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魔法世界の剣術士 上  作者: 相會応
魔法生たちの憂鬱
10/211

3

 ――過激な活動家と言うモノは、いつの時代にもあるものだった。

 

 ヴィザリウス魔法学園の男子寮棟。

 魔法生まほうせいたちが寝泊まりする四人一組の寮室は、高級ホテルの一室と言っても遜色ない。調度品こそ質素だが、シャワールームに四人それぞれの個室や、リビング。設備は十分すぎるほど充実しており、男子四人でも窮屈はしない。さすがは日本のみならず、世界各国が今最も力入れている魔法政策まほうせいさくの産物である。


「ただいまー」


 本日の授業が終わったため、誠次せいじは自室へと戻って来ていた。学生証でもあるカードキーをドアにかざし、入室する。


「お帰りー天瀬あませ

 

 明るい声で迎えたのは、クラスメイト兼ルームメイトの一人、帷悠平とばりゆうへい。短い茶髪とフレッシュな印象の精悍せいかんな顔立ち。そしてガタイの良い身体で体育会系を彷彿とさせる、同級生だ。


「先帰ってたのか帳。って、今朝起こしてくれてもよかっただろ!?」


 置いてけぼりにされたことを思い出し、誠次は怒っていた。


「んー。幸せそうな顔で寝てるやつを起こすのは気が引けたんだ」


 帳は肩を竦めていた。


「まあいいけど……。それにしても疲れた……。重たいんだよ、これ」


 おっさんのような誠次は言葉を返し、疲れた表情で背中の剣を外した。寮室では、さすがに外していいことになっている。


「まっ、最初の方はビビったけど、今となっちゃカッコイイんだよな」


 ソファにどすんと座っていた帳は、誠次の背中から外された剣を見て一言。

 誠次は「格好いいのか?」と戸惑った表情と声で返しながら、剣を壁に掛けていた。


「……じゃあ帳も一回背負って授業受けて――」

「ハッハッハ。遠慮しとこう」


 言葉の途中で、帳は豪快に笑っていた。

 コートのような白い魔法学園の制服を脱ぎ、ワイシャツにネクタイを通した姿の帳は、タブレット端末のゲームをやっていた。この男、見た目は体育会系だが、中身はゲームや二次元少女大好きな類いであった。

 机の上に広がっているお菓子をぼりぼりとつまみながら、誠次も帳のゲーム画面を覗き込む。脱ぎ捨てられた制服に、お菓子の袋。今や誠次たちの暮らすルームは、女子が見たら引くこと間違いなしの状態となっている。別に女子が部屋に来ることもないが。


