六話 迎撃
蒼白い月光の下、土の精霊が悪魔を足止めしてくれている間に、グレイは宿へと急ぐ。
グレイの腕の中には、テレスが未だ抱きかかえられていた。
カドミアに傷は癒してもらったが、魔力は回復していない。悪魔達との戦闘にはテレスの魔術無しでは非常に厳しいものとなる。彼女には魔力を回復する事に、全力を注いでもらう為にグレイが運んでいる。
ベルクド達の元へはティアが先行して事態の説明をしているはずだが、口下手な少女では上手く説明できているかは不安がある。そもそも日本語が判らない彼女は、テレスと悪魔達との成り行きを理解していないのだから、魔物共以外にも厄介な敵が現れたくらいしか説明できないだろう。
テレスかグレイが行くべきであったが、彼等にしてみても事情を詳しく話す訳にはいかないのだから、結局はティアが出来る説明と大差無いものとなる。
なにより、まずはテレスの魔力を補充しなければならない為、仕方の無い選択でもあった。
グレイは宿に着くと二階に駆け上がり、そこでテレスを解放した。空き部屋の都合によりグレイは二階の階段側、テレスとティアは二階の一番奥の部屋を取っている。
「すぐに戻って来ますね」
そういい残したテレスが廊下の奥に向かうのをグレイは見送り、その足取りに不安な物が無いことを確かめてから、自分が宿泊している部屋に入る。愛用の剣を掴み、すぐに取って返そうとしたが、思うところがあり外套も持って部屋を出た。
部屋の外でテレスが来るのを待っていると、ティアの装備を詰めたらしい荷物を持った彼女が、さほど時間も置かずに戻ってきた。
グレイはテレスから荷物を受け取り、自分の持っていた外套を渡してやる。受け取ったテレスが不思議そうな顔をした。
「自分の姿を見てみろ。せめて、それでも羽織っておけ」
グレイの言葉を聞いてテレスは自分の姿を見下ろすと、今更ながらに己の格好に気付き赤面した。
主を守る事を最優先とし、自身を悪魔の攻撃に無防備に晒して傷付いた彼女のローブは襤褸布同然の有様だった。衣服として肌を隠す役目を殆ど果たしておらず、新雪のように白い肌が無防備に露出している。流れ出た血の跡もそのままで、柔肌の上で黒く凝固した血が痛々しい。
先行したティアや、待っているリリア達のことを心配するあまりに、自分の状態には気が回っていなかったのだろう。この堕天使は、我が身より他人の事を優先させてしまう事が良くある。
恥ずかしそうに外套を羽織るテレスを見ながら、グレイは彼女に声を掛ける。
「体調はどうだ?」
「傷は癒してもらいましたし、体に問題はありません」
答えるテレスの言葉通り、彼女の動きに不自然な物は無く、いつも通りの軽やかで美しい所作である。しかし、問題は体調とは別のところにあり、それは彼女も判っているらしく言葉を続けた。
「ただ、魔力は殆ど回復していません」
魔力を自己生成出来るとは言え、この短い時間では満足な回復は見込め無い。
「判った。急いでくれ」
グレイは荷物と剣を床に置くと、テレスの前で腰を屈めた。長身のグレイとテレスが向かい合って立つと、テレスの顔はグレイの胸元辺りに来るのだが、今は彼の首筋が目の前にある。
「……よろしいのですか?」
テレスは主の意図を直ぐに察したようで、躊躇いがちに問いかけた。
「非常事態だからな……仕方が無いだろう」
渋い顔でそう言ったグレイに、テレスは、
「そ、そうですよね! 仕方ないですよね!」
言葉では同意しつつも、その表情は彼とは対照的に嬉しそうだ。
テレスはグレイに一歩近づくと、彼の両脇から手を差し込み背に回して抱きしめた。グレイもテレスの背に手を回して支えてやる。腰を屈めた百八十を超える長身のグレイと、少しだけ踵を上げたテレスが、真正面からお互いを抱きしめあう。
グレイの顔のすぐ横にテレスの艶やかな黒髪があり、甘くとも清々しさを感じさせる香りが芳しく漂ってくる。抱きしめる体は柔らかであるが華奢で、支えている腰は腕に力を込めたら折れてしまいそうだ。
