〈11〉 茶会の惨劇
俺は、王族の集まる茶会になんて出たくなかった。
堅苦しいのが嫌なのはもちろんだが、それ以上に、ユーリを見せたくなかったからだ。
案の定、特に四番目のやつがユーリを見る目が気に入らなかった。ユーリも少し不安そうにしていたように思う。
それでも、始まってみれば案外会話の中身はまともで、俺たちには実のある内容だった。
ただ、そう思ったのも束の間だ。
二番目のやつが血を吐いた。
変な病気だったらうつされたくないなと俺は考えていたが、どうもそういうことではないらしい。
そうなると、毒だろう。ユーリの目付きが鋭く、辺りを観察していた。
姫も取り乱し、ジュセルがそれを必死で抱き締めている。なんとかして守りたいのだろう。
王太子が素早く全員に目を向け、鋭く言った。
「誰も調べが付くまで動くな!」
そりゃあそうだ。
俺たちは何もやましくはないから、別に困らないが。
ところが、ユーリが突然、俺にしなだれかかるように体を預けて来た。ぐったりとして、俺の服をつかみながら言う。
「私、気分が悪くて……」
それを見た王子たちは、無理もないと思ったのだろう。多少、表情を緩めた。ジュセルは姫をなだめながらも、口を開く。
「彼らのことは私が保証します。彼女を休ませてあげてもよろしいでしょうか?」
「ああ、わかった」
王太子の許可が下り、俺はユーリの肩を抱き、詫びを入れてその場を後にする。
けれど、ユーリがそんなか細い神経をしていないのは、俺が一番よく知っている。ユーリは俺に寄り添いながら、薄目を開けてちらりと周囲を見た。そして、誰もいないのを確認すると、俺を押しのける。
「もういいよ。誰もいないし」
密着するのは、本気で不本意だったんだろう。勝手なやつだ。
それでもその手を使ったほど、あの場を去りたい理由があったようだ。
「で、なんなんだ?」
「確かめたいことがあってね。急がないと、痕跡がなくなりそうだったし」
「確かめたいこと? どこだ?」
「庭園の中だよ」
そう言って、ユーリはさくさく歩いた。姫にこの図太さを分けてやればいいのに。
けれど、庭園の中でユーリが確かめたかったことは、確認できずに終わったということだった。
「手回しされてる。けど、逆に言うならそういうことか……」
ユーリは独り言をつぶやく。
「じゃあ、部屋に戻ろう。キャティの部屋だ」
俺に説明する気はないのか、急いでいるのか、またしてもユーリはさっさと歩いた。
「ユーリ、気分が悪いって抜け出したやつが、あんまりズカズカ歩くなよ」
ユーリはぎくりとする。
「急いで戻りたいんだよ」
「わかった。急げばいいんだな?」
俺はユーリの返事を待たず、ユーリの体を横抱きにした。ふわり、とドレスの裾が広がり、甘い香りがする。
「そこまでしなくていいよ!」
ユーリは脚をばたつかせてそう言うものの、俺は下ろしてやる気がなかった。
「気分悪そうに振舞えよ。じゃあ、行くぞ」
きっと、後で覚えてろとか思ってる。まあいいか。
一応、人前ではぐったりとして見せたユーリだが、姫の部屋の近くにやって来ると、すぐに俺に下ろすように催促した。俺がしぶしぶそれに従うと、ユーリは姫の部屋の掃除をしていた侍女を捕まえた。そして、何かを尋ねている。
侍女は不思議そうにかぶりを振った。
ユーリはもう一度俺のところに戻って来る。
「こっちも駄目だ」
「何を探してるんだ?」
すると、ユーリはようやく言った。
「薔薇だよ」
「薔薇?」
そういえば、茶会の前に姫が庭師から珍しい薔薇を受け取っていた。あれのことか。
「それが毒とかかわりがあるのか?」
「あるかも知れないと思う」
ユーリも確証はないのか、歯切れが悪い。
「ねえ、リトラ、私はこっちに残るから、リトラはみんなのところに戻って様子を見て来てよ。大丈夫だとは思うけど、キャティが不利な状況に追い込まれたりしたら、私を呼びに来て」
こんな物騒なところで別行動はしたくない。けれど、そんな俺の心情を、ユーリは理解していたようだ。
「お家騒動だからね。部外者の私たちに害はないよ。私のことは気にしなくて大丈夫だから」
「……動くなよ」
ユーリにそう釘を刺し、俺は嫌々あの茶会に戻った。
ジュセルががんばったのか、姫は怯えているものの、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
二番目のやつはすでに運ばれ、適切な処置を受けているらしい。助かったようだ。
学者みたいなやつが、カップから菓子から、色々なものに液体を垂らしている。毒が付着していたら、あれが何か反応をするのかも知れない。ちなみに、やつの食べた菓子から、植物性の毒が検出されたとのことだ。素手でつかんで食べたから、手の方に付いていたのかも知れないが。
「まだ、誰がやったかはわかってないんだな?」
俺はジュセルにそう尋ねた。ジュセルはうなずく。
「うん……。俺にわかるのは、俺は犯人じゃなくて、キャティでもなくて、リトラとユーリでもないってことくらいだな」
それだけわかればいい方だ。
姫は、ジュセルが体に触れることを許していた。少し前なら、間違いなくつっぱねただろうが、今はただ心細いのだろう。顔も随分青ざめていた。
そして、学者の一人がおずおずと言った。
「皆様方のお手を、この薬品を使って調べさせて頂きます」
無礼だとか、そんなことを言うやつはさすがにいなかった。仮にも王子が毒を盛られたんだから。
俺の番が来て、学者に液体を垂らされたけれど、当たり前ながらなんの反応もなかった。ジュセルもない。女性陣は手袋をしているので、仕方なくそれを外して差し出した。念のために手袋の下の素手も調べられるが、誰も反応はない。姫は心細そうに、手袋のない腕をさすった。
結局、誰からも反応は見られなかった。
釈然としないまま、どうにもならずに各自部屋に戻ることになる。
俺はその顛末を、姫の部屋の前の廊下でユーリに語った。
「なるほど」
ユーリはすでにドレスを脱ぎ、いつものローブ姿だった。
「誰からも反応がないってことは、あいつ、自分で仕込んだんじゃないか?」
当たり前の意見だ。侍女も全員調べた。他にはいない。
けれど、ユーリはにこりと笑った。
「調べていない人間が一人だけいるよ」
「誰だ?」
俺には見当が付かなかった。そんな俺に、ユーリは恐ろしいことを言う。
「私」
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。多分、間抜けな顔もしてる。
「多分、私の手袋からは反応が出てしまっただろうね」
俺はもう、わけがわからなかった。




