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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
テストの色は紅葉色
109/211

6

 かこん、と鹿威ししおどしの音が鳴る。紅葉が舞い散った先、池の水面に波紋が起こる。屋敷の中庭の池には魚が泳いでいるようで、時々飛沫が上がる。おそらくと言わずともに、魚は鯉であろう。


「風流じゃな」


 湯飲みのお茶をすすりながら、正座する薺紗愛なずなさえは微笑む。ルビー色の瞳に、黒いおかっぱ頭。一〇歳を過ぎたばかりと言っても遜色ない子供の見た目で、艶やかな着物を身に付けていた。

 彼女を前に座る八ノ夜はちのやは、あぐらをかいて薺をじっと見る。


「今ではわらわも立派な独裁者じゃ。警備が厳重なのも勘弁してほしい。その昔、この国の昭和に起きた二つの反乱事件を思い出すのぅ」


 薺はしとりと、呟く。国中が大騒ぎだと言うのに、不思議とこの空間だけは、静かな時が流れているようだった。


「この一件、お前の独断か?」


 用意されたお茶には一切手をつけないまま、八ノ夜が問う。


「人間、何事も常に最終的な決定は自分の意思で決める。そう考えた場合、これもわらわの独断と言えよう」


 薺は瞳を閉じたまま、はっきりと言い放つ。


「何を考えてあんな演説をした?」

「言った通りじゃ。このままではこの国はもたない。だからわらわが先導し、変えるまでだ」

「それを望まない者もいると言う事、忘れてはいないだろうな」

「それももはや少数じゃ。大を生かすには小を切り捨てる。よくある話じゃ」


 薺は不敵な笑みを滲ませ、八ノ夜に言う。


「いずれ世界は魔術師のみの世界となる。適応できない人から、この世から退場していただくのじゃ。これはわらわが国民に与えた一種の゛てすと゛のようなものじゃ」

「テストだと? 国民を試しているつもりか」

「その通りじゃ。今回の一件で国民は、魔法の力の素晴らしさに改めて気づくはずじゃろう」


 薺はそれとも、と小首を傾げ、


「やがて唯一魔法が使えなくなるのは、天瀬誠次あませせいじだけじゃからのぅ。彼が心配になる気も、分からんでもない」

「……っ」


 八ノ夜ぐっと言葉につまり、俯く。

 今度は、薺が姿勢を微かに前のめりにする。


「しかし八ノ夜。訊きたいのはこちらとて同じじゃ。お主こそ、なにを考えている?」

「私は魔法学園の理事長だ。生徒の事以外、何も考えてはいない」

「その生徒、天瀬誠次。彼に渡した漆黒のツルギ、レヴァテイン。あれはあってはならない存在であり、力じゃ」


 むしろ、


「天瀬誠次。彼のような存在が、魔法世界に残る異端なのじゃ」

「何が言いたい?」

「わらわが、国際魔法教会があの子を管理する。一介の学生にしておくには、少々危険すぎる存在じゃ」


 薺は真剣な表情で告げて来る。

 しかし、八ノ夜は軽く笑う。


「冗談はよせ。アイツは我が校の生徒であり、私のモノだ。渡しはしない」

「お主は悪い女じゃ、美里」

「……」


                  ※


 制限速度を大幅に超過し、暴走するリニア車。外から見れば目にも止まらぬ速さであり、いつ車体のなにかが異常を起こして脱線したとしても、おかしくはない状況だった。

 そして、その先頭を走る、暴走する一号車内。運転席と言う名の先端部は、破壊魔法によって壊され、機材がショートしている独特の音を立てている。


「お願いです! せめて子供だけは……!」


 車内に悲鳴混じりに響く、母親の声。


「お母さん……!」

「うわーんっ!」


 そして幼い兄弟の鳴き声も、そこへ重なっていた。


「うるせぇガキども! 俺たちの苦労も知らないで、生意気なんだよ!」


 ダウンパーカーを羽織ったリーダー格の男が大声を上げ、車両の中の鉄の棒に縛りつけた兄弟たちを恐喝する。


