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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
大黒天の使い
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12

『番組の途中ですが、速報をお届けしています……。北海道で現在開催されているオーギュスト魔法大学の開校セレモニー中に、謎の爆発が発生。参加していた総理大臣、並びに関係者の安否は不明です。爆発では、大勢のセレモニー参加者が巻き込まれた模様です……。また、同時に開催されているイルベスタ魔法学園の方は、現在情報が錯綜さくそうしております』


 宙に浮かんだテレビ映像から、憔悴しょうすいした顔のアナウンサーが、北海道の事件を告げている。ワイプ映像には、ぐらぐらと揺れるカメラ映像が流れており、水色の魔法式の映像と、動物の不気味な唸り声が聞こえる。

 

「みんないたの……?」


 ヴィザリウス魔法学園は一学年生用休憩室レクリエーションルームに流れるそんな映像を横に眺めながら、私服姿――休日なので生徒の私服着用が許可されている――の桜庭莉緒さくらばりおが、五人組の男女の元へ歩いて来た。


「おう」


 答えたのは、ソファにもたれ掛かっている帳悠平とばりゆうへい。その前の席では、小野寺真おのでらまこと夕島聡也ゆうじまそうやがモニター映像を食い入るように見つめている。天瀬誠次あませせいじのルームメイトたちだ。テスト前だから勉強をしていたのか、横長の机の上には文房具と紙が乱雑に置かれていた。


「オーギュスト魔法大学……。天瀬と詩音ちゃんたちが行ったところよね……」


 そして、首丈ほどの仕切りをまたいだ隣の席に座っていたのは、篠上綾奈しのかみあやな本城千尋ほんじょうちひろだった。


「お父様が率先して、魔法大学の設立の指揮をっていました……。こんな事が起こるなんて……」


 その他にも、どうにか仮初かりそめの平和を維持し続けてきた昨今の日本の中で初めて見るようなニュースを共有しようと、多くの同級生たちが休憩室にぞくぞくと集まって来ている。

 ――このように、このような目立った武力事件が報道されるのが、今日で初めてだったのである。そわそわしている同級生たちに比べ、いくぶんか冷静な1-Aメンバー。その理由は、やはり夏休み明けに誠次がこれまで起こっていた事の説明をしていたからだ。


「こうちゃんと波沢なみさわ先輩も……絶対大丈夫じゃないよね、これ……」


 桜庭が本城の隣のソファ席に座りながら、心配そうな面持ちで呟く。


「もしかして、天瀬あませは災難に巻き込まれる天命でも持っているのかもな」


 周囲がざわざわと騒いでいる中、少しだけ口角を上げた夕島がいまいち緊張感のない事を言っていた。


「夕島……詩音たちが心配じゃないの?」


 本気で心配している様子の篠上が夕島をじろりと睨むが、


「心配っちゃ心配だが、何だかんだで、けろっと戻ってきそうだしなー」


 帳が腕を組み、うむうむと頷いていた。


「天瀬さんの事、心配は心配ですけれど、魔法が得意な香月さんも波沢さんもいますし、きっと大丈夫でしょうね」

「す、すごい落ち着いてますけど……良いんでしょうか……」

「天瀬自身の強さじゃなくてこうちゃんと香織かおり先輩基準なのが悲しいところだね……」


 小野寺までもが呑気にそんな事を言っていたので、千尋と桜庭が揃って苦笑していた。

 そうなると篠上も、心配し過ぎたのだろうかと思い至る。しかし、画面からは目を離すことは無かった。

 ニュースの方で、何やら動きがあったらしい。アナウンサーが魔法で飛ばされてきた新たな用紙を手に、神妙な面持ちで話し始めている。


『今回の件に関して、早速国防省の辻川つじかわ大臣の緊急会見が開かれる模様です。ただいま映像をそちらに回します』

「さっきニュースが流れ始めたばっかりなのに、随分と早いわね……」


 自動販売機から購入したチューブ入りのジュースを飲みながら、篠上がそんな事を呟いていた。

 間もなく、報道陣が集う会見場に画面が暗転し、少し太ったお腹周りが目に付く辻川大臣が画面いっぱいに映った。


『会見を行うにあたって、まず初めに……このような事が起こってしまい、真に残念且つ悔しく思います。日本中が魔法技術の発展を確信するはずの日に、このような事が起こるとは……』

