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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅱ【海賊編】
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〈4〉海賊たち

 スード皇国のフレリア姫と別れてから、私とリトラはまだ船の上にいた。

 今度はスードの南、キャルマール王国に上陸するつもりなのだけれど、到着してすぐ最初の港で乗り換えた。何故かというと、キャルマールはスード寄りの港町ラングに上陸してしまうと、山と谷に阻まれ、王都までの道のりが遠くなる。ラスタール先生は過去にそれで苦労されたそうだ。

 だから、ここで王都行きの船に乗り換えた方がいいらしい。

 キャルマールの人々は、そういった事情から、国内を移動するにしても、陸路よりも海路を使うことが多いのだという。そのため、造船技術が進んでいる。


 今、私たちが乗っている船にしてもそうだ。この帆船の帆の形なんて、私は初めて目にする。いかに合理的に風を受けられるのかを考え尽くされている。帆を張る角度も、ひとつひとつが微妙に違った。王都に着いたらまず、帆船について書かれた資料を読みたい。私はそれが楽しみで仕方がなかった。

 私が甲板をふらふらしていると、リトラに首根っこをつかまれた。


「いい加減に落ち着け。いつまでうわ付いてるつもりだ?」


 私は、自分の思考が遮断されたことを残念に思う。ため息をついてしまった。


「降りるまでは好きにさせてほしいな」

「お前がふらふらしてると、俺まで落ち着かない」


 リトラに追い立てられ、私は仕方なく船室に戻ることを決めた。もっと眺めていたかったし、後ろ髪を引かれる思いでいっぱいだったけれど。



 それから、狭い部屋の中で私は本を読んでいた。リトラは愛剣の手入れをしている。今のところ、特に使っていないけれど、いつ必要になるかわからないからだ。

 リトラの剣はやや幅広くて長い。ブロードソードというやつらしい。

 彼の腕前は、彼の人格を否定する相手でさえも認めざるを得ないものだという。だからこそ、殿下のお気に入りなのだ。

 ただ、意外に思われるかも知れないが、リトラはあまり好戦的な方ではない。力試しなどは嫌いだと、すぐに突っぱねる。面倒なのだという。

 私が再び本に視線を落とすと、その時不意に船体が揺れた。


「!」


 思わず、手にしていた本を取り落とした。私が顔を上げると、リトラは険しい面持ちで立ち上がった。剣を腰に収めると、私に向かって言う。


「様子を見て来る。お前は動くな」


 私の返事を待たず、リトラは駆け出した。

 あの衝撃、船体が何かに衝突したものだろうか。

 動くなとは言うけれど、気にならないはずがない。私はそろりと船室を出た。



 廊下を進むと、甲板へ上がる階段の向こうから乗客が我先にと下りて来る。他人を押しのけるさまに、私は唖然とした。まるで火事場のようだ。もし、船に何かがぶつかったのなら、逃げ込んだところで仕方がない。

 では、一体何なのか。

 甲板に近付くにつれ、雄たけびのような声が悲鳴の中に混ざる。廊下でぼうっとした私に、乗客のご婦人が言った。


「そこのあなた、そんなところにいちゃ駄目よ! 海賊よ、海賊が出たの! 早く隠れなさい!」

「え!」


 私の胸はどくんと大きく高鳴った。

 海賊なんて、まさかと思った。

 だから、私はそれを確かめるために甲板へと走る。



 潮風に煽られながら、甲板で私が見たものは、信じられない光景だった。

 客船に横付けされた、ぼろぼろの帆船。その天辺にはためくのは、海賊旗というやつだろう。黒地に白いドクロ模様があり、なんてわかりやすいのだろう。


 船体は一見ぼろぼろだけれど、頑丈ではあるのだと思う。衝突された客船の方が歪んでしまっている。

 そして、海賊たちは、船と同じ汚れた風体と日に焼けた肌をしているけれど、その動きは息を飲むほどに軽やかだった。マストから何本も垂れているロープを使い、振り子のように客船に飛び移って来る。

 乗組員の人たちが必死で応戦しいていた。


 海賊たちは武器もまちまちで、戦い方に法則がない。勝てればなんだっていいのだろう。一人に対して複数で攻め立てる。

 敵と味方が入り乱れる乱闘の甲板の上で、私は呆然としていた。時折大きな水音と共に水しぶきが上がり、乱暴なリトラの声がしたような気がしたけれど、私の関心は目の前の海賊船にあった。

