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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
複合付加魔法
116/211

3

「で、とばりの考えた作戦と言うのが、これなのか……!?」


 普段は被らない帽子を目深に被った誠次が、すぐ隣に立つ帳を納得いかないような表情で睨みつける。誠次が着ている黒字のTシャツには、アニメキャラ風にデフォルメイラストされた、太刀野桃華たちのとうかと【Peach Flower!】なる文字。そして【天瀬】と漢字で書かれた名札を、首元からぶら下げる。

 そして目の前に広がるのは、きらびやかなライブステージ。誠次はライブのスタッフとして、太刀野桃華のライブ会場にいたのだ。色とりどりの鮮やかな照明が、若干緊張している誠次の顔を照らしていた。


「ああそうだ。桃華さんのライブ会場に直接足を運び、直接会う!」


 それがまるで簡単な事のように、帳は言ってくる。

 大人気アイドルである太刀野桃華をヴィザリウス魔法学園の文化祭のゲストに招待する。その方法を聞けば、なんともまあ具体性のない夢の詰まったアイデアと言うべきか。


「学校の授業が文化祭の準備って事で四時限で終わったから良かったけど。このライブ、絶対に日没まで続くだろうな」

「だからこその泊まり込みだ。この会場、ホテルと直接繋がってるし」


 時間を見ればもうすでに午後四時を回っている。冬の夜間外出禁止の時刻だ。そこでこの桃華のライブでは、ゲストがライブ会場に隣接するホテルに泊まれるよう配慮されているのだ。

