15
地上に止まるヘリコプターの羽音が、そこかしこで聞こえてくる。崩壊した魔法大学にてそよぐ雪の風は、どこか虚しく流れていく。
「さて、礼を述べるぞ波沢香織、天瀬誠次、香月詩音、日向蓮。お主らの力がなかったら、妾も危ないところだった」
エンジンの騒々しい音がする機内にて、誠次たちは、現日本内閣総理大臣であるはずの薺紗愛を前にしていた。薺は和服の上から、温かそうな毛皮のコートを羽織っている。薺の後ろには、秘書官や政府の高官たちが涼しい顔で立ってもいた。
「奥羽正一郎は、あなたが変性魔法で化けた男の人だった、と言うわけでしょうか……?」
日向の質問に、薺はうむと首を縦に振る。
「なにぶんこの身体でのぅ。向こうの教師の一人と同じように見えるのは、問題があろうと思ってな。わらわも美里のように゛ぐらまらす゛な身体になりたかったのぅ」
「朝霞刃生の話では、失踪したと……。そもそも朝霞はいったい何者だったのでしょうか?」
次に誠次が質問する。
「奴もまた、国際魔法教会の幹部じゃ。しかし奴め……代わりは任せろと言っておきながら、テロに加担するとは。つくづくわらわは部下に恵まれぬのぅ」
言葉のわりには愉快そうに笑う薺。
「辻川大臣のクーデターは、今日行われると知っていたんですか?」
「怪しい動き自体は前から知っておった。しかしいつか、とまでは分からなかったのじゃ。ようやく今日、尻尾を出したと言うべきか」
「よく、総理大臣になれましたね」
波沢が至極真っ当な質問をしていた。真の見た目は、ただの黒髪おかっぱの子供であるからだ。
「国際魔法教会のお陰じゃ。それに――」
薺は機内の窓から、辛うじてまだ立っている魔法教会の旗を見つめる。誠次たち四人も、振り向き、薺と同じ方を向く。
「この国は、やはり一度変わらなければなるまい。全てを、変革させるのじゃ。辻川とは違う方法でな」
「本城直正魔法執行省大臣は、耐えるべきだと仰っていました」
誠次が前に進み出るようにして、進言する。
「彼の言う事も正しいし、わらわもよく信頼しておる。だが今は、どの国家も国際魔法教会の後ろ盾がなければならない時代じゃ。しかし、もちろん辻川の愚行をみすみす許すわけにもなるまい」
そこまで、魔法教会の力は強いのだろうか。誠次の頭の中で、ここ最近はテロの事ばかりだったのが、そこに魔法教会と言う大きな組織も加わってきていた。
薺は少し気難しそうな顔をしていた。
「このオーギュスト魔法大学も、全てはわらわが魔法で作ったはりぼてのようなものじゃ。本城と共に、辻川のような輩をあぶりだす為にのぅ。さて、これから魔女が魔女狩りを行うぞ」
綺麗に揃えられた前髪の下の赤い瞳に覇気を宿らせ、薺は言う。その気迫に、誠次は心臓がぞくりと脈打ったのを感じた。
「失礼します薺総理。そろそろお時間が」
背後からやって来た総理秘書官が、薺の頭の高さまでしゃがみ、何やら耳打ちをしている。
「……」
「わかっておる。じゃが、まだまだ聞きたいことがあるような顔をしておるのぅ、天瀬誠次?」
さしでがましい真似をしていると言う自覚はあったが、薺の指摘は本当だった。
「はい。この、レヴァテインの事や、あなたの事。まだまだ沢山あります」
誠次は背中のレヴァテインを見てから、薺の顔をまじまじと見つめる。
「ふっふっふ。さすがは美里の一番弟子じゃ。わらわ好みの良い顔立ちをしておる。いつでも国会に訊きに来るとよい」
「総理、そのような発言をされてはなりません」
「なんじゃ秘書殿。そういう所から変わっていかねばなるまいだろうに!」
一瞬だけ子供が駄々を捏ねるような素振りで、ぶーっと薺は文句を言っていた。
そして、この場の四人は同時に思う。本当にこの人が日本のトップに立っていて大丈夫なのだろうか、と。
「それじゃあ、美里によろしく言っておいておくれ。あやつと呑む酒は美味いからのぅ」
上空へ飛び去るヘリコプターを見上げ、誠次はひどく乾いた口で、深く息を吸った。崩壊しかかった魔法大学には、大勢の大人たちが事故調査と言うものを行っている。
結局辻川があのイエティと言っていた怪物は何だったのか? 薺紗愛は何から何までを知っていたのか? 謎は多く残る。
しかし今は――。