 海賊なんて、物語の中の産物だと思っていた。

 それが今、こうして目の前にいる。それが、私にはとても新鮮だった。


 もちろん、海賊は恐ろしいものだということくらいわかっている。それでも私は、こんな時でさえ、好奇心に打ち勝つことができなかった。胸がどうしようもなく高鳴る。

 海賊船は、他の船とどう違うのだろう。

 逃げる船に追い付くのだから、速度を出す術があるのだろう。

 それに、海賊船の船長を一目見てみたい。

 荒くれの海賊を束ねるのだから、相当にすごい人物なのだと思う。

 色々と考えながら、私は少しずつ海賊船に近付いて行った。

 海賊も乗組員の人たちも、眼前の敵の相手に精一杯で、私のことなど気にも留めていなかった。近付けば近付くほどに、その海賊船の迫力に、私は感嘆のため息をもらしていた。


 横付けされ、渡された板を目にした時、私は自分でも驚くようなことを考えてしまった。

 けれど、それだけはしてはいけないと思うだけの理性があった。

 乗ってみたい。でも、駄目だ。でも――。

 しばらく葛藤していた。すると、そんな時、海賊の一人が野太い声を張り上げ、前方を指した。


「おい! あれ、ルキャン号じゃねぇか?」


 前方、風上から、別の帆船が見えた。その船は、見る見るうちに近付いて来る。

 なんて速いのだろう。

 海賊船よりも小さな帆船だ。けれど、その三角の帆の形といい、飴色の船体の美しさといい私はひと目でその船が気に入ってしまった。

 乗ってみたい。また、そんな衝動に駆られてしまう。

 その船は、客船ではなく、海賊船の方に横付けした。橋が渡されると、客船で白兵戦を繰り広げていた海賊たちは、慌てて自分たちの船に戻り出した。


「急げ! くそっ! あの野郎!」


 何故、あの自分たちよりも小さな船にそれほどの警戒をするのか。船が乗っ取られることを心配したのだろうか。

 私はその鮮やかな引き際を、物陰から身を乗り出して眺めていた。向こうの船からも乗組員たちが降りて来るが、よく見れば、彼らもまた海賊のようだ。

 つまり、略奪したものを更に略奪されそうになっているということか。


 厳しい世界だな、と私が考えていると、急に背後に気配があった。とっさに振り向こうとしたけれど、私が振り向くより先に、私の体は抱え上げられていた。


「わっ!」


 岩のように大きな男の肩に担ぎ上げられたらしい。


「え、ちょっと、放して下さい」


 私はその大きな背中をとんとんと叩いた。けれど、無視された。彼はそのまま走り出す。


「わ、わ、あの!」


 私はこの時になって初めて焦った。彼は私を担いだまま、海賊船に乗り込んだのだ。そのぼろぼろの船体の上で、相対する海賊たちは交戦中だった。その乱闘の中を、その男は私を担いですり抜けて行く。船室の扉の前まで来た時、彼は背後から来た人物に足のけんを斬られた。

 そして、咆哮を上げ、私を放り出す。その時、斬り付けた人物が、私が床に叩き付けられるのをなんとか緩和してくれた。受け止め切れなかったのは、彼がまだ少年だったからだ。


「あ、ありがとう」


 私が礼を言うと、少年は素早く動いた。


「早くこっちへ!」


 手を引かれ、私は剣戟の中を少年とかい潜った。少年が向かった先は、あの美しい船体をしたもうひとつの海賊船だった。


「私はあっちに戻らないと」


 客船を指さすが、少年は表情を険しくした。


「向こう側までどうやって行くんだよ! そんなこと言ってないで隠れてろ!」


 少年は、せいぜい十四、五歳だ。それでも、やっぱり海賊なんだろう。ただ、他の海賊よりは染まり切っていない。私は、少年を信じることにした。


「そう、だね。わかったよ」


 乗ってみたいとは思ったけれど、本当に乗ることになるなんて。


「ユーリ!!」


 リトラの声が鋭く私を呼んだ。リトラはぼろぼろの海賊船で数人の海賊に囲まれて応戦している。客船と海賊船はすでに離れ、そうして、私の乗る船とリトラの乗る船も、海賊たちが引き上げて来た後に離れた。


 お互いに、海賊船に一人ずつという、最悪の状況になってしまったのは、やっぱり私のせいだろうか。

  

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