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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅴ【アリュルージ編】

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〈14〉不安の予兆


 私は帰国してから一度、侯爵家の屋敷に戻った。

 当然ながら、両親と二人の兄に、この短い髪をこっぴどく叱られた。けれど、そんなことに構っている場合じゃない。私はまたすぐに城に向かう。



 それから毎日、私は先生のお部屋に入り浸っていた。お声をかけることはせず、ただ黙って本を読んだ。先生の知識をすべて吸収するかのように。

 そんな日が一日過ぎ、十日が過ぎた頃、私は陛下に呼ばれた。



「ユーリ、ラスタールの具合はどうだ?」


 あまり良好だとは言えなかった。私は少しうつむく。


「お食事の量が、少し減ったように思います……」


 陛下は、そうか、と小さくつぶやかれた。お優しい陛下は、きっと心を痛めておいでなのだと思う。

 ただ、この先生の衰弱具合が、陛下にとっての最大の不安の種だったと、この時になって初めて気が付いた。


「……ラスタールがあのような状態の今、開国をすべきではない。私はそう考えた」

「え……」


 私は、そのお言葉に呆然としてしまった。


「もし、何かあった時、国を守れる自信がない。せっかく調査をしてくれたお前たちには悪いが、開国はもうしばらく見合わせよう」


 心臓が、どくどくと脈打つ。冷静になれと自分に言い聞かせた。


「陛下、恐れながら、それでは民の生活が改善されることはありません。飢饉の年が次に訪れた時、乗り切るだけの蓄えがおありなのでしょうか」


 不敬を承知で私は言った。陛下はやっぱり、とても悲しい眼をされた。


「私もそう思い、開国を決意した。けれど、お前たちのいない間に、小規模だが暴動があったのだよ」

「暴動……ですか?」

「そうだ。どこからもれたものか、国が開国に向けて動き出したという噂が流れたのだと、首謀者が言ったそうだ。その不安から、暴動を起こしたのだと。……開国がすべての解決法ではない。残念だが、そういうことだ」


 陛下は民を思い、そうして結論を出された。それがわからないわけではない。

 ただ、閉じこもったところで、この国に未来はあるのだろうか。それが救いと呼べるだろうか。


 けれど、今の私には、否定も肯定もできなかった。

 それはやっぱり、私に先生の代わりを務めるだけの自信がないからだろう。

 そんな自分の弱さを、陛下に見透かされた気がした。


「まずは民意を正しく知ること。開国を望まぬ声があるのなら、それに耳を塞いではならぬ」

「……はい」




 私が先生の部屋に閉じこもっていたせいか、帰還してからリトラに会う機会がなかった。

 陛下のご意向を、リトラは多分殿下を通じて知ったのではないかと思う。

 リトラはどう思っただろう。ふざけるなと吐き捨てたかも知れない。

 誰よりも開国に積極的だった殿下も、きっとがっかりされたことだろう。諦めきれずに、陛下に直談判を繰り返されているのだろうか。それでも、陛下ははやる殿下のご意見を、悲しく奥深くに閉じ込めてしまわれるだろう。



 私は、どうするべきなのか。


 今、先生にご負担をかけたくない。自分で結論を出すべきなのだと思う。

 リトラに突き放された昔のように、独りで立てる、大丈夫だと、先生に示さなければならない。だから、弱い心を隠し通すしかなかった。

 そして一度、殿下にお話を伺いに行こうと決めた。

 殿下が陛下と同じように開国を諦めてしまわれるのなら、私がどうこう悩んだところで仕方がない。

 そうしたら、私も心を決める。


 そう思い、私は殿下のお部屋を訪れた。

 艶やかな扉の前に立ち、ノックをする前に一度深呼吸をする。踏み込む前に、少し覚悟が必要だった。

 そうしていると、扉の奥から声がした。その声に、私はほんの少し動揺してしまった。

 久し振りに聞く、リトラの声だ。

 中にいるんだと思ったら、顔を合わせにくいせいか、足が動かなくなった。出直そうかと考えてしまう。

 ただ、その時、聞きなれたリトラの声が、恐ろしい言葉を発する。



「――ですから、私が殺します」



 私は思わず、声を上げそうになった。聞き間違いではない。確かにそう言った。


「……駄目だ。お前にそんなこと、させられない」


 いつになく緊迫した殿下のお声がそう続いた。けれど、それをリトラが否定する。


「いえ、私にしかできません。私を信頼して下さるのなら、何も仰らずにお任せ下さい。そうすれば、国の未来は変えられます。国を開くこと、民の生活を豊かにすることが、殿下の大望でしょう? どうか、民を導いて下さい」


