〈2〉 神託
ユーリが言ったことを、俺は鵜呑みにしたくなかったが、目の前の子供が発した言葉は、ユーリの発言を裏付けるものだった。
十二歳くらいか、もう少し下か。長い金の髪に大きな銀の瞳。正直に言って、人間離れしている。
白いローブに白い帽子。白と銀糸がその神秘的な空気を増長させているようだった。
そして、両脇の二人。
年齢はそろって二十代前半だろう。片方は、いかにも武官だ。白い制服に白鞘の剣。髪と瞳は黒く、筋肉が程よく付いた体に、精悍な顔立ち。あんまりやり合いたくないタイプだ。
もう一人は、よくわからないが、多分文官か僧侶だ。白いローブに、肩に届く白銀髪。海のような瞳。男にしてはきれいすぎる顔立ちだが、何か妙にくせがありそうな気がする。
真ん中の子供は、皇族なのだろうか。
なんというか、うさんくさい。こんなところにいることが、まず怪しい。
俺は警戒を解かなかったけれど、ユーリは嬉しそうに頬を染めて挨拶した。
「わたくしはユーリ=オルファニデスと申します。貴国に無断で入国いたしましたことを、まずお詫び申し上げます。けれど、姫君殿下にお会いできて光栄です」
すると、その子供も嬉しそうに言った。
「わたしもお会いできてとっても嬉しいです。わたしは皇太女、フレリア=シェルテ=スード。フレリアとお呼び頂けますか?」
「よろしいのですか?」
「はい。親愛のしるしです」
ユーリは差し伸べられた手を握り返す。
この子供、すでにユーリを丸め込んだ。油断ならない。
「ローテル、ユーリさんをエスコートして下さい。お話は庭園でいたしましょう」
「はい、姫の仰せのままに」
文官っぽい男、ローテルがユーリの手を取る。ユーリは慣れたもので、優雅な所作でそれに応えた。美男美女で絵にはなるが、なんとなくイラッとする。
大体、俺はまだ信じていない。
そのことも、この子供はお見通しだったらしい。フレリアは俺をじっと見上げる。そういえば、俺はまだ名乗ってすらなかった。
個人的なことは置いておかないと、国の問題に差し障る。俺は仕方なく、この子供の機嫌を取ることにした。
「リトラ=マリアージュと申します。どうぞ、お見知り置き下さい」
ひざまずいて視線を下げた俺に、フレリアは微笑んだ。
「リトラさんは、わたしのことをまだ信用されていないようですね」
「姫様でなくとも、それくらいわかります」
隣の武官がぼそりと言った。ついくせでにらみそうになるのを我慢する。
「シフォナード、そういうことを言わないの」
武官、シフォナードはひとつ息を吐くと黙った。フレリアはそれから、見る者に畏怖を与える銀色の瞳で俺を見据えた。あまり、いい気分はしない。
「リトラさん、わたしの力、もう少しだけお見せしましょうか。そうしたら、信用して頂けますか?」
フレリアは、不法侵入者の俺たちに敬意を払ってくれているような気がした。本来なら、投獄されても文句は言えない。
ただ、それが何故なのかがわからないし、罠ではないとも言えない。
現に今、ユーリと俺との距離が開いている。安心はできなかった。
俺は早くユーリと合流するために、適当な返事をする。
「ええ、そうですね」
フレリアはそれでも、にっこりと微笑んだ。
「では」
そうして、瞳を閉じた。その小さな唇から言葉がこぼれる。
「あなたの人生は、七歳で大きくうねっています。……それから、十五歳でもう一度。最初のうねりに、あなたはとても心を痛めましたね」
「っ!」
「今のお家に引き取られたことを、あなたは……」
「もういい!」
俺は思わず叫んでいた。背筋に悪寒が走る。そして、ぽつりとこぼした。
「わかりました。信じます。……でも、それ、ユーリは知らないことなので、黙っていて頂けますか?」
「ええ、もちろんです。……すみません。過去のことは未来よりも知りやすいもので、そちらを示しましたが、あまりよい気分はされなかったでしょう。これ以上、立ち入ることはいたしませんので、どうかご安心下さい」
そう言ったフレリアは、何故か傷付いて見えた。これでは、俺が苛めているようだ。
子供を苛める趣味はないが、ひとつだけ尋ねたいことがあった。
「過去を覗くように、あなたは人の心も覗けるのでしょうか?」
「覗こうと思えば、できないことはありません。ただ、あまりに強すぎる思いは、覗かなくても伝わってしまうこともありますが」
俺は思わず、心にふたをする。そんなことができるはずもないのに。
「姫様は、むしろ人の心など知りたくないのだ。人の心ほど、恐ろしいものはないからな」
シフォナードの言うことはもっともだ。敏感に感じるくらいでは済まない。はっきりとした悪意など、この幼い子供には受け止め切れないだろう。
そう思ったら、俺は自分が向けた感情が、フレリアには凶器を突き付けられたようなものだったのかと、ほんの少しばつが悪くなった。
「心のうちを見透かされるのは、誰でも嫌なものです。俺にも、知られたくない思いのひとつふたつはありますから。つい、警戒心が勝ってしまい、不快な思いをさせたのでしたら、申し訳ありません」
とりあえず、俺にしては素直に謝った方だ。
すると、フレリアはもう一度微笑んだ。
「ひとつふたつ……例えば、ユーリさんのことが好きって気持ちですか?」
その発言に、俺は思わず爆発した。
「覗くなって言っただろうが!!」
言ってしまってから、不敬罪で投獄されるかも、と思ったが、今更遅い。
フレリアは、ひゃぁ、と目を回した。怒鳴られたことなどなかったのかも知れない。
シフォナードはあまり動じていなかった。平然と、大丈夫ですか、と声をかけただけだった。
「の、覗いていませんよ。見たらわかるだけです。私だって女の子ですから、そういうことには敏感ですよ」
じゃあ、とぼければよかったのか。
当の本人は遠ざかっている。それが救いだった。