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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
魔法生たちの憂鬱
11/211

4 ☆

 春の雰囲気は早々に終わり、初夏が近づく四月三〇日。――テスト期間開始一日前の放課後。


「テス勉どうよ?」

「座学は余裕そうだけど、実技がなぁ」

「なら、みんなで演習場で練習しようよ」

「それ賛成ー」


 テスト前なので、通路を行き交う同級生たちの緊張感は高まっていた。入学してから初のテストになるので、当然か。 

 誠次せいじもまた、他の魔法生まほうせいと同様に悩まし気な表情で、ヴィザリウス魔法学園の通路を歩いていた。


「先輩が一足先に魔法実技試験をやる、か……」

「はいそうです天瀬あませさん」


 悩む声の誠次に比べると、爽やかな声で応じたのが、クラスメイトでルームメイトの一人、小野寺真おのでらまことだった。

 だいだい色の伸びた髪と、綺麗な夕日のような黄色の瞳。男子の中では背が低い方で、細い線の中性的な顔立ち。そして丁寧な言葉づかいが特徴的な、優しい男性生徒だった。


「先輩たちがどうやって戦うのか、見ておいたほうが良いと思いまして。とばりさんと志藤しどうさんも誘いました」


 おだやかな口調で、小野寺は言う。


「そっか。ありがとうな。助かるよ小野寺」

「いえいえ」


 優しいを絵に描いたような小野寺の性格である。


「――魔法使えないのに、実技なんてな」


 そして、三人目のクラスメイト兼、ルームメイトである男子生徒が、横から声をかけて来た。

 黒髪眼鏡に赤いつり目と、知的なイメージが先行するものの、整った顔立ちから陰湿いんしつさは感じられない。

 名前は夕島聡也ゆうじまそうや。座学の成績も、魔法の才も優秀な優等生である。それゆえか、冷静な人でもあった。

 

「ああ。剣で戦うつもりだ」


 誠次は背中の剣を肩の動きでくいと持ち上げ、告げる。


「剣で人と……」


 夕島はあごに手を添え、考える仕草で、誠次の背中の剣を見ていた。何が言いたいかは、その仕草だけでも分かるつもりだ。


「けど、この剣で人を斬ったりはしないから」


 剣人を斬ると言うこと。試し切りと言ってはなんだが、先日学園の木の枝を易々と斬ってしまったのを確認したところだった。

 背中の凶器は、簡単に人を傷つけることが出来てしまう――。なにもそれは、魔法と同じだったが。


「ゆ、夕島さん……」


 小野寺が庇うように、誠次と夕島の間に入り込んで来た。何かに引っ張られるような気分を味わっていた身が、現実に戻されたようであった。


「……まあ、同じ寮生活を送る仲だ。問題ないように頼む」


 夕島は緊張めいていた鋭い眼差しを解除し、柔和にゅうわな笑顔となっていた。

 誠次も、緊張していた気分が解れたような気がし、軽く笑う。

 

「ああ」

 

 だが一方で。夕島の気持ちは分かる……つもりだ。


「やっぱり、異常だよな俺……」


 誠次は自分の右手を見つめて、呟く。

 自分が異常である事。魔法が使える一般人である夕島たちからすれば、やはり誠次は恐ろしい凶器を持った同級生なのだった。

 

 ヴィザリウス魔法学園第一演習場。

 誠次はその二階部、スタジアムよろしく大量の座席がある観客席にやって来ていた。ちなみに、魔法学園の地下において広がる第一第二第三第四第五にまで及ぶ演習場の、設備規模等の大きな差異さいは無い。


「お、やってるやってる!」


 演習場で合流した志藤颯介しどうそうすけが、一階部の光景を楽し気に眺めて言う。まるでスポーツ観戦でもしているようで。そして、それはあながち間違いでも無かった。


「先輩方カッケーなぁ」


 魔法学園での魔法実技試験は、やはり上級生と下級生による模擬魔法戦もぎまほうせん形式だった。

 対戦者同士となる二人の生徒はそれぞれ、フラッグと呼ばれる小さな端末を、腰に装着したベルトに取り付ける。腹部と背中に、一つずつの計二つずつだ。対戦生徒は制限時間五分以内に、相手の生徒が装備しているフラッグを二つとも奪取しないといけない。

