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一話 邂逅

 

「……すごい」


 思わず漏れた呟きは、実に簡潔で捻りの無いものだった。目の当たりにしている光景に、ただただ圧倒されていたリリアには、それ以上の言葉を紡ぐことなどできず、周りでは彼女の仲間達も惚けたような表情で、眼前で繰り広げられる戦いから眼を離せないでいる。

 たった一人の少女が二十を超える魔物の群れを相手取り、獅子奮迅(ししふんじん)の戦いを見せていた。

 舞い踊るような動きで魔物達を翻弄し、紅の髪が美しい弧を描いて流れていく。その姿は群がる魔物の醜悪さすら跳ね除け、飛び散る血飛沫までが華やかな彩りとなり、さながら優雅な舞を鑑賞している錯覚すら起こさせる。

 美しくも凄惨な死の舞踏に魅せられ、絶体絶命の危機から救われたことすら失念して、リリアは踊り子たる少女を見つめ続けることしかできなかった。




 リリア・ノートンは、冒険者と呼ばれる身分である。

 彼女と四人の仲間達は武器や精霊術等で武装し、魔物を退治したり遺跡等を探索することによって日々の糧を得ている。

 今日も、たまたま通り掛った村の依頼で、近くの遺跡に住み着いた魔物を狩りに来ていた。

 すでに探索され尽くした大きくも無い遺跡と侮り、事前調査も不十分なまま突入した結果、予想以上の数の魔物に襲われ窮地に陥ることになる。

 襲ってきた魔物も単体ならば強くはない。リリア達であれば楽に対処できる小物であったが、十を超える数に奇襲され、一気に乱戦となってしまったのは致命的だった。

 全身に毛は無く、緑色の肌をした小柄な体躯の魔物が、鋭い牙が並んだ口を大きく開き、涎を撒き散らしながら汚い爪を振りかぶって襲い掛かってくる。

 厚い鎧に身を包んだ前衛戦士達はともかくとして、後衛の精霊術士達は、魔物の鋭い牙や爪を防ぐには心持無い装備である。

 敵味方が入り乱れる中、一番年若いメンバーを庇っていた精霊術士が、無数の魔物の爪に無惨に引き裂かれ命を落とした。

 ただでさえ数の多い魔物に苦戦しているのに、戦力の要である熟練の精霊術士が倒れたことにより、戦況はより一層厳しい物となる。このまま戦っていても全滅するのは確実と思われた。

「お前達は逃げろっ!」

 リーダーたる戦士の叫び声に一瞬だけ躊躇したが、すぐに踵を返してリリアと後衛二人は逃げ出した。リーダーの撤退命令は絶対の物として、普段から口煩く言い含められていたし、予想外に数の多い魔物の存在を村に知らせなければならない。討伐に失敗したのならば、それがせめてもの義務である。

 逃げ出したリリア達を、数匹の魔物共が追い掛けて来る。さすがに戦士一人では全ての魔物は抑えきれなかったようだ。

 しばらく走っても、魔物の耳障りな声を引き離すことができなかった。遺跡の出口はまだまだ遠く、体は疲労を訴え逃げる足の速度は上がらない。

 リリアは走りながら振り返り、追撃してくる魔物を確認する。逃げている途中でどこからか合流したのか、もしくはすでに残った戦士が倒れたのか、追ってくる魔物は数を増やしていた。ざっと見ただけでも遺跡の石の回廊一杯に広がっていて、二十匹を超えていそうだ。この規模の遺跡に居る数とは思えない。

 このまま全滅するかも知れない。リリアが絶望に囚われかけた時に、思ってもいなかった者が現れた。回廊から続く石造りの広間に飛び込むと、そこに他の冒険者達を発見したのだ。

 片田舎のさして大きくも無い遺跡で、他の冒険者に鉢合わせるとは思っていなかったリリア達は驚いた。だがすぐにそれを振り払い、三人組で現れた彼等に向かい走りながら叫ぶ。

「魔物が来る! 逃げて!」

 荒い息の中では、それだけ告げるのがリリアには精一杯だった。けれどすでに彼等にも、後ろから追ってくる魔物は見えているはずだ。その尋常ではない数も。

 助けを求めずに逃走を促したのは、彼等が三人しか居なかったからだ。二十匹以上の魔物を相手にするには、自分達を含めても少なすぎる。ましてやリリア達は最初の乱戦で手傷を負い、ここまで走ってきて疲れきっている。とても戦力にはなれそうに無い。

