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五話 悪魔Ⅱ

 

 夜空に砲声にも似た轟音が響き渡った瞬間、虚を付くようにアンナベリアが胸元から何かを取り出そうとした。それを見たグレイ達は即座に動いた。

 テレスが詠唱を開始し、その詠唱と同時にグレイとティアが地を蹴ったのに気付いたアンナベリアが動作を途中で止め、堕天使より僅かに遅れて詠唱を開始。 

「テレスリーア・シンクレットが」「アンナベリア・クァイナが」

 同時に紡がれる詠唱は美しく交じり合い、お互いに溶合いながら夜空に響いていく。

 アンナベリアへ向け走ったグレイ達の前にマクレフトが割り込み。その巨体を盾としてグレイ達の行く手を阻む。

「命じる!」「命ず!」

 重なり合う声を背に、筋肉の鎧を纏った悪魔へと、長身で引き締まった男の影と、小柄な体に長い髪を(なび)かせた少女の影が疾風となって迫る。

「光よ! 盾となりて」「闇よ! (つるぎ)となって」

 戦士達が激突する寸前で、護る力と攻める力がその姿を現実とする。

「我が(あるじ)を護れ!」「私の敵を切り裂きなさい!」

 先んじて詠唱を開始していた堕天使の魔術が(せん)を取る。

 グレイの周囲に(てのひら)程の大きさをした光輝く六角形が浮かび上がり、マクレフトの放った右手の突きを弾くと硝子が割れるような音を残して砕け散った。

 男悪魔の左に廻ったティアが、伸ばした五指を揃えた右手を大きく頭上に掲げたまま飛び掛り、その勢いと共に手刀を悪魔に向けて斬り下ろす。

 ティアが飛び掛かると同時に、テレスの術に護られたグレイも悪魔に肉迫し、魔力を乗せた右拳を打ちこんだ。

 マクレフトはティアの唐竹割りを左手で弾き返し、右手を引き戻しながら肘を下げグレイの打撃を防御。しかし防御に使った右手の前腕外側の肉が大きく弾けた。

「むう?!」

 悪魔は唸りながらも破損した腕を大きく振り回しグレイに後退を余儀無くさせると、振った右手をそのまま後ろに回し自身の回転も加え、グレイの攻撃の間に着地していた少女に裏拳を叩き込む。

 ティアの小柄な体を叩き潰さんばかりの勢いで繰り出された裏拳を、少女は膝を曲げ体を頭一つ下げてぎりぎりの間合いでかわした。動きに遅れた髪がいくらか引き継ぎられるのも気にせず、縮めた体を伸ばしながら脇に置いていた左手を伸ばし、がら空きになった悪魔の胴へ突きを撃つ。

「アンナベリア・クァイナが命ず!」

 女悪魔の詠唱の声が聞こえた瞬間、グレイは足元の石に魔力を込めて蹴り飛ばした。

 蹴られた石は弾丸のようにアンナベリアを襲い、詠唱中故に周囲への注意が足りていなかった女悪魔のこめかみに直撃。咄嗟に放った攻撃の為に十分な魔力が乗っていなかったこともあり、女悪魔を撃破することは叶わなかったが、昏倒させるには十分であった。

 その間にティアの突きはマクレフトに命中するも、その分厚い筋肉に阻まれ皮膚の表面を僅かに抉っただけだった。

 掠り傷など構う事無く、悪魔が左手を少女目掛け振り下ろす。

 その動きを予測していたティアは腕が振り下ろされるより速く、悪魔の脇を飛び込み前転のように潜り抜け、そのままグレイと隣り合う位置に下がる。

 戦士達はお互いの攻撃の間合いから外れた場所で睨みあう形となって再び対峙した。

「……こふっ」

 僅かな静寂が訪れた戦場で、小さく咳き込む声が聞こえた。

 そちらを横目でグレイが伺うと、テレスが地に両膝を付き両手で自分の体を抱きしめているのが見えた。

 その身に纏う白いローブが大きく裂け、(あらわ)になった真っ白い肌から赤い血が流れ出している。彼女の口元からも鮮血が溢れており、顎を伝ってぽたりぽたりと地に落ちていく。

