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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
テストの色は紅葉色
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 十一月の上旬。朝日が射し込む教室の窓の外で、色鮮やかな葉っぱが舞い散っている。ヴィザリウス魔法学園に立ち並ぶ木々は、すっかり紅葉もみじ色になっていた。

 小鳥のさえずりが流れれば、ぜひともゆっくり鑑賞したい気分――、


「――はい。テスト終わりです。ペンを置いて」


 試験監督である男性教師の声により、誠次せいじは窓から慌てて視線を逸らす。


「ふへぇー。やっと終わりやがった忌々いまいましい」


 前の席の志藤しどうが、金髪をくしゃくしゃとかいて机に突っ伏す。他のクラスメイトたちも「疲れたー」など、それぞれ溜まった倦怠けんたい感を吐き出していた。

 (嫌な意味で)待ちに待った十一月の定期テストの、初日を迎えた本日。


「全教科、全く、分からなかった……」


 放課後と呼ぶにはまだ早い昼前の時間帯だが、放課後。

 ひょろひょろと、震える手と声で、誠次は己の結果に戦慄せんりつしていた。


「嘘つけよお前……。んな事言って油断させといて、結果発表の時お前堂々と高得点取ってるんだろ? あるあるかっての」


 志藤が腕を組み、なあなあと言ってくる。


「いや、本当に分からなかったんだ……」


 自分の右手を見つめ、誠次は相変わらず震えていた。

 尋常ではない誠次の様子を見て、志藤も組んでいた腕をそっと離す。


「……マジで? いやいや、俺はもう騙されねーぞ……」


 だが、誠次は右手をぎゅっと握り締め、それを突き出し、


「確かに中学の時までは保険の為に全然勉強やっていないとか嘘ついて騙していた事は認める……」

「いやそこは認めるのかよ!」

「でも今回ばかりは……まったくもって勉強に手がつけられなかったんだ……」

 

 そう。リリック会館と林間学校での戦いを始め、学生らしからぬ日々を過ごし続けた誠次にとって、勉強する事がおろそかになってしまっていた。

 決して遊んでいたわけでは……な、ない……はず……で、ある……。


「まあ、こっちの世界へようこそだな天瀬……」


 後ろからつんつんと肩を突き、グーサインの帳が言ってくる。昨夜徹夜を行ったせいか、その目元には黒いクマが。ハッハッハと笑ってはいるのだが、とてつもなくあやしい。


「おいおいおいっ! 待て帳! まさか、その世界に俺は含まれてねーだろうな……!?」


 志藤が慌てて席を立ち、この場を離脱しようとするが、


「これからよろしく頼むぞ、帳、志藤!」

「おうよ天瀬! ようこそこっちの世界へだ! 志藤と一緒に歓迎するぜ! いやー仲間が増えた!」

「やめろーっ! やめてくれぇーっ!」


 放課後の教室で、志藤の叫び声が響き渡っていた。


「あ、誠次くん」


 そこへやってくる、冬服を着た本城千尋ほんじょうちひろ。テストの方は流石と言うべきか誠次と比べてどうやら良好だったようで、相変わらずの眩い笑顔だ。


「千尋? どうしたんだ?」

「私用で理事長室に行こうとしたのですが、八ノ夜理事長が大至急誠次くんと理事長室に来るように、と――」

「っ!? それは本当か!?」


 誠次は勢いよく席から立ちあがり、あごに手を添える千尋の誠次の前に立つ。


「はい!? え、えぇそうですけれど……」


 千尋は誠次の突然の肉薄に、身体をびくりと震わせていた。


「絶対にテストの成績の事だ……っ!」


 冷や汗をだらだらと垂らしながら、今度の誠次は恐怖におののく。


「いやいや、いくら何でも気づくの早すぎんだろ……」


 志藤が冷静に指摘するが、誠次は怯えて首を横に振る。

 そうすると、志藤もぞっとした表情でだが、認めざるを得なくなってくる。


「本当だとして、さっき集めたテストの点をもう把握してるって何者だよ、八ノ夜理事長……」

「さ、さあ……。偉大な魔女、か?」


 志藤と帳が肩を竦め合っていた。


 誠次と千尋が、コツコツと靴音を立てて廊下を歩く。


「良かったですね。波沢先輩が生徒会長になってくださいまして」


 千尋が廊下中に張り出されている生徒会広報を眺めて、のほほんと安心した表情で言っている。

 昨日行われた生徒会総選挙で、波沢香織なみさわかおりが見事生徒会長に就任したのだ。もっとも、立候補さえしてしまえば当選確実なだけあって、他の立候補者は手出しが出来ない状況だったのだが。