 噛み砕いて説明すれば、自分のフラッグを守りながら、相手のフラッグをとる試験だ。無論むろん魔法の使用は許可されており、両者それぞれ適時適応てきじてきおうの魔法を使う事になるのだろう。

 ――やはり誠次を除いて。


「ゲームみたいだな!」


 志藤と同じ方を見て、転落防止用の柵に両手を乗せた帳が面白げに言っている。


「……」

「……」


 志藤や帳のように多少ざわついている二階部とは真逆に、静まりかえる一階。

 二人だけの男子生徒が、口を固く結んだまま、試合を前に離れた距離で対峙している以上、当然と言えば当然か。

 一人は、制服に赤いラインの第三学年生。もう一人は、制服に緑のラインの第二学年生だ。


『両者一礼!』 


 二人の先輩方が、三名の審査員――教師――の視線の先、一礼を始める。


『始めッ!』


 試験監督の男の、開始の合図。

 とたん、まずは三年生が、文字通り速攻の魔法術式を展開する。


「――汎用魔法。たぶん……自分自身にかけるタイプのやつだ」


 おおっ、と歓声を上げてはしゃぐ志藤と帳の隣、誠次は真剣な表情で、呟いた。空に浮かんだ術式の色と刻まれる文字列で、誠次は判断していた。

 三年生は術式を完成させると、自身の身体を魔法の力で一気にトップスピードまで加速させ、二年生に接近する。

 座席に座っている先輩方の首が、三年生の動きを追って左から右に一斉に振りきった。

 一方、対する二年生は術式構築をしていた防御魔法ぼうぎょまほうを後退しながら展開。三年生の接触を寸での所で拒絶していた。一階にて魔法の光が弾け、観客たちがざわめき声を上げる。