「……っ!」


 物悲し気な表情を浮かべている辻川の姿を見ていた本城が、身体をぴくりと震わしていた。


『今回のテロ事件の首謀は、やはりレ―ヴネメシスでしょうか?』


 記者の質問に対し、辻川は太い首を横に振る。


『まだ情報が纏まっていないので何ともお答えしかねます。しかし、ただ一つ言えることがあります――』


 無理やり話題を捻じ曲げたと言ってもいい辻川に、記者団が一斉にカメラのフラッシュを焚く。


『これは間違いなく、特殊魔法治安維持組織シィスティムの失態と言えますでしょう。良いですか皆さん!?』


 ばんっ、と大きな音を立てるほど台を叩き、辻川はまるで何かの演説のように拳を突き出し、語りだす。


『このままではこの国は、発展を重ねる諸外国に負けてしまいます! そうならない為にも、今すぐに変わらなければなりません! この国ごとですッ!』

『えー……っと』


 アナウンサーが呆気に取られ、辻川の言葉を聞いている。中継の記者団までもが、思わず写真を撮る手を止めてしまっているようで、辻川の大声以外に、聞こえる音がないほどだ。


「マジどうでもいいから、早くオーギュスト魔法大学の方を見せてくれよ……」


 帳が背もたれに深く座り、文句を言っている。周りの同級生たちも、帳と同じような心境だったのか、テレビから一旦視線を離している。


「あの男の人……っ」


 唯一千尋だけが、何やら青ざめた表情で、テレビ画面を注視していた。


『――緊急会見の途中ですが、スタジオに戻ります。しかし辻川大臣の言葉通り、私たちも考える必要があるのかもしれませんね……』

 

 アナウンサーが真剣な表情で、テレビの前の人々に向けて、訴えるようにして言っていた。


                 ※


ズシン、ズシン、と。最初にその音が響いたとき、しゃがんで下位治癒魔法の魔法式を起動していた波沢香織は、上の方で雪崩が起こったのかと思っていた。周りの怪我をした人々も、水色の氷の天井を何事かと見上げている。


(それにしても、ちょっと寒いな……)


 持っていたカイロも、すっかりその熱を失くしている。氷の天井は降り注ぐ冷気は、確実にこの場の一〇数名の体温を奪っていた。こういう時、氷属性を複合させた魔法しか得意ではない自分の身が恨めしくもある。助けを呼ぼうにも、電波が外と繋がっていないらしく、無理だった。

 ――そこで、助けを呼びに徒歩でこの演習場から出て行った特殊魔法治安維持組織シィスティム佐久間さくまと言う男性。彼が慌てて戻って来た時には、この場の誰もが助けが来たと勘違いしたものだった。


「――っ! みんな、ここからすぐに逃げろ!」

「え?」


 波沢が思わず聞き返す。

 佐久間は演習場の入り口に手をつき、口で荒い呼吸をしている。なぜかその右手には、小型の拳銃が握られていた。


「来るぞっ!」

「ゴゴ、ガッ!」


 不気味な叫び声が聞こえた直後、佐久間の身体が、演習場の入り口から横へ、何かの力で以って吹き飛ばされる。悲鳴をあげた佐々木に、どよめき声の演習場内。


「どうしたんですか!?」


 足を引きずっているなずなが、入り口に向け歩き出す。


「佐久間!?」


 両足を負傷しているもう一人の特殊魔法治安維持組織シィスティムである近藤と言う女性も、傷ついた顔を上げる。


「あれはなに……っ!?」


 誰かが悲鳴混じりの声を出す。

 冷気と共に、うす暗闇の演習場の中へ入って来たのは、誠次たちが地上で戦ったのと同じ外見をした、怪物だった。


「ゴグギィーッ!」


 あれは、歓喜の声だろうか。不気味なほどの大声で、怪物は大きな口を開けて、太い手を叩いている。


「なに、あれは……っ」


 初めて見るような生き物に、波沢は足を竦ませてしまっていた。


「このっ!」


 怪物の後ろから再び姿を現した佐久間が、果敢に怪物の背中に回し蹴りを打ち込む。佐久間の足は怪物の毛に埋もれるようにして入っていったが、それまで。


「効いてないっ――!」 

「ゴゲ!」


 その巨体からは想像もできない素早い動作で振り向いた怪物は、佐久間の足をがしりと掴み、まるで木の枝を放るように投げ飛ばした。佐久間は決して華奢な身体つきではなく、むしろ筋肉質な体系のはずだった。それが片手で持ち上げられ、投げ飛ばされたのだ。


