表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅰ【スード編】
6/39

〈3〉 二人の願い

 その夜、俺は前の晩と同じように、シフォナードの部屋を使っていた。

 やつは無口で、ろくに口を利かないが、逆に言うならそれが楽だった。

 フレリアの腹心なのだから、もう少しいい部屋を使えばいいのに、こいつの部屋は結構質素だ。無駄なものがない。


 殺風景な部屋のソファーに腰かけて、昼間のことを考えていると、部屋の扉が叩かれた。

 ドスドス、と荒い叩き方で、部屋の主が返事もしていないのに、扉は勝手に開かれた。


「入るぞ」


 すでに入っていた。ローテルは手に大きめのビンを提げている。どうやら、酒のようだ。


「貰い物だ。けど、いい酒だぞ。イール酒ってやつで、まあ発酵酒なんだが、お前には珍しいんじゃないか?」


 確かに、あんな白濁した酒は初めて見る。興味はあった。けれど、そんなものは口実だろう。


「俺に話があるんだろ? 酒が入らないとできない話か?」

「……別に」


 ローテルはソファーに腰かけていた俺の向かい側に椅子を持って来て座る。テーブルの上に酒ビンを置いた。僧侶のくせに、妙に俗っぽいやつだ。

 そして、脚を組むと、ローテルは言った。


「ユーリは心にやましい部分がないんだな。心を見透かす姫のことを、まったく恐れていない。出会えたことを心から喜んでくれてる。だから、姫もあんなに嬉しそうにしてるんだ。神託が下った後、不法侵入ならとりあえず捕らえますかって訊いたら、友達になれそうだから嫌だと言われた」


 妙に待遇がよかったのは、そんな理由からか。相手が子供で助かった。


「あいつは、不思議な力を持つフレリア姫に興味津々なんだ。好奇心はあっても、怖いなんて発想はない」

「そうだな。でも、それは珍しいことだ」


 それはわかる。俺だって、心なんてさらしたくない。先に予防線を張ったくらいだ。

 シフォナードがグラスを持って来た。三つある。自分も飲むつもりのようだ。

 ローテルはビンのふたを開けながら言った。


「大抵、外から来たやつはこう思うんだよ。『化け物』ってな」


 人は臆病だ。それに、外部の人間にしてみれば、外交は必ず後手に回る。この国の皇族は厄介な相手だ。だから、苦々しい思いを込めて、そう思うのだろう。

 そして、それは隠すことのできない心の動きとなって、相手に伝わってしまう。


「お前は不敬なやつだが、表向きだけへつらうよりはましだ」


 シフォナードにそんなことを言われた。間違ってもほめてはない。


「……なあ、お前の国の国王は何代目だ?」


 ローテルはトクトクと音を鳴らしながら酒を注ぐ。会話の脈絡のなさに、俺は少し眉根を寄せた。


「は? 十八代目だったと思うが」

「そうか。うちは、五十六代目だ。諸島の国々の歴史の深さは大差ないのに、この国だけ異常な速度で代替わりする。なんでだか知ってるか?」


 知らない。もしかすると、ユーリなら知っているのかも知れないが。


「さあ」


 短く答えてグラスを受け取った。けれど、ローテルの語る内容の重さに、それに口を付ける気になれなかった。


「この国の王は、民の下にある。民を支えるために存在する。生き神と崇め奉られているようで、その実、最も軽い命だ」

「どういうことだ?」

「神託により災厄を予知し、それを鎮めるために現し身を捨てて天に昇る。災厄のもとを消し去ることが王の役割だ」


 それは、生け贄ということか。馬鹿馬鹿しくて驚いた。


「そんなもので災厄が避けられるのか?」

「できなければ、王の身が不完全だったと責め立てられるだけだ。無駄死にだ。正直に言って俺は、これまで災厄を回避できた方が偶然だと思ってる。こんなのは、凝り固まった悪習でしかない」


 ローテルは吐き捨てた。この男は僧だというのに、何故そんなにも教えを否定するのかと思った。

 そして、ようやく俺は答えに行き着く。


「ちょっと待て。確か、フレリア姫は皇太女だって言ってたな? じゃあ、いつか……」


 あの無垢な命を、その馬鹿げた悪習に捧げると。

 ローテルは手元の酒に口を付け、それからうなずいた。


「姫は自分のさだめを受け入れている。神託も偽らない。捧げる時が来たら、喜んで命を差し出すだろう」


 けれど、とシフォナードが窓辺で口を開く。


「俺たちはそれを受け入れられない」


 もし仮に、これがアリュルージであったとして、俺が仕える殿下が同じような目に遭うのなら、俺は受け入れなかっただろう。


「時間はそう多くない。けれど、俺たちは最後まで抵抗する。この悪習を、なんの根拠もないものだと砕いて葬り去る。間に合うかはわからないけれど、諦めないつもりだ」


 ローテルの音楽的な声が、俺の中に浸透する。

 今のままだと、フレリアは救いのない人生だ。この二人の願いが叶うことを望みにできたならいい。そんな、俺らしくない甘い考えが頭をよぎった。


「お前にこんな話をしたのは、部外者だからだ。自国の抱える闇はそれぞれだからな。……まあいい、飲めよ」


 俺はようやく、その酒を口に含んだ。一瞬、辛いのかと思えば、飲み下した後には舌に甘味も残る。結構強い酒のようだが、一時期は毎日浴びるように飲んでいたので、これくらいで酔うことはない。