「もうメーデイアに戻るのは御免だ……。どうせならここで一緒に自滅してやる!」

「嫌ぁっ!」

「黙れ! わめくんじゃねぇ!」


 若い母親が泣いて救いを求めるが、男は床を思い切り蹴りつけて、一蹴していた。

 母親は悲鳴を上げて、どうする事も出来ずに、その場に泣き崩れる。

 男の取り巻きたちは、不気味にも無言のまま、それを静観していた。


「おい、向こうに行った奴らからなんでなんも連絡が来ねぇんだ?」

「知るかよ」

「ああ? お前なんつった?」

「知るかよって言ったんだよ。煙草吸わせろ」


 元々、寄せ集めの集団だ。団結心はそれほどない。しかし人質の家族にとって見ればこの状況ではそれが、なによりも恐ろしいものであった。

 止まる事を知らない列車の中、車両のスピードと共に、車内の恐怖も増していた。

 

 八号車の最後部。そこに辿りつく為の最後の関門は、まさかの頑丈に閉ざされたセキュリティドアだった。頑丈に施錠されているのは、おそらく容易に中に入れない為だろう。篠上しのかみ桜庭さくらば千尋ちひろ三人の女子は、ドアの前で立ち止まってしまっている。


「えーっと。どうやって開けるの、これ」


 桜庭がぎゅっとドアを握り、横にスライドさせようと試みるが、びくとも動かない。


「魔法でなんとかならないかな?」

「破壊魔法、ですか?」


 破壊魔法はおろか、実戦用の攻撃魔法でさえまだまともに習ってはいない三人組だ。篠上に続いて提案した千尋自身も、自信のほどは無いようだ。


「蹴りでっ、どうにかっ、ならないっ、かしら!」


 篠上がそう言うなり、思いっきり自分の足でドアに何度も蹴り付ける。はたから見ればとてつもなく怖く、人が喰らったら昇天しそうな威力だったが、強固にロックされたドアには無力だった。

 しかし。


「しのちゃん……蹴りって……」

「魔法が駄目なら物理って……。考え方がだんだん誠次くんに近づいている気がします……」


 千尋が唇に手を添え、そんな事を指摘してしまうと、


「は、はぁ!? ちょっとな、なに言ってるの千尋っ!?」


 顔をかーっと赤く染め、ますますドアに蹴りを入れまくる篠上。ドアはまるで悲鳴を上げているように、みきみきと音を立てていた。


「もうっ、そんな事言うなんてっ、ホンっと信じらんないっ!」


 おほほと、片手は上品に口元まで上げて誤魔化すようににこりと笑顔を見せるが、下半身の動きはかなり野蛮だった。


「そこに過剰に反応しちゃうんですか!? それもなにかストレス溜め込んじゃってませんか綾奈ちゃん!?」

「二人とも今はこっちに集中してーっ!」


 桜庭が両腕を落とす素振りで懇願こんがんする。

 その直後、なんと横にスライドするドアが篠上の蹴りにより、゛縦スライド´を始めたのだ。すなわち――


「え!? なんか本当に壊れてない!?」


 桜庭がそれを発見し、蹴りを止めた篠上と、ツッコんでいた千尋も、そこを見つめる。


「ま、まさか……嘘でしょ……」

「時代は魔法より物理、なのでしょうか……」


 篠上が至極複雑そうな顔をしているが、結果オーライではあった。


「ば、馬鹿ヤロー!」


 えい、と桜庭の意味不明な掛け声(?)によるパンチによって、ドアは完全に破壊された。三人の女子は一斉に、車両全体の最後尾である、電源制御室らしき部屋に突入した。


「うわぁ……」

「まぁ……」

「あ……」


 桜庭、千尋、篠上が次々と息を呑む。その手の知識がなければ、全くもって意味不明の機材の数々が、所狭しと配置されていたのだ。


「えーっと。今から手順を説明するね」


 天瀬誠次あませせいじから目標とする先輩影塚広かげつかこう。影塚広から同僚の波沢茜なみさわあかね。波沢茜から妹の波沢香織なみさわかおり。波沢香織から同級生のバレー部主将。そしてバレー部主将から後輩の桜庭莉緒さくらばりおに伝わったリニア車の緊急停止用の操作を、桜庭が口頭で説明し始める。見知らぬ相手には緊張しいが、慣れた人にならば平然な桜庭の説明口調は、とても饒舌じょうぜつであった。