 せめて巻き込まないようにと願って発したリリアの警告は、しかしあっさりと彼等に無視された。三人組の一人が短く命じると、一番小柄な人影が放たれた矢の勢いで飛び出した。

 凄まじい速さでリリア達の脇を抜けたのは一人の少女。紅い髪を長く後ろにたなびかせ、欠片ほどの躊躇も見せずに魔物の群れに飛び込んでいく。

 思わず足を止め背後を振り返ったリリア達の横を、三人組の残り二人が通り過ぎると、魔物から庇うようにリリア達の前に背を見せ立ち塞がった。

 年若い少女が一人突撃するに任せ、残り二人は見ているだけ。リリアはその行動を訝しく思ったが、すぐにそんなことは気にしていられなくなった。

 少女が魔物の群れの中で舞い踊っている。そう錯覚して見えるほどに美しく無駄の無い動き。武器を持たない少女の手が振るわれる度に魔物が一匹、また一匹と血飛沫を上げて倒れていく。

「……すごい」

 リリアも仲間達も、少女の死の舞踏に魅せられていた。意識がそちらにばかり向き、疲れきった体からは力が抜けてしまい、崩れるようにその場にへたり込む。

 リリア達が逃げ出すしかなかった夥しい数の魔物が、たった一人に虐殺されていく様は冗談のような光景であり、援護することすら忘れて床に座り込んだまま見入っていた。

「マスター、一匹行った」

 大きくは無いが良く通る、しかしどこか無感情で抑揚に掛ける声で、その少女が警告を発した。

 リリアが見る限りでは、年の頃はまだ10代半ばと思える。小柄な体を暗い赤色の皮鎧で被い、銀色の篭手と脛当てが鈍い光を放っていた。

 両の手を五指を揃えた貫手に構え、周りの魔物を無手のまま、風のごとく軽やかに踊るような動きで切り裂いていく。

 眼が覚めるような美しい紅の髪が、その動きに併せ軽快に舞い。幼い容姿に不釣合いな冷めた緑の瞳が、敵を追いかけて左右に油断なく動いていた。

 縦にも横にも十分な空間のある石造りの広間。

 群がる魔物達から少女は掠り傷すら負う事無く、巧みな動きで攻撃を避け一匹一匹確実に屠っている。

 しかしながら、さすがに敵の数が多かった。少しばかりの取りこぼしは仕方の無い事である。

 死の舞踏から抜け出した魔物が、別の獲物を狙い疾走する。

 魔物が狙っているのは、後から現れた三人組の一人。リリアの左前、仲間の精霊使いの正面に立つ男。

 筋肉が多いようには見えない細身で背の高い体を、黒い質素な服で包んでいるが、身を守る鎧の類は見当たらない。リリアの位置から見える横顔は、精悍と言っても良いものだろう。黒い髪は短く刈り込まれ、黒い瞳が鋭い視線で前方を睨んでいる。

 両足を肩幅に開いた姿勢のまま自然体で佇んでいたが、魔物の動きに呼応するように右足を前に踏み出した。

「あっ……あぶなっ……」

 美しくも果敢な戦いぶりの少女に魅せられていたリリアが、襲い掛かってくる魔物に遅まきながら声を上げかける。魔物に狙われている男は、その声に何の反応も見せず、慌てた素振りなど微塵も無い。

 襲い掛かる魔物の軌道から僅かに身を逸らすと、腰のベルトに吊るしていた鞘から剣を抜き放ち、抜いた勢いのまま魔物を横凪に斬りつける。斬られた魔物は呆気なく上下に分断され、そのまま男の脇を通り過ぎて絶命した。