 最初に女悪魔が放った術はテレスを襲い、判っていながら(あるじ)を護ることを優先した結果である。

 詠唱直後の無防備なところに、闇で造られた剣が何本も殺到してテレスの身を貫いた。彼女は並程度の術者の攻撃ならば、自身が持つ魔力だけで弾くことが出来るうえに、常に防御魔術を周囲に展開している。それらによって幾らかは相殺されたであろうに、それでも大ダメージを与えた女悪魔も侮れない魔力を持っている事が伺える。

 膝を付くテレスの姿を目にしたグレイは、場の緊張を断ち切るように次の行動に移った。

「土の精霊カドミア。俺の声が届くなら応えてくれ」

 右の掌を地面に付け、地面に話しかけるように囁き始めたグレイ。ティアがグレイの前に立ち、悪魔を睨み身構え主を援護する。

 マクレフトは敵の行動を気にしつつも、倒れているアンナベリアの方へじりじりと摺り足で近づいていく。 

 地に倒れたアンナベリアが意識を取り戻す様子はまだ無い。それを視界の端に見ながらグレイは精霊に呼びかけ続ける。

「この場にて助力を頼みたい。代償として俺の魔力を分け与える」

 精霊術に決まった詠唱は無い。契約した精霊に意思を通そうと放たれた言葉ならば確実に届く。声が届いたからといって望んだ術が成功するとは限らず、精霊に力を借りるだけの術を行使するだけでも失敗はある。

 ましてや、守護を得ていない身で召還しようとするのならば、余程の代償を用意するか、さもなくば精霊と強い信頼で結ばれていなければ成功はしない。

 グレイは確実に成功する自信があった。彼が契約精霊の召還に失敗したことは、今まで一度も無い。むしろ召還せずに術だけ行使しようものなら、精霊が拗ねて力を貸してくれない。

 グレイの精霊召還は彼の思惑通り成功し、手を付いていた地面から泥が湧き出すと盛り上がって人型を成していく。

 それを見たマクレフトは摺り足を止め、アンナベリアへ向け走り出そうとしたが動けない。悪魔の両足を地面から生えた太い土の腕が掴んでいた。

 マクレフトの膂力を持ってしてもビクともしない怪力に彼が驚愕しているうちに、足元の土が盛り上がり大型な人の型となっていく。それにつれて足を掴んだ両腕に持ち上げられ、逆さ吊りの形になった悪魔が暴れるが、土で出来た巨人は悪魔の攻撃が当たって崩れた箇所から瞬く間に再生されていく。

 土の巨人が悪魔達を相手している間にティアはテレスに走り寄り、小柄な体に似合わない膂力でテレスを横抱きに抱え上げるとグレイ目掛け走り出す。

 人を抱えているとは思えない速度で瞬く間に主の(もと)に辿り着くと、はいっと言わんばかりにテレスをグレイに差し出した。

 差し出されたテレスが血の跡の残る口元を緩め、グレイの顔を見ながら弱々しい笑みを零した。

「せっかくのお姫さま抱っこなら、主様(あるじさま)にして欲しいですねぇ」

「結構元気じゃないか……」

 グレイはテレスの軽口にぼやきつつも素直にティアから受け取り、願い通りに自分の守護天使をお姫様抱っこしてやる。

「満足か?」

「ホ、ホントニサレルトハ、オモイマセンデシタ……」

 長い前髪で表情を隠すように俯いたテレスが、グレイの腕の中で身を縮めている。耳まで真っ赤に染めたテレスに、自分までむず痒くなるような感覚を味わいながら、それを誤魔化すようにグレイは訊ねた。

「回復はどうした?」

「魔術攻撃を軽減する為に、魔力を使い果たしてしまいまして……昼間、二人蘇生していますから、元々あまり残っていなかったのですよ」

「すまん。俺が迂闊だった」

「いえ、相手が悪かったですよ。悪魔が出てくるなんて思いませんでしたしね」

 しっかりとした口調で答えているものの、テレスの声に力は無く呼吸も弱い。ここは一度引くべきと判断したグレイは、完全に姿を現した土の精霊カドミアに声を掛ける。

「カドミア。あの土の巨人は、どのくらい持つ?」

「相手が予想以上に強い。長くは持たぬだろう」

 問われたカドミアは、凛としたハスキーな声で答えた。

 二十代前半くらいの人間の女性に見える外見。グレイと同じくらいの長身な体は、引き締まった筋肉質でありながら固そうには見えず、精悍で逞しくも野性味に溢れた魅力がある。

