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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅴ【アリュルージ編】

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〈15〉喪失ではなく

 私は、自室で窓辺の椅子に腰をかけて本を開いた。

 私は軍事関係者だが、宿舎は男性ばかりなので、陛下のご配慮で城内の一室を与えられている。立場的には過ぎた部屋だけれど、仕方がない。

 少し身じろぎすると、それだけのことに左肩がうずく。

 ただ、それは生きているからこそだ。



 目が覚めて、生きていることに私自身が戸惑った。

 そして、左手のぬくもりに気付く。

 私の指先の色が変わってしまうくらいに、リトラが私の手を握り締めていた。ベッドに伏せって、意識はないのに、手を放してくれる気配がない。


 ひどいことをしたと思う。

 それでも、思い止まってくれたということだろう。

 私だって、リトラには生きていてほしかった。



 そうしていると、ドアがノックされた。リトラだったらノックなんかしないと思う。


「……どうぞ」


 私が答えると、殿下は私が知るどんな時よりも疲れた面持ちを見せられた。

 座ったままというわけには行かず、私は立ち上がったけれど、殿下は私のけがを気遣って下さったのか、椅子に座るように命じられた。そして、一言、


「すまない……」


 と、もらされた。


「お前がそこまでのことをしたのに、私は安易な道を選んだ。私こそが、父上の前でのどに刃を向けてでも、諦めるべきではなかった。もう二度と、リトラにあんな決意はさせない。……悪かった」


 その言葉を聞いて、体中の力が抜けるくらいに安堵した。

 ただ、安易な道を選んだのは私の方だ。あれは、誰のための行為だったのか。

 心のどこかに、色々なことから逃げ出したい気持ちがあって、私を駆り立てたのかも知れない。

 リトラが選んだことだったとしても、それに対しての責任を感じてしまった部分もある。

 本当に、馬鹿だった。

 だとしても、こうして生きている以上、それが運命なのだろう。

 一度死んだと思い、これから起こることを受け入れるしかない。


「陛下はきっとわかって下さいますよ。ですから、しっかりなさって下さい。これからが大変なのですから」


 生意気なことを言った私に、殿下は微笑まれた。ほんの少し、目の下にある隈が、悩み抜かれた証なんだろう。


「リトラにはつらい思いをさせてしまった。なるべく優しくしてやってくれ」

「はい……」


 そう答えた。



 そして、殿下が去った後、リトラはやっぱりノックもせずに私の部屋の扉を開いた。

 バン、とけたたましい音がして、ドアが開け放たれる。ドアに傷が付くから、あまり乱暴にしないでほしい。

 けれど、今のリトラにそんなことを考える余裕がないのは、見ればわかる。そんなに息を切らせて走って来なくても、私はもう大丈夫なのに。


「ユーリ……」


 いつも、すぐ人をにらむし、目付きが悪いのに、今はまるで捨て犬のように見えた。


「大丈夫だよ。もう、あんなことしないから」


 安心させようと思って、私はそう言った。

 ただ、口調や態度がそっけなくなってしまうのは、あんなことをした後でどう接したらいいのか、私自身わからなくなってしまったせいだ。リトラのせいではない。


 リトラは扉を開け放ったまま、私に向かって駆け出し、傷口を避けるようにして私を抱き締めた。

 やっぱりこうなる。

 だから、リトラが目が覚める前に医務室を抜け出したのに。手を放そうとしなかったことだって、マイス軍医にすごくからかわれた。

 極力、優しくしてあげてと殿下に頼まれたからという理由だけでなく、私はリトラの広い背中をさするように手を伸ばした。


「……これって、私が泣かせたことになるの?」

「他に誰だよ……」


 リトラの涙が、私の首筋に落ちる。

 どうして、こんなにも強い気持ちを私に持ち続けるのだろう。

 それは、リトラ自身にもわからないことなのかも知れない。


「うん、ごめんね」


 と、私は素直に謝った。




 そんな騒動から、三ヶ月が過ぎた。

 そのひと月前、暑い夏の日に、ラスタール先生は旅立たれた。

 教えたいことは沢山あったのに、ろくに伝えられなかったと、私に詫びて逝かれた。

 それでも、私は先生のお言葉を守って泣かなかった。

 ちゃんと、葬儀の席でも毅然として振舞ったつもりだ。

 悲しくなかったわけではなく、身を切られるように苦しかったけれど、先生の弟子として、みっともない真似はできなかった。


 モルド教徒の言うような、死が喪失ではないと思えたなら、少しは救いにもなったけれど、やっぱり先生を喪ったことは、私個人にとっても、国にとっても大きな痛手だった。



 結局、私は軍師としての知識を、この空っぽの器の底にうっすらと敷きつめる程度にしか持たない。それでも、先生がいなくなり、私は見習いから否応なしに軍師代理という立場になる。

 時間が惜しかった。

 もっともっと勉強をして、身に付けなければならないことが沢山ある。

 ただ、考えれば考えるほどに、浮かび上がる疑惑があり、私は軍事責任者の殿下にそれを話す決意をした。



 ラスタール先生は、過去にペルシ軍の侵略を守り抜いた、伝説の軍師だ。国内外でも、その名は有名であり、その死を国民は不安に思っている。

 そして、この訃報は、きっと国の外へもれている。私はそう考えた。


「……鎖国を解いていない今でも、このアリュルージの内情を探り、情報を得ている国はあると思います。ですから、船が接岸できる地点の警備の強化を提案いたします」


 私がそう言うと、殿下はうなずかれた。多分、同じ心配はされていたはずだ。


「そうだな。いかに不干渉条約があっても、他国の援護を待っていては、間に合わないかも知れない。少なくとも、持ちこたえるだけの軍事力は必要だ。……ユーリ、どうするべきだと思う?」

「はい。まず、海戦は我が国は不得手です。それは今更、どうにもできないことです。ですから、上陸させないことを前提とした戦いが求められるでしょう。ですから、投石器カタパルト大型弩バリスタなどの数がそろえられることが理想ですが、あまり公に製造すると、民はますます不安になります」

「そうだな、現時点で可能な分の整備をしておく。数は後から知らせるから、配置を考えてもらえるか?」

「かしこまりました」


 一礼して去ろうとした私に、殿下はお声をかけられた。


「調査の旅の功績を評価して、リトラの階級を上げたのを知ってるな?」


 私だって、軍事関係者なのだから、知らないわけがない。リトラは今、中隊を任される立場にある。あの年齢では早い昇進だ。


「はい」

「祝ってやったか?」

「いえ、まだ祝っておりません」


 正直に答えた。

 殿下は苦笑された。


「忙しいだろうが、そのうちに祝ってやってくれ」

「かしこまりました」


 私は自分でも事務的だな、と思う返事をして退出した。

 最近、あまりリトラと顔を合わせていない。理由は、私が忙しくなったからだ。

 もちろん、リトラも忙しい。お互いに余裕がない。


 お祝いは、考えなかったわけじゃないけれど、何がほしいと尋ねたら、恐ろしいことを言われそうだから、勝手に考えることにした。ただ、リトラには申し訳ないけれど、本当に、今の私にはゆとりがない。後回しになってしまっているのは、申し訳ないとは思う。


 けれど、今日もやることは沢山あって、やっぱり会いに行けそうもない。


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