「お願い莉緒!」

「なんとしても止めましょう!」


 篠上と千尋の二人も、すぐに真剣な雰囲気へと戻り、自分たちの今すべきことをしていた。


 香月こうづきの展開した攻撃魔法式がその役目を終え、虚空へと消える。今まさに香月が、三人の男を纏めて気絶させたところだ。

 その間誠次は(もちろん戦略的な意味で)相手を挑発することに徹していた。


「ナイス香月!」

(私は今、弱い人をいたぶってもむなしい事に、気づいたわ)

「なんか変なさとりを開いてないか……?」


 誠次が心配そうに香月を見つめるが、香月は気にしないで、と言わんばかりに歩き続ける。

 二号車に居座っていた敵も手際よく全滅させ、誠次と香月は二号車と一号車を結ぶ通路へとたどり着く。


「この先に人質とリーダー格がいるようだな」


 誠次と香月は見つからぬように身を屈めながら、一号車を見つめる。中にいる人数はすでに十を切っており、その中には人質と思わしき兄弟と、泣き崩れている母親らしき女性の姿もある。

 そんな母親の姿を見てしまうと、誠次はなぜか自分でも分からないうちに怒りが沸いて来る。


「……っく。暴徒の数はそこまで多くはないようだけど、油断は出来ないぞ」

(定石通り、私が《インビジブル》を使用して先に行くわ。上手くいけば、人質を解放できるかも)

「頼むぞ」


 誠次がドアを勢いよく開け、中に突入する。《インビジブル》を使用している香月も、その後に続いていた。


何者なにもんだッ!?」


 立ち尽くしていた一号車の敵が一斉に、誠次を睨みつける。その隙に、香月が捕らわれた兄弟のいる車両の先頭の方まで一気に向かう。


「仲間はどうした!?」


 汗ばんだ髪の毛をかき揚げた一人の男の敵が、誠次に向けて叫ぶ。

 誠次は通路の真ん中に立ち塞がり、


「ここに来るまでに来ていた仲間は全て倒した。人質を解放して降伏しろ!」

「ハハハッ! ずいぶんと威勢の良い事抜かすじゃねぇかガキ。魔法使いだか何だか知らねぇけどよ……舐めんじゃねぇぞ!」

「別に舐めてはいないんだがな……」


 誠次がそう呟いた直後、男が発動した無属性の攻撃魔法が、誠次の真正面まで接近していた。

 

「……」

「……なに?」


 予想通り、口角を上げたこちらの背後に、それは着弾。リニア車内壁の壁に、ごく小さな衝撃が起こるだけにとどまった。

 驚いているのは、敵たちだ。


「なんかの妨害ジャミング魔法か!? でも、魔法の発動の動作も見えないぞ!?」


 元魔法生なのだろうか、魔法に関する知識はあるようだ。誠次を奇怪きっかいなモノでも見る目で見て、たじろいでいる。

 

「俺に一切の魔法は効かない。分かったのなら、無駄な抵抗は止めろ!」

「ふ、ふざけんじゃねぇ!」

「ふざけてはいないっ!」


 こちらと暴徒が言い争いを始める中、冷静な香月が、捕まっている兄弟の後ろに回り込んでいた。誠次は香月の行動を目線でしっかりと確認していた。


「――こりゃあ面白い」


 戸惑う声が交錯する中、静かに立ち上がって来たのは、リーダー格と思わしきダウンパーカーを着た男だった。誠次は香月から続いて、その男に注目する。男は誠次と向かって正面方向へ立ち、誠次と通路上で向かい合う形となった。

 

「魔法でやり合う世の中に済々してたんだ。拳で殴り合う、ってのはどうだガキ?」

「降伏する気がないのなら……上等だ。俺に負けたら、もう諦めろ」


 誠次は長袖の腕を捲り、拳を作って構える。


「随分と威勢の良いガキだ。最近じゃ珍しい」


 腕と拳をバキバキと鳴らし、いかつい風貌の男は面白げに笑いかけてくる。


「おい! なに勝手に勝負吹っ掛けてんだよテメェ!」

「うるせぇ! 引っ込んでろ!」


 男同士が言い争っている。 

 その直後、対峙する男に先に突っ込んだのは誠次だった。


「オラッ!」


 男は右腕のストレートを繰り出す。誠次はそれを華麗にかわし、反撃の拳を男の頬に打ち込んだ。

 肉を弾く音がし、男は頬を抑えて後退する。


「やるじゃん」

「もう諦めろ。――っ!?」


 誠次への返答代わりに、男は回し蹴りを繰り出してくる。狭い通路の中での範囲攻撃は、それだけで脅威だった。誠次は身を屈めようとするが間に合わず、男の回し蹴りを首でもろに受け止めてしまった。それも、硬い靴底を味わう形で。


