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――二日間の座学のテストが終わり、いよいよ魔法実技試験が当日となった五月は一日。ちなみに日曜を潰したテスト期間だったが、その分の休みはゴールデンウィークへと回される。
二日目の魔法学も、小中学校で習ったような基本的な内容ばかりだった。攻撃魔法と破壊魔法の区別や、未だ三〇年しかない魔法の歴史、などだ。
魔法に並々ならぬ情熱を燃やし、努力した誠次は――完璧だった。
――ただ、もっともの問題は、これからであるのであった。
クラス1ーAの二年生との魔法実技試験は、魔法学園の第一演習場で行われていた。二年生からは成績、素行が優秀な十名が選ばれて、一年生たちの相手役となっていた。
天瀬誠次も一応の魔法生として、演習場にいるのはいるのだが……。
東洋人古来の特徴でもある黒髪が、ひょこひょこと揺れて近づいてくる。
「あっ、天瀬ー」
「桜庭……さん……」
クラスメイトの桜庭の明るい表情とは対照的に、誠次は浮かない表情で反応していた。
「うわ暗っ!? どうしたの!?」
緑色のくりくりとした目を丸くし、桜庭は誠次の顔を近くで覗いてくる。
「上……」
気まずく誠次は俯いたまま、二階の座席を軽く指差した。
「あー……あはは……」
誠次の指先を追った桜庭も、何事かと理解したようだ。お互い、苦笑いしか出て来ない。
――おっ、目が合ったぞ!
――あれが剣術士?
――うっわ怖え~。
二階の観客席は、満員御礼であった。
主に制服に緑ラインの二年生、時々赤ラインの三年生も交じっているが、その視線はほぼ一点に向けられている。それこそ、小生の所である。
「人気者は辛いね」
桜庭は困ったように目を閉じ、頬をぽりぽりとかいていた。
「なんだそのフォローは……。用はなんだ?」
悩んでいたって仕方ないと、誠次は桜庭がここに来た理由を訊いてみる。
「あっそうそう。林先生から伝えてくれって言われたんだけど、天瀬のテストの順番は一番最後だって」
「なんだって!?」
「こ、声大きいよ……」
「あぁ、すまない……。でもさ……」
――すぐに沈んだ表情に戻る、誠次。
名簿順だと誠次はア行なので一番最初のはずだったが。
誠次は監督席に座っている林の方を、ちらりと見てみた。
どこか面倒臭そうにあくびをしている林と誠次は目が合い、林はなにを思ったのか胸元を抑える仕草をしていた。
いや勘違いしないでください……!
誠次は慌てて目線を逸らす。
「まあ、一番最初よりはマシか……」
ア行の呪いもあった。トリもトリなので、一概には言えなかったのが。
「じゃあ、頑張ってねー」
桜庭が軽く手を振って、去って行った。なんだか、張り詰めていた空気が弛緩したような気がし、
「ああ。ありがとうな、桜庭」
誠次も軽く手を振り、桜庭を見送った。
なんにせよ、成績に関係するテストであることには変わりがない。この学園に入学するにあたって、成績に関係することは誠次も他の生徒と例外なく公平に扱われる事を伝えられてある。
「よし。勝利の女神の笑顔を受けたところで、頑張るか!」
誠次が拳を握りしめ、決意を決める。
結論から言うと、二年生は強かった。
「そ、そんな!?」
ルームメイトの小野寺が展開する《プロト》を易々と打ち砕き、攻撃魔法で小野寺を追いつめている二年生の男子。
男子女子、二人づつで始まったこの魔法実技試験。
容赦無く、とでも言われていたのだろうか、昨年の先輩たちから学んだのか。二年生は次々と一年生を圧倒していた。
「《フォトンアロー》。惜しかったね小野寺くん。防御魔法を展開することをお勧めするよ」
「っ!? 強いっ!」
小野寺の悲鳴。
まだ試合が始まったばかりだったが、開始十秒も満たずに、先輩にフラッグを二つとも取られてしまったようだ。
こんなので力を見られると言われてもな、とは思う。
誠次は、試験監督である三名の先生の方を見てみた。
林は真剣な面持ちで、手元のタブレットに試験結果らしきなにかを記入中。残り二人は、まだ見たことが無い、ヴィザリウス魔法学園の先生であった。
おそらくは二年生の担当と、中立の立場の者か。
「小野寺が惨敗って容赦ねーよ先輩たち……。俺たちの青春学園生活を全力で潰しに来てるとしか思えねぇぜ……」
腕を組みつつ、いつの間にかやって来ていた順番待ちの志藤の嘆き。順番的には小野寺が終わり、もうそろそろか。
「小野寺防御魔法、得意だったのにな……。まぁ諦めるなよ志藤。魔法が使えない俺も頑張るんだからさぁ……」
遠い目で誠次は言う。
「お前のその魔法ってところに、並々ならぬ殺気を感じるんだが……」
「気のせいだ」
「どうにもなりませんね……。やはり皆さんお強いです」
試験を終えた小野寺も、浮かない表情でこちらまでやって来た。
「お疲れ小野寺。頑張ってたな」
「あ……ありがとうございます。天瀬さん。負けちゃいましたけど、先輩の魔法を間近で見られるいい経験ですよ」
「魔法使えないヤツが頑張ってた、だとよ」
「いやそこ翻訳する必要は無いからな、志藤」
誠次のつっこみに、志藤は肩を竦めて軽く笑っていた。
「……はい!」
小野寺も戦闘の張り詰めた空気を解き、いつもの優し気な表情に戻っていた。
――次、志藤颯介君と、篠上綾奈さん。
「うわ、呼ばれたわ。死んで来る……」
演習場内でアナウンスが響き、夢から覚めた表情で、志藤が言う。
「頑張って下さい志藤さん」
「頑張れよ」
小野寺と続けて、飾り気の無い応援の言葉で、志藤を送っていた。
ふと、視線を相手役の先輩たちのいる二学年生の方に向けてみる。
「……?」
どう言う理由か。誠次は今、確実に一人の先輩と目が合っていた。
一瞬であればそれは思い違いかと判断できるのだが、相手の先輩は、ずっとこちらを見つめている。
濃い青の束ねた髪と、制服越しでも分かるモデルの様にすらっとした素体。二学年生の、女性の先輩だった。遠目でもわかる、美人な人だった。
それに、じっと見られている。こちらが珍しいと思うことは分かるのだが、それにしても長すぎるとは感じる。
それは時に、二階から送られる好奇の視線とは違う――。
「――何見てるの?」
「はっ!?」
突然、香月の声が聴こえ、誠次はびくっとしていた。
焦点を合わせれば、試験開始直前のはずの香月がすぐ隣においでで、どう言ワケか、冷やかな表情をしている。
「セルフ《インビジブル》とか驚かせるなよ、寿命が縮む……。見てたのは二年生のほうだけど」
「ふーん。今から私の番よ。純粋な魔法使いの戦い方を存分に括目すると良いわ」
おそらく出会った初日に誠次が言った、゛捕食者゛倒せなかったな発言がずっと引っかかっていたのだろう。
どこかふてくされたような表情を見せる香月は、後半の言葉を一息で言い切った。少しドヤ顔で。
「か、括目……?」
とても女子高生が放ちそうになかった言葉に、誠次は目をしばたたかせる。
もしかしたら世界で初めてその言葉を言った女子高生なのではないか?
と、そんな事を考えていた誠次は、戦いの舞台である演習場の中央に向かう香月の背を、目線で追っていた。




