2 ☆
1-Aのクラスでの出し物はめでたく帳の案であるライブコンサートに決まったが、問題は山積みだった。その日の放課後。
「ライブつってもどうすんだよ? ちゃんと楽器演奏できる奴も、歌上手い奴もいるのか?」
机の上に座る志藤が疑問を述べている。当然の疑問だった。
放課後の教室には1-Aのクラスメイトたちが集結していた。机を立ったり、友人同士で適当に集まったりしているが、全ては文化祭の為である。開催二週間前と言う事もあり、会場の準備と言う名目で、全ての部活は休部となっていた。このような行事に向けての配慮も、八ノ夜が理事長に就任した頃からだと担任の林は言っていた。
「それに、魔法をどうやって混ぜるかも問題ですね」
「会場の問題もあるな。やはり体育館は人気だろうから、貸切ったとしても、準備の時間も大変だぞ」
小野寺と夕島も、教室の前の方の席に座り、意見を述べていた。
「他のクラスは体育館が借りれなかった時の為に予備の案があるんだろうけど、俺たちはライブコンサート一本だけだもんな」
射し込む西日を浴びて立っている誠次が腕を組み、悩まし気な表情をする。
「全てはあの人たち次第、ですね……」
小野寺が廊下の方を見ると、ちょうど教室のドアが開く。とたとたと足音を立てて、入って来たのは桜庭と千尋だった。
「やったぁっ! やったよっ!」
「見事にやりました!」
帰って来た二人とも興奮しており、仄かに赤く染まった頬に、息が荒い。そしてしばし教室に入ったところで息を落ち着かせ、二人して緑色の目線を合わせ、ハイタッチをする。
「体育館とったよ!? それも第二体育館!」
「おお!」
「やったか! しかも第二だ!」
ぎゅっと握った手でガッツポーズを見せる桜庭の喜ぶべき報告に、クラスメイトたちも明るい反応だ。
桜庭と千尋が向かっていたのは、会場の抽選会だ。第一は文化祭のメイン会場として使われるので、狙うべきは第二か第三体育館だった。そして見事、第二体育館の使用権を獲得したようである。
「うん! って言うかほんちゃんのくじ運良すぎっ! 十クラスくらいあった第二体育館の使用希望の中でも、一本勝ちしちゃったんだもん!」
まるで女神を称えるように、桜庭が嬉しそうに言っている。さしずめ勝利の女神と言ったところか。
千尋は千尋で、どこか気恥ずかしそうにぺこりと頭を下げていた。
「遅れてしまっていたのにくじで当たった以上、私たちも頑張らないと駄目ですねっ!」
ごもっともな千尋の言葉に、クラスメイト一同はうんと頷いていた。
「会場は確保できて、取りあえず第一関門突破だな」
誠次もほっと一安心するが、予断を許さない状況は続く。先の通り、問題は山積みなのだ。
「あの二人は上手くやっているだろうか……」
西日が射す中、誠次は窓から覗く中央棟のとある一室を、見つめていた。
※
同時刻、中央棟の六階。【ヴィザリウス魔法学園文化祭実行委員用会議室】と刻まれたプレートの部屋では、会議よろしくコの字型の机の列に、一から三学年生の魔法生男女が集結していた。
「しっかし驚いたな。まさか文化祭実行委員に立候補するだなんて」
制服の青い線は、この場ではまだまだ魔法生として初々しい証拠か。帳悠平がはにかみ、隣の席に座る女子の横顔を見やる。
雪のような銀色の髪に、鮮やかな紫色の目。帳と共に、1-Aの文化祭実行委員代表としてそこにいるのは香月詩音だった。
「私では、駄目だったかしら?」
「いやいや、むしろ俺の゛壮大な計画゛に乗ってくれた時点で、もうまんたいだ。一緒に頑張ろうぜ」
「ええ」
少し緊張しているのか、香月はもじもじと机の上の紙を見つめ、俯いている。
「でもどうして実行委員に立候補してくれたんだ?」
帳が尋ねる。
香月は言おうかどうか、少し迷った素振りを見せつつも、小さな口を開いた。
「少しでも何かで、クラスのみんなに協力出来たりできたら良いなって、おも、って……」
最後の方には、どんどん声量が小さくなっていく香月。しかし、紫色の目には確かに本気のようだ。
帳はそれを見て、特徴的な笑い声をあげていた。
「ハッハッハ。リラックスリラックス」
「ええ」
とたん、澄まし顔で香月は答える。
帳はそれを見て、首を傾げていた。
「……うーむ。緊張、してるんだよな……?」
「……ええ」
表情や声の変化が希薄すぎて、帳には香月の心境が良く分からない。
誠次だったらこの些細な表情の変化を読み取れるのだろうか。読み取れるのならば、凄いなと思う帳であった。
「よし、これでやっと全学年全クラスから実行委員が揃ったな? 文化祭実行委員会の担当教師の、森田真平だ。二年生は知っている顔だと思うけど、よろしく頼む」
ほどよく伸ばした茶髪に、眼鏡を掛けた男性教師が中央に立っていた。