 目の前を半分になって通り過ぎた魔物の死体に、リリア達から短い悲鳴が上がるが、男はまったく気にしていないようだ。

 魔物を斬り捨てた男は、剣を一振りして付いた血を飛ばしながら、同行者に指示を出す。若く見える歳のわりに落ち着いた声だった。

「手伝ってやれ」

「ディンガが、いくら集まったところで問題無いと思いますが? むしろ、あの子にはちょうど良い練習相手ではないかと思います」

 リリアの右手前、もう一人の仲間の正面に立っていた女性が答えるのを聞く限り、魔物共を少女だけに任せていたのには、なにか理由があるらしい。

「……ああ、こいつらディンガだったか」

「……また魔物の名前を忘れていたのですね」

 思わず漏らしたような男の声に、少しだけ困ったような呆れたような顔をする女。

 かなり倒したとはいえ、まだ十匹以上の魔物に囲まれている前方の少女を見やりながら、二人は危機感の欠片も無い声で会話を交わしている。

「練習もいいが、時間が惜しい」

「時間……ですか? 急ぐ理由は無かったと思いますが……」

 女性は合点がいかない顔をして男に問い掛けた。男はそれに答えること無く、後ろでヘタっているリリア達に、振り向かないまま背中越しに話しかけた。

「後ろの冒険者」

「え……あっ、はい」

 咄嗟にリリアが答える。生き残った三人の中では、一番古株になるのは自分だからだ。まだ一九歳で古株なんて嫌ではあるが、仕方ない。

「仲間は、それで全員か?」

「……いえ、あと二人…………」

「どこに居る? 」

「この奥で、死んで……」

 答えるリリアの歯切れは悪い。時間が経ち過ぎている。もうリーダーの戦士も立ってはいないだろう。でもそれを認めたくない。

「テレス」

「わかりました」

 男の考えに納得がいったのだろう。テレスと呼ばれた女性は澄んだ声で返事をした。

 見た目20歳前後。

 すらりとした細身ながらバランスの取れた肢体に、金糸の刺繍で彩られたドレスのようにも見える白いローブを纏っている。

 新月の夜闇を切り抜いたような黒い髪が、癖も無く真っ直ぐ踵近くまで伸び、その髪と対照的な透けるように白い肌が、黒髪と反発することなくお互いを引き立てあっている。

 長めの前髪から覗く紅い眼が、モノクロの容姿の中で異彩を放っていた。

 どうやら彼女は術士らしいようで、彼女の頭上離れた位置に眩い光球が浮び、周囲を松明の炎よりも明るく遠くまで照らしている。

(……なんて綺麗な人)

 紅の少女の素晴らしい戦いぶりに瞠目していたリリアは、ここで初めて黒髪の女性の容姿に気付き、自分の置かれた状況も忘れて見惚れてしまった。

 同じ女でありながら胸の高鳴りを押さえられず、強く惹き付けられる心を止められない。背筋が凍るようなぞくぞくとした感覚に、この人は本当に人間なのかと、益体も無い思いすら浮かべていた。

 ふと気付けば、周りの仲間達も今はテレスに見惚れている。その中には、リリアが少しばかり心寄せている精霊使いの青年も混じっていて、さすがにチクリと胸が痛んだ。

「ティア、合わせて下さいね?」

「わかった」

 テレスが声を掛けると、紅の髪の少女は何の事かも聞き返さず即答した。その声を聞きながら、テレスはすでに詠唱に入っている。

「テレスリーア・シンクレットが命じる……炎よ、我が敵を焼き尽くせ」

 短い詠唱であったが、ティアと呼ばれた少女の動きに迷いは無かった。当たり前のように詠唱が終わる直前に身を翻して、瞬きのうちにテレスの目の前まで下がる。入れ替わるように紅の髪が踊っていた場所に炎が吹き上がり、辺り一面に広がると生き残っていた魔物も床に転がっていた死体も飲み込んでいく。

 瞬き数回の時間で炎は消え、辺りには何も残っていなかった。魔物共は、その死体さえ一体残さず消えているというのに、床にも壁にも炎に炙られたような痕跡はまったく無い。

 彼女が詠唱したままに、敵だけが焼き尽くされていた。

「なんだ……今の……」

 仲間の精霊使いが零した思わずといった感じの呟き。しかしそれはリリアの心の内も同じ事。

 リリアとて、前衛剣士ながら多少の精霊術は扱える。仲間達が使う精霊術も幾度と無く見ている。その知識からすれば、精霊術の行使に契約した精霊の名を唱えることなく、自身の名において命ずるなど有り得ない。さらには周囲になにも影響を与えず、狙った対象だけを影響下に置くなど、どれほど修練を積めば成せる業なのか……。