 そして、そんなゲストたちを案内するのが、誠次や帳たちスタッフの務め。スタッフと言ってもバイトと言う形であり、桃華ご本人からは遠く離れた場所に配属されていたが。

 照明が情熱的な赤に代わり、激しいBGMが流れ始める。ゲストはそれに、よりいっそうの盛り上がりを見せていた。相変わらずゲストの年代は幅広い。

 微笑ましいと言うわけではないが、誠次もステージ上で歌う、年下の桃色髪のツインテールの少女を見て、不思議と微笑んでいた。


「でも、よくバイトに受かったな。倍率とか高かったんじゃないのか?」

「俺以外にも募集は沢山あったらしいぜ。でも面接官の人、俺の事を一目見て即採用してきたんだ。俺にもよく分かんないけど……」

「な、なるほど」


 誠次は帳をまじまじと見つめていた。帳の持つ体格の良い身体つきが、功を奏した結果となったようだ。おそらく高校生で張り合えるのは、兵頭ひょうどうぐらいだろう。


「ん。でも俺の方はどうしてだ?」


 自分の分まで採用が通っていたのは、なぜだろうかと誠次が訊く。


「単純に異性に興味がないって言っといたら、安心されて採用してもらった」

「酷いなっ! 興味はあるからな!?」

「悪い天瀬。たぶん面接官はお前の事を……ソッチの人だと……」

「とんだ被害だ!? その面接官もだいぶ適当だな!」


 帳が笑いかけて言うのを、誠次がツッコんでいた。


「ま、さすがに遠くのところに配属されたか。それにしても盛り上がるなー。ついつい仕事なの忘れちまいそうだな」


 帳は楽しそうに、ステージ上で歌う桃華の姿を見つめていた。


「桃華さんを誘うのはともかく、まずはこの仕事をきっちりとやらないと、つまみ出されるぞ」


 誠次は口を尖らせて指摘する。


「分かってるって。頑張ろうぜ」

「ああ」


 ただ自分たちの目的を達成するためだけにここにいるのは、おこがましいことだ。誠次と帳は、真剣な表情へと戻り、与えられた裏方の仕事をこなしていく。


「それにしても、不思議だな」


 会場に点々と落ちるゴミを拾いながら、誠次は顔を上げてみる。


「おいおい……。集中しろって優等生発言したのはどこのどいつだ?」


 ゴミ袋を持つ帳が苦笑している。


「すまない。でもこんなに楽しそうな人を見てると、壁の外に人を喰う怪物がいるってこと、つい忘れてしまいそうになりそうだ」


 なにも今に始まった事ではないが、今頃外は暗闇が広がっているという事を想像すれば、不思議な感覚だ。


「桃華さんの不思議な力かもな」


 帳が冗談交じりに呟く。

 照明が深みのある紫色に代わり、落ち着いたBGMが流れ始める。桃華の歌も、それに合わせてバラード調のものだ。

 誠次は一瞬だけきょとんとしていたが、すぐに頷いて見せる。


「そうなのかもしれない」


 この身体の芯から沸くような盛り上がりをヴィザリウスでも再現出来たら、最高のライブになる事は間違いないだろう。


「はっはっは。俺は冗談で言ったつもりなんだけどな」

「でも、良い事だと思うんだ。魔法を戦いに関係なく、誰もが楽しんで触れ合える世界。ほら、空想の世界とかでよくあるような、平和な感じ」

「魔法少女が集まってきゃあーえっちー、的なノリのやつか?」


 帳の言葉に、誠次は思わず吹き出しながら「そうそう」と肯定する。


「少なくとも、はやし先生が学生だった時よりも、良いことだと思う」


 誠次は少し俯いて言う。

 帳もゴミ袋を片手に持ったまま、腕を組んでいた。


「いろんなもんが規制されてた世の中か。アニメも見れないのは、やだな……」

「時代を考えれば、仕方ない事なのかもしれないけどさ」

「三〇年前と今は変わったんだろ。さ、バイトバイト。働かざる者面会叶わずってやつか」


 はっはっは、と周囲の迷惑になりそうなほどの大きな笑い声を上げながら、帳は落ちたビニール袋などをテキパキと片づけていく。


「……」

 

 三十年前と今は変わった。

 帳の口から出たそんな言葉を、押し黙る誠次は胸の内で唱えていた。

 

「変わった、か……」


 鳴り響くライブの爆音が、誠次の声をかき消す。

 一人で思い悩むのは相変わらずの悪い癖だと自覚しつつも、変な気分であるが、いつもは背中にあるはずレヴァテインがないことが、寂しいことだと感じていた。


                ※


 一方、放課後のヴィザリウス魔法学園の第二体育館では、着々と1-A出展の準備が行われていた。……はずである。


「って言うかさー。本当に桃華呼べるのかよ?」

「桃華ちゃんのピンク色のツインテールでこう、ビンタしてもらいてー」


 ステージの上に座り、男子が変態極まりないお喋りをしている。

 

「お前らちゃんと働けっての……。サボるなよ」


 志藤しどうがまったくと腕を組み、クラスメイトたちに詰め寄っていた。二人の男子はいそいそとステージから退散するが、志藤はため息をこぼしていた。


「マズイな。みんなの士気がみるみるうちに下がっているぞ」


 夕島ゆうじまが眼鏡を光らせ、焦った口調で告げる。


「士気って軍隊じゃねーんだし……。でも、確かにこのままじゃマズいのは違いねーな」


 どうしたものかと、志藤は苦い顔で襟足をかく。最初のやる気はどこへやら、だらけた雰囲気が体育館で漂い始めている。


「頼みの綱は天瀬あませと帳か。そっちには俺から連絡しとく――って天瀬のデンバコ壊れてるんだった。なら帳だな」


 志藤が制服のポケットから自分の電子タブレットを取り出し、帳にメールを入れ始める。とにもかくにも、少しでも良い報告がなければ、夕島の言うところの士気は下がる一方だ。ライブの事前準備にも、限界がある。


「そう言えば志藤、良いデンバコ使ってるんだな。最新モデルじゃないか。さすがは家が金持ちなだけある」


 志藤が扱う電子タブレットを眺め、何の気なしに夕島が言っていた。


「んあ? そうか」


 夕島を見ずに、器用に片手でメールを打ち込みながら志藤もまた、何の気ない素振りで返していた。

 夕島は赤い瞳を大きくし、志藤に軽く頭を下げる。

 