「凄いな。まだ習ってもないのに、どんな魔法か分かったのか?」


 誠次の隣にいる夕島が感心半分、驚き半分の表情でいてくる。


「ああ。魔法文字と魔法式の勉強は死ぬほどしてきたからな。俺が子供の頃のノートなんか、それのせいで軽い黒歴史感が漂ってるぞ」


 誠次があごに手を添え、うんうんと感慨深く言う。香月こうづきの魔法の理解や、桜庭さくらばへの教授も、この努力のお陰である。


「なるほど……。イケメンだな」


 一方で、夕島はふっと笑っていたが、


「……? いや待て。イケメン、なのか……?」

「? 俺なにか可笑しいことでも言ったか、天瀬?」


 ――まあこのように、どこかずれているところがある夕島だった。見た目とのギャップのそれもあり、中々個性的だと思う。


「ははは……。ま、まあそれより、終わったみたいだな」 


 うしろ髪をかく誠次の視線の先、第一回戦の試験の勝敗は、すでに決していた。

 三年生が、対象の動きを封じる拘束バインド魔法を使って二年生の動きを封じ、腹部と背中の端末を悠々ゆうゆうと取っていたのだ。

 客席の方からは、少なからずの歓声と拍手。


「すっげーな……」


 志藤が、この場の大勢が抱いたであろう感想を代表して述べていた。

 魔法による戦いは、一瞬で決まるものだ。術式を組み立てる時間は、魔法にもよるが身体を動かす戦闘中に安易あんいに行えるものでは無い。

 一年間の差と言えども、されどの話だった。


「自分も知ってます! あれは≪チェイン≫と言う下位拘束魔法です。三年生が圧勝……凄いですね」


 小野寺があごに手を添えて、魔法の解説とばかりに言う。


「少ない知識でどれだけ戦えるか、か……」


 そうでなければやってられないと言った具合の、どこか呆れたような夕島の言葉だった。だが、腕を組んで眼鏡を掛けなおし、真面目に一階を見つめている。

 そして。


「魔法戦。魔法で、戦うか……」


 誠次に魔法゛は゛効かない。――だが、この身体は歯がゆい所で融通が効かないのだ。

 どうしたものかと、誠次が視線を背けていると、


「天瀬は剣で戦うのか?」


 帳がこちらに身体を向け、尋ねて来る。


「そのつもりなんだけど、でもそうなると色々とマズいよな……」


 誠次は悩ましげに(うめ)いていた。


「皆だったら、どうすれば良いと思う?」

「えーっと……。何一つ使えないですよね……」


 小野寺が真剣に悩む中、静かにすっと挙手したのは夕島だった。――眼鏡が光ってる。


「開始早々、土下座」

「「「……」」」

「おい大喜利じゃねーぞ……」


 他の三人が呆気に取られる中、志藤が遠くからズコっとこけてツッコんでいた。 


「じゃあ他に何かいい案でもあると言うのか?」


 今度は夕島が、皆に訊く。


「む……」

「んー……」

「えー……」


 志藤、帷、小野寺は三人とも、深く考えた結果案がとうとう――何も出ない。


「み、みんな……」


 まさか、と誠次が後ずさり。だが、現実は非情であり、理想はまた貴く――。


「ほら見た事か! 土下座だ! 天瀬!」

「悔しいけど、夕島の言う通りだ」

「……ですね」


 帳と小野寺が観念したように、肩を落として言う。


「……今のうちに土下座の練習、しとくか天瀬……。俺に向かって」


 志藤も悔しそうに、言ってくる。語尾にどこか意地悪な内容が含まれている気がするのだが。


「聞く相手を間違えたっ! 何だその無駄な方向への団結力!」


 最終的に誠次が椅子から立ち上がり、ツッコんでいた。


 先輩たちの魔法実技をまざまざと瞳に焼き付けた誠次せいじは、志藤と三人のルームメイトを残し、気乗りしないような面持ちで寮棟へと向かっていた。

 

「こうなったら休むか……って、それは逃げることだもんな……」


 剣で戦う。とは言っても人を斬るわけにはいかず、試験では上手く立ち回るしかない。いずれにせよ、問題は多かった。


「剣で人と戦うって言ったって、俺は゛捕食者イーター゛を倒すためにこの学園に来たのに――」


 剣で人となんか、実際に戦うことはないはずだろう――?

 窓から覗く茜空が、今日の終わりを告げようとしている。窓に映る自分の思い悩む顔が、自分自身に返答を求めている。

 思い出すのは、数日前に行った担任教師である林との草むしりの時の真剣な会話だ。

 学科棟の丁字路とも言うべきところを、右へと曲がろうとしたところで、誠次は声をかけられた。


天瀬あませ!」「天瀬くん」

「え……」


 同時に二人の女子から声を掛けられ、戸惑った声を出す誠次。

 後ろから艶のある黒髪少女桜庭さくらばと、前からは鮮やかな銀髪少女香月こうづき。誠次は、二人のクラスメイトと鉢合わせしていたのだった。


「あっ」

「……」


 二人は誠次を挟んで視線を合わせると、あっとお互いに気まずそうな表情を浮べていた。挟まれた誠次は二人を交互にきょろきょろと。

 

「えーっと……。同じクラスの、香月詩音こうづきしおんさんだよね……?」


 誠次の目の前で先行をとったのは、桜庭だった。向かいの香月に、そわそわ声をかける。


「ええ。確か……桜庭莉緒さくらばりおさんよね」


 香月は棒立ちのまま、桜庭をいなすように、言葉を返す。別に人との会話に慣れている様子もなく、硬い口調でもある。

 

「二人ともどうしたんだ?」


 誠次がしれっと声を出す。

 先に答えたのは、相変わらずそわそわしている桜庭の方だった。桜庭は顔の下まで手を挙げて、


「あっ、天瀬に勉強教えて貰えないかなーと思って……魔法学」

「魔法学? 俺にか?」


 驚く誠次。

 しかし桜庭は、特に気にする事無く、首を縦に振っていた。


「うんうん。はやし先生が魔法学は取り敢えず天瀬に訊けって言ってたから」

「担任の林先生が……」


 誠次がジト目で生真面目に思考する。


(゛雑草とり合戦゛の時の発言が、そのまま来たのか……?)