 彼女が使ったのは本当に精霊術なのか、少なくともリリアには判断がつかなかった。

「……退()く必要あった? 」

「炎に焼かれることはありませんが、巻き込まれると窒息するかも知れませんよ」

「……前にも聞いた気がする…………」

「そうですね。次は覚えていて下さいね」

 小首を傾げる少女にテレスが丁寧に答えると、(とぼ)けた言葉が返ってきた。

 微妙に視線を逸らしたティアに、テレスは気を悪くした様子もなく。話し掛けながら少女の乱れた髪を直している。

 そんな二人の会話に構わず、邪魔者が片付いたのを見て、男は紅の髪の少女に訊ねた。

「付近に敵は居るか? ティア」

「ん……動いてるのは居ないみたい」

 今まで激しい動きで戦っていたとは思えない程、落ち着いた声色で答えるティア。その呼吸にも乱れたものなど無い。

「進むぞ」

「はい、主様(あるじさま)

 どうやって敵の所在を感知しているのか、リリアにはまったく見当が付かないが、ティアの言葉を男もテレスも微塵も疑っていないようだ。前進の指示を出す男に、テレスも迷わず返事をしていた。

 テレスに頷きを一つ返しつつ、男はティアにも指示を出す。

「ティア、先に行って確保しておけ」

「了解、マスター」

 指示を受けたティアが遺跡の暗闇の中に、一切の躊躇なく駆け込んで行く。

 少女が走り去るのを見ても、リリア達はなにもできずに惚けたままで居た。少女一人を先行させる彼等の意図が判らず、困惑に縛られ動けないリリア達を柔らかい光が包み込む。何事かと慌てる彼女達に男の声が届いた。

「テレスが傷を癒しているだけだ」

 その言葉を聞きテレスの方に目を向けると、いつ詠唱したのかすら判らず、ただにっこりとした笑顔を返された。

 光に包まれたリリア達の傷が瞬く間に癒えていく。そればかりか、枯渇しかかっていた精神力までが漲ってくるのをリリアは感じていた。複数人の生命力と精神力を同時に癒すなど、攻撃だけに留まらず、回復まで並以上の実力を見せるテレスに、リリア達は感嘆するしかない。

 その驚きを他所に、男はリリア達に話しかけた。

「奥に仲間が居るのだろう。迎えに行くぞ」

「て……手伝ってくれるの?」

「捨て置いて構わないなら、それでもいいが?」

「お、お願いします!」

「なら急げ」

「ありがとう。お礼は必ず……」

「めんどくさい話は後だ。もう動けるだろう? とっとと行くぞ」

 本当に面倒くさ気でぶっきらぼうな男の声に面食らうリリア達だが、彼が言葉通り足早に奥に向かうのを見て、慌てて立ち上がって後を追った。

 通常、死人が出た状態で撤退などすれば、死体の回収は諦めざるを得ない。万全の状態でも死人が出るような場所に、人数を欠いて戦力が落ちたままで踏み込むなど、いたずらに被害を拡大するだけだからだ。

 運良く他の冒険者に出会えれば、助力して貰える場合もあるものの、死体が食い尽くされる程の時間が経つ前に、同業者に会える事など余程の幸運がなければ有りはしない。

 だが今は、その幸運に恵まれ危機を脱したばかりか、彼等の助力を得られれば仲間の回収は難しくないだろう。助けられた直後に、さらに温情に縋るのは心苦しいが、他に方法も無い。

 勝手な事情に巻き込まれた事に嫌な顔ひとつせず、即断で自ら仲間の回収を引き受けてくれた彼等に、リリア達は助けられた恩に重ねて感謝の念を強くした。

 男が先行し、やや離れてテレスが着いて行く。追いついたリリア達に、テレスが小声で話しかけた。

「ごめんなさいね。主様は言葉は悪いけれど優しい方なので、悪く思わないであげて下さいね」

「ええ。助けてくれたうえに、こんな事まで引き受けてくれたんだもの。感謝しています。もちろん貴方にも」

 リリアの言葉に微笑みを返すテレスを見て、リリア達は頬が熱くなるのを感じていた。同性すら虜にしてしまいそうな、魅惑的な微笑みだった。それだけで彼女に惹かれると同時に、女としての自信が崩れそうなリリアではあったが……。