「そのゲーム、新作だよな。面白いのか?」

「結構面白いぜ? 天瀬もやるか?」

「後で貸してくれ」

「おう」

『続いて、レ―ヴネメシスのニュースです』


 談笑の途中、お茶でも淹れようとして、誠次がコップに熱湯を注いでいたところであった。女性アナウンサーの声が聴こえ、それに引かれるようにして、テレビを見てみると、


【止まらない魔法によるテロ活動。レーヴネメシスによる犯行声明! 特殊魔法治安維持組織シィスティムの最高責任者は語る!】


 ニュースのテロップに書かれていた名称――レ―ヴネメシス。

 それは現在、世界で最も危険なテロ組織の一つとして認定されている、テロ組織の名称だ。主な活動拠点は、あろう事か日本である。


「テロ、ね……」


 帳が真剣な表情で、テレビを見ていた。黙っているとイケメンとは、このことか。


「昔は日本でテロなんて、ありえなかったのにな」


 誠次が浮かない表情で、言っていた。


「昔。外国じゃ普通に、テロはあったんだろ?  こう言うのもなんだと思うけど」

「ああ。日本でテロが無かった理由わけは簡単に言うと、武器があるかないかだったと思うんだ」

「武器?」


 帳が壁に掛けてある武器――誠次の剣に視線を送る。

 コップにティーパックを落とした誠次は、帳と同じく、自分の剣をちらりと見ていた。漆黒の剣は、無言の威圧を(かも)し出しているようであった。


「昔の戦争で日本は負けて、その反省で一切の武力を持たない事にした。銃を持たない社会ってやつだ」


 剣などその時代になればもうすたれているものだ。

 誠次は自分の剣から視線を逸らす。

 遥か昔、剣から銃。そして現在、銃から――。


「だけど――魔法の出現が全てを変えた」


 ほうと、帳が大きめな手をポンと叩いて相づちを打っていた。


「魔法が武器ってワケか。今まで銃なんか無かった日本に、そいつが生まれたと」


 帳の言葉に、誠次は頷く。


「ああ。その通りだ」

「なるほどなー」


 帳は悩ましげに腕を組み、だが肩を竦めていた。


「想像できないけど、昔は日本も平和だったんだろうなぁ」


 ――そして、゛捕食者イーター゛の出現も、この世を、日本を変えた。 

 指摘を受けて申し訳なく肩をすぼめる誠次の横。テレビのニュースでは、国際テロ対策の専門家と紹介されてた男性が、レ―ヴネメシスの事について説明をしている。

 

『そもそもレ―ヴネメシスの狙いとはなんなのでしょうか?』

『はい。発端は今から一五年前です。゛捕食者イーター゛を前にして大した対策も出来なかったと日本政府に対して、゛ネメシス゛と名乗るテロリストのトップが、政権打倒声明を発表しました』


 動画アップロードサイトへの投稿が、彼らの日本政府との戦いの始まりだった。

 男の説明は続く。


『それより彼らレ―ヴネメシスは武器となった魔法の力を使い、日本各地で政府に対するテロ活動を始めたわけです。失った夜を取り戻す為に、魔法の力で、日本を゛魔法軍事国家゛への革命を起こす、それがレ―ヴネメシスの目的です』 

「ネメシス……。ギリシャ神話に登場する、罪の化身の女神だな」


 こう言うところの造詣ぞうけいも深い帳は、すっかりゲームをする手を止めていた。


「随分と気取った名前だな」


 吐き捨てるように誠次は言った。

 なぜならば、意識は半分以上他の事に回っていたからだ。


(゛捕食者イーター゛を倒す為にはやっぱり、゛特殊魔法治安維持組織シィスティム゛への入隊が一番だよな)


 特殊魔法治安維持組織とくしゅまほうちあんいじそしき――通称シィスティム。

 警察と協力し、行うのは魔法犯罪の取り締まりや、゛捕食者イーター゛の殲滅せんめつ作戦。魔法学園を卒業した者が少なからず就く事になるであろう、国家公務員だ。

 誠次も、特殊魔法治安維持組織シィスティムの存在を知ってから、その仕事に就くことを志していた(魔法が使えなくとも、事務的な任務にでも就ければ良いとさえ思っていた)。

 ついては魔法学園を卒業し、国家試験を受けるのが、早道だと思える。


「帳はコーヒーで良いか?」

「おお、サンキュー天瀬」


 話は戻るが、今のところレ―ヴネメシスの主な活動の一つは、児童誘拐。端的に言えば、魔法が使える戦闘員の収集である。担任のはやしからも、注意喚起を促すメールが来てたっけと思いだしつつ、誠次はコーヒーを淹れる。


「あ、そういや、明日は生徒総会だな」


 誠次からコーヒーを受け取った帳が、浮かない顔で言う。

 淹れたてほやほやの温かいお茶をすすりながら、誠次もそう言えばと思い出していた。

 

「ありがたい生徒会長の話だぜ?」

「熱いっ!?」


 ――そう、熱いのだ……。

 

               ※


 翌日。

 ヴィザリウス魔法学園の総合体育館。

 月に一度のぺースで行われると言う、魔法学園の生徒会メンバーを役員とした生徒総会に参加するため、総勢千人を超える生徒たちが体育館に集合していた。体育館は大きさで言えばもう市民体育館とでも言えそうな施設で、二階には地下演習場と同じく座席まで備え付けられている。


『一年生の諸君! この俺がヴィザリウス魔法学園の生徒会長……兵頭賢吾ひょうどうけんごだ! 入学おめでとう!』


 入学式では八ノ夜はちのやが魔法大好きと言った大嘘を堂々と宣言していたステージ上で、三学年生の男子生徒会長――兵頭が声を大きく演説をしていた。二学年生のころからの、引き継ぎらしい。


『君たちの熱い日々の始まりだ!』


 カリスマ性がある、と言えば聞こえは良いかもしれない。拳を突き上げながら高らかに語る姿はあまりにも型にはまっており、生徒たちの総選挙で選ばれたのなら、納得の佇まいである。