「ぐはっ!?」


 壁に背中を打ち付けられた佐久間は、上半身を大きく揺らし、悶絶もんぜつしているようだ。


「ギ、ゲゴ」


 怪物は倒れた佐久間に向け、水色の魔法式を展開しだした。


「魔法が使えるの!? ……このっ!」


 波沢は咄嗟とっさに立ち上がり、反射的に怪物と同じく水色の魔法式を展開する。構築スピードは、こちらが上だった。


「《アイシクルエッジ》!」


 生みだした円形の魔法式から、無数の氷のつぶてが発生し、真っすぐに怪物の背中へと向かう。氷の礫は刺さるように直撃した。


「……雪男に氷属性は無意味……。そう言われれば納得するしかないけど……!」


 やはりと言うべきか、怪物には一切のダメージを与えられていないようだ。

 しかし、注意はこちらに向けられた。どうやらあの怪物は、攻撃を与えてきた方を最優先で追いかける習性があるようだと、波沢は直感した。

 ならば、と波沢は次々に魔法式を展開する。この場で魔法を用いて戦えるのは、自分ただ一人なのだから。


「危険です! 貴女だけでも逃げて!」


 動かせない両足ではなく、両手を使って立ち上がろうとする近藤。


「嫌です、逃げません!」


 波沢は演習場を大きく使うように、走り出した。思えば、春の戦いでも彼はこのようにして戦っていたっけとも思い出す。そして、彼がきっと私を見つけてくれると、信じて――。


(今は耐える……!)

「《グレイシス》!」

「ゴゲェ……ッ!」


 怪物も、一歩たりとも引く素振りを見せない。同じような魔法式を組み立て、発動する。


「くはっ!?」


 相打ちするとばかり思っていた氷属性同士の魔法だったが、その威力はなんと、怪物の方が上だった。戸惑う波沢の元へ、凍てつく冷気が襲い掛かり、足を纏っていたタイツが音を立てて破れ、そこへ激痛が走る。


「痛っ!? ――っ!?」


 そこへ容赦なく襲い掛かる、怪物からのさらなる魔法の追撃。波沢は急いで回避しようとするが、足の痛みの為、反応が僅かに遅れてしまう。

 魔法により地面から発生した、槍のように鋭い氷の牙。あと少し反応が遅れていれば、身体に突き刺さっていたところであった。辛うじて避けた波沢だったが、利き手とは逆の右手の甲を、それは掠めていた。


「っあぁ!」


 血が滲み、ひリリとする右手を抑えながら、波沢は反撃の無属性攻撃魔法を展開する。

 

「《フォトンアロー》!」


 鋭く尖った魔法の光の矢を、たたずむ怪物に向けて放つ。的自体は大きいために当てるのは雑作でもない。しかしいくら当てたところで、効果が無ければその意味すらない。現に顔面に直撃させた一撃を、怪物は何事も無かったかのように、受け流している。


「このままじゃ……」


 魔術師の戦いで一番の問題は、体内の魔素マナ切れだ。そうなってしまえば、こちらは何も出来ずにやられていくだけだ。それを実戦でってすでに味わっている波沢は、身だけではなく心にまで寒気をもよおしてきたものだ。


「私が、炎属性の攻撃魔法でやってみます……」


 そんな時、背後から近藤の声が聞こえた。相変わらず立てないようだが、それでも上半身は起こしている。


「構築する時間と、当てるための角度を調整してくれませんか? 私も治癒魔法を皆さんの為に使ったので、正直に言うと一発しか出来そうにありません、けど……!」


 そう言っている間にも、巨大な深紅の魔法式を組み立て始める近藤。身体中の魔素マナを、右手に送っているようだ。

 これしかない、と波沢は頷いて、


「はい! お願いしますっ!」


 左手を突き出し、氷属性と汎用魔法の複合型の魔法式を構築する。それが完成した直後、波沢は思わず叫んでいた。


「お願いっ!」


 途端、演習場の床から次々と突き出してきた氷の彫刻の数々。怪物の進路を、塞ぐように。図体は大きい怪物に対してそれは有効な策であった。


「ガ、ゴゴ、ギギ……!」


 唸り声を上げながら、波沢が作りだした氷の彫刻を次々と両手で破壊していく怪物。波沢も負けじと、壁となる彫刻を次々と作成していく。

 

(早く……!)