 頭に思い浮かぶのは、普段の授業を面倒臭そうに行っている林の嫌な笑顔だった。


「人に教えたことはないけど、俺に出来る限りなら」 

「あ、ありがとう天瀬!」


 少し顔を赤くして、桜庭は言っていた。


「香月はどうしたんだ?」


 続いて誠次は香月の方を見た。

 香月は変わらず、いつもの無表情で、


「私はただ声をかけただけ」


 良く言えば透き通った声、悪く言えば抑揚の無い無機質な声で、香月は言っていた。


「な、なんだ、それ」


 香月がなにを考えているのか、相変わらず誠次にはよく分からないのであった。


「ま、まあ……その、なんだ。よかったら、一緒に魔法学の復習をしないか?」


 誠次は慌てて言葉を返す。


「ええ」


 相変わらずの勝気な感じで、香月はこくりと頷いていた。

 香月は頭良さそうだが、果たして――。


 場所は移って、魔法学園のカフェ。綺麗に清掃された明るい色合いの室内に、身長以上はある大きな窓から覗く夕焼けが美しい。

 そして、誠次の目の前には幻想的な美しさを漂わせる、二人の少女が。

 ――が。


「よ、よし。じ、じゃあもう一回最初から説明するっ!」

 

 よし、とは、良しの意味ではない……。

 誠次はどうしたものかと頭に手を添えながら、手元の参考書のページをめくっていた。


「もう分かんない! あたしの馬鹿ぁ……!」


 言葉の割にはどこか楽しそうで、桜庭は自分の隣の席に座る香月の肩を揺する。


「実技が出来ていれば問題は、ない」


 ぐらぐらと桜庭に揺らされながらも、香月は何かを念じるように断言する。その手元にあるノートには、解読不能な文字の羅列がある。字体はアラビア語かそこらの地域の文字に近い。字体、だけは。


「林、先生……。俺に、どうしろと……」


 二人の向かいに座る誠次は、誰にでもなく呟いていた。

 そして、恐る恐る口を開く。


「香月。ひょっとして、頭悪い――」

「私、魔法は考えるものじゃなくて感じるものだと思うの」


 突然、なにか得意気に香月は言いだした。

 ……要するに頭悪かった。


「……」

「あのー天瀬先生。現魔法教会会長って、誰だっけ……?」


 口をぽかんと開けて唖然とする誠次に向け、そろーりと、縦に立てた電子タブレット――通称デンバコ――から顔をひょっこりと出し、遠慮がちに桜庭が訊いてくる。


「ロシアのヴァレエフ・アレクサンドル」


 気を取り直した誠次は、即答していた。

 魔法教会とは、国家間が作ったこの世の魔術師による、魔術師のための世界的な機関だ。――ちなみに八ノ夜はそこの幹部を自称している。そしてヴァレエフ・アレクサンドルとは、現在の魔術師たちのトップに立つおじさんで、テレビでよく見かける白髪碧眼はくはつへきがんの男だった。

 そうでなくても誠次が即答出来たのは、魔法生まほうせいたるものにすれば、今のはどう転がっても初歩的すぎる問題だったからである。


「ああ、あの胡散臭いおじさんだよね!」


 桜庭が思い出したように、手をぽんと叩く。

 

「胡散臭いって……暗殺されるぞ」


 ごめんなさい……イメージが、そうなのです……。


「あ、暗殺!? 怖い! 怖いよ香月ちゃんーっ!」

 

 ごくごく自然な動作で桜庭は、香月に抱き付いていた。

 童顔で、可愛らしい小動物のような存在感の桜庭。それに抱き付かれた香月は、今度こそ急な抱擁にびっくりしたのか目を丸くしていた。

 ぎゅむぎゅむと、柔らかそうな桜庭の胸がまた柔らかそうな香月の頬っぺたを圧縮している。

 香月は、拒絶はしていないのだが、


「え……」


 続いてどうすれば良いのかと助けを求めるように、誠次をじーっと見つめて来る。

 

(ああ、なるほどな……)