「話……長いです先輩……」

 

 背中に剣を背負う誠次は、小さくぼやいていた。

 一学年生が初めて参加する生徒総会と言うことで、誠次たち一年学年生は二学年生と三学年生を後ろにした体育館の最前列だ。

 そして、クラスごと名簿順に整列しているので、ア行の天瀬誠次は最前列のそれまた最前列。――つまり、生徒たちに向けて演説している兵頭の目の前だ。

 時よりなぜか兵頭と視線が合うので、誠次は引きつっていたが小さく笑みを返しつつ、必死で目線を逸らしていた。


『――まずはこの学園の創設の話からだ!』


 まずは、と言う単語を兵頭から今日だけで一〇回以上聞いた気がした……。


 (すさまじく疲れた)生徒総会が終わった直後、誠次は担任の林政俊はやしまさとしからの呼び出しを受けていた。


「あれ、香月もか?」


 何事かと思いつつ、招集場所の学園の中庭に足を運ぶと、すでに香月詩音こうづきしおんが立っていた。


「ええ」


 相変わらず目を引く綺麗な銀髪に紫色の瞳。晴天の太陽に照らされれば、それがより一層輝いているようで。ちなみにだが、体内の魔素マナが人間の遺伝子情報に干渉し、香月や志藤(しどう)のように本来の日本人離れした髪色を持って生まれて来る子は、この時代では珍しくない。瞳の色もしかりで、都会の街に出れば結構カラフルなこの世の中だ。

 

