもって動かない自分の右足を見てみると、茶色く汚れた古いロープが、ぎっちりと絡みついて身動きを封じていた。


「桃華さんは、こっち」


 大男が桃華に大きな手を伸ばす。

 その手の影が、桃華を包み込もうとしたその時、


「さっきから……ふざけんなっ!」


 桃華は桃色の髪を振り乱し、大声で言い放つ。ライブで見せる高飛車な姿、そのままだ。


「なん、だって?」


 呆気に取られたのは、桃華を確保しようとしていた大男も、誠次もだった。


「さっきから私たちの言葉は聞かないで、一方的なそっちの意見だけでっ!」


 激昂した桃華は、誠次の足に向けて無属性の攻撃魔法の魔法式を展開する。


「天瀬さん! 直撃したらごめんなさい! 私パワーには自信あるけど、コントロールは自信ないの!」

「魔法は効かないから構うな! 撃て!」

「《シュラーク》!」


 まさかの高位攻撃魔法だ。


「高位!?」

「効かないんでしょう!? だったら範囲で当てるだけよ!」


 魔法式から突き出した白亜の巨大な槍が、誠次を取り囲む魔法の障壁を破壊し、そのまま直進。舞い散る魔法元素エレメントの粒子の中、槍は誠次の足のロープを斬り裂いた。


「パワータイプだな!」


 棄てられ、半壊している冷蔵庫を蹴り、誠次は大男の背中まで一気に回り込む。

 体勢を崩しはした大男だったが、踏ん張り、すぐさま姿勢を制御して誠次に狙いをつける。

 誠次は片足を軸に踏ん張り、身体を捻って大男の攻撃をかわす。その動きに、大男の目が大きくなったのを確認した時にはすでに、その巨躯きょくの横を桃華と共に通りすぎていた。


澄佳すみか、ごめん。通した」

「大丈夫です! それにしても、すばしっこいですねー」


 澄佳と呼ばれた女性は相変わらず上階から、魔法式を展開してくる。


「すばしっこいですって!? うざったいのはそっちの方よ!」

「なんか変なスイッチ入ってないか桃華さん……」

「ええ!」


 誠次の質問に、桃華はニヤリと肯定し、上空に向けて高位攻撃魔法の魔法式を再び展開する。


「《シュラーク》!」

 

 魔法の槍が再び出現し、澄佳を狙う。


「……え、えーと太刀野さん? なんか今度は太刀野さんが悪役に見えますけど……」


 身構える澄佳の真正面に、高位防御魔法のバリアが張られていた。桃華の放った魔法の槍は、高位防御魔法の前に粉々に砕かれる。激しい魔法戦の光景に、誠次は思わず顔を伏せていた。


「《シエルプロト》。ねえ、いい加減しつこいよ? アンタら」


 防御魔法を発動した環菜かんなが涼しい顔で、誠次と桃華の前に立ち塞がっていた。そして後ろからは、ユエと大男が合流する。


「いつまで追いかけっこするつもりだっつーの? どうせ捕まるんだからさ」

「ハアハア……!」


 横で桃華が、息を切らしている。

 ユエはそれを見ると、思わずと言った感じで、笑っていた。


「完全な魔素マナ切れじゃねーか。ま、ロクに訓練もやってねーで高位魔法を唱えるとこうなるな」

「君が魔法で反撃してこないのは、僕たちを、舐めている?」


 いつの間にかに誘い込まれたのか、誠次と桃華は四方を黒いスーツ姿の大人たちに囲まれていた。

 それでも、誠次はあきらめずに、正面に立つ環菜を睨みつけていた。

 横に立つ桃華も同じく、険しい表情で、後ろのユエと大男を睨んでいる。誠次と桃華は背中合わせで、抵抗する気でいた。


「外も警察でいっぱいだ。まさか、警察に捕まった方が罪は軽くなるとか思ってねーよな?」

「……っ」


 それを聞いた桃華の表情が、青ざめる。

 誠次は桃華と背中合わせのまま、首を横に振った。


「そんな事じゃありません。ただ、桃華さんのこの後の安全が確認できなければ、桃華さんの身柄を返すわけにはいかないんです」

「要するに、よほど人生を棒に振りたいっつーことだな」


 ユエの言葉に、誠次は微かに反応する。

 最初は文化祭の準備だったはずが、いつの間にかにここまで壮大な事態にまで発展しているのだ。


(ここさえ乗り切れば……!)