 そして何より――先月の北海道の一件から無事総理たちを守り抜き、生還した実績が伴えばもはや、生徒会長就任決定は折り紙付きのようなものだ。


「ああ。やっぱり、相応しいと思うな。本人はやっぱりみんなの前に立つのは緊張するって言ってたけど」


 すっかり元に戻った誠次は、うんと頷いていた。


「セレモニーで敵から総理大臣を守ったって、本当に凄いです……。でも、テレビだとやっぱり特殊魔法治安維持組織シィスティムの活躍の事ばっかりですね」


 千尋の言う通り、事故当時はニュースでも、特殊魔法治安維持組織シィスティムの活躍ばかりが表立って報道され、薺の正体についてはやはり何もなしだった。


「別に香織先輩も俺も香月こうづきも、褒められるためにやった事じゃないはずだ。報道の事も今に始まった事じゃないしな」

「そうですけど……。それでは、誠次くんたちが何も報われません。せめて感謝状など、褒美があってもいいと……」

「何度も言うけど、俺は褒美が欲しくて戦ったわけじゃないんだ。香織先輩だって、きっと同じはずだ」


 誠次はきっぱりと言いきっていた。

 しかし千尋は、誠次をじっと見つめてから、


「……香月さんは――」

「香月だって、それは同じはずだ」

「いえ、私が伝えたかったのはそうではありません。……帰って来てからずっと、誠次くんと香月さんがあまり話している姿を見かけないと思いまして……」

「い、いやそんな事は……。変わらないぞ……」

「嘘、ですね。遠くから見てもわかってしまいますよ?」

「……すまない」


 千尋の指摘は、図星であった。

 誠次は黒い目を下である廊下の床へと向ける。今日の妙な空元気も、それがあったからなのかもしれない。

 すれ違いと言うべきかそれは、厳密に言えば帰ってきた後の、理事長室でのやり取り以降だった。父親である東馬とうまの名を、言った事から。


「いえ、ただ……どうしても気になってしまうんです。今日も桜庭さくらばさんと一緒にテスト勉強してましたけど、桜庭さんも、どこか様子が上の空でおかしいと仰ってまして……」

「一応会話はしているんだが、壁があるようなんだ……。俺が不用意だったとは思うが……」


 決して無視と言うわけではないが、ぎこちない微妙な空気となってしまっているのだ。


「そうですか……」


 千尋は細くすらと伸びた眉を、寄せていた。深い詮索はしてくれないのは、今の誠次にとって助かる形となる。

 やがて二人は、理事長室へたどり着いた。

 誠次が先に立ち、二回ほどのノック。八ノ夜の返事があったのでドアを開け、千尋を先に入れてやった後から誠次も続く。


「天瀬、よく来た。本城、よく呼んで来てくれた」


 八ノ夜は理事長机の奥の椅子に座っており、彼女の後ろにある大窓の外には、秋の空が広がっている。


「――早速で悪いが本城、今から見る私の姿に幻滅しないでくれ」

「?」


 千尋が何事かと訊き返す間もなく、


「あ~ま~せ~せ~い~じく~ん? 何だこの悲惨なテストの点の数々は~?」

「成績知るの早すぎませんかっ!?」


 机の上のホログラム画面をつんつんとつつき、ニヤリと漆黒の笑みを見せる八ノ夜に、誠次は身の危険を感じていた。


「理事長特権だ」

「特権の使い方を大幅に間違っている気がします!」


 腰に手を当てて堂々と言い切る八ノ夜に、誠次はツッコんでいた。


「……仲、良さそうですね……」


 そして今日もまた一人、普段は凛々しい魔女である理事長の真の姿を知る事になった哀れな人が、増えていた。


「まったく。常に成績優秀であれと言っているだろう」

「それは心得ていますが、ここ最近は……」

「……誠次くんはこの学園の為に尽力してくださっています! 勉強する時間がなくなるのは致し方ない事かと!」


 なんと千尋が誠次の横に立ち、八ノ夜に向けて弁明していた。夏祭りの時に男たちから真由佳まゆかかばった時も、同じような表情をしていたと、ふと思い出す。こういう所の芯は強い女性なのだろう。