「感謝する。さっきはその、気絶させて、すまなかった」
コートを纏った日向が、瓦解した壁にもたれていた誠次の横に並んで立つ。
「いえ。俺が学生の身分だと言うのは、承知していましたから。それでも、先輩たちを助けたかったんです」
誠次は崩壊した大学を眺めて、言う。黒煙が立ち込めるその光景は、いくら薺が作った幻影の城だとしても、激しい戦闘があった事を物語っている。
「怪我人は大勢出たが、死者は〇だ。薺総理が防御魔法で、上手く守ってくれていたらしい。それでいて政府内の反逆者を証拠をもって炙り出して見せていた。助かったとは言っていたが、食えない人だな」
苦笑するように軽く口角を上げ、日向は正面を見据えて言う。
整った顔立ちの日向の横顔をじっと眺めた誠次は、そちらに身体ごと向く。
「そう言えば、イルベスタ魔法学園の方は大丈夫なんですか?」
「ああ。大内委員長も、任意同行で事情聴取を受けている。彼は辻川ほど、気力もないさ」
「生徒や、大臣たちの安全は?」
「そっちも大丈夫だそうだ。辻川が行おうとしていたのは、あくまで自分が政権を掌握する事だからな。その為の駒は残しておくつもりだったんだろう」
身体を温めるようにと渡されたカップに入った温かい飲み物を片手に、白い息を吐いて誠次は言う。誠次の横に立つ香月も、支給された温かい飲み物を啜っていた。
「結局何だったんだろうな、あの怪物は。辻川はイエティとか言っていたが……」
眉根を寄せ、日向も気掛かりだと呟く。
「分かりません……。あ、ですが、レヴァテインであいつらを斬った時に、魔法元素の光があいつらの身体の中から出ていました」
誠次が思い出したようにして、告げる。
「魔法元素? つまり、魔法で作られた存在である使い魔か?」
「なるほど。確かに、八ノ夜さんは使い魔に魔法を使わせていた……」
誠次はあごに手を添え、考える。
「八ノ夜理事長か……懐かしいな。そもそも、使い魔に魔法を使わせるなんて事が、可能なのか?」
「理事長は、ですが……」
日向に指摘され、誠次はなるほど、と思わず唸る。
八ノ夜クラスの魔術師でなければ、そんな真似は出来ないと思う。辻川がそれを一人でやるには、無理があるだろう。
(辻川に八ノ夜さんクラスの魔術師が協力していたのか……?)
「ともかく、ここからは特殊魔法治安維持組織の仕事だ。協力、感謝した」
日向は誠次の背中のレヴァテインに目をやってから、振り向いていく。
「それでは」
そこへやって来た体育館で分かれていた女性隊員と共に、日向は大学の方へと向かっていった。まだ、あの人とにはどこか壁があるなと、誠次は日向の後ろ姿を見て思う。
「冷えるな……」
「ええ……」
風は収まったが、凍てつくような冷気は相変わらず。誠次も温かい飲み物を口に含み、香月もこくりと頷いていた。
「香月はどう思う? その、今回の事件について」
「動物園でも見たことがない生き物だったから。使い魔だとは思うわ。おそらく私より、凄腕の魔術師のものね」
「まさか動物園の動物全て覚えてたのか!?」
「ええ」
誠次が思わずぎょっとするが、香月は何とも無さそうに頷いて見せる。
「凄腕の魔術師、か。やはり、八ノ夜さんや薺さんのレベルか?」
「ええ。私より……」
香月はどこか潜めるような素振りで、言っていた。
「香月がそう言うのならば、そうなのだろう……」
誠次はそこで白い息を吐き、雲が途切れた青空を茫然と見ていた。そんな魔術師が敵となるのならば、手強いものだと思う。
そこへ、雪の上を歩いて来る足音が一つ。
「波沢先輩」
「天瀬くん」
当事者として捜査に協力していた波沢も、ようやく解放されたようだ。ボロボロになってしまった制服の上にはコートを羽織り、顔の汚れも洗ったのか綺麗さっぱりなくなっていた。
誠次が壁から背中を離し、香月も顔を上げる。
「突然ですみませんでした。付加魔法の事を前もって言っておくべきでしたね……」
まず誠次が軽く頭を下げると、波沢は慌てて首を横に振っていた。
「う、ううん。でも、あの状況でまさか二人が来てくれるなんて、思わなかったわ。もう駄目かって思って、本当に嬉しかった……っ」
言葉の途中から、なんと波沢は青い目を潤ませていた。