どこかで見たことがあるなと帳が思えば、春の試験の時に林と向原と一緒にいた教師だったと、微かに思い出す。
「1-Aは……。……ライブ、か」
即席の企画書に目を通す森田が、何か思わせぶりな言葉づかいで呟きつつ、帳と香月をちらりと見る。森田の発言により、他の学級やクラスたちも、1-Aの方に注目し始めていた。
「準備や具体的な内容は決まってるのか?」
「大雑把な考えはありますけど、具体的なところは今から決めます……。ようやく、クラスで意見が纏まったところなんです」
帳が苦く笑い、髪をかきながら言う。
「二週間で間に合うのか? 準備はともかく第二を借りた以上、失敗は出来ないからな?」
体育館と言う名の通り、そこは否応にも目立つ場所だ。そんな場所をとった以上、それ相応の事をしなければならない。言葉通り、失敗は許されないのだ。
眼鏡の奥の鋭い視線。森田から感じる、必要以上とも思えるような気迫に、帳はごくりと唾液を飲んでいた。
「大丈夫です。私たちは、絶対に成功させます」
そんな帳の横から、香月がすっと声を出す。
「林先生のお墨付き、かな」
「……」
森田が軽く笑っているのを、香月は臆する素振りも見せずに見つめ返していた。
「今の俺から言えるのは、頑張ってくれ、だ。改めて言うけど、失敗は許されないからな?」
森田の確認の言葉に、帳も香月も、決意を込めて頷いていた。
「森田先生。一つ確認したいんですけど、大丈夫ですか?」
帳が挙手していた。
「なんだい?」
「ライブの件なんですけど、有名人ゲスト呼ぶ、という事は可能ですか?」
「ゲストを呼んでライブ……? 呼ぶことは構わないけど、二週間しかないんだぞ? それに、あまり学園からの資金面での援助は充てにしないでくれな? 学園も学園で、タレントや有名人をゲストとして迎える予定なのは、承知しているな?」
帳は冷や汗をかく思いであったが、太い首でゆっくりと頷き、
「その人たちの盛り上がりに負けないよう、頑張りますよ!」
帳が腕を鳴らし、答えていた。
今日の会議が終わり、教室へ戻る為に廊下を歩く帳と香月。
「サンキュー香月。森田先生に最初に言ってくれてよ。絶対に成功できます、か」
「いえ。私はそうできたら良いなって、思って言っただけ」
「何とも向こう見ずと言うか、まあ……どっちしたって、背水の陣だな」
前半は苦笑していた帳は、次にううむと悩みだす。
「ぶっちゃけ俺の案も、一か八かなんだよなぁ」
「一か八かの案? ライブに呼ぶゲストのこと?」
香月は首を傾げる。
「その通りだ。そして、作戦の成功には天瀬が関わって来る。当然、天瀬と言えば香月もな」
それが帳からすれば、これより二週間の戦いの始まりだった。
香月はよく分からずに、曖昧な相づちを打っていた。
「私と天瀬くん?」
「おうよ!」
帳は香月に期待するように、力強い返事をしていた。
「……っ」
香月もようやく、クラスメイトの為に活動が出来ると、内心で喜びに近い感情を噛み締めていた。それがなんであったとしても、例えほんの少しだったとしても。
会議室に残った数少ない数少ない生徒たちを、森田は見送る。
「森田先生、彼女とかいるのー?」
「教師にそんな事を訊くんじゃない。君たちは三学年生なんだからもうすぐ受験のはずだ。そっちに集中しなさい」
「けちーっ。バイバイ!」
「はいよ」
赤いリボンを揺らす三学年生の女子を見送り、会議室に会議を掛け、自身は職員室へと向かう。
「今時流行らねーぞ、そのキャラ」
道中、゛この学園の同級生゛と出くわしたのは、偶然か必然か。だらけたネクタイ姿が印象的な、林政俊だ。
「お前か……」
「何だよその残念そうな顔はよ」
森田は言葉通り、嫌そうな顔を隠そうともせずに、林の横を歩く。
林は気楽そうに前を見つめ微笑んでいた。
「お前の持ってるクラスの出し物聞いたぞ。ライブなんだってな」
「おおそうそう。面白そうじゃん」
「どうだか。……俺たちがまだ学生の時にやろうとして中止されたのは、今じゃいい思い出だな」
森田は皮肉に笑いかける。
「だな……。クソみたいな最高の思い出だ」
林はポケットに手を突っ込み、口を開く。
「でも、昔と今は少しは違うと思うから、もういいんじゃねぇかと思ってさ。あれはなんて言うか、悪しき風習ってやつだったろ」
「悪しき風習ね。本当に、昔と今は違うと思っているのか?」
「……」
森田の問いに、林はすぐに答えることが出来なかった。
「まあ、コーヒーでも飲めや。悪しき風習の次は、古き良き缶コーヒーだ」
にかっと笑った林はコーヒー缶をそっと森田に差し出す。
森田はそれをじっと見つめてから、手渡しで受け取る。
「もっと早く渡せよ。いつもお前は遅いんだよ……いつも」
