〈12〉フーディアの民
「お前がやったなんて、たちの悪い冗談だ」
リトラは怒ったように目を鋭くする。私は苦笑した。
「私がやったなんて言ってないよ。ただ、私の手袋から反応が出るって言っただけ」
「……どういうことだ?」
「お茶会に行く前のこと、よく思い出してみて」
私が言うと、リトラは眉間に深くしわを刻んで考えた。
「姫が薔薇を受け取って……」
「そう。その後、私がどうしたか、覚えてない?」
「あ」
ようやく思い出してくれたようだ。
「お前、姫と手袋を交換してたな。汚れてるって。姫が気にならないって言ってるのに、結構無理やり」
「そういうことだよ」
すると、リトラはぼそりと言った。
「じゃあ、姫が犯人か?」
考える気がない。リトラは、別に誰でもいいやとか思ってる。
「そんなわけないじゃないか! 逆だよ! キャティは危うく犯人にされるところだったんだ」
私が怒ると、リトラは首をかしげた。
「意味がわからない」
仕方なく、私は順序立てて話すことにした。
「あの時、あの庭師は珍しい薔薇を切って、そのままキャティに手渡した。私にはそれがすごく引っかかったんだ」
「そうか?」
「うん。白い手袋をしたキャティに、まだ瑞々しい切り口の花なんて渡したら、手袋が汚れるよ。あんなに珍しい薔薇を作る技術のある庭師が、それくらいの配慮が出来ないとは思えなかった。じゃあ、わざとかと思ってみると、妙に気になって、念のために私と手袋を換えてもらったの。みんな同じような手袋だから、交換してもわからないし」
「薔薇の切り口に毒が塗ってあったってことか?」
「多分ね。薔薇は見付からなかったし」
「なんであの二番目が狙われて、姫が犯人にされそうになったんだ?」
「キャティが犯人にされそうになったのは、丁度よく条件がそろったからだと思うよ。別に、ここは誰でもよかったんだと思う。クルート様が狙われたのは、やっぱり王位継承のごたごただよね」
「平和そうな国だと思えば、そうでもないのか……」
と、リトラは嘆息する。けれど、それから何故か私をじっと見据えた。
私は思わず身構える。
「ユーリ」
「な、何?」
「これ以上、首を突っ込むなよ」
ぎくりとする。
「え? 何が?」
とぼけると、リトラは私の肩をがっしりとつかんだ。
「お前は気になると、解明しないと気が済まないだろ。その庭師が誰に頼まれたのか知りたくて、会いに行こうとか考えてないか?」
「ないよ。何言ってるの?」
少し違うけれど、やましいことに違いはない。目をそらしたくらいでは駄目だった。私はリトラに対して弱みがありすぎる。
リトラは、ふぅんと小さく言った。そして、肩にかかっていた手を滑らせ、私の顔を捉える。
「嘘しか言わない口は、塞いでしまおうか?」
私は、思わず悲鳴をもらした。リトラの手首をつかんで引き離そうともがくけれど、ぴくりとも動かない。リトラの顔がゆっくりと近付く。私は慌てて叫んだ。
「ごめんなさい! 嘘つきました! 会いに行こうとか思ってました!」
「やっぱり」
リトラは嘆息して私を解放する。私は、自分のほてった顔を両手で包んで冷ましながら言った。
「どうしても、これは必要なんだ」
「それはこの国のやつがすることで、俺たちの仕事じゃないだろ?」
「そうでもないよ。この国を知ることも、私たちの仕事だよね?」
「……危なくないか?」
「危ないよ」
はっきりと答えた私に、リトラは大きくため息をついてみせた。
「別に、一人で行かないよ。ジュセル王子の護衛の人たちに頼もうかなって」
「何で俺に言わない?」
「反対するから」
「それだけわかってて……!」
怒鳴りそうになってから、リトラは声を落ち着けた。
「もういい。俺が付いて行く。目を放すとろくなことにならない」
結局、そういうことになってしまった。
とりあえず、ジュセル王子には簡単に事情を話し、キャティを守ってもらえるように手配した。
庭師のおじいさんを探し出せるかわからなかったけれど、やっぱり庭園しか心当たりがなかった。
私たちは薄暗くなってから庭園に向かった。庭園のところどころには外灯があり、歩く分には困らない。
リトラには念のために剣を持って来てもらった。でも、できることなら穏便に済ませたい。
私たちは、あの薔薇のあった一角にたどり着く。薔薇の株は引き抜かれ、跡形もない。
けれど、私が執拗にそこを調べていると、やっぱり誘い出されて庭師はやって来た。
「……こんな時間に、どうされました?」
落ち着いた声。穏やかな顔。
けれど、夜に見ると、昼間とは印象が違った。妙なかげりを感じてしまう。
リトラが隣で身構えるのがわかった。私はその腕に手を添え、言った。
「姫がローズ・イースがなくなってしまってがっかりしているんです。それで、探しに来ました」
「おや。あれは、珍しい花です。誰かに盗まれてしまったのでしょうか?」