「俺も香月も、最初から見捨てるなんて選択肢はありませんでしたよ」
誠次がだろ? と香月に視線を送ると、香月も微笑み「ええ」と頷いた。
「……天瀬くんのレヴァテインって……」
波沢は誠次の背中のレヴァテインをじっと見つめる。
「訊きたいことは分かります。でも、俺にもよく分からないんです……。波沢先輩のような居合切りのような効果の他にも、女性ごとに効果が違うみたいで」
「……不思議。でも、私が助かったことは変わりないわ。それに、少し、格好良かったよ……?」
「あ、ありがとうございます」
微かに頬を赤く染めた波沢の発言に、思わず誠次も顔を微かに赤くして、照れ隠しの為に後髪をかいていた。激しい戦闘の後、二人の間に流れるのは穏やかな空気だ。
誠次は少し考えた後、
「波沢先輩。これからも必要な時、俺に力を貸して下さいませんか? 巻き込んでしまった以上、俺も責任はとるつもりです」
「そんな重たく考えないで。私もずっと、天瀬くんの為に何か力になりたいと考えてたの……。姉妹揃って天瀬くんに貸しを作ってたからね」
「貸しだなんて、とんでもありません」
「でも――」
「いやいや――」
「煮え切らないわね……」
そうして言い合う二人を、香月が冷ややかな目で見始める。香月は香月で、冷静過ぎだ。
「どうしても、天瀬くんは私のお陰だって言うの?」
「はい。波沢先輩のエンチャントのお陰で、奴らを撃退できたんですから」
誠次は有り体に言ったつもりだったが。
波沢は唇に手を添えて、うーんと考えるようにして、快晴の空を見上げる。
「じゃあお返しに、私の事も姉さんみたいに下の名前で、香織って呼んでね誠次くん? 姉さんだけじゃ、ずるいし。それで、OKってことにしない?」
誠次はその言葉にどきり、とする。
「……う、嬉しいです。わかりました。よろしくお願いします、香織先輩」
にこりと、二人は笑顔を見せていた。
しばし間を置いて、香織は少し言い難そうにだが、神妙な面持ちで口を開ける。
「私、今回の事件で、沢山の人の頑張ってる姿を間近で見たの。生きるために協力する、総理や、特殊魔法治安維持組織の人たち……」
胸元に手を添え、香織は目を細めている。誠次と香月も、真剣な表情で波沢の言葉を聞いていた。
「……だから、その……私も総理や姉さんのように……自分に出来る事をしたいなって……。こう言うの……すっごく恥ずかしい、けど……」
香織は高い声を出し、何かを告白するようにして言っている。
「……香織先輩?」
香月がそっと声を掛ける。
「誠次くん、詩音ちゃん。今言うべき事じゃないかもしれないけど、誠次くんには訊かないと。生徒会長に私、立候補していいかな……?」
過去の戦いを引きずっていたのか、香織は誠次に確認を取るように尋ねる。
「それは――」
自分が決める事じゃないよなと感じつつも、誠次は自分が素直に思う事を、伝えていた。
※
――辻川一郎と大内による北海道のクーデター事件から数日後。
ニュース報道や新聞の紙面はこぞって、日本の国防大臣の謀反を報じた。語られるのは、特殊魔法治安維持組織の英雄的な活躍により、総理大臣を救った事。紙面や映像の薺の姿は、全て仮初の姿である大人の姿のものだった。
もっとも、特殊魔法治安維持組織の本部の局長室に立つ日向蓮にとって見れば、壮年の姿の薺の方が見慣れているものだ。まさかお飾りと揶揄されていた存在が、本当にお飾りだったのだ。
「申し訳ありませんでした……」
一切の埃も見当たらない綺麗に掃除された局長室。日向は、特殊魔法治安維持組織の゛トップ´に立う男に、頭を下げていた。
「? お前さん、なんか悪い事でもしたのか?」
局長、志藤康大は肩を竦めていた。傍らでは眼鏡を掛けた女性秘書が、報告書であるホログラム映像に、目を通している。
「……造反者の一人であった大内の命に従い、戦力を割いてしまいました」
「上の命令に従うのは正しい事だろう」
康大の宥めるような指摘に、しかし日向は黄色い目を微かに動かし、
「結果、隊の戦力低下を招き、学生を戦闘に巻き込みました」
日向の言葉の途中から、康大は女性秘書の言葉を耳打ちで受けていた。
「報告を聞くところ、何でもその勇敢な学生の方から巻き込まれに来たそうだ。お前の責任じゃない」