 茶色の髪を無造作に肩口でばっさり切り落としただけの髪型。少し釣り気味の切れ長の眼。日焼けとも違う、まさに土色と言った感じの薄い茶色の肌。額や頬を始め、全身に施された幾何学模様の紅い文様が印象的だ。

 静かに佇む彼女は、土の精霊の中でも上位の部類に入る。本来の姿は動く泥の固まりだが、今は契約主に召還された手前、コミュニケーションが取り易いよう人の形をしている。もっとも、この姿は契約主の思考を読んだうえでの形なので、グレイがカドミアに対してこういうイメージを持っているという事なのだろう。

「……なんで彼女は全裸なんでしょうね? 主様あるじさま?」

「精霊が服を着てるところがイメージ出来なかっただけだ」

 腕の中からジト目を向けるテレスに、グレイはきっぱり言い切った。

 それでもまだ睨んでくる天使の視線に、グレイは鈍い汗が滲んでくるのを感じる。言い訳めいて聞こえるが嘘は言っていない。元が泥の固まりの服など想像が出来なかっただけだ。

 ただ、カドミアの抜群のプロポーションが自分のイメージの産物だとすると、少しだけ気まずいものがある。

 睨む天使に、つい降参しそうになった時、隣に立つ土の精霊が声を発した。

「契約主よ、遊んでいていいのか? もう一体の敵も動き出したようだが……」

 見ればアンナベリアが意識を取り戻して起き上がっており、土の巨人に振り回されているマクレフトの様子から戦況を察したのか、巨人に向け魔術を行使するところであった。

「アンナベリア・クァイナが命ず! 闇よ! 槍となって私の敵を刺し貫け!」

 女悪魔から巨人目掛けて十本程の闇で出来た槍が飛び、全てが狙いを外さず巨人の体に突き立った。しかし巨人はまったく怯む事も無く、体に突き立つ槍など構わずに、手に持つ男悪魔を女悪魔に向けて砲弾のように投付けた。

「……ひっ!」

 投付けられたマクレフトをアンナベリアは紙一重で回避した。地面でバウンドした男悪魔は、そのまま森に向かって土煙を上げて凄まじい勢いで転がっていき、幾本かの樹を薙ぎ倒した後に、森の木々に紛れてしまい姿が見えなくなった。

 土の巨人は重そうな体からは想像出来ない意外と俊敏な動きで、取り残されたアンナベリアへと走り出す。アンナベリアは慌てて背に在る蝙蝠にも似た翼をはためかせると、巨人の手が届かない空中まで退避した。

「アンナベリア・クァイナが命ず! 万物の繋がり断ち切れて砂と成れ!」

 女悪魔の魔術で巨人の左肩が大きく崩れた。それでも巨体に相応しい太い腕を振り回して果敢に攻撃するが、空中に居る女悪魔には届かない。時折、巨人の体から石礫(いしつぶて)のような物が女悪魔に向け飛ぶが、速度が遅く悠々と回避されている。

 その攻防を見たグレイは従者達に向け、

「とにかく一度撤退して体勢を立て直す。まずはテレスの傷を治すのが……」

 言いかけたところで、カドミアが手を伸ばしてテレスの額に触れた。

「精霊カドミアが大地の力をもって、傷付きし体に癒しを与える」

 精霊が触れた額から淡い緑色の光が拡がり、テレスの全身を包み込むと彼女の出血が止まり、傷が少しづつ塞がりだした。

「すまん。助かる」

「……そなたは我の契約主であり、召還の代償としては過剰な魔力を貰ってもいる。これ位のことはさせて貰わねば釣り合いが取れぬ」

 礼を言うグレイに、生真面目な声でカドミアは言葉を返した。

 素っ気無くも思える精霊の態度だが、テレスにはどうも彼女の顔が嬉しそうに見える。それにさっきから主との距離が、妙に近く思えるのは気のせいでは無さそうだ。召還されたと言うのに自分自身で戦わずに、わざわざ土の巨人を創ってまで主の傍に居るのは何故だろう。