「おー来たか。剣術士」


 担任の林がいつものだらけたワイシャツネクタイ姿でやって来た。袖をまくった手には、白い軍手がはめられており、二つのビニール袋を持っていた。


「言わなくてもわかるとは思うが、夜間外出した罰だ。中庭の草むしり、袋が一杯になるまでだからな?」


 言われなくては分からなかったが、林はビニール袋をすっと差し出してくる。


「は、はい……」


 誠次は思わずうなっていた。

 だが、


「45Lリットルのゴミ袋を一杯に、ですか……?」

「おう」

「は……はい……」


 人が一週間で溜めるようなものを、たった一日の数分で溜めないといけないのかと、誠次は軽い目眩めまいを感じた。


「わかりました」


 香月は特に意見する事無く林からゴミ袋を受け取ると、さっさと見えないところへ行ってしまう。


「呑み込みが早くてよろしい」


 などと言う林の手から誠次もゴミ袋を受けとり、しゃがんで作業を開始する。


「同情するぜヒーローボーイ。せっかく美少女を救った勇者が、草むしりなんてな」


 にやにやと林は笑いかけてくる。


「でしたら、もう一回りサイズを小さくしてください」


 抵抗とばかりに、誠次はジト目で言い返す。

 ーーだが。


「命を懸けて美少女を救うのはよくて、平和な青空の下でのんびり草むしりは嫌なのか剣術士?」

「!? は、はい。すみません……」


 そう言われてしまうと誠次は何も言い返せず、返事をして作業を再開した。林もちまちまだが、一応手伝ってくれてはいた。

 ぶちん、ぼこっ。っと草をむしっていると、無言が気まずかったのか林が開口した。


「んでだな、昔は夜の外にはあったらしいんだよ、キャバクラって店が!」

「きゃばくら?」


 はてどう言うお店だろうか。少し興味が出てきたところで、


「姉ちゃんがやらしいドレス着て接客してくれる店だ。あったか!?」


 林の鼻息が一気に荒くなった。


「無いですね!」


 夜に営業するサービス店など、都会でも無い。昔は深夜も営業していたスーパーなども、夕暮れには閉まってしまうのだ。

 そりゃあ残念だ、などと呟く林を他所よそに、誠次は思い出していた。


「そう言えば、魔法実技試験のことですけど、訊きたいんです」

「なんだ?」


 誠次の質問に先ほどまでとは打って変わり、林は真剣な表情へとすぐに戻った。

 つかみどころの無い人、と言う感想が頭を流れていた誠次は、身体を林へと向けた。


「真剣勝負なんでしょうか?」

「勿論だ」

「それではとても一年生が二年生に勝てるとは思えません。一年間の経験の差があるはずですし」

「おっと。魔法、詳しいのな? 剣術士」


 馬鹿にされているのか、純粋に褒められているのか。

 やはりどちらともとれる、道化師のようなニヒルな笑みで、林は言っていた。


「確かに明らかに経験の差がある魔法実技試験は、最初から一年生が勝つことは想定していない。勝敗が全てじゃないってことだ」


 林の言葉に、誠次は生唾を飲んでいた。

 では見られるところが勝敗では無いとしたら、一体。


「自分は魔法が使えませんが?」

「背中の剣があるだろ、剣術士。それで戦え。逃げることは許さん」


 林は視線を誠次の背中へと向けて来た。


「ですが、相手は人です! 剣でなんか戦えません! これは危険な武器です!」


 思わず草むしりをする作業を止め、誠次はそう言い放っていた。

 しかし、同じ目線の高さでしゃがんでいた林は、鼻で笑ってくる。


「じゃあ戦えないって言うんなら、どうすんだ剣術士」

「え……?」

「なにも説教する気じゃねぇが、仮に目の前の男がお前の命や大切なものを狙うような奴だったとき、お前は剣でなんか人と戦えない、って言って逃げるのかってことだ」

「そ、それは……」 

「相手は魔術師。それはすでに魔法って言う武器を持ってやがる。対するお前は……いや、もう言わなくても分かるだろ? 剣術士」


 剣術士。

 くどい言われようであったが、誠次もまた背中から伸びている剣の柄をじっと見つめていた。


「……゛もう゛逃げませんよ、俺は」


 抜いた雑草を握りつぶすようにして、誠次は宣言していた。


「格好いいこって。やり方はお前次第だ、剣術士――」

「先生。終わりました」


 突然、香月の極めて事務的な声がした。

 早すぎないか、としゃがんでいる誠次と林が顔を見合わせていると、香月がゴミ袋一杯に緑色の葉っぱを入れて立っていた。相変わらずの無表情で。


「早いな……」


 林が感心半分、驚き半分と言った声音で応じつつ、香月から袋を受け取った。

 

「はい天瀬くん。この間のお礼をあげる」

 

 続いて香月は、呆然としている誠次の方を向いて来た。


「お礼?」

「どうぞ受け取って」


 有無を言わせず、香月は、草を渡してきた。


「助けたお礼が……草……」


 誠次は呆気にとられながらも、香月からなけなしの草を受け取った。

 香月からすれば、これで恩義は果たせたと感じているのか、妙に自信ありげな表情だ。


「いよいよ泣けて、くる……」

「? そんなに嬉しいのかしら。ならよかったわ」


 白い制服の袖で顔を拭う誠次に、香月はふっと微笑する。


「林先生。もういいでしょうか?」

「あ、ああ……」


 生徒である香月を前に、担任である林が圧倒されている。香月は上品なお嬢様のような一礼を返してから、女子寮棟の中へ向かって行ってしまった。


「すっごい奴を助けたもんだな、お前……。大丈夫か……?」

「は、はい……っ。あ、あのよくわからない自信家ぶりは、一体どこから沸くんでしょうか、ね……っ」

「取り敢えず、涙拭けよ……」


 二人して顔を見合わせ、香月の背を見送っていた。


「あのー林先生! さ、さっきの女子生徒なんですけど……!」


 続いて慌てた素振りで、学園の用務員のおじさんがやって来る。誠次はとっとと終わらしてしまおうと草むしり作業を再開したところだ。


「ん? どうしました?」

「魔法を使ったのか、穴だらけなんです中庭。モグラが集団発生したみたいに」

「……なんだと」

「……」


 林が言葉を失い、誠次も作業の手をピタリと止めてしまっていた。


「直して下さいますよね……?」

「おい剣術士……手伝え」

「嫌です。まずは自分の分のノルマを達成させてください」

八ノ夜はちのやさんからの命令でもある」

「?」

「教師の命令に従わない場合、お前の背中の剣が爆発するスイッチを押すらしいぞ」

「そんな物騒なもん振り回したんですか俺!? この剣爆発するんですか!?」

「今のは嘘だ」

「嘘ですか!? いや、嘘で良かったですよ!」


 その後、誠次と林は二人で中庭の修復作業を行っていた。学園の中心である中庭だけに、二人して目立ちに目立っていた……。

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