「痛っ!?」


 視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、誠次は頭からリニア車の窓に激突する。男はさらに誠次の背中を蹴り付け、殴りかかって来る。

 誠次は咄嗟にガラス窓から顔を離し、男の一撃を避ける。直後、男の腕は窓に突き刺さり、暴走する車両の窓ガラスが、割れていた。


「強化ガラスをたたき割る……!?」


 横に逃れていた誠次が、ガラスが破裂した様を見て驚く。


「勝手にドンパチ始めやがって……。おいガキ! こっちには人質がいるんだぞ!」


 男の仲間の一人が破壊魔法の魔法式を展開し、それをすぐそばにいるはずの母親に向ける。

 

「あら。その人質って、まさか私の事?」


 そこにいたのは《インビジブル》を解除し、不敵に微笑んで呑気にも座席に座っている、香月詩音こうづきしおんだった。


「な、なんだお前……!? いつから!?」


 そして、香月によって触れられ、同じく姿を消していた兄弟もろとも母親はすでに香月の真横に移動していた。母親は今度はもう離さないと、二人の兄弟をぎゅっと抱き締め、暴徒たちを睨みつけている。


「あなたたちの身勝手な理由で、みんなを巻き込ませたりはしない」


 香月が座席から立ち上がりながら宣告すると、男たちは言葉に詰まる。その右手には、すでに攻撃魔法の魔法式が展開されている。


「……う、うるせぇっ! この女子もろともやっちまえお前ら!」


 男たちの香月を含んだ対象を狙う魔法式が、一斉に光の輝きを放ち始める。それはすなわち、魔法発射の直前の合図だ。


「っ」


 対し、香月も迎撃の無属性攻撃魔法を発動する。

 互いの攻撃魔法の弾が衝突し、小規模な爆発。両者の魔法とも魔法元素エレメントとなって消滅していく。しかし、香月一人に対し、男たちは多勢。その男たちの魔法を、一人香月は魔法で相殺してみせたのだ。


「こ、この女……。強い……っ!」

「お、おい……。この音はなんだ!?」


 その直後の事だった。電源が落ちる音と共に、室内の照明が後ろの方から落ち始める。そして車両もみるみるうちに減速している。


「なんでリニア車が止まるんだ!? 外から操作は出来ないはずだろ!?」


 男のうちの誰かが叫ぶ。


「俺の仲間が、やってくれたみたいだな……」


 両手を構えた誠次は、確信をもって答える。口端には血がこびり付き、目の横には青あざが出来ている。身体は全身がしきりに痛み、呼吸も荒いものだった。


「仲間、だと……? ……しゃらくせぇッ!」


 一方。仲間を信じず、チームワークが最悪な暴徒たちは、誠次の言葉に過剰に反応した。


「終わりだ!」


 緩まっていく車両のスピード。誠次の素早さはそれと比例せずに上昇し、一騎打ちを申し込んできた男の顔面に、飛び蹴りを喰らわせた。男はそれを両腕で守ろうとしたが、全体重を乗せた誠次の一撃を防ぎ切るには至らない。誠次の一撃を受けた男は豪快に吹き飛び、先頭車両と運転席を隔てる壁に激突した。


「くっそ……。ここで、か、よ……」

「ハァ、ハァ……!」


 口元を拭う誠次は、男が気を失うさまを、じっと見つめていた。

 やがてリニア車は徐々に止まっていき、ちょうど都内の駅に少し辿り着いたところで、完全に停車した。香月と魔法戦を繰り広げていた暴徒たちも、香月が全て拘束魔法の魔法で捕らえている。


「やったな……香月」

「天瀬くん……あなた……顔の半分が、潰れているわよ」


 あざが自分で思っているより酷いのだろう。ヒリヒリと痛む誠次の頬に香月がそっと手を添えながら、言ってくる。香月の手は思いのほか冷たく、不思議と身体の痛みがやわらいだ気がした。