「あの……先に行ったあの子」

「彼女、ティアは暗視がありますので、暗闇でも大丈夫です。それに……ええっと、そう! カンの鋭い子ですので、きっと御仲間も見つけて待っていますよ」

 テレスの言葉に、リリア達は一瞬だけ訝しげな表情を浮かべたが、すぐにそれは消え失せた。少女は死体の場所すら聞いていない。カンだけでどうにかなるのだろうかとも思ったが、彼等の実力は見せ付けられた直後なので、きっとなにか手があるのだろうと思い直す。

 歩きながら会話しつつ、心は仲間の事を思い急いていた。死体が他の魔物に食い荒らされる前に回収したい。生き返らせる事などできないが、長く一緒に居た仲間なのだから、せめてきちんとした場所に埋葬してやりたい。

「えっと……ティアさん? と、どうやって合流するんです?」

「ティアは先程言った通り、間違いなく御仲間の所に辿り着いているはずなので、後は貴方達が案内してくれれば、問題ありませんね」

「……なるほど」

「もし仮に、御仲間が他の魔物に連れていかれて場所が移動していても、あの子は見つけ出すことができますし、主様には私達の居場所が判りますので大丈夫ですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。間違いなく……ね」

「それって、どうやって……」

「内緒です♪」

 首を傾け人差し指を唇に当てた可愛らしい仕草の笑顔で言われてしまっては、それ以上詮索するのは難しい。美人は徳だなぁ、などと思わず嘆息しかけるリリアであったが、ふと気付いたことがあった。

 テレスは一度も「死体」とは言わず「御仲間」と呼んでいる。さりげない気遣いに彼女の優しさを感じ、さらに強い好感を得ていた。

 そう言えば、彼女の主様も「死体」とは言っていなかったことに思い至った時、その本人が発した声に、はっとしてそちらに顔を向けた。

「もう直ぐだ」

 どのような手段に寄るものか、彼には行くべき先が判っているようで、先頭を歩く足取りに不確かなものなど無い。途中の十字路でも迷い無く曲がり足早に進んでいく。リリアの道案内は、最後まで必要のないものだった。

「マスター、こっち」

 灯りの届く向こう、暗闇の中から少女が声を掛けてきた。静かで抑揚に欠けているのに、不思議と良く通る声に導かれて辿り着けば、確かにリリア達の仲間二人の死体の傍で、無表情なティアがぽつんと佇んでいた。

 死体はあちこち切り裂かれ食いちぎられた跡もあり、凄惨な状態ではあったが壁際に綺麗に整えて並べられ、瞼を閉じられた状態で仰向けに寝かされていた。

 ティアがやってくれたのだろう。心遣いに感謝しながら死体の傍に寄り、変わり果てた仲間の姿に覆いかぶさるリリアの眼から涙が溢れた。




 寂れた遺跡の中。石造りの回廊に慟哭が響き渡る。

 大きな声や物音は魔物を呼び込みかねないが、仲間の死に嘆き悲しむ今の彼女達に、それを気にする余裕は無いのだろう。

 崩れるように仲間の死体に覆いかぶさり、号泣する冒険者達の姿を男はしばらく黙って見ていた。

 やがて溜息ひとつと共にテレスに視線を投げ、無言のまま冒険者達に向かって顎を動かした。意図は通じたようで、テレスは良いのですかと視線だけで問いかけたが、男は諦めたように渋い顔で頷く。

 泣きじゃくる彼等の後ろから、テレスの詠唱の声が流れ始めた。先程の戦闘時のように短いものでは無く、朗々と謳い上げるように、高く低く長い詠唱が続いていく。

 詠唱に気付いた冒険者達が、赤く腫れた目を不思議そうにテレスに向けた。この状態の死体にできる事など多く無い。なにをしようとしているのか訝しむ顔をしている。

 そんな冒険者達に、男は何気ない調子で告げる。

「邪魔になるから、そこを退け。生き返らせる」

 その言葉に冒険者達は驚きの顔を見せた。

 死者の蘇生。それ自体は不思議なものでは無い。精霊王と契約できる程の、力ある術士ならば可能だ。だが、そんな事ができるのは極一部であり、蘇生ができる術士は殆どが王族や高位貴族に囲われている。