 一体、何を話しているんだろう。

 どうして。誰を。何故。

 私は、自分の体が冷え切って行くのをその場で感じていた。立ち去ることもできず、殿下のわかった、というお返事を聞くことになる。

 呆然としてしまった私は、背後に人がいることに気が付けなかった。


「!」


 背後から口元を押え付けられ、体を抱えられた。私の力でもがいたくらいではびくともしない。訓練された人間だと、顔を見なくてもわかる。その人物は、素早く扉を開けると、私を部屋の中に押し込み、そして突き飛ばした。

 下は柔らかな絨毯で、痛みはなかったけれど、心臓がズキズキと嫌な痛みを抱える。顔を上げるのが怖かった。うつむいたままの私の背後から、私を突き飛ばした人物が声を発した。


「廊下にいました。話を聴いてしまったのではないかと」


 聞き覚えのある声だ。確か、騎士団の大隊長のひとりで、ブレゼという人だ。私は振り返らず、そっと顔を上げた。

 まず、リトラと目が合う。リトラは瞠目し、固まってしまった。その張りつめた表情に、ごまかすだけのゆとりはなかった。殿下は大きくため息をついて、お顔を覆われている。


「ユーリ、聴かなかったと言うんだ。そうしたら、帰してやれる」


 指の間からもれる、殿下の苦しそうなお顔に、私はうなずけなかった。足が震えるけれど、何とかして立ち上がる。

 リトラが殺すと言った。話の流れから察すると、当てはまる方は一人しかいない。

 死んで開国が成されるというのなら、それは陛下だけだ。殿下に代替わりされれば、殿下は国を開かれる。だから、リトラは陛下のお命を奪うと言う。


「私が聴かなかったと言えば、どうなるのですか? その計画を中止されるおつもりがないのなら、聴かなかったなんて言えません」


 すると、リトラは驚くほどに鋭い視線を私に向けた。今までのような労わりも、甘さもない、ただ厳しい瞳だった。


「お前は口を挟むな。そうじゃないと、俺はお前のことも殺さなきゃならなくなる。死にたくなければ、関わるな」


 誰が誰を殺すと。

 私は、信じられない思いでリトラを見上げた。どうしたら、彼の決意を変えられるのか。震える唇で言った。


「君がそんなことをしたら、叔父上と叔母上はどうなるの?」


 すると、リトラはずっと私が知らなかった事実を、今になって突き付ける。


「俺は孤児だ。引き取られただけで、血のつながりはない。悪い噂も、すぐに収まる」


 どうして。

 なんでわかろうとしない。


「血なんかどうだっていい! 悲しむ人間の気持ちが、どうしてわからないって言ってるんだ!」


 思わず声を張り上げた。目頭が熱いけれど、泣いたりなんかしない。私は強くリトラをにらみ返した。

 すると、背後からブレゼの大きな手が、私の腕を捕らえた。その段階になって初めて、私は彼に目を向けた。騒ぎ立てる私に対する苛立ちが、そこにある。


「やはり、このまま帰すわけには……」


 手首がきしむ。私は苦痛に顔を歪めた。けれど、それをリトラが解かせる。


「大丈夫です。こいつは口外しません。この件に殿下が関わっておられる以上、これが外にもれた時、この国がどうなるのかをわからないやつではありませんから」

「っ……」


 お世継ぎが他にいないこの国で、殿下を弑逆の罪に問えば、開国なんて言っていられないくらいに国が荒れる。将来を期待されている殿下の転落に、国民はどれくらいの不安を覚えるだろう。

 リトラの言葉は、私をがんじがらめにしてしまった。


 じゃあ、リトラはどうなる。


 殿下のお気に入りのリトラが陛下を弑すれば、殿下に疑いの目が向く。それでも、殿下の失脚を避けるために、リトラ一人を悪者にして、周囲は事態を片付けるだろう。

 それがわかっていて、それでも手を下そうとする。

 リトラは、ブレゼから私をもぎ取ると、部屋の外へ出した。そして、暗い眼をして言う。


「お前には止められない。今日のことは忘れろ。……じゃあな」


 本当に、リトラは勝手だ。

 それとも、あの時、あの夜、帰らないと言えなかった私が悪いのだろうか。


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