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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
複合付加魔法
120/211

7 ☆

 身体を濡らした誠次せいじ桃華とうかが逃げ込んだのは、開発が進む都会の中で、時代に取り残された裏路地沿いの、広い廃墟の中だった。屋根と壁さえあれば、゛捕食者イーター゛は人を襲いに来ることはないはずだ。さび付いた壁やところどころ穴の開いたトタン屋根が目に付くが、周囲をビルに囲まれているあたり、おそらく大丈夫だろう。


「昔はホームレスって人たちが、いっぱいいたんだろうな……」


 もう人も滅多に来ることもないのだろう、誰かがいたような形跡もない。地面には何かの廃品や雑草がところどころに生えており、忘れ去られた場所、と言う印象だ。


「デンバコが無いのは、やっぱり不便だな」


 文明の利器と言うのは、こういう時にこそそのありがたみがよく分かるものだった。持ち物もホテルに置いたままだった。


とばりは心配してくれているのだろうか……。いや、今は桃華さんだ」


 どうしても自分の事で頭がいっぱいになってしまいそうになり、誠次は慌てて首を横に振った。今は、自分が()()した桃華とうかのことを第一に考えなければ。


「うぅ……」


 桃華は誠次の上着を羽織り、しかし寒そうに凍えている。冬が近づく秋の夜の外気温の中、誠次の上着はずぶ濡れ。それも下は濡れたショーツ一枚と言うあられもない姿だ。濡れた桃色の髪と肢体を見れば、いつ風邪をひいてもおかしくはない。


「火を起こさなきゃ。少し待っててくれ」


 誠次は桃華をその場に座らしてやり、自らは廃墟の中で、薪に使えそうな木材を集めていた。誠次自身も濡れた半そでシャツ姿であり、身体を動かすたびに冷たいシャツが肌に張り付き、体温と体力を同時に奪われていた。


「この紙も燃やせそうだな」


 古ぼけ、黄ばんだ紙の束を拾う。拾ったのはどうやらカレンダーのようで、二〇四九年度と書かれている。そして、月は一二月。楽しそうな子供とサンタクロースのイラストが、今となっては切なく感じるものだ。


(この次の年にまさか人間を喰う怪物が出現するなんて、昔の人は思いもしなかったんだろうな……。この次の年のカレンダーを、何事もなく捲るのもままならなかったんだろう)


 人類の歴史が大きく変わった境目だ。 

 誠次はそれをじっと見つめ、心の中で呟いていた。

 近くにあった木材や紙を両手で集め、誠次は桃華の元へ戻っていた。桃華は相変わらず体育座りをして、凍えている。


「待たせた。今、火を起こしてやるからな」


 誠次はうつむく桃華の前に燃えそうな物を積み上げるようにして置く。

 そして、そこまで来て、ようやく一つの事実に誠次は直面していた。

 