「……は」
納得いかない面持ちのままであったが、日向は頭を下げ、一歩ほど下がる。
「薺総理の正体について、局長は認知していたのでしょうか?」
日向は少し躊躇いつつも、康大に訊いてみる。
康大は机の上で手を組み、日向を睨むように見ていた。
「まあ、俺が警視庁に務めていた時代からか」
「……一般公表は、しないのですか? それに、特殊魔法治安維持組織の活躍など、今回の一件では……。このままでは国民は偽りの報道で、騙されているままです! 今私たちがやっている事は情報操作に他ならないはずです!」
こんなの、特殊魔法治安維持組織を信じる国民に対しあってはならないはずだ。自分の思う正義を信じる日向は握りこぶしを作り、康大に叫ぶようにして言う。
「落ち着け日向。今この国の総理となり得るのは、薺紗愛を除いて他にいなかった」
「それは私たちが決める事ではないはずでしょう!? こんなの、国際魔法教会の操り人形じゃないですかっ!? この国の民主主義は――!」
「゛捕食者゛が夜を占領して、一度世界は滅茶苦茶になった。どの国も立て直すには、魔法教会の力が必要だったんだ。強力な、魔法の力が」
「……!?」
日向はそこで、一つの答を、導いてしまう。その瞬間、背筋に寒気が走り込む。
「この国を支配しているのは゛捕食者゛だけじゃない。国際魔法教会もだ。貴方はただの、操り人形に過ぎない」
日向は核心を突くように、言い切る。
「……」
康大は何も言わない。言い返せない、と言った方が日向から見て良いだろうか。
すると、康大の横に立つ秘書が、目じりを上げて日向を睨む。
「日向蓮隊長。言葉に気を付け――」
「いい。日向の気持ちは分かる。すまなかった日向。……悪いが、これからも力を貸してくれると助かる。すまない」
康大が座席を立ち上がり、頭を深く下げてくる。
「……」
日向はじっと、自分のスーツの胸元に付けてある特殊魔法治安維持組織の紋章を、見つめていた。自分が信じてきた存在が、今は霞んで見える。
やがて、ブロンドの髪を靡かせ、康大に背を向けていた。
「操り人形は、俺もだったか……」
そうほくそ笑んでいた。
※
事件から数日後、ヴィザリウス魔法学園の理事長室。
激戦を潜り抜けた誠次は、八ノ夜美里と面会していた。八ノ夜と理事長机を挟んで立っている誠次の横には、香月もいる。
「怪我はかすり傷ぐらいで済んだみたいだな。よくやってくれた、天瀬」
八ノ夜は会うなり、ほっと安心した表情で肩を竦めていた。
「はい……」
誠次は真剣な表情で、八ノ夜と向かい合う。
「何か訊きたそうな目をしてるな? どうした?」
「薺総理は、俺のレヴァテインの事について何か知っているようでした。女神が鍵を掛けたとか……。それに、あなたによろしくと」
探るように問いかける誠次の黒い目を、八ノ夜はじっと見つめる。
「薺とは国際魔法教会での知り合いだ。久しぶりに会うか」
その前に、と。誠次は口角を上げている八ノ夜の前に、立ち塞がるようにする。
「レヴァテインの事について、知っている事を俺に教えてください! これを渡したあなたが知らないわけがないはずです」
誠次は背中のレヴァテインを鞘を付けたまま前に突き出す。
八ノ夜は青い瞳を誠次に向ける。
しかし誠次は、もはや臆さない。黒い瞳を、八ノ夜に合わせる。
八ノ夜は「ほう……」と、感心したように誠次を見る。
「何度も言わせるな。私も詳しい事は知らない。それは前と同じだ。だが、レ―ヴァテインの神話の話なら知っている。それが薺の言っていた内容だ。そしてその剣は、国際魔法教会にいた私が持ってきたものだ」
「゛女神´が九つの鍵を掛けた……」
誠次は復唱し、自分の腰の高さまで持ち上がったレヴァテインを見つめる。
「女神……女の人」
香月がぼそりと、呟く。
「つまり、女性からのエンチャントが、レヴァテインの力を解放する鍵と言う事なのか?」
それが九つあると言う。それはつまり。誠次はレヴァテインの柄から剣先までを、目に焼き付けるように見据え、
「九つの力がこのレヴァテインに゛封印´されている……」
「神話通りの魔剣ならば、おそらくな」
八ノ夜も慎重に頷いていた。
いや――なんだ、この後味の悪さは?