 テレスは、もやもやした思いを抱きながら、

(主様は、どうも人外の者からの受けがいいですからねぇ……)

 自分の事は棚に上げ、いや今ひとつ自覚の足りない彼女は、己の気持ちに気付かぬまま心の中で溜め息ひとつ。

 そんな彼女の内心も知らず、グレイは改めて従者に告げる。

「装備を取りに宿まで戻るぞ。ティアは先にベルクド達と合流して事態を伝えておいてくれ」

 合図があってから随分時間が経っている。こちらの様子を見に来られてもおかしくない。

 頷くティアを確認した後、カドミア……と、グレイは精霊に呼びかけながら、そちらを向き、

「悪いが暫く時間稼ぎを頼む」

 頷く精霊に向けて更に言葉を重ね。

「無理はしなくていいぞ。お前自身が傷付く必要はないからな? やばくなったら撤退してくれ」

 念を押すように紡がれた、その言葉をカドミアは嬉しく思う。

 基本的に精霊が死ぬことなど滅多に無い。体が破壊されても再構築に時間が掛かるだけで、いずれ復活できる。それ故、精霊を使い捨てるような使役の仕方をする術師も少なくは無いし、精霊もそれで恨んだりする事も無い。それを含めての契約であるし、代償を受け取っての奉仕であるからだ。

 召還まで出来る術師は多くないとは言え、召還されれば限界まで酷使されるのが基本。召還した精霊を、人間と同じように扱ってくれる術師などまず居ない。

 だと言うのに、この男は精霊のことまで気遣ってくれる。まるで自分の仲間のように。今回だけでなく、呼び出される度に何時もこうなのだ。だからこそ……。

(……尽くしたくなってしまうのだろうな)

 この召還主と契約してから随分と人間くさくなったものだと自覚しながら、それでも悪い気はしないカドミアは、その胸の内の想いなど表には出さず。

「適当な時間を稼いだら、こちらの判断で撤退するから心配は要らぬ。そなた達は急いで離れたほうが良いだろう」

 いつも通りの生真面目な態度を装って召還主達を促した。




 頷きを残して去っていくグレイ達を少しばかり名残惜しげに見送った後、カドミアは己が作った巨人に目を向けた。巨人の体は所々が崩れ落ち、左手は失われていた。それでも生命の無い作り物の巨人は怯む事無く攻撃を続けているが、手の届かない場所に居る相手では分が悪い。

 さらには女悪魔と土の巨人が戦う場の奥、森の中から男悪魔もその翼を広げ、空から戦場に復帰してくるのが見える。

「召還主よ。空を飛ぶ敵に対して、地から離れられぬ我を呼ぶのは少々意地が悪いぞ?」

 カドミアは軽く悪態をつきながらも不適な笑みを浮かべる。先程までの静かで生真面目な態度など微塵も無く、力強く戦場に向け足を踏み出した。

 空中に居るアンナベリアが胸元から紅玉(ルビー)に似た宝石を取り出すと、天に向けて高く掲げて叫ぶ。

「聞け下僕共! 人間共を襲い食らえ!」 

 アンナベリアの声に応え、幾重にも重なり地響きにも似た咆哮と共に、森から魔物共の大群が飛び出してきた。

「まだ行かせる訳にはいかぬ」

 土の上位精霊は素早く跪き、両の手を地面に付けて土の下位精霊達に呼びかけた。 

「精霊カドミアがこの地の精霊達に願う。我が同胞よ、力を貸してくれ」

 呼びかけながら召還時にグレイから受け取った魔力を、惜しむ事も無く気前良く地に付いた両手からばら撒く。

 エーテルから変換された魔力は、精霊達にとっては大変美味なご馳走だ。特にカドミアの召還主が持つ魔力はとても凝縮されていて他に並ぶものが無い。

(こんな上質な魔力を褒美にされたら、精霊王でも懐きそうだ)