テレスは触れる物を確かめるように、グレイの背に回した両の手に力を込めた。一切の無駄無く引き締まった筋肉質な固い感触。だが、その硬さと体温に彼女は、この上無い程の安心感を得た。鼻腔に感じる彼の汗の匂いすら、テレスには心地良いものに思える。
抱きしめられたテレスは、グレイの首筋に沿うように彼の肩に顔を埋めた。彼の男性らしい筋張った首も、体同様に鍛えられているのが頬に当たる感触から判る。
テレスは、グレイの首筋に甘えるように頬を二度三度と擦り付けた後、少しだけ顔を上げると彼の首を潤んだ瞳で見つめた。
「……失礼します」
はにかむように囁くと、彼の首筋に薄い桜色をした可憐な唇を寄せる。頬を染め上気した表情で口付ける手前に少しの躊躇を見せた後、静かに眼を閉じて口を開くと……グレイの首筋に噛み付き犬歯を突き立てた。
首の薄い皮を貫く二本の犬歯の感触に少し顔を顰めつつも、グレイは黙ってテレスの行為を受け入れている。
テレスの噛み付いた跡から血が溢れ出し、彼女の舌が優しく舐め取っていく。首を這い回る彼女の舌の感触がむず痒く、グレイは少し身動ぎした。
テレスはグレイの首から唇を離すと、彼の耳元に寄せ、
「…………動かないでください……主様」
普段の淑やかな彼女らしからぬ陶酔したような艶のある声に、僅かな不満を滲ませて囁いた。グレイは彼女に気付かれないよう内心で溜め息を吐くと身動ぎを堪えた。
テレスは幸せそうな溜め息を小さく洩らすとグレイの首筋に唇を戻し、溢れてくる彼の血を一滴も零すまいとするように、艶かしくも丁寧に舌と唇を這わせる。
テレスがグレイの血を嚥下すると、彼の血液に溶け込んだエーテルと魔力も彼女の内に流れ込んでいく。魔力はそのまま体内に蓄積され、エーテルはすぐさま魔力へと変換される。
この世界に来てから暫く経った頃、偶然から血液を介して魔力の譲渡が出来ることに気付いた。
指先を傷付けるだけでも良いのではあるが、いろいろ試したところ、出来る限り心の臓に近く血流の多い太い血管の方が効率が良い事が判った。とは言え、まさか心臓を抉り出すわけにもいかず、また噛み付きやすい場所となると限られる為に、結果として首筋に噛み付くといった吸血鬼の真似事に落ち着いた。
グレイの底無しとも言える魔力をテレスに渡すことにより、テレスは無制限に強大な魔術が連発出来るようになったが弊害もある。
「……はぁぁっ……」
グレイの首から唇を浮かせたテレスが、切なそうな溜め息を洩らす。半分瞼を閉じたような瞳は潤み、頬は上気して仄かに紅く染まっている。足腰からは力が抜け、グレイの背に回した両手で彼にぶら下がるようにしがみ付いている。脱力しきったテレスを、グレイは彼女を抱きしめた両腕に力を増して支えていた。
「大丈夫か?」
問うグレイに、微かに頷きつつ返事をするテレス。
「……だいじょうぶですぅ……」
だが、その声は少しばかり間延びした力無い物であった。グレイにしがみ付きながら、甘えるように彼の首筋に上気した桜色の頬を摺り寄せている。弛緩しきった全身に、にへっと締りの無い表情。その姿は、まるで酒に酔っているようだ。
自身で魔力を生成し、外部からエーテルの供給を受ける必要の無い天使が、純度が高く濃密な魔力を短時間で大量に獲得したことによって、酔いに似た症状を起こしているのである。
一時的なものであり、さほどの時間を置かず魔力酔いは醒めるが、致命的な隙になる為に戦闘中などは行えない。
「時間が無いから背負っていくぞ」
「はぁい。わかりましたぁ」
テレスに背を向け腰を屈めたグレイに逆らうことも無く、彼女はなんの躊躇もせずに彼の背に身を預けた。
テレスを背負い荷物を両手に持った状態でも、グレイは淀みの無い動きで駆け出した。ふにゃふにゃと彼の項に顔を埋めたテレスの、しどけない吐息や背に当たる小振りながらも柔らかい二つの感触は、疲れたような溜息ひとつで意識の外に追いやった。