(……まてよ?)
謎が一つ解けたばかりだと言うのに、なぜか今まさに新たな謎が浮かんできている気がする。すぐ傍にあるはずの、もやもやとした何かの違和感が、今の誠次の脳裏に過っていた。
別にそれは、八ノ夜に対するものではない。八ノ夜も、誠次と同じように何かを思い詰めているような表情だ。
「レヴァテイン。誰が、この世にこれを生み出したのかしら?」
「さあな。一応神話では、ロキと言う神によって生み出されていたのだが」
二人の女性の会話の中、誠次は香月の言葉で、ようやく閃いていた。
そして、それをそのまま、口にしてしまう。
「それだったら、どうして、東馬さんがレーヴァテインって名前を付けたんだ? ただの、偶然なのか……?」
「え……」
「あ、天瀬――」
八ノ夜が慌てるが、誠次はそこに気づけなかった。
「だって妙じゃないか? 八ノ夜さんの言う通りに、このレヴァテインが国際魔法教会のものだったのだとしたら、どうして東馬さんはレ―ヴァテインと言い当てたんだ?」
「……」
香月が誠次を見上げる。その紫色の目は明らかに、動揺しているかのように、理事長室の光を受けうるうると輝いている。
あごに手を添えて考える誠次ではなく、香月のその姿を正面から見た八ノ夜は、慌てて、
「今日はここまでにしよう! ほら、テストが近いだろう天瀬、香月! 遊ぶのは大事だがしっかりと勉強はしないとな!」
「え……」
考えることを八ノ夜により途中で遮断され、誠次と香月は思わずたじろぐ。
「それじゃあ、また今度だ!」
机の前まで歩いて来た八ノ夜により、誠次と香月は身体を押され、ほぼ追い出される形で理事長室を後にする。
バタン、と閉められたドアを背後に、誠次と香月は何とも言えない表情を浮かべていた。
「……隠すのは下手だな、あの人は……」
「よく……分からないけど――」
香月の銀髪が、だらりと、下がっていく。
「なんだか、怖い……」
会話の中で、突然出てきた父親の名だ。しかも、あの終わり方。
心なしか、香月の華奢な身体が震えているように見えた。
ハッとなり、バツが悪くなった誠次は咄嗟に声を掛けられず、自分の右手を見据えていた。
「すまない、香月……」
自分でもどうしてやって良いかわからず、誠次は謝ってしまっていた。
「謝ら、ないで。天瀬くんは、悪くない……」
香月はそう言って、一人で女子寮棟へ向かって歩き出す。まるで、何事もなかったように。
誠次はその背中に掛ける言葉を失い、ただただ、見送る事しかできなかった。
「……」
――なんなのだろうか……この拭うことの出来ない不安感は……。
怪物を波沢の力で撃退し、総理を含めた多くの人を特殊魔法治安維持組織の人と救い、謎に一つ近づいたはずだ。
だが、今まさに。おそらく古くからずっとそばにあった暗雲が、新たに誠次と香月を呑み込もうとしていた。