 桜庭の行動を見て、誠次は気づいた。桜庭はきっと、香月と友達になりたがっているんだろう。誠次は微笑むと、


「いい機会だ香月。桜庭と友達になるのはどうだ?」

「友達……?」


 香月は紫色の目をぱちくりとしていた。まるで、それが初めて聞く言葉のように。

 

「あっ、うん……。ありがとう天瀬! なろうよ! ゛こうちゃん゛!」


 桜庭が喜んだようにうんうんと頷き、こうちゃんと(勝手に)命名した香月に、同意を求めていた。


「え……」


 戸惑っている様子の香月の姿を見るに、今まで親しかった者はいなかったのだろうか?  


「桜庭と香月だったら、良いコンビだと思うぞ。……魔力的な意味で」


 誠次は笑いながら言う。


「あー! それはムカつく……! あたしだって出来るからね!?」

「ちょっ!? 危ないから魔法式を発動するな!」 

「……」


 誠次と桜庭が小さく争っている姿を見ていた香月は、ほんの少し、微笑んでいるように見えた。 

 その後、しばらくすると――。


「勉強は進んでいるかい?」


 朗らかな声でおじさんが、三人の元へジュースの入ったグラスを置きにやって来ていた。

 ヴァレエフ・アレクサンドル。まさかのご本人登場ではなく、カフェテラスのマスターとでも言うべき、魔法学園の職員、柳敏也やなぎとしやだった。よわい五〇は過ぎているが清潔に刈り揃えた白髪に、柔らかそうな物腰と生徒から人気な人物だ。


「途中から暗殺とか聞こえたけど……」

「だ、大丈夫です!」


 誠次が慌てて首を横に振り、柳の疑心を解こうとする。


「なら安心だ。この世界の未来を作る魔法生にとっては大事な時期だ。勉強、頑張っておくれ」


 柳は茶目っ気のある笑い方を印象に残し、誠次に背を向けていた。


「柳さん……」


 誠次は神妙な面持ちで、ひどく大きく見える後ろ姿を見送っていた。

 ――柳が生きて来た時代。

 それは四年間の、魔法が発見されなかった地獄の時代を生き抜いて来た、言葉通りたくましい世代だ。

 四年とは短いようで、耐えるべき人にとっては途方もなく長く感じるものだろう。だから彼は日本の、いや、世界の未来を若い世代に託すために、この場にいる。

 ――そして。


「ヴァレエフ・アレクサンドル……。英語のつづり何だろ……?」

「カタカナで充分よ。……多分」

「多分なんだねこうちゃん……」


 誠次の目の前にいる二人の魔法少女も、希望であった。この身に魔法が使えずとも、手助けは出来るはずだと誠次は思っていた。

 志藤しどうも、とばりも、小野寺おのでらも、夕島ゆうじまも、魔法が使えない自分と比べて――。


「――天瀬くん」


 気づけば香月が身を乗りだして、こちらの様子を窺っていた。ブレザーから白く透き通るような首筋に、鎖骨がのぞく。そして胸元の青いリボンが、どこか楽しそうに揺れていた。


「――ん。あ、ああすまない。次はどこだ?」


 しまった、と言う顔を作り、誠次は手元の参考書のページをどことなく開く。


「違うわ。私気になるのだけど、あなたはどうやって魔法実技試験に挑戦する気なのかしら?」


 身を乗りだしたままの香月が、試すように誠次を見つめてくる。


「あ。そうそう」


 香月の横で、どこかはらはらしている桜庭もそう言えばと、誠次を見て来た。


「言うと悪いと思うけど、魔法使えないのに、魔法実技って意味なくない?」

「でも、はやし先生は受けさせるとか言ってるけど……」


 影のように、付きまとうようにして戻って来たこの話題に、誠次が浮かなく答える。

 自信はない、と誠次は俯いていた。桜庭と香月の相手をしていて、すっかり自分の事を忘れていたのだった。


「そうだな。この際だから二人に訊きたいんだけど、もし自分が剣を持っていて、今の俺と同じ状況だったら、どうする?」

「そんな状況無いよ……」

「いいから」


 ここは話題転換を図り、誠次は女子生徒二人を交互に見つつ尋ねる。  

 最初は苦笑していた桜庭だったが、はいっ、と挙手した。

 