 むしろ、二人の方が弱かった。あまり普段から酒を飲んでいないのだろう。

 顔を赤くして黙ったシフォナードと、逆にげらげら笑うローテルにうんざりしながら、俺は一人で三分の二ほど飲み干しておいた。


 この酒をもう一度飲むことがあったら、今日のことを思い出すんだろうか。




 そして、俺たちは五日間この国に滞在した。国の内情は穏やかで、アリュルージにとってもスードは友好的な国として接してもらえるのではないかと、俺とユーリは結論付けた。

 ただ、気を配るべきところは、外交官の人間性だろうか。

 裏表のない、誠実な人間でなければ務まらないかも知れないが、人選を間違えなければなんとかなる。



 居心地のよすぎるこの場所に、いつまでもいるわけにはいかなかった。

 別れを告げる俺たちに、フレリアは言った。


「二人の身分証明書、発行しておきました。だって、他国を回るなら、いざという時に必要でしょう? アリュルージの名前はあまり出したくないでしょうし。ローテルの遠戚にしてみました」


 子供のくせに気が利く。確かに、それはのどから手が出るほどほしいものだった。


「何から何まで、本当にありがとうございます」


 半分に折った身分証明書を手渡すフレリアの手を、ユーリは包み込んだ。フレリアはにっこりと微笑む。


「わたしがお役に立ちたかっただけです。どうか、お元気で。この地からお二人の無事をお祈りしております。でき得るなら、またお会いしたいものですが……」

「ええ。私もです。どうか、お元気で」


 ユーリとの別れは名残惜しいようだ。

 俺はユーリのおまけだろう。フレリアは、リトラさんもお元気で、と一応言った。

 その頭に、俺は手を乗せてぐりぐりとかき回す。他の三人は唖然としていた。

 皇太女だろうと、ガキはガキだ。


「あんまり背負い込むなよ」


 フレリアは目を回したようだったが、それからもう一度笑った。ここで笑うのなら、俺の心には少しくらいの労りがあったんだろう。


「はい」


 俺たちがこの子供のためにできることは、今ここにはない。けれど、国に戻った後なら、もしかすると二人の従者の活動に協力できることもあるかも知れない。

 これは、友好な国交関係を築くためであって、私情ではない。そう、言い訳のように思った。



 そのまま俺たちは国外に出る船に乗せてもらった。この客船は、隣国キャルマールへ向かうのだという。身分証明もあるから、なんの心配もない。これは、幸先のよい旅立ちだった。


 俺は甲板で、風に髪をなびかせるユーリの横顔を見やった。このところ、あまり落ち着いて話す機会がなかった。俺は、あの二人との会話をユーリに話して聴かせる。

 ユーリにとって、仲良くなったフレリアの過酷な運命は、うすうす感付いていたとしても、言葉に出されるとやっぱり受け入れがたいものだと思った。虫一匹殺せない子供だったのだから、心を痛めていても不思議はない。

 けれど、そんな俺の予想をユーリは裏切り、ぽつりとこぼす。


「悪習と言ってしまうのは簡単だけどね」

「何……?」

「それをよりどころとする民がいる以上、悪習だと一蹴することはできないんだよ。特に、部外者の私たちには、馬鹿げているなんて言う資格はない」


 そんなにも冷静に言葉を吐く。ユーリが見据えているのは、俺とは違う場所だ。もっと遠く、広いところを見渡している。

 どちらかといえば情けなくて、いつも俺の後を付いて回っていた子供は、いつの間に甘さを切り捨てるような考え方をするようになったんだろう。


 大人になって、俺たちの間には距離が開いた。そのことは、間違いようのない事実だ。

 今のユーリは、俺の知らない顔をしている。

 そう思ったけれど、そればかりでもなかったらしい。


「……何を偉そうに。そう割り切れるなら、泣くなよ」


 すると、ユーリは手の平で涙を隠した。


「これは、私個人のものだからいいの。私個人が、フレリア姫がそんな目に遭うのは嫌だって思うだけ。国を否定してるんじゃないから」


 俺はフレリアにしたように、ユーリの頭もくしゃくしゃと撫でる。


「あの二人が付いてるからな。案外、なんとかなるんじゃないか?」


 馬鹿らしいくらい、楽観的なことを言ってしまったけれど、そう思ったのだから仕方がない。



 ちなみに、俺はユーリに貴重品はいっさい持たせていない。もちろん、落とすからだ。

 アリュルージの身分証明書はもちろんのこと、フレリアが発行したスードの偽身分証明書もだ。だから、ユーリはスード国民とされた身分証明書に目を通していなかった。

 俺は一人でそれを開いた時、フレリアの、わたしって気が利くでしょう? という声が聞こえた気がした。


 ユーリの姓が違う。もちろん、わざとだ。

 夫婦という設定。あのマセガキ……。

 

 あまり話に関係ありませんが、フレリアのお付が二人なのは、唯一神と対神に見立てて、そういう決まりがあるという設定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