「……その、気に障る事を言ったら悪かった」


 夕島の突然の謝罪に、思わず志藤が顔を上げる。


「? な、何のことだ?」

「いや、何かいらいらしてると思ってさ」


 夕島の指摘に、ほんの一瞬だけぴくりと眉を動かした志藤。夕島はそこには気づかなかったが。


「春夏秋冬お気楽思考の俺がか? んなわけねーだろ。そう見えたんなら悪かったって」


 志藤は夕島の肩をぽんぽんと叩き、背を向けていた。自分でもわからないうちに、そんな態度をとってしまっていたのだろうか。


「そう言えば、女子の方は上手くやってるのか?」

「宣伝用のポスターやパンフレット作りだな。香月こうづきさんを筆頭に、女子は相変わらずの団結力の高さだと思うよ」

「女子のこういう時の真剣だから男子近寄るなオーラは半端ないからな……。委員の香月も頑張ってるみたいだし、こりゃあ俺らも頑張ろ―ぜ」


 些細なひずみの原因となってしまった電子タブレットをスライドするようにポケットにしまい込み、志藤は夕島に気楽に声を掛けていた。


 だが実際のところ、状況は教室にいる女子の方も同じであった。やる事が尽き果て、だらけ切った雰囲気が漂っている。

 男子がおらず、女子のみとフレッシュな良い匂いの漂う教室内。そこかしこで続くお喋りの中、教卓の後ろに立つ香月の方でも人だかりが出来ていた。


「えー!? じゃあまだ、キスもしてないの!?」

「き、キス……」

「絶対してると思ったのに! それめっちゃ遅れてるよ詩音しおんさん!」

「遅れてる? 早いとか、あるのかしら」

「そう言う意味じゃないけど……。でも天瀬くんと香月さん、付き合ってるんだと思ったのにー」

「やっぱ本命は隣の席の莉緒りおちゃん!? それとも学級委員同士の綾奈あやな様か!? はたまたプールで過激なアタックをしたと噂の千尋ちひろ嬢か!?」


 不思議な事にそれぞれの女子の名前の下が違っている。

 香月はクラスメイトからの怒涛の勢いの質問に、うっ、と言葉につまっていた。


「キス、って、その……するもの、なの……?」

「あっ、ちょっと恥ずかしそうにしてるー! 可愛いー!」

「か、からかわないで、くだ、さい……」


 慣れない他人数からの視線に、香月はどうして良いのか分からず、赤く染めた頬で視線を怪しく左右に。それでも逃げ道などはないが。そして、文化祭実行委員としてここは自分が胸を張っていなくてはならない状況だと考えている香月にとっては、照れや恥ずかしがりを見せるわけにはいかないと言う妙なプライドがあった。それが今、ことごとく壊されているのだが。


「そりゃあもう高校生にもなればキスなんて当たり前よ。そ、そしてその先、も……、……」


 自分で言っておいて、次第に頬が赤くなり始めるクラスメイトたち。


「……」「……っ」「う、うん……」  

「なんでみんな顔を赤くして黙り始めるの……?」

「こ、この話は無しで!」

「?」


 興奮していたはずなのに、急にわけが分からない気まずそうな沈黙。香月は変な雰囲気を感じ、少し怯えた表情で首を傾げていた。


 一方で、教室の目立たぬ隅の方。

 

「こうちゃんはみんなに囲まれちゃってるから、二人にくね」


 真剣な表情をした桜庭莉緒さくらばりおが、窓際の椅子に座る篠上綾奈しのかみあやな本城千尋ほんじょうちひろの前に立っていた。


「どうしたのですか? そんな神妙な顔をなされて」


 豊かな金髪をなびかせ、千尋が首を傾げる。


「えーっと……、その……」


 桜庭は言い辛そうに、視線をきょろきょろ身体をもじもじと、している。


「天瀬のえ、エンチャントの時って! ……どうなるの……ですか!?」


 勢いあまって変な敬語を使う桜庭に、千尋は「まぁ」と両手を合わせ、篠上は「えっ」と顔を赤くして反応していた。

 我に返り、しかし赤く染まった顔のまま慌てて周囲に聞こえてないか、視線を左右に向ける桜庭。篠上も赤くなった頬のまま、手をわちゃわちゃと上げていた。


「あ、アイツが強くなる! 私の時なんか空なんか飛んじゃって! ぜ、全然それだけ!」

「い、いや天瀬の方じゃなくて、しのちゃんたちの方なんだけど……」

「わ、わたしたちの方!?」

「綾奈ちゃん落ち着いて……」


 今度は千尋が篠上を宥めるように、まあまあと。桜庭も自分の言ったことの意味を改めて理解しているようで、込み上げて来る恥ずかしさからか、俯いている。


「あたしが見た感じだと、ほんちゃん、すごく気持ちよさそうな顔をしてたって言うか……」

「ええ、とても気持ち良かったです」


 千尋は動じることなく、言い切る。

 横で同じく経験済みの篠上だが、熱湯に入れられた蟹が一瞬で赤くなるように、その顔の全てを一瞬で赤くしていた。口元も、真一文字にぎゅっと結んでいる。

 千尋は片手を胸元に添え、詩を歌うように口ずさみ始める。


「あれはまるで、身体の全てを誠次くんに触られているようで。もちろん、外側だけではなくて、内側も。誠次くんがわたくしたちの身体の中をするりと――」

「と、とにかく! そこまで悪いもんじゃないって、こと! ……かな」


 有りていに言ってしまう勢いの千尋を抑えるように、篠上が席を立ちながら、慌てて言葉を被せる。


「よ、よく分からないかなー……」


 桜庭は困った顔で反応していた。


「そんな無理にやらなくてもいいんだよ、莉緒?」


 篠上が桜庭を見つめ、落ち着いた声音で言う。

 しかし桜庭は、首を横に振り、綺麗な黒髪を揺らしていた。


「ううん。天瀬にはあたしたちの力が必要なんだし、あたしたちも天瀬の事が必要なんだもん。最低限やれること、やらないと」

「私たちにやれること……」


 桜庭の言葉に、千尋が俯いて、何やら考える素振を見せていた。

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