「桜庭?」


 誠次が指名すると、桜庭は嬉しそうに微笑んでから、


「その入れ物つけたまま殴る……とか?」


 そして、手を縦に振って――おそらく剣を振り降ろすモーションジェスチャー――えへんと答える。


さやです……。……あと、殴るとか、さらっと酷い事言うな桜庭……」


 誠次はぞっとした表情で言う。可愛らしい笑顔なのが余計怖かった。


「あ、天瀬がいたんでしょ!?」


 要約すると、魔法でなく物理で殴れ、である。そのままである。

 続いて桜庭の隣。はしゃいでいる桜庭をじっと見つめ、あごに手を添えて考える仕草をしていた香月が、口を開いた。


「私だったら、そんなことに剣なんか使わないわ」

「? やっぱり、魔法で戦うってことか? でも俺は魔法が使えない……」


 本末転倒じゃないかと、浮かない表情に戻った誠次がそう言おうとしたところで――。


「その剣は、゛捕食者イーター゛を斬る為のものなのだから」


 香月は誠次の背中の剣をじっと見つめ、そう告げて来る。


「……゛捕食者イーター゛を斬る為の、剣……」


 昨日の戦いにて、試験当日にて確実に相手が使ってくるであろう、魔法の遠距離攻撃では有効打を与えられなかった゛捕食者イーター゛に対しては、破格の性能を見せた誠次の剣である。

 そう考えれば、゛捕食者イーター゛を斬る為の剣と言う称号は、合点がいった。


「……? なんか、怖いよ……」


 黙る誠次を、桜庭が意味が分からずと言った感じに香月と交互に見ていた。その表情は、少し暗いものだ。

 それに香月が気づいたのかどうかは定かではないが、香月は立ち上がっていた。 


「じゃあ私もう眠たいから、寮室に戻るわ。後は二人で、どうぞ」

「ね、眠たいって……。もういいのこうちゃん?」


 立ち上がった香月に、桜庭が声をかける。

 とても今のままじゃ座学は危ないとは、誠次も思っていたのだが。


「魔法実技で先輩を倒せば良いのでしょう? 簡単よ」


 さらっと言った香月。


「こうちゃんにはそれがあったね……」


 得意げに言う香月に対し、桜庭はどんよりとしていた。――桜庭の実技のほどは、誠次も知っているのでどんよりの理由はわかる。


「凄い自信だな、香月」


 それが少々羨ましく、誠次は苦い表情で笑っていた。


 日が完全に沈んだ夜の七時頃まで、桜庭との二人っきりで勉強をしていた。桜庭の実技の件であるが、さすがに魔法が使えない身なのでどうしようも無かった。


「今日はありがと天瀬! これなら何とかなりそう!」

「ああ。それならよかった」


 お互いにほっと一安心していた誠次は、今度こそ寮室へと戻る為に、桜庭と共に寮棟へと続く通路を歩いていた。教えるものがやはり中学校で習うような魔法学の基礎中の基礎ばかりだったので、誠次でもなんとかなったのだ。

 通路の窓の外はすっかり、暗闇が広がっている。いつの間にかに、夜になっていたようだ。

 

「こうちゃんって不思議だよね。あれで魔法実技トップだし……」


 桜庭は視線を上げて思い出すような仕草をして、誠次のすぐ横を歩いていた。


「そう言えば、こうちゃんとは知り合いだったの? 中学校からの同級生とか? すごく仲良さそうだったよ?」

「な、仲良さそうだったか?」


 誠次は身体をびくりと震わせていた。


「うん、すごく」


 うんうんと、桜庭は頷く。

 どうにかはぐらかそうとは思ったが、桜庭の真っ直ぐな視線を受けると、誠次は自覚出来るほど目が怪しく泳いでしまっていた。


「――夜の外で一緒に戦ったって言ったら、信じられるか?」

「えっ?」


 桜庭の目が大きく見開く。この世の中で夜間の外出など、信じられないのだろう。 

 おれはなに言ってるんだっ!? ……と、誠次は慌てて、


「じょ、冗談!」

「う……。分かんないです」


 苦い顔で桜庭は言う。

 そして、そんな桜庭に対して、ごまかしをするという事は、どうにもできなくて、


「……っ。戦ったのは、本当だ。香月が、夜の外に出ようとしていたんだ。それを止めようとして、遭遇した゛捕食者イーター゛と……」

 