私は、庭師の黒い瞳を凝視した。その中にあるものを探ろうとする。
そして、言った。
「ローズ・イース……。イースはツァイル語で『思惑』を意味しますね」
庭師の肩がピクリと動く。
ツァイル語は、このレイヤーナの先住民とも言われる、少数部族が使った言葉だ。今はあまり一般には使われていない。
「はは、どうでしょう? 私にはわかりませんが、偶然としか言えませんね。あなたのような外国の方が、そのようなことを知っているのも不思議ですが」
すでに、目が笑っていない。私は、すでにわかり切っていることを口に出した。
「あなたは、フーディアの民ですね」
庭師の視線が、凍て付くように冷え、私を貫く。その視線が、私の言葉を裏付けた。
「今もなお、先住民族フーディアの民は生き、王家の影としてうごめいている。それは事実のようです」
私はアリュルージの軍師見習いで、王家の書庫に自由に出入りが許されている。一般よりも秘匿された情報を得る機会があった。
庭師は無言で私を見据えている。私は、その視線が怖くないわけではなかった。それでも、自分を保っていられたのは、多分一人ではなかったからだ。
「本来なら、私は見て見ぬ振りをしてもよかったのです。外部の人間の私が口を挟む問題ではありません。ただ、あなた方という存在が実在するのかを確かめたかった。それだけのためにここに来ました」
これから、この国と関わりを持ち続けるのであれば、どうしても確かめなければならないことだった。アリュルージにとっても、警戒をしなければならなくなることがあるかも知れないから。
ただ、と一度言葉を切って、それから続ける。
「罪のないキャティを道具にしようとした。個人的にはそれが許せませんが」
そこで、庭師はクスクスと小さく笑った。
「姫から毒が出なかったのは、あなたのせいですね?」
私は黙った。
フーディアの民は、暗殺を手がけることもある。幼少期から特別な訓練を受け、身体能力に特化した人々だという。
けれど、この庭師は老人だ。私の中にそう侮る心があったのかも知れない。
それが誤りであったと、そう気付かされるのに時間はかからなかった。
空気が肌を切るように痛い。底冷えする視線に、体が硬くなった。急に震えが止まらなくなる。
そんな呪縛を、リトラの腕が解く。
「下がってろ」
後方に押しやられる。その時になって、私はリトラを連れて来たことを後悔した。
「無理、しないで」
「するだろ」
リトラはそうつぶやく。
庭師は何も武器を手にしていないように見えた。けれど、多分どこかに隠している。
私はせめて、リトラの邪魔にならないように後ろに下がった。
「あんまり、年寄りを苛めたくない。ここでやり合わなくても、暇をもらって、ひっそりと隠居すればいいんじゃないか?」
リトラはそんなことを言う。庭師はにこりと笑った。
「あなたたちを殺したら、そうします」
「残念だな。それじゃあ、隠居生活が味わえないまま、棺桶行きだ」
相手に負けず劣らず、リトラも悪いことばっかり言う。けれど、それだけゆとりがないのは確かだ。
情けをかければ、殺される。情けをかけても、向こうがかけてくれることはない。
先に動いたのは庭師だった。
私が目で追えないくらいに素早く腕を振るう。その先から、細い鎖が飛び出し、リトラの抜いた剣に絡み付く。それをたどるようにして、庭師の小さな体がリトラに接近した。
その途端、リトラは庭師の体を蹴り飛ばす。彼の戦い方には品がないと言ったのは、誰だったか。
そして、鎖の絡んだ剣を逆に鎖を巻き取るように動かし、強く引いた。さすがに、若いリトラの方が力では勝る。庭師は鎖をすぐに捨てて体勢を戻した。
「荒々しい小僧だ」
「よく言われる」
リトラの方が優勢だ。私はほんの少し安心した。けれど、すぐに庭師の袖口から、長くしなるものが飛び出し、それがリトラの腕を打った。
「リトラ!」
シャツと皮膚が裂け、ぼたぼたと血が滴る。赤い色を見て、私は心臓がつかまれたような痛みを感じた。それでも、リトラは表情には出さなかった。
小さく舌打ちし、もう一度襲って来た鞭を避けなかった。避ける代わりに、深く踏み込む。
そして、片手に持ち替えた剣を庭師の左脇に滑らせ、逆手から斬り込んだ。
庭師が崩れ落ちると、リトラは息を弾ませてその倒れた背中に視線を落とした。リトラの腕から流れ落ちた血が、庭師の血と混ざり合った。
私は思わず、リトラの服の背中を握り締めていた。
「ごめん、ごめんなさい! 早く手当てをしないと!」
「そんなに深い傷じゃないから、心配要らない」
リトラの声は穏やかだった。私を落ち着けようとしてくれたのかも知れない。
「お前が無事ならいい」
その一言が、どうしようもなく苦しかった。
二番目さんは、似たような手口で庭師に毒を塗られました。
死ぬほど強いものではなくても、気の弱い人なので、脅すにはあれで十分でした。