 金を出せば蘇生を受けることもできるが、お宝を溜め込んだ竜でも倒さねば無理だろうと言う程の高額を取られる。一般的に目にする機会などまず無いだろう。

 彼等の驚きを無視するように男は言葉を続ける。

「さっき礼はすると言ったな?」

「え……ええ、そう言ったわ。け、けど蘇生なんて、その……」

 蘇生に掛かる高額費用など、そうそう払えるわけがない。答える彼女の言葉尻が、弱くなってしまったのも仕方がない事だろう。

「では、この事は他言無用だ。それを礼の代わりとする」

 男の強い声色に絶句する冒険者達。

 たかが他言無用などという約束だけで、蘇生までするなど割に合わないにも程がある。そもそも他に知られたくないのならば、蘇生なぞしなければいいだけだ。

 驚愕から戸惑いの表情に変わり、固まってしまった冒険者達。その内ではどんな混乱の嵐が吹き荒れていることか。

 そんな彼等から視線を外し、男は胸中で嘆息していた。

 蘇生ができるという噂が広がれば、とても厄介な事態になるだろう。他言無用などと言ったところで、ついさっき出会ったばかりの彼等が、どこまで信用できるものやら安心は出来ない。

(……なんで何時も、こうなるのだろうな……)

 男は心の中だけで愚痴る。つくづく自分のアマさが嫌になる。厄介事ばかり背負うハメになっているというのに、また繰り返している。

 そう。男は、ずっとこんな事ばかり繰り返してきた。

 天から堕ちた天使に出会い。悲しみにくれる天使の頬を伝う涙が切なくて……。手を差し伸べたばかりに、元の世界に捨てられた。

 軍から脱走した人造精霊に出会い。自由に生きてみたかったと語る横顔が寂しそうで……。連れて逃げた為に、大国に追われている。

 今もそうだ。危機に陥っていた冒険者を助けたまでは良かった。死体の回収を請け負うのも問題無い。それだけで相手は満足してくれただろう。わざわざ蘇生までしてやる必要も、その理由も男には無い……無いはずだった。

 それでも……厄介事の種になると分かってはいても……。

 仲間の死に慟哭する姿が辛かった。

 そう、ただそれだけ。それだけの為に、きっとまた厄介事を背負うのだろうと、男は深く長く息を吐いた。




 テレスの主が物思いに沈んでいるうちに、蘇生の詠唱は終わっていた。

 寂れた遺跡の石の回廊。先程まで悲しみに包まれていた場所に、今は冒険者達の奇跡の再会を喜ぶ声が聞こえている。

 その歓喜の輪から離れた場所。灯りが届くぎりぎりくらいの位置で、主は壁に背を預けて奥の暗闇に眼を向けていた。

 冒険者達の喜びなど興味の無いような態度ではあるが、テレスには彼の心情が分かっている。

 素っ気無い態度や無愛想な言葉使いと裏腹に、どこまでも優しい己の主。喜びに沸く冒険者達の邪魔にならぬよう、目立たない場所に陣取りつつも周囲の警戒をしている。もし冒険者達の喜びを邪魔する無粋な輩が現れれば、速やかにそれを排除してしまうだろう。

 そんな主の姿に、彼の従者二人が眩しいものを見るように眼を細めているが、顔を背けている彼は気付くまい。


 静かに佇む彼の姿を見つめながら、テレスリーア・シンクレットは主の事を考えていた。

 蔵糸(くらいと)灰次(はいじ)。彼女と、もう一人の従者だけが知っている彼の本当の名前。

 この世界唯一の日本人。そして、元の世界から追放された者。

 全てを救おうとするほど傲慢では無いが、目の前で流される涙を見捨てられない。そんな性格だからか、貧乏くじばかり引いている。

 堕ちた天使を助け、生まれ育った世界の神に捨てられた。

 人に造られた精霊を助け、大国に追われる身。

 困難ばかりの彼の運命が、これからも波乱に溢れているのか、それとも平穏が待っているのか。

 未来を見通す事の出来ない彼女に知る術は無いが、同じく神に捨てられた身としては、彼の幸福を願わずにはいられない。

 その想いが従者としてだけでは無いことに、彼女自身まだ気づいてはいないのだが……。


 神の居る世界から、追放同然に神のいない世界へ来たのだから、当然この世界に運命の女神も居るはずが無い。


 ……彼の行く末を知る者など、誰一人として居なかった。



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