 誠次は苦笑いをしつつ桜庭から視線を逸らし、少し遠い目をして言った。


(……)


 思い出してみれば、怪物を相手に完全に人間は負けたんだなとは思った。言い変えれば、生きる時間を半分怪物に明け渡した世界だ。

 気づけば、桜庭の顔がみるみるうちに引きっていた。


「゛捕食者イーター゛と戦ったって……? その、剣で……?」


 まだ信じられなさそうに、緑色の目を泳がせている。


「ああ。香月が゛捕食者イーター゛に倒されそうになって、それでどうにか助けられたんだ。本当に、よかった」

「こ、怖くなかったの……?」

「……目の前で誰かが捕食者イーターに喰われるところを見るのは、もう嫌なんだ……。怖いからって見捨てて、それで見捨てた人が帰ってこなかった方が、ついさっきまで生きてた人がいなくなる方が、怖い……」


 俯き、首を横に振りながら誠次は言う。


「天瀬……。こうちゃんを、助けてたんだね……」

「ごめん。こんな話、するべきじゃなかった……」


 誠次は俯く。


「ううん。訊いたのはあたしの方だよ。それに天瀬のこと、少し分かれたし、ありがとう」

「なんだよそれ……」

「えへへ……」


 桜庭が両手をぎゅっと握り、誠次を見つめていた。


「おい」


 そこへ、突然の出来事だった。

 白い軍服のような制服に青線――同級生――の一年生男子が、誠次と桜庭の目の前に立ち塞がっていた。数は三人で、その表情はどれも険しく、誠次も顔をしかめた。

 慣れてはいるが、いくらなんでもそれが初対面の相手に対する声のかけ方か? と内心で誠次は不満に思っていた。


「なんだ?」


 よって、誠次も少し棘のある言い方で、訊き返す。


「こんな夜まで女子と二人っきりか? ……剣術士」


 こちらを見下すように一瞥しつつ、他クラスの同級生男子は啖呵たんかを切ってくる。

 桜庭の顔色がくもったのを感じつつ、誠次は目を閉じて毅然きぜんとした面持ちで、構わず前に進む。


「悪い。通して貰う」


 ――そうしたのが、かえって相手のかんに障ったのか。

 同級生三人は、誠次の行く手を尚も遮って来た。


「……この学園の通路は広い。そんなに道を塞ぐように固まっていなくてもいいじゃないか」 


 誠次は視線を左右に送りながら、言った。

 

「魔法が使えないくせに、お前のようなヤツがなんだってこの学園に来たんだよ! 気味が悪いんだよ!」


 騙されて来た。それが真実であるが、それをそのまま言ってしまうと増々ややこしいことになりそうであり、誠次は首を横に振っていた。


「俺も……魔法が使えるようになるかもしれないからって来たんだ。怖いかもしれないけど、この剣で人を斬ったりはしないから……」


 人を斬らない――。なにげなくそんな事を言っていた――途端。


「嘘くさいぞ剣術士! 銃刀法違反で、通報してやる!」

「――っ。危険なのは魔法だって同じだ! ……お前ら程じゃない! 魔術師がっ!」


 こういうところで相手の口喧嘩に乗ってしまうあたり、誠次もまだまだ子供であった。

 誠次が同級生三人を睨めば、三人とも「ひっ」と言って一歩下がってしまっていた。目に見える武器――背中の剣が怖いのだろう。


「な、なら、お前が使えない魔法の力を見せてやる……!」


 魔法式を展開する為に、有無を言わさず右手を上げる同級生。ここでみすみす引き下がれないのは、お互いさまである。

 

「ビビるんじゃねえぞ!?」

「ち、ちょっと……!」


 桜庭が誠次を庇うように声を出す。

 黒い瞳に魔法式を映した誠次は、魔法の種類を咄嗟に判別する。

 物体浮遊の汎用魔法はんようまほうだった。おそらく、こちらの身体を浮かして飛ばそうとでもしているのだろう。


「正気か!? ここは通路だぞ!」

「やめてってば!」


 桜庭が悲痛な声を出すが――間に合わない!