日夜、魔物の脅威に晒される辺境では、万が一に備えて避難所を作るのは半ば常識となっている。避難所の建設は国も奨励しており、補助金なども制度化されている為、避難所の無い街や村は珍しいくらいだ。
グレイ達が滞在している村にも避難所があった。
村の中央辺りに建てられており、木造ながらも厚い壁を備えた重厚な造りの二階建。村の住人二百人余りを収容できるものの、全住人が納まると一人当たりの居住スペースは足を畳んで座れる程度しか無い。
それでも求められる機能は満たしている。村の周囲に居る魔物の活動時間は夜であり、大抵の場合は朝まで遣り過ごせれば十分だからである。
魔物の襲撃があっても避難所で一晩を耐え。朝になれば領主に使いを出すなり、近場の街で冒険者を雇うなりして魔物の討伐を依頼する。運良く村に冒険者等が居れば、その場で依頼して避難所の出番すら無いこともある。
今までは、それだけで良かった。村の周辺に、避難所の壁を壊せる程の強い魔物は居ないのだし、過去に居たという記録も無い。
そんな辺境では極一般的な、この世界では長閑とすら言える村であったが為に、冒険者達の警告は村人達にとって俄かには信じ難いことであった。
百匹の魔物が村の周辺で見つかった事例など無いのだし、深い眠りの中のあった夜中に叩き起こされた不機嫌さもある。とは言え、余所者の冒険者だけでは無く、同じ村の住人である自警団の面子までもが声を枯らして危険を振れ回っているとなれば、無視するわけにもいかなかった。
百匹と言う数は信じ難いが、少なくとも魔物の襲撃があることは事実として、村人達は避難所へと急いだ。
さして豊かでもない村のこと。国の補助を受けて作られた立派な避難所に比べ、村人達の家々は粗末な物である。襲ってくるのが例え一匹の魔物であっても、容易く壊される程度の壁しか持たない自宅では自分の身も家族も守りきれない。村人全員が集まれば狭苦しい空間となる避難所であっても、魔物に食われる位ならば一晩我慢した方がマシと言うものである。
ベルクドは村人達が収まった避難所の前で、グレイ達の到着を待っていた。避難所の屋根に目を向け、そこで待機している仲間に呼びかける。
「なにか動きはあるか?!」
「魔物の姿は無いわ! テレスさん達も、まだ見えないわね!」
屋根の上から答えるメイの声に頷いて、視線を地上に戻す。
合図を送ってから結構な時間が経ったが、グレイ達はまだ来ていない。数が多いとは言えディンガ程度の小物に彼等が遅れをとるとも思えないので、なにか他のトラブルがあったのかも知れない。様子を見に行きたいところであったが、これ以上味方を分けることに抵抗があったし、村人を置いたままにする事も出来ない。
待つ以外の選択肢が無いことにベルクドは焦れていた。
村人全員が集まっているかは、顔を知らないベルクド達では確認出来ないので自警団任せにしてある。
自警団が確認作業をしている間に、ベルクド達は魔物の迎撃準備を進めた。
まずメイが精霊術で避難所の周りに土塀を作った。建物をぐるりと囲む土塀の高さは成人男性の背丈の倍ほどであり、筋肉の塊のような大柄なベルクドが、体当たりしても崩れないだけの厚みもある。実際に試して確認したので間違い無い。ディンガ程度の魔物ならば、破られる心配は無いだろう。
今はまだ、土塀に一箇所だけ人一人通れる程の隙間が空けてある。もしかしたら、まだ到着していない村人が居るかも知れないからだ。村人全員が居ることが確認されれば、すぐに隙間も閉じるつもりである。
周囲を囲む塀は強固で高さもあるが、多勢に攻められれば乗り越えられるかも知れない。ディンガは賢い魔物では無いが、仲間を踏み台にして高い所によじ登る程度の知恵はある。百匹も居れば、かなりの数が内側に入り込みそうだ。
土塀の周りに壕も作りたかったが、そこまでするにはメイの精神力が足りない。今ここで全力を使い果たしては肝心の迎撃戦が難しくなる。ユースやマナでは、そんな大規模な術はまだ使えないし、人力で掘っている時間など無いのだから諦めるしかない。