 波沢は背後から感じる赤い光に、一縷いちるの望みを託していた。しかし、怪物はどんどん距離を詰めてくる。その距離が近づくにつれ、波沢はじわりじわりと追い詰められている恐怖と実感を味わっていた。


「ちょっと貸して頂戴!」


 その時、魔法式を構築している近藤の懐から、薺が何かをまさぐり始める。思わず呆気にとられているのは波沢と近藤に加え、怪物から逃れようと隅っこで身を寄せ合う人々だ。


「薺、総理!?」

「あなたは早く魔法式の構築を」


 戸惑う近藤に魔法式の構築の再開を促し、薺は拳銃を両手で持ち上げ、怪物に向け構える。その姿はどこか、型にまっているようだった。足を引きずりながら、薺は銃を構えつつも、波沢の作った氷の彫刻の後ろに身を預ける。

 そして、そこから顔と腕を突き出して二発の発砲。


「ギ、ガギ」


 一発は外したものの、二発目は見事、怪物の頭部に命中したようだ。きょとんとしているようだが、口を開けた怪物に、薺はさらに銃撃を加える。総理が銃を撃っているという何とも非凡な光景だったが、波沢もそこへ魔法で応戦する。

 

「口を狙って! さすがに中までは硬くはないみたいよ!」

「!? はい!」


 薺の言葉通りに、波沢は《アイシクルエッジ》の魔法式を展開する。


「《アイシクルエッジ》!」


 周りの人に当たらぬように詠唱をし、青い目で獲物をじっくりと見据えた波沢。薺の銃撃により、大きく口を開いた怪物の口に向け、一斉に氷の礫を発射する。

 まるで氷の礫を喰らわんとするばかりに飲み込んだ怪物は、魔法を受け止められずに、一、二歩、後退っていく。

 ――その直後、


「出来、ました! お二人とも下がってくださいっ!」


 ――灼熱の炎が、演習場の中を赤く染めていた。


「《エクスプロード》!」


 地獄の炎が実在するとしたら、この事だろうか。そう思わせるほどだった。

 近藤が地面に浮かび上がらせた朱色の高位魔法式から、噴火のような火柱が打ちあがる。それは漏れなく怪物を包み込み、怪物の身体を悲鳴と共に消滅させていく。


「っく……ハァ……ハァ……ッ!」


 近藤は身体中の魔素マナを使い果たしのか、汗ばんだ表情と息遣いで、その場にうずくまっていた。  

「やったの……?」

 

 薺がほっと一息しつつも、足の痛みからか、銃を落としてしゃがみこむ。

 バチバチと火の粉を残した怪物の残骸を見つめ、波沢も安堵の息を吐いていた。しかし、状況が最悪である事に変わりはない。一体倒すのもやっとの、相手だ。自分自身の体内魔素マナも、限界に近い事が経験で分かる。波沢も大きく息を吐いていた。

 

「この声は……!」


 ――しかし、現実は非情だった。またしてもとどろく、怪物の唸り声。それも重なるように、どうやら複数いるらしい。


「嘘、だろ……」

「もう終わりだ……終わりなんだよ!」


 絶望の声が、演習場の中で次々と広がっていく。

 そしてさらに、不運は続いた。


「水滴……?」


 ぽつりと、自分の鼻頭に冷たいものが降って来たのを感じ、波沢は上を見てみる。


「そん……な……。っ逃げて!」


 天井を覆っていた氷が、音を立てて割れ始めていたのだ。《エクスプロード》のせいかどうかは分からないが、すでに氷の破片が何個も落ち始めている。

 しかし、この場には大勢の負傷者がいた。防御魔法を構築しようにも、今の自分にこの量の人物を守り切れるかと言うと、はっきりとうんとは言えなかった。


「君と総理大臣だけで、早く逃げろ! もうまともに動けるのは、二人だけだ……!」


 骨折したのか、胸元を苦しそうに抑えながら、振り絞った声で叫んでくる佐久間。ぐらぐらと、大地が揺れている。


「でも……っ!」


 生存の可能性を上げるためには、佐久間の言った言葉が正しいのだろう。何もかも捨てて、思わず逃げ出したい卑怯な自分も、いる。それでも、本当に逃げ出すことなんてできなくて――。