「くそっ!」


 止むを得まいと、誠次が゛素手゛で抵抗しようとしたまさにその時であった――。


「見つけたー。いやー探したぜー!」


 拍子抜けするような声で駆け寄って来たのは、志藤しどうであった。

 驚いている、同級生三人組。


「志藤!? ちょっ!?」


 同じく驚く誠次と桜庭の真ん中に、志藤はずかずかと割って入り、誠次の頭を脇で乱暴に抱えて来た。


「いや明日テストだからよ、一緒に勉強しようぜ! ……んで」


 志藤が、ぎょろりとした視線を同級生たちへ向けていた。


「――天瀬になんか用か?」 


 向けられた視線の先で一人が女のような悲鳴を出し、一人が後退る。


「ひっ……」 


 魔法式を展開していた男子生徒も構築を途中で止め、額から汗をき出していた。


「い、いや……。なんでも……ない……」

「そっか。じゃあ天瀬と桜庭は貰っとくぜ。愉快な誘拐誘拐~」


 志藤はにこっと笑顔を同級生達に返すと、次には誠次たちの方へ振り向いて来た。


「――走るぞ!」 


 固まる相手たちを尻目に、志藤に背中を押されてそのまま一気に走る。

 そして、学科寮棟と男子寮棟を繋ぐ通路まで、三人は来ていた。


「ったく……いちゃこらするのは良いけど、もっと注意しろっての……。お前は特別なんだからよ」


 ぜぇはぁと息をする志藤が腕を組み、やれやれと言う。

 誠次と桜庭は、お互い膝に手をついて荒い呼吸をしあっている。


「い、いちゃついてたわけじゃないよ! 向こうが勝手に突っ掛って来たの!」


 桜庭がやり場のない怒りを吐き出すように、大袈裟なジェスチャーで抗議をしていた。


「いや、俺の注意不足だった。……ともかくありがとう志藤……。すまない」


 一方で、誠次は浮かない表情で志藤に頭を軽く下げる。

 桜庭も誠次の態度を見て、悔しそうにしていた。


「あの人たちヒドイよ。勝手に誤解して……。あれじゃ天瀬が、可哀想だよ……」

「桜庭……。俺は慣れてるから、大丈夫だ」


 誠次は桜庭をまじまじと見つめた。


「……そんな。慣れてるって……っ」

 

 こちらを見た桜庭が熱を冷ましたようで、しょぼんと沈んでいた。

 

「それに、今は志藤たちがいてくれてるから、大丈夫だ」

「よせよせ。恥ずかしーっての。まぁお前とつるんでると、楽しいことありそうだし、実際あったしな」


 誠次がポジティブに志藤に笑いかけると、志藤は愉快そうに笑う。


「……ともかく私も、ありがとう志藤、天瀬」  


 桜庭も気まずそうではあるが、頭を下げていた。


「だから二人ともよせって……。ま、ぶっちゃけ! 二人で何をやってたのかは興味があるけどよ」


 ニヤついた目線を桜庭に送る志藤。


「ち、違うから! ただの勉強だから!」

「え、なになに、それってどう言うお勉強だ?」

「ちょっ、誤解だってば!」


 桜庭は再び顔をほんのりと赤くして、志藤に突っ掛る。志藤も志藤で、桜庭を相手に楽しげに言葉を返していた。

 大事にならずに済んだのは、志藤のお蔭だった。……ありがとう、志藤。


「それじゃあ、一緒に勉強するか、シドー」

「……? も……もしもし天瀬? とてつもなく怖いんですけど!? 俺お前助けてやったよね!?」


 ――だが、取り敢えず誤解されたままなのは駄目だと思い、誠次も桜庭に加勢していた。



挿絵(By みてみん)


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