「……えーっと、どうすれば……」


 火を起こす道具を持っておらず、誠次は途方に暮れてしまう。

 そんな誠次と、目の前に積まれたごみの山を見た桃華は、おもむろに震えている右手を上げる。


「あっ」


 誠次がそうだと思い出すのと同時に、桃華が赤い魔法式を積まれたごみの上に作る。魔法とは、かくも便利なものなのかと。


「なんで……?」


 しかし、桃華が首を傾げる。

 桃華が発動した炎属性の魔法だが、燃やすはずのごみの上で点火はするものの、すぐに消えてしまう。

 誠次はそこで、林間学校を思い出していた。


「あっ。たぶん炎属性の魔法だけだと、上手く火がつかないんだと思う。風属性の汎用魔法も組み込めるか。複合型だ」

「あなたは……?」


 桃華が赤い瞳を誠次に向ける。自分が出来るならやってやりたいのだが、魔法が使えないのではどうしようもない。


「俺、魔法が使えないんだ」

「でも、若い……」

「悪い。それでも使えないんだ。どうしてかは分からないけど……」


 誠次の言葉に納得がいかないようであったが、桃華は風属性の汎用魔法も展開し始める。

 ――そうだ、桃華さんは、おれの事を名前と顔でしか知らなかったんだ。

 桃華が魔法式を構築している光景を眺め、誠次は思い出す。分かるのは自分がレヴァテインを持って現れ、桃華の魔法を使って助けてやった事だけだ。


「俺、ヴィザリウス魔法学園の生徒なんだ。一六歳で、君の一つ上。魔法生のくせして、魔法は使えないけど。……まあ魔法が使えるかどうかは魔法生とか、関係ないか」

「年上、だったの?」


 桃華が会話に食いつき、誠次は頷いていた。


「だったのって、まさか思い出してくれたのか!?」

「……忘れるわけ、ない」


 その瞬間、桃華の魔法により火がつく。廃墟の中に温かい光が灯り、焚火の火が二人を優しく温め始めた。


「ありがとう……また、私を助けてくれて」


 虚ろだった桃華の目に、火の光が灯り、誠次を見つめて来る。

 誠次はどこかドキドキとしながら、ほっと一息つく。 


「良かった。怜宮司のかけていた《アムネーシア》が解けたみたいだ」


 やはり定期的に魔法をかけられ、一種の洗脳状態だったのだろう。


「それにしてもGWの時とは、態度が少し違うような……」

「だ、だって年上って知らなかったし……それに、恥ずかしかったし……――って!」


 桃華は童顔な顔を赤く染め、自分の今の姿を見つめる。その姿はやはり、誠次の上着を羽織っただけの、下着姿。

 今度は羞恥で頬を染めた桃華は慌ててしゃがみ、自分の下半身に手を伸ばしていた。そして、誠次を睨みつけて来る。

 誠次は慌てて両手を上げ、背中を向けていた。


「本当にす、すまない! 計画性もなく行動してしまって!」

「……」


 やがて背中からは、桃華の掠れる声が聞こえた。


「……こっち向いて、大丈夫。あなたは命の恩人、だから」

「無理はするな……」

「別に嫌じゃない……。恥ずかしい、けど……」


 それはどう言う意味だ? と誠次は深く考える事も出来ず、自らも火にあたる為に焚火の方を向く。その火の先に座る桃華を、なるべく見ないように赤くなった顔を背けつつ。

 気まずい誠次は手探りで手元の木を、火にくべながら、


怜宮司飛鳥れいぐうじあすか。奴は一体何者なんだ?」


 桃華はまだ頭が痛むのか、片手で頭を抑え、険しく眉根を寄せている。


「苦しかったら、質問は止める」


 誠次が気遣うが、桃華は気丈に首を横に振る。やがて思い出したのか、相変わらず掠れた声だが、話し出してくれた。


「GWのリリック会館の時以来、私の周りのスタッフたちにも警察の捜査が入ったの。共犯者なんじゃないかって……」

「それで入れ替わった新しいスタッフの一人が、怜宮司飛鳥だったと言う事か。なんだって桃華さんにこんなことを……」


 考えられることとしたら、ただの熱狂的なファンか。もちろん、こちらや帳とは違った、ベクトルであるが。


「そんなの、ただの犯罪じゃないか……」


 背筋から全身に掛けてぞっとする気分を味わいながら、誠次は呟く。


「私を誘拐したあなたが、言えるコト……?」


 桃華が微かに、いつか見た時のような不敵な笑みを、顔に刻んでいた。

 炎で揺らめく空気越しに、それを確認した誠次は思わず「そうかもな……」と苦笑で返す。


「ともかく、もう怜宮司は追って来れない。安心してくれ」

「……うん。まさか二度も同じ人に危機を助けられるなんて……。……ありがとう」


 《アムネーシア》もだいぶ解けてきたようで、桃華の口調も明るくなってきた。おそらくではあるが、桃華の過去に探りを入れたことが、功を奏したのかもしれない。


(ライブの時は洗脳されているなんて微塵も感じさせなかったのに……凄いな……)


 これが年下のプロの実力だ、と言われてしまえば納得せざるをえない。あるいは、魔法世界のアイドルとして生まれるべくして生まれた、天性の気質か何かか。


「怜宮司の事は、俺が特殊魔法治安維持組織シィスティムに明日にでもけ合うよ」


 きっと話を聞いてくれるはずだと期待し、誠次は桃華を安心させてやる。

 桃華も素直に頷いていた。


「じゃあ、今日はもうなにか、気晴らしに別の話でもしてよ」


 両膝の上に頭を乗せ、桃華は聞き耳を立ててくる。こういうところでは、たった一つではあるがまだ年下であるという事を思い出させてくれる、可愛らしい仕草だ。

 あまり女性との対面での会話に自信があるわけではない誠次だが、求められた以上はどうにか応えようとする。


「そうだな。ヴィザリウス魔法学園の話でも」

「……魔法で洗脳されてたのに、魔法学園の話?」

「嫌ならしない」

「してよ」

「どっちなんだ……」

 

 口を尖らせる桃華に対し、誠次はため息をつく。年の近い年下の女の子とはこのようなものなのだろうか、と半場割り切るようにしていたが。


「一学年生の林間学校で、さっきみたいな火を起こす過程があるんだ。俺たちの班はそれが酷くてな、せっかく積んだ薪をまき散らしたり灰にしたりで大変だったんだ。先生まで飛んで来てさ」