「そんな気もありません。ただ俺は、俺が今やっている事は決して間違っていないと胸を張って言える自信があります!」


 誠次は腕を振り払い、大声で告げる。


「天瀬、さん……」

「言うじゃん。俺のやってるゲームの主人公みたいだよ」


 ユエは肩を竦め、しかしみすみす引き下がる気もないようだ。


「でもでも、この状況じゃどうにもなりませんよ?」


 澄佳の言葉通り、四人は一斉に魔法式を展開する。

 四方を囲まれている誠次は、その光から目を背けるように、天井を見上げる。所々穴が開いた廃墟のトタン屋根は、なにかの衝撃を与えれば、簡単に崩れ落ちそうだ。


「桃華さん! 屋根を狙って《シュラーク》を! 一発だけでいい!」

「屋根!?」

 

 口で反応し、身体は動かす。桃華はすぐに上空に向けて白い魔法式を展開し始める。


「何する気……?」


 環菜が片目を見開く。


「「「……!?」」」


 他の特殊魔法治安維持組織シィスティムメンバーも、思わず目を剥いている。

 桃華は迷うことなく全身の力を振り絞り、頭上に向けて高々と手を突き上げる。どこかで見たような光景だと思えば、ライブのアンコール曲の開始の合図だ。


「これがラストよ!? 《シュラーク》!」


 桃華が放った魔法の槍は、天井を貫く。屋根は瞬く間に崩れ始め、降り積もった様々な瓦礫と共に、落ちていく。瓦解は雪崩の如く、この場の四人へ降り注いでくる。


「馬鹿馬鹿馬鹿っ! 全員防御魔法を展開しろっ!」


 ユエが慌て、各員に命令を下す。

 想像以上に魔法の威力が高かったのか、あるいはもう崩壊寸前の建物だったのか、廃墟全体の骨組みが歪み始めている。

 四人の特殊魔法治安維持組織シィスティムはそれぞれ防御魔法を展開する。本来の任務であるはずの市民を守る為に、桃華と誠次の方にも、その範囲を伸ばしていた。

 防御魔法によって瓦礫は弾かれ、真下に落ちずに、傘に落ちた雨粒のように端へ流れていく。


「まったく危ないです! ……ってあれ? 二人はどこへ?」

「逃がした」


 澄佳と大男が、中央から忽然こつぜんと姿を消した誠次と桃華を探していた。

 防御魔法を展開してくれた隙に、誠次と桃華はこの場を離脱していた。


「ハアハア……最高に馬鹿げたプランだわ……! もしも防御魔法を展開していなかったら、私たち纏めて潰されてたわ!」

「命には代えられないだろうからな。でも、これからどうするか……!」


 誠次と桃華は、まだ廃墟の中にいた。背中の方では、四人がこちらを探す足音と声がする。外に出ようとしたが、いつの間にかに逃げられぬよう、強固な防御魔法が張られている。彼ら四人組が仕掛けたのだろうか。天を貫いた槍のお陰で、頭上には青空が広がっているが、壁自体は高い。

 頼みの綱であった特殊魔法治安維持組織シィスティムの助力も、得られそうにない。


「まだ諦めない。少なくとも可能性が残っているなら、まだ諦めるわけにはいかない!」

「――その通りだな。問題はその可能性とやらが、一ミリも残ってねーっつー事だけど」


 ユエの声が、すぐ頭上から聞こえ、誠次と桃華は揃って驚き、立ち上がる。


義雄よしお。こっちこっち」

「見つけた、のか」


 大男――義雄の返事も、近くからする。


「ゲームエンドだ、天瀬誠次。最初っからお前に勝ち目はねーっつーの」

「……っ!」


 それでも桃華を庇うため、誠次は彼女の身体を後ろに隠す。


「こんな室内で。よく粘った方だぜ。まるで最初からコンビ組んでるみたいだった――けどよ!」


 威嚇用の攻撃魔法が、誠次の足元に着弾する。地面に小さな穴が空き、そこから白い煙が起こる。


「……っ」


 思わず悲鳴を上げそうになった身と表情を引き締め、誠次はユエを睨んでいた。


「お前……。……っ!」


 何かを言いかけたが、しかしユエは構わず、右手をこちらに向けて来る。

 桃華が誠次の背中から応戦しようと手を掲げるが、そんな桃華を狙うのは、妨害魔法を起動してこちらに近づく義雄だった。そもそも、桃華の魔素マナももう尽きているはずだ。


「ここまで……?」

「ごめん、桃華さん……っ。もう打つ手が……」

「ううん……。貴方は、私の為に……っ」


 いよいよ打つ手が無くなった誠次と桃華は、ユエの作る雷属性の攻撃魔法式の光が強まっていくのを見ているしか、出来なかった。


「――中に人がいる場合、離れていたまえッ! 吹き飛ばすッ!」


 その聞き覚えがあるドラ声が後ろの方から響いたと思えば、有無を言わさずに、爆発音が鳴り響く。身体を吹き飛ばされそうなほどの衝撃波が起こったかと思えば、背後から粉々になった廃墟の瓦礫が、飛んできて、眩い日光が差し込んだ。

 続き《スラッシュ》と言う、風属性のかまいたちの攻撃魔法が、爆発があった場所からユエと義雄がいた場所に、襲い掛かる。

 

「天瀬くん」

「天瀬!」


 風属性の緑色の魔法式を起動しながら歩いて来る香月こうづきと、見慣れた漆黒の剣、レヴァテインを持って駆け寄って来る篠上しのかみ


「なんで、ここが……?」


 こんがらがった頭から、胸の中から声が出る。誠次は思わず脱力し、その場に膝をついていた。

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