 懐いている自分の事を棚上げして、王に対して失礼な事を考える。

 土の上位精霊であるカドミアの声を聞き、褒美の魔力を前渡しで受け取った精霊達から、助力を約束する返事が同種の精霊だけに感じ取れる声無き声で彼女に返ってくる。

 下位精霊だけでなく、彼女と同位の上位精霊のモノまで感じ取れた。褒美を気前良くばら撒きすぎたか、もしくはあまりに上質な魔力に惹かれたか。どうも後者であるらしく、元々の魔力の持ち主を探しているような気配も伝わってくる。

 カドミアは、我の契約主だからなっと釘を刺しつつ、

「地を揺らして、魔物共の足止めを!」

 願う声に応え大地が鳴動し始め、すぐに大きな横揺れとなって地面が動く。揺れているのは村と森の間、もしくは村と山の間にある村を囲む僅かな平地のみ。村には被害を出さず、ぐるっと村を囲むように起きた実に局地的な地震である。

 激しい揺れに魔物共の足が止まった。揺れる大地に伏して四肢を踏ん張り動くことが出来ない魔物達。

 カドミアが魔物達から視線を外し土の巨人に目を向けると、女悪魔から放たれた黒い雷を受けて倒れていくところだった。

 マクレフトは巨人が倒れたのを見届けると、村の境に目を向ける。そこに目的である堕天使達の姿は無く、茶色い女が一人居るだけ。

「女。そこに居た者達はどこにいった?」

「答えると思うのか?」

 返事を聞くや否や、一切の間を置かずマクレフトはカドミアに向け急降下。その勢いを利用しての砲撃のような重い正拳突きを叩き込むが、突如カドミアの前に盛り上がった土が分厚い壁となり、悪魔の攻撃を阻んだ。

 悪魔の顔が驚愕に歪むが、土の上位精霊であるカドミアにしてみれば、土を操るなど自分の手足を動かすに等しい。人間達のように詠唱する必要すら無く、まさに意のままだ。

 先程、他の精霊達に助力を願ったのは魔物達を足止めする為であり、そちらに自分の手が塞がらないようにする為でもある。

 局所地震はまだ続いている。褒美に与えた魔力が上質だったおかげか、下位精霊達は頑張ってくれているようだ。自分と同位の精霊達が上質な魔力の持ち主に気に入られようと頑張っちゃってる気配までするのが、カドミア的には少し気に食わない。

「どうも地震の規模が、想定していたよりも大きいと思えば……まったく……」

 カドミアは痛むはずの無い頭に痛みを覚え、こめかみを解しつつぼやいた

 心優しい契約主のことだ。精霊の方から契約をせがまれたら、きっと断りきれずに契約してしまうだろう。

 ただでさえ既に二十を超える精霊と契約していて、自分の出番がなかなか廻って来ないというのに、これ以上増えるのは勘弁して欲しいと割りと切実に思うカドミアである。とは言え、土・火・水・風等の精霊は使い勝手がいいおかげで、これでも呼び出されている方なのだ。契約したものの一度も呼んで貰えていない精霊も居るのだから、カドミアは恵まれている部類に入る。

「アンナベリア・クァイナが命ず! 土よ! 鎖となって私の敵を縛りなさい!」

 土壁の向こうからアンナベリアの詠唱が聞こえるが、カドミアは無視した。ここら一帯の土は彼女の支配下に在り、周囲の精霊達も味方している。土の精霊に土の魔術で挑もうなど片腹痛い。

 そう考えたカドミアの思惑を裏切り、盛り上がって壁を成していた土が崩れると鎖となって彼女に襲い掛かった。

「ばかなっ! そんなはずが!」

 逃げる暇さえ無く土の鎖に縛られ身動きを封じられたカドミアは、己を縛る土に解放すよう命ずるが、まったく意思が通らないことに更に驚愕する。ならば元の姿に戻って脱出しようと試みるが、それも土の鎖に込められた魔力に阻害されて果たせない。

 不様にもがく土の精霊を見下した目で見ながら、アンナベリアは馬鹿にしきった言葉をぶつけた。

「なにを驚く必要があるのぉ? 貴女よりも更に上位の命令に従って当然でしょぉ?」

 アンナベリアの言葉にカドミアは歯噛みした。上位の命令に自分が押し負けると言うのは判る。カドミアよりも上位にある土の精霊と争えば、彼女の命令に土が従うことは無いだろう。

