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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅴ【アリュルージ編】

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〈19〉二人の違い


 私を嫌いだと、セスト様は言う。

 逆撫でするのは得策ではないなと思いながらも、つい冷めた心がにじみ出てしまう。

 嫌いだと言われて、私が傷付くと思うのだろうか。ただ言わずにいられなかっただけなのか。

 もう少し切れ者だと思っていただけに、がっかりした。

 セスト様は顔を歪めて私を見た。


「ねえ、僕、本当は軍師になろうと思っていたんだよ?」


 私は無言でセスト様の言葉を聴いていた。


「なのに、ラスタール軍師は僕を弟子にしてくれなかった。弟子を取らないつもりなら仕方がないと思っていたら、今になって登用試験だ。僕だって受けたのに、君みたいな女の子を選ぶなんて、馬鹿にしてるよ」


 ラスタール先生がずっと弟子を取ろうとしなかった理由は、直接伺ったことはない。

 ただ、思い当たることがあるとすれば、先生の迷いだったのではないかと思う。

 軍師としてあることの難しさ、孤独、罪の意識。

 それらも一緒に伝えなければならないから。

 けれど、老境に差しかかり、先生も不安を感じたのかも知れない。自分が逝った後のこの国が、どうなるのかを。


 試験を受けた日のことを、今でも覚えている。

 筆記試験の後で、先生はにこやかに私をお部屋へと入れて下さった。

 そして、軍略のことなど何ひとつ話されずに、チェスをした。

 ひたすらに。

 食事も取らず、何手打ったかも思い出せない。気付けば暗かったとしか言いようがなかった。

 先生はやっぱりとてもお強くて、私は盤上に駒を多く残しながら投了リザインすることも多々あった。

 それでも、先生は楽しそうだった。

 試験がどうのということを忘れて、私も楽しく打ち込んだ。

 ただそれだけだ。


 何かが特別だったとは思わない。

 先生は私一人しか弟子を取らなかった。

 何名が受けたのかはわからなかったけれど、他の人にとってみれば、小娘相手に負けたなんて、納得がいかないのも仕方がない。

 セスト様は憎しみのこもった目を私に近付ける。


「ねえ、教えてよ。君と僕、何が違うの? どうして、僕じゃなくて君だったの?」


 私への敗北は、セスト様のプライドをずたずたにしてしまったようだ。

 こんなにもどろどろとした感情を抱えていたのなら、あの時船に乗らなかったはずだ。大嫌いな私と旅なんてしたくなかっただろうし、それ以上に、スードに着けば皇族にその憎しみを見透かされてしまっただろうから。

 私たちの違いを何故と問う。けれど、その問いに私は答えられない。


「それは、私以外の方に訊いて頂いた方がよろしいかと思います。私にはわかりかねますから」


 すると、セスト様は私ののどを急につかんだ。絞め殺すつもりはないのか、苦しいという程度の力だ。顔よりも、苛立ちが手に表れている。


「君のそういうところが嫌いだと言ったじゃないか。物分りの悪い子だ」


 私はその力に屈することなく、視線を強くした。

 先生が私を選んだ理由は、私が特別だったからじゃない。

 フレリア姫とは違う方法で、先生は私たちの心を読んだ。

 それだけのことだろう。


「……あなたは何故、軍師になろうと思われたのですか?」


 そう尋ねたけれど、尋ねる前から答えはなんとなくわかっていた。


「君に答えようとは思わないね」


 この人は、兵を駒のように扱う。

 ひとりひとりに家族があり、思いがあり、心があり、恐ろしさを隠して戦地に向かうのだと、思いやることができない。そうして倒れて行く兵に、感情を移すことをしない。

 命のやり取りも、盤上の遊戯も、大差がない。

 名声と策に溺れる。それを、ラスタール先生が見抜けなかったはずはないから。


「国内で開国の不安を煽ったり、暴動を起こさせたのはあなたですね?」


 いつから諜報員の真似事を初めたのかは知らないけれど、人を欺くことを楽しんでいる。それが嫌というほどに伝わった。


「そうだよ。ペルシに行くから、この国はもうめちゃくちゃになればいいと思って」

「最低です」


 思わず言った私ののどから手を放すと、セスト様はそのまま私の頬を平手で打った。

 声なんか上げなかった。無言で視線を向けると、セスト様は表情にも苛立ちを見せた。


「君さ、勘違いしてない?」


 そして、ポケットの中から折りたたみ式のナイフを取り出す。暗がりの中でも、その刃がきらりと光るのを感じた。その冷たい刃を、セスト様は私の頬に当てる。


「君は手土産だから、僕が危害を加えないと思ってるんじゃないか?」

「……少しくらいの傷は付けてもいいと?」


 怯えた目なんてしてあげない。獲物を狩る楽しみを与えるつもりはなかった。

 けれど、セスト様はクスクスと声をもらした。


「手土産はね、生きていた方が価値はあるんだけれど、手に入らないなら殺してもいいって言われてるんだ」


 生きて連れて行かれたって、役に立ってあげるつもりなんてないけれど。

 私がそれでも態度を崩さないのが気に入らないのか、セスト様は更にぴたぴたとナイフで頬を叩く。


「ペルシまで君をほしがる。……僕はね、君を捕らえてからずっと、その肌に刃を突き立てたい衝動と戦っているんだよ」


 言動が変態じみて来た。私への憎悪が何よりも勝ってしまっている。

 私だって忙しいのに、なんでこんな人に付き合わされているんだろう、とうんざりした。

 ナイフは一度、私の頬を離れ、首筋に向かう。そして、私の首から下がっていた鎖をナイフの先で引っ張る。


「指輪だね。くれたのはリトラ君かな?」

「ご想像にお任せします」


 私はそっけなく言った。

 その途端、セスト様は鎖をナイフで断ち切った。指輪は荷台のどこかへ転がって行く。


「君のズタズタの亡骸を見た時、リトラ君はどうするのかな? すごく、見てみたいとは思わない?」


 悪趣味だ。

 冷ややかな目線と共に、私は嘆息する。


「そんなに楽しいものではないと思いますよ」


 長い付き合いの中で、リトラの涙を見たのはあれが最初だった。

 二度と見たくはない。

 ただ、と私はセスト様をまっすぐに見た。


「リトラはどんなことをしても、私を殺した人間を追いつめて仇を討とうとするでしょうね。ペルシに逃げたくらいでは駄目ですよ。リトラはびっくりするくらい執念深いですから」


 執念深いとか言うと怒るかも知れないけれど、実際そうだと思う。

 あんなにも拒絶したのに、諦めもせずに想ってくれた。

 セスト様は青筋を立ててイライラと吐き捨てる。


「じゃあ、試してみようか?」

「あなたにその勇気がおありなら」


 私たちはその場でにらみ合う。



 リトラは今、戦地で大変な思いをしているだろう。

 私は自分よりも、リトラが大きなけがをしていないかが心配だった。 

 それを考えているうちは、こんな状況でも怖くはない。

 次に再会した時には、約束を違えるなと、きっと言うだろう。

 

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