 これには八ノ夜も一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに千尋の意見に頷いていた。


「天瀬の活躍はよく分かっているよ。だが成績は成績で、特別扱いはしない。以後気を付けるように」

「はい、努力します。……しますので、お願いですから左手の拳骨をしまってはくれませんか……」


 八ノ夜の腰に添えられた左手が、血管が浮き出るほどの力みを見せて、握りこぶしを作っていたのだ。


「なに、納得したとは、言っていないからな……」

「結局俺は殴られるんですか!?」

「時に現実は非情だ、天瀬……」

「語るように言わないでください!」

「見てはいけないものを次々と見せられている気がします……」


 千尋が困った表情で指摘していた。


「さて、前置きはここまでにしよう。今日お前たちを呼んだのは説教と言うわけではない」


 その言葉が終わった途端、すっと引き締まった表情に戻る八ノ夜。


「本城、君を狙った三人組の魔術師の件について、話は聞いたな?」

「っ、はい……」


 気落ちしたように、千尋は返事をした。誠次はそんな千尋の横顔を見つめ、同じように目線を落とす。


「結局、彼らは辻川つじかわの部下だったと見て間違いはないんでしょうか?」


 誠次が慎重な言葉遣いで、尋ねる。

 襲撃時期や彼の心情をかんがみれば、正反対の大臣であると言えよう本城直正ほんじょうなおまさに対する弱みを握る為、本城千尋を狙ったと見て間違いないだろう。


「ああ。後に捜査が入った奴の事務所の地下室にてあいつらは生存したまま発見され、白状した。どうやら魔法学園卒業者だったらしいが、忠誠を誓う相手を間違えたようだな。愚かだ」


 自分の代の生徒ではなかったのだろう。吐き捨てるように、八ノ夜は言っていた。


「しかし安心しろ本城千尋。この学園は君を全力で守る事を約束する」

「俺も尽力します」

「ありがとう、ございます……」


 千尋は頭を深く下げていた。


「して天瀬。最近の香月の様子はどうだ?」


 八ノ夜は青い目線をこちらに向け、訊いてきた。


「……っ」


 誠次は思わず言葉に詰まってしまった。


「その様子では、少しぎくしゃくしてしまったようだな」

「はい……」

「……まあ、私のせいだな。隠すようにはどうにかしていたのだが、すまなかった」

「いえ、あの発言は俺の不注意で……」


 誠次と八ノ夜が神妙な表情で話す傍、千尋は何事かと、複雑そうな表情を浮かべていた。


「今だから言えるが天瀬。私の憶測では、あの人もレ―ヴネメシスに関係していると思っている」

「やはり、弁論会で兵頭ひょうどう先輩と話していた内容は……」

「他でもない、あの人の事についてだ。ショックが大きいと思って、弁論会の日や昨日は伏せていたが……。私も上手くはないな」


 珍しく気落ちする八ノ夜を前にして、これはやはり重大な事案なのだと、改めて感じる。

 誠次もここまで来たら、薄々とは分かっていた。東馬迅とうまじん。彼が何かを知っていることは、明白だ。


「取り敢えずちゃんと情報が集まるまでは、こちらとしても迂闊うかつな行動はできない。現状待機を命じる。良いな天瀬。もしもの時は、お前の力を当てにしている」

「はい。俺の力が、役に立てるのなら」

「良い返事だ。だが、問題は今をどうするかだな……。香月本人の事が、心配だ」

「香月……」


 再び悩む二人の横から、千尋がよろしければ、と挙手していた。


「でしたら、私に考えがあります!」 

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