林の表情が、すっと素に戻る。
「……悪かったな」
森田の他意ある言葉を受け、林は自分の苦いコーヒーを一口飲み、その苦みをじっくりと味わうように、神妙な面持ちをしていた。
※
1-Aの文化祭へ向けた準備は、翌日の放課後から始まった。
予備と言う位置づけではあるがそこは体育館。普通科の高校の体育館ほどの大きさは、きちんとあった。
「そこは飾り付けるところにしよう。入り口と出口はそっちで――」
「一階は立見席と座る席に分けてやろうぜ――」
「照明と音響は、専門家の人に聞いて――」
クラスメイトたちがそれぞれ班に分かれ、体育館内で下見を行っている。
一階部では、何やら中央付近でで人だかりが出来ている。
「物体浮遊の魔法の、やり方……?」
「うんうんっ! 香月さん、魔法得意でしょ? 私たちも使えたら、椅子とかの配置に役立てるかなって思ってさ!」
クラスメイトの女子たちに円になるように囲まれ、戸惑いを隠せていない香月。紫色の瞳が、どうしたものかとあっちこっちを向いたり。
「ええと……」
「いいんじゃねーの教えてやれば。みんなの役に立つだろうし」
何やら重たそうな機材を軍手を嵌めた手で運んでいる志藤が、後ろを歩きながら言ってくる。
香月は期待するようなクラスメイトたちを見渡し、こくりと頷いていた。
「……分かったわ、セトくん」
「だから誰だよそれ!?」
そんなやり取りが繰り広げられている一階を見つめる誠次は、香月のことが気が気でなかった。誠次がいるのは、座席が左右前方へ拡大するように広がる、体育館の二階だ。ここからだと、ちょうど一階部が全て見渡せる。
「――娘の成長が心配か?」
帳が誠次の肩を小突き、茶化してくる。
「いや、別にそう言うわけじゃ。それに同い年だ」
「ハッハッハ。悪かった悪かった」
誠次がムキになって反論すれば、帳は笑っていた。
「それでどうするんだ? 肝心のライブの内容は。このクラス、ピアノとかはともかくバンドレベルに楽器演奏できる人なんかいないぞ?」
現状、そこが一番の問題だった。体育館を貸切る以上、それに見合うライブ内容を行わないと、絶対に失敗に終わってしまう。文化祭と言う目立つ行事で失敗の苦い汁を吸いたくないのは、この場の誰だって同じ事だろう。
少々酷ではあるが、もしそうなってしまった場合、その責任の大半を担ってしまうのが、文化祭実行委員となった帳と香月である。
そのことを重々承知しているであろう帳は、任せとけと自信を覗かせて軽く笑う。
「昨日顧問の森田先生の確認をとった。外から有名人を誘っても良いってな」
「有名人? 誰だ?」
「太刀野桃華さんだ」
夏の桜庭との外出以来の名を聞き、誠次は思わず言葉を失った。現実味がない、この期間では無理だ。それ云々よりはまず初めに、なぜか文化祭が成功できると言う未来が頭の中に浮かんで来た。そう予測させる何かが、きっと彼女にはあるんだろうと思う。
しかし、やがて理知的な考えが戻って来る。
「……でも、桃華さんのスケジュールもあるだろうし、この期間だけじゃ無理じゃないか? 今や大人気中学生アイドルだろ?」
「ああ確かに。だが俺の作戦とお前がいれば、可能性はある」
「可能性はあるって……。それってかなり低そうな確率だよな?」
藁にも縋るような思いの、帳の声音だった。
「その通り! ……って胸を張って言える事じゃないか」
帳は参ったと髪をかく。
帳のユーモラスな行動に、誠次は思わず苦笑してしまっていた。
「天瀬。それでも大丈夫なら、手を貸してくれないか?」
帳が頭を下げて来るより早く、誠次は立ち上がり、帳に手を伸ばしていた。
「勿論だ。俺に出来る事があれば、協力させてくれ。と言っても同じクラスだし、一緒にやるのは当然か」
「サンキュー天瀬! 助かるぜ!」
帳が手を握り返し、握手を交わしていた。
「ちょっ、危なーいっ!」
体育館で響いた、女子の悲鳴。
その叫び声に反応した直後、握手していた二人の間に、鉄パイプの椅子が空を飛んで突っ込んできた。
慌てて身を引いていた誠次と帳は、二階座席に突き刺さった鉄パイプ椅子を見て、唖然としていた。ぷしゅうーと、着弾点で白い煙が上がっていれば、凄まじい威力だったのは明白だろう。
「ご、ごめーん! 物体浮遊の汎用魔法の制御ミスっちゃって! そっち大丈夫ー!?」
「や、やられるところだった……。その原因が、パイプ椅子の直撃って……」
「メイド喫茶と書いたお前への当てつけかなんかか……?」
誠次と帳はへたり込んだまま、一階に無事を知らせる為に手を伸ばしていた。
どうやら一階の方も、作業は難航しているようだ。ハッハッハと呑気に笑う帳の前、本当に大丈夫なのだろうかと思う誠次であった。