「薺総理を、頼む……! ……すまない……!」


 その直後、降り注いできた大きな氷の塊。波沢は慌てて薺と共に身体を引き、氷の塊から逃れる。


「きゃあっ!」


 二人して悲鳴を出す。それでも揺れは収まらず、天井の氷は次々と落ちてくる。すぐ目の前にいたはずの人々は、そうして瓦礫の山に埋もれ、見えなくなってしまった。


「そんな……こんな事って……っ!」

「行きましょう、波沢さん……。彼らならきっと大丈夫です」

「でも……っ、でもっ!」

「波沢さん! 早く行かないと、私たちまで瓦礫に埋もれてしまうわよ!?」


 薺が波沢の肩に手を添え、力強く言ってくる。

 どこにそのような根拠があるのだろうか、とも思ったが、ここにこれ以上とどまっても自分に何が出来る?

 目に込み上げてきた涙を堪えた波沢は、しかし力なく頷いてから、まだ無事な演習場の出口に向けて走り出した。

 足を引きずる薺を連れ、演習場から飛び出した波沢。


「ここは、どこでしょうか……?」


 佐久間と怪物が先ほど戦ったあとだろうか、空の銃弾がそこらに散らばっていたり、魔法で作られたと思わしき氷のつららがあった。


「私もまだこの大学の構造をしっかりと把握しきれていないから、どちらへ行けば良いか分からないわ」


 薺はこの場でも冷静に、言ってくる。その直後、背後の扉がぐにゃりと曲がった。おそらく、中から崩れてきた硬い氷が直撃したのだろう。これで、中には戻れなくなった。


「上を……目指しましょう……。肩を貸します」

「ありがとう、助かるわ」


 薺の腕を肩に回し、怪我をしている波沢は歩き出した。

 ――未だしっかりと動いている監視カメラが、消耗した波沢と薺二人をつけ狙うように追っていることに、気づくはずもなく。


                  ※ 


「……う……あっ」


 凍てつくような冷気の中で、生暖かい感触を感じた誠次は、ゆっくりとまぶたを開けた。日向ひゅうがに殴られ、気を失ったのは覚えている。

 一体おれはどれくらい気を失っていた? と誠次が上半身を起こそうとすると、目の前に香月こうづきの顔が広がっていた事にも気づく。


「香……月……」

「天瀬くん」


 寒さだからだろうか、少し赤い頬の香月が、誠次の言葉に反応する。誠次は今、香月に膝枕をされている状態だった。背中より下は、雪にさらされ冷たいが、首より上の頭は、香月の体温を感じて温かいままだ。


「起きてくれて良かった」

「すまない……ありがとう」


 腹の痛みはじんと続いたままだが、誠次はすぐに雪の上に手をついて、立ち上がる。

 レヴァテインを両手に握っていた香月も、すぐに立ち上がっていた。制服のスカートから、雪がぱらぱらと落ちていく。


「日向、さんは……?」


 少し言い辛そうに、誠次は香月に問う。


「みんなを助けに、一人で魔法大学の中へ行ったわ」

「結局、あの人には信頼されてなかったのか……っ?」


 誠次は悔しそうに、握りこぶしを作る。

 いや、あれはあれで正しい行動だったのかもしれない。まだ学生である自分を、無理やりにでも引き下がらせたのだ。同じ特殊魔法治安維持組織シィスティムの、共闘しようと言った影塚かげつかとは正反対の対応だった。


「正門から逃げろとも、言っていたわ」

 

 香月が言葉を続ける。

 逃げる……?

 誠次は咄嗟に、首を横に振っていた。


「いや、悪いがその選択肢はない。少なくとも、波沢先輩の無事が確認できるまでは」


 自分の両足で、しっかりと雪の上に立つ。そして誠次は、おごそかに建つ魔法大学を睨みつける。


「あなたなら、そうすると思ったわ。だから、私もあなたを待っていたわ」

「頼む香月、俺に魔法ちからを貸してくれ。波沢先輩を、助けるために!」

「一人じゃだめでも、私たち二人なら、出来る」


 こくりと頷いた香月は、誠次にレヴァテインを手渡す。

 誠次はそれを、力強く握り締めた。香月によって握られていたレヴァテインの柄もまた、香月の体温を受け継いで温かい。

 魔法大学の中ではまだ戦闘が続いているのだろうか。人々の怒号と、怪物の鳴き声が交錯していた。

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