 精霊でも無いのに、土の精霊から土の支配権を奪うとは尋常な存在では無い。しかし、目の前の女が精霊よりも存在が上なのか、それとも単に自分よりも上位というだけなのか、カドミアには判断が出来ない。

 だが、他にも精霊では無いのに、自分より上位にある存在をカドミアは知っていた。己の契約主と共に居る女性。人間では無いのは判るが精霊でも無い存在。

 テレスと呼ばれている彼女の扱う術にだけは、カドミアはどう足掻いても適わなかった。

「土の化け物には何故か干渉出来なかったけどねぇ。貴女、あれになにをしたの?」

 そう問われてもカドミアには何の事だか判らない。土の巨人とて、カドミアが土を操って作った物には違いない。

(強度を高める為に、召還時に貰った魔力を少し込めたけ……ど……ああ、なるほど)

 カドミアは自分の閃きが正しいか確かめるべく、召還主から分けられた魔力を込めながら、改めて自分を縛る土の鎖に解放するよう命ずる。果たして鎖は呆気なく分解して土に還った。

 召還主の魔力の方が、女の魔力より純度が高く濃密なのだろう。それを利用して土に干渉すれば女の命令を上回れる。だがカドミアは土にしか干渉出来ないので、他の手を使われては厄介だ。それに貰った魔力は、下位精霊達に助力を願った際に分け与えてしまったので残りが少ない。

「答えなさい! 今なにをした?!」

 女が詰問してくるが、カドミアに答える義理など有りはしない。時間稼ぎも十分出来ただろうし、この辺が引き際だろうと彼女は判断した。

 カドミアはアンナベリアに向き直ると、唐突に自身を元の姿である泥に戻し、さっさと土中深くに逃げ込んだ。

 それを見てアンナベリアは舌打ちするが時遅く、土の精霊の気配は既に彼女が探れる範囲には無かった。




 敵が去るのを見届け、一息吐いたマクレフトは、アンナベリアへと声を掛ける。

「格闘戦では俺と互角に戦い。魔術戦でもお前に引けを取らず。挙句に精霊の召還とはな。これは思っていたよりも手強い相手だったようだ」

「そうねぇ。思っていたより楽しい事になりそうねぇ?」

 唇を赤い舌で舐めながら答える相棒に、マクレフトは肩を竦めて見せるが、彼とて思わぬ強敵と出会えたことに喜んでいた。

 相手が強ければ強いほど戦いで得られる高揚は増していく。そして、敵を打ち破った時の愉悦は極上の物となるだろう。

 苦痛に歪む表情。屈辱に流す涙。絶望に沈んでいく者を見るのは堪らない。

 特にあの堕天使は、滅多に出会うことの出来ない最高級の得物だ。どうせ殺さないで捕らえるのだから、堕ちて悪魔化するまでの間は自分の好きにしても構いはしないだろう。

 散々に嬲り犯し抜いたら、どんな顔を見せてくれるのか。簡単に死ぬような存在でも無いのだから、腹を割き臓物をぶちまけてやってもいい。いっそ主の男も捕らえて、目の前で遊んでやるのも一興かも知れない。

 マクレフトの考えを察したらしいアンナベリアが、釘を刺すように言った。

「壊しちゃダメよぉ? それと、独り占めもねぇ?」

「判っている。お前こそ抜け駆けするなよ?」

 下卑た想像に歪んだ愉悦の笑みを浮かべて、悪魔達は笑いあう。

 土の上位精霊が居なくなったことで、助力していた精霊達もこの場を去り地震が止んだ。

 散々に揺られていた魔物達は、ふらふらと揺れながらゆっくり立ち上がる。まだ、まともに歩ける状態でも無いのに、アンナベリアが下した命令に従い村へと向かって静かに進軍を開始した。

 そこに居る人間達を襲い、殺し、食らう為に。


 空に輝く月から青白い光が降り注いでいる。

 夜明けまでは、まだ遠く。魔物の時間は続いていく。

 

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