「……なに、それ」


 桃華は頬をぷくりと膨らませて、苦笑する。


「その間、魔法が使えない俺は何もやらなかったけどさ。でも桃華さんはやってみせたし、魔法学園に入学すれば大活躍間違いなしだ」

 

 最後に必ず「まあ魔法が使えない俺が言えたことじゃないかもしれないけど」と付け足す事を忘れずに、誠次は言い切っていた。


「私が、魔法学園に……?」


 桃華が呟く。


「ああそうだ。桃華さんだって、もう高校受験の時期じゃないのか? 志望校とかはどこなんだ?」

「えっと……。実は、まだ……なの」


 桃華はどこか気まずそうに俯く。


「それは駄目だ! 早く決めなさい!」

「アンタは私のお父さんかっ!」


 誠次が叱るように言うと、桃華は大声でがツッコむ。


「でもこの前の総理の演説で、全ての高校を魔法学園化するって言ってたよね……」


 桃華が、魔法生である誠次に確認するようにして言う。

 誠次もその話題になると、真剣な表情へとなっていた。


「……詳しくは、俺たちも分からないんだ。素直に賛成していいことなのか、どうかも……」


 数か月前までは、そうなる事を期待していたはずだった。゛捕食者イーター゛に対する力を誰もが身に付け、戦う世界。だが、今になって変化を恐れる自分もいる。総理の演説に反対しているデモも、規模こそ小さいがまだ続いていた。


「これからどうなるんだろうな、この世界は……」


 期待、と言うよりは、恐れが混じっている誠次の声音だった。

 

                 ※


「――駄目ですねー。全然見つかりません」


 白い光を発する魔法式の上に立ち、目を瞑る特殊魔法治安維持組織シィスティム第五分隊所属沼田澄佳ぬまたすみかは、空間魔法の展開を終える。

 四人がいるのは、高層ビルの屋上だった。星一つとしてない夜空のすぐ下より、はるか下を見下ろす黒いスーツの風貌は、さながらカラスのようだった。 


「室内にいる人の魔素マナ反応が強すぎて、全然割り出せませんよ」


 首を横に振り、つまらなそうに澄佳は言う。


「まあいつまでも外にいるようなお馬鹿さんじゃねえ、っつーことだな」


 ユエはポケットに手を突っ込み、飄々ひょうひょうと答える。


「魔法が効かないんじゃ、ひょっとすると空間魔法も効かなかったりするっつー線、あるんじゃねーの?」

「えーなんですかそれ。ズルすぎますよ」

「もし本当にそうならそうだ、っつー話だよ」 


 ユエはそう言うと、三人に背を向ける。


「どこ行く気、ユエ?」


 義雄よしおがのっそりと振り向き、ユエに尋ねる。


「今日はもうやめだやめ。朝捜索再開するぞ。いつ゛捕食者イーター゛が出るかわかったもんじゃねーっつーからな」


 アイツを一体倒すのに、報酬金でも欲しいところだ、とユエは呟く。


「゛捕食者やつら゛の反応もねーってことは、どこかでのたれ喰われてるっつーわけでもねーし、今夜ぐらいは大丈夫だろ」

「さっきまでは面白がってたのユエさんじゃないですかー」

「作戦名、命が大事。俺たちが食われたら元も子もねーっつーの」


 ユエの後ろには、環菜かんながすでに着いて来ていた。ただ早く帰りたいのか、ユエと同じ理由か。


「でもでも、室内にいるとしても桃華さんこのままじゃ危ないですよー。ほら、人質的な意味で! 縄で縛られてなんだかいけないことされてたりとか!」

「阿呆。だったら一晩中この寒空の下空間魔法で捜してろっつーの。寒いし上がるぞ」

「ユエさん酷いです……。は、ひょっとしたら私たちの事を内心で心配してくれの発言かも! 本当は岩ちゃんみたいに優しいのかもしれませんね!?」


 と、義雄の方を見る澄佳だったが。


「あれ、まさか岩ちゃんももう上がっちゃうの!?」

「寒い、無理」

 

 義雄もぶるぶると震えながら、屋上を去っていく。

 最終的に一人ぽつんと残された澄佳は、狼狽うろたえながら屋上下と出入口を交互に見つめる。


「わ、私は最後まで粘りますからね! 誘拐犯なんて断固許せません!」


 そう言って再び屋上のフェンスへ近づこうとする彼女を、


「――馬鹿。帰るぞ」 

「ゆ、ユエさん。まだ、いたんですか?」


 意地で残ろうとした澄佳を、コートを着たユエが迎えに来ていた。


挿絵(By みてみん)

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