土塀の内側、避難所の建物との間にベルクドとリリアが待機する。避難所の屋根にマナとユース、そしてメイが上がり精霊術で迎撃しつつ下に居る者に状況を報告する役目を担う。
土塀で足止めされた魔物を遠距離攻撃で数を減らし、もし塀を乗り越えられたとしても避難所の厚い壁が敵を阻んでいる内に、地上組が各個撃破していく。
取るものも取り合えず飛び出した先と違い、しっかり各自の装備も整えていた。
全身を覆う重厚な板金鎧を着ているベルクド。黒い鎧は彼の大柄な体躯と相まって重戦士としての貫禄は十分であり、気の弱い者ならば目にしただけで逃げ出してしまいそうな迫力がある。
見た目には重そうに見える鎧も精霊の力を込めて造られた物であり、重量は半分ほどに軽減されている。装着者である彼自身の筋力も加わり、その動きに鈍重な物など皆無で、普段着のように着こなし普通に歩き回っていた。
手には愛用の戦斧。大柄なベルクドの身長よりも長い柄の先に、蝶が羽を開いたように左右対称な肉厚な刃が、剣呑な輝きを放って見る者を威圧している。
同じ前衛であっても、リリアはベルクドよりも軽装備だ。
油で煮込んで硬く加工した革の鎧姿。白に近い極薄い青、白菫色という目立つ色の鎧は、淡い色合いが好みな彼女の趣味を多分に反映しているが、遊撃として動き回る彼女を仲間が見失わないようにする役目もある。
ベルクドのように全身を覆うのでは無く、厚手の布で作られた専用の戦闘服の上に重ね着するように身に付け、胸部や腰等の重要部位だけを守っている。
胸部の鎧には襟のような部品が付き、首周りも防護している。腰のベルトに着けられた革鎧は、腰周りは硬いが先の方は柔らかいなめし皮が使われており、細く何本かに枝分かれした垂れ幕のような革がスカート状に拡がっていて、足を守りつつも動きを阻害しない造りをしている。
右手は胸部と同じ硬い革製の篭手であるが、左の篭手は金属製の物を使い、篭手自体に小型の木製丸盾が装備されていた。足元は厚手のしっかりとした造りの、板金で補強されたブーツで守っている。
ベルクドが面貌付きの兜を装備しているのに対して、リリアの頭部はなんの装備も無く、無防備に晒されている。鎧とセットになっている革製のキャップも持っているのだが、視界が狭くなるのを嫌い装備していない。
腰に提げているのは、彼女の体躯に合わせた小振りな直剣。刀身は細く刃は薄い。相手の武器と打ち合わせたり、鎧の上から切りつける用途には使わない。器用なリリアらしく相手の武器を受流して逸らし、鎧の隙間に突き込むような使い方をする。防具を着けていなかったり、硬い皮膚などを持ち合わせていない魔物であれば、そのまま切り付ければよい。
ベルクドは、リーチが長く筋力に物を言わせた破壊力のある武器に、防御力に秀でた鎧を合わせて、足を止めて後ろに居る者を護ることに主眼を置いた装備。
リリアは全体的に軽量で、防ぐよりも避けることを前提に、動き回って撹乱する事を念頭に置いた装備らしいことが伺える。
後衛である三人は、誰も似たような装備だ。
メイとマナは共に身に着けたチェニックを腰の辺りで飾り紐で絞り、上から外套を羽織っている。
メイのチェニックは色は青碧。灰色寄りの緑色は彼女の灰色の髪と溶け合うように膝下まで伸びていて、腰で飾り紐で絞られているためにロングスカートを履いているようなシルエットになっていた。
マナの服は裾が短く、若く健康的だが肉付きの薄い足が剥き出しになっている。撫子色の服は目立つような気もするが、魔物の多くは特定の色に惹かれるような性質は無いのだし、むしろ仲間からは視認が容易く援護しやすい。
パーティで一番の若輩者であり、庇われる事が多いことを本人は気にしているが、こればかりは焦らずに経験を積み成長を待つ他は無いだろう。
ユースも上はチェニックだが裾は腰までしか無く、足にはゆったりとした脚衣を履いている。後衛組の仲で、彼だけは皮の胸当てと脛宛を身に着けている。前衛二人には及ばないが剣の嗜みがあるので、状況によって前衛の補助にまわることもある為だ。ただ、今回に限っては屋根の上に配置されるので、彼が前に出る機会は無いと思われる。