「そうか……。桜庭さくらばたちに見られるのは、みっともないか……」

「誰もあなたを笑わないわ。……今回に限ってわね」

「今回に限ってって……待て。それっていつも笑われてるってことか!? ――いっ痛……っ」


 胸を抑え、誠次はうずくまる。顔の腫れにより三分の二になった視界で、自分の胸元を見つめて呻いた。


「天瀬くん、大丈夫?」


 蹲った誠次の目線の高さまで香月はしゃがみ、誠次の肩にそっと手を添える。


「ああ……。胸が痛いな……」

「――突入ッ!」


 掛け声と共に、割れた窓ガラスから、何かの金属質の個体が投げ込まれた。

 何事かと負傷の身の誠次が顔を上げた直後、リニア車のドアが煙を立てて爆発した。それに合わせるように、投げ込まれた物体から、白煙が噴出し始める。白煙は瞬く間に車内に充満し、誠次と香月の視界と呼吸を塞いだ。


「煙を吸うな香月……っ! 目も塞げっ」

「ええ……っ」


 けほけほと二人で咳をしていると、車両の中に武装した警官隊が突入して来た。


「動くな! ……人質か!?」


 魔法式を展開しながら入って来た警官隊によって、誠次と香月を含めた人質は完全に解放された。最寄りの駅まで護衛付きで運ばれ、構内には大勢の警察関係者が集まっていた。

 警察官の発動した拘束魔法で、連行されていく暴徒たち。全員魂が抜けたような表情であった。


「大阪北海道と来て次は東京やで。ホンマ物騒な国になったもんやな。特殊魔法治安維持組織シィスティムの人員が足らんのも納得や」

武田たけだ総監、勝手にふらふら出歩かれては――!」


 警察の関係者らしき男二人組が、駅のホームを駆け抜けていく。

 誠次は柱に寄り掛かかるようにして、香月と一緒に座っていた。


「怪我をした方はこちらへ! 治癒魔法を施します!」


 救急隊も到着したようだ。

 簡単な事情聴取を受けた後、治癒魔法の治療を受けることを勧められた誠次だったが、効かないので断っていた。そこへ、毛布に包まった母親が兄弟を連れてやって来る。


「本当に助かりました……! なんとお礼を言ったらいいか!」

「「ありがとうございました!」」


 母親と兄弟の感謝に、誠次と香月は互いにぎこちなく微笑む。

 ――そしてどうやら、状況は向こうも同じだったようで。


「君たちのお陰で助かったよ。リニア車を止めてくれて、ありがとう」


 桜庭、篠上しのかみ千尋ちひろの三人も、見事全員生存を果たした乗客たちに、ペコペコと頭を下げられていた。大勢の人に感謝されることに慣れていないのか、三人たちも、感謝されてどうしていいのか分からないように戸惑っているようだ。


「少しは俺の気持ちが分かっただろ?」


 微笑む誠次が、戸惑う香月に訊いてみる。


「い、いえ」

「相変わらず辛辣しんらつだな……」

「天瀬……こうちゃん」


 桜庭が誠次を見て、口元を覆っている。緑色の目は心配そうに、誠次を見つめていた。


「笑いたきゃ笑え」

「笑わないわよ。ほら、早く千尋の家に行きましょ。そこで怪我の手当てが出来るそうだから。アンタに治癒魔法は効かないんだから」


 軽く息をつき、篠上が手を差し伸べてくる。誠次は素直に篠上の手をとり、立ち上がった。


「治療なんて、出来るのか?」


 驚く誠次が伺うと、答えたのは千尋だった。


「お父様から連絡がありました。ついこの間から、家に専属の執事様が来て頂いておるとのことで、お父様も天瀬くんにいらして頂いてほしいと」

「本城大臣が? その執事と俺に何の関係が……」

「天瀬くんの怪我も治してくださりそうなので、とのことです。何より、誠次くんと顔見知りの人だそうですから」

「顔見知り……? 誰だ……?」


 しかし、病院も他に当てがあるわけではない。そもそも千尋の家に向かう予定だったので、大丈夫だろう。

 誠次以外の四人とも怪我はないようで、誠次は安心して返事をした。壊れてしまった電子タブレットをズボンのポケットに入れたまま、誠次たちは駅のホームを後にした。

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