後衛三人は弓を手にしている。精霊術をメインに据えた遠距離攻撃を行うとは言え、術頼みでは精神力が続かなくなった時に攻撃手段を失ってしまう。その補助として弓を用意したのだが、矢の数は多くない。あくまで補助と割り切るしかなかった。
冒険者として活動していれば、様々な状況に臨機応変な対応を求められるので、弓くらいは扱えるように日頃から訓練はしていた。もっとも、メイとユースはそれなりの腕をしているが、マナは弓の訓練は始めたばかりであり、力も弱い彼女では弓を引くのも一苦労なので連射も難しい。
地上組も土塀の上から下の魔物を弓などで狙うことも考えたが、生憎と土塀の上端は平坦にはなっていなかったので足場が悪い。もし万が一にも足を滑らして、魔物の群の中に落下でもしたら目も当てられないので、その案は見送ることにした。
全員が屋根に上がる案も廃棄した。建物の屋根が壁の外に迫り出している為に、壁に取り付かれると真下は狙い難い。
冒険者としての生活が長いベルクドにとっても、百匹の魔物と戦う篭城戦など初めての経験であったし、どのように状況が動くかも読みきれない。状況の変化に対応する為には、地上にも人手は必要であった。
村の人達、特に自警団を中心に何人かは屋根に上がり、弓で援護してくれる手はずになっている。地上での接近戦では当てに出来ないと考えていたが、これならば村人に危険は少ないだろうし、なにより傍でうろうろされて邪魔になることもない。
「後は、グレイが来りゃあ準備は終わりなんだがな……」
未だ姿を見せないグレイ達を待ちながら、ベルクドは独りごちた。話しかけたわけでは無かったが、隣に居たリリアが律儀に返事をする。
「うん。なんかあったのかなぁ……テレスさん達」
正直な話、戦力の要は彼等であった。ベルクド達だけでは、魔物の群れを捌ききれる自信は無いのである。
ベルクド自身は見ていないが、リリア達からの話を聞く限り、ティアの戦士としての実力は自分を凌ぐだろうし、テレスの魔術は桁違いの強力さだ。そんな二人を従えているグレイにも期待している。
彼等の戦力を予想しつつ、これからの戦闘方法を模索しているベルクドに、屋根の上からマナの声が降ってきた。
「ティアちゃんが来ました!……って、速っ」
遠くに見えたティアの姿は、マナの言葉が終わる前にはベルクドの前にあった。そのスピードを目の当たりにしたベルクドは呆気に取られてしまう。軽装とは言え、とても人の走る速さでは在り得ない。
風の精霊もかくやと言うような速さで駆けて来たティアは、まったく息を乱していない。ベルクドの前で急停止すると、開口一番とんでもないことをのたまった。
「私より強い敵が来た」
その言葉に、リリアが壮絶に引き攣った顔をする。ティアの強さを実際に見たことのあるリリアからしてみれば、目の前の少女より強い魔物など竜とか巨人とか、半ば伝説と化しているようなものしか思い浮かばない。
そんなリリアの様子から、これは相当にまずい状況になったのだと察したベルクドは、重い息を吐きながらティアに訊ねる。
「魔物の大群以外に、とんでもねぇ化け物が現れたってことかい……」
沈痛な表情で訊ねるベルクドに、ティアの言葉は更に追い討ちを掛けた。
「うん、二匹居た」
リリアがなにか喚きながら頭を掻き毟っているのを横目で見ながら、ベルクドはティアに
「…………勝てるのか?」
そう聞いた。
少しの間、考え込むように視線を逸らしたティアから返ってきた答えは
「今のままだと難しい」
その答えに、ベルクドも頭を抱えたくなったが、ティアの言葉はまだ続いていた。
少女の声は、ただ事実を告げるかのように淡々と、しかし絶対の信頼の篭ったものだった。
「マスターが本気を出すか、テレスに命令すれば楽勝」
御意見、御感想お待ちしています。
誤字脱字、文法間違いなど、ぜひお知らせ下さい。