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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅳ【レイヤーナ編】

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〈11〉ローズ・イース


 私は、なんとか難を逃れた。キャティの申し出のおかげだ。

 意識しすぎなのかも知れない。けれど、あのことがあってから、リトラは私の知らない人になってしまったかのようだった。


 ただ、時折楽しそうに笑うことがある。そんな時だけ、子供の頃の面影を覗かせるのだから、ずるい。 私は湯船に浸かりながらそんなことを考えていた。考えると切りがない。あまり長く浸かっていると、湯あたりしそうだ。


 旅は、この国で一応終わる。そうしたら、国に戻る。どうしたって後少しだ。

 そしたら、リトラにはちゃんと言わなければならない。

 お互いにわかり切っていることを。

 すると、向こうで侍女に香油をすり込まれていたキャティが私を呼ぶ。


「ユーリ、今度はユーリの番よ」

「私はいいよ」


 少しくらくらして来たので、もう上がろうかと思った。

 けれど、そんな私を侍女たちが捕まえる。


「さあさあ、こちらへ」


 有無を言わさず、侍女たちは私にも香油を振りかけた。諦めておとなしくしていると、キャティが体にタオルを巻いてそこにいた。


「ユーリ、きれいな背中ね。じゃあ、明日は背中の開いたドレスを用意しようかしら」

「それはちょっと……。露出の高い服はもう着ないって決めたから」

「ああ、奥様だものね。他の男性の前でそんな格好をしたら、旦那様が嫌がるわよね」


 違う。見せたくないのはリトラにだ。




 そして、その翌日。

 私は、キャティが用意してくれたドレスを身に着けていた。私の要望どおり、極力露出は少ないものにしてくれた。

 全体的に淡いピンクで、首もとまでちゃんと生地があり、露出は両肩くらいだ。二の腕まで、白く長い手袋をはめている。この国では、女性の手袋には慎みの意味があるようだ。


 そして、驚いたことに、リトラまで正装している。

 仕立てのよいシルクのシャツに、グレーのベスト。

 社交場でも騎士の制服を着用していることがほとんどで、これはかなり珍しい。そして、多分すごく嫌がっている。

 でも、意外と似合っていた。もともと背は高いし、手足が長い。リトラは襟元のスカーフを嫌そうに緩めた。


「駄目だよ、これからお茶会にお呼ばれするんだから」


 思わず私は苦笑し、背伸びしてそのスカーフを元通り直した。その距離で、リトラは私をじっと見つめている。その視線の甘さに気付いた途端、私はすぐに後ろに引いたけれど。


「それにしても、面倒だな」


 一言ぼやく。


「大事な情報収集の場だよ。ありがたいじゃないか」


 そして、私は庭園の向こうで手を振るキャティのもとへ向かった。


「ねえ、ユーリ、この薔薇、きれいでしょ? お抱えの庭師が改良して出来上がったの。この庭園にしか咲かない、珍しい薔薇よ」


 キャティの隣には、同じく正装したジュセル王子がいた。はしゃぐキャティをまぶしそうにながめている。


「うん、とってもきれい」


 美しく整えられた薔薇の株を、私もかがんで観察した。確かに、初めて見るし、図鑑でも見た覚えがない。改良した庭師の腕は相当だと思う。

 ほんのりと中央に向けて紫になっているその花弁が、見ようによってはうす青く感じられた。ほとんど白に近い色だけれど、それでもすごい。こういう色は難しいと聞いたから。

 庭師のおじいさんは、手塩にかけた薔薇をほめられ、とても嬉しそうにニコニコしていた。


「ローズ・イースです。よろしければ、姫君に」


 一輪しかない貴重な薔薇を、庭師のおじいさんは惜しげもなく切った。キャティはその大輪の薔薇を嬉しそうに受け取る。


「いいの? 大事なものなのに」


 庭師のおじいさんは、優しそうな目で語る。


「姫君が一番、この薔薇の価値をわかって下さいました。ですから、このままここで朽ち果てるよりも、あなた様と共にあった方が、この薔薇は活きると思ったのですよ。ですから、どうか、最後の時まで愛でて下さいませ」

「ありがとう」


 嬉しそうにそれを胸に抱くキャティの様子は、とても微笑ましかった。

 けれど、手折られた途端、あの薔薇はさっきまでとは別物のように価値を変えてしまった。

 花を失った株も、葉だけを残して物悲しい。

 ここで朽ちることが幸せだったのではないか。そんな気さえする。

 摘み取られた花の気持ちは、花にしかわからない。



 そして、その場を通り過ぎて庭園で開かれるお茶会に参加する前に、私はキャティに気になったことを告げた。キャティは首を傾げたけれど、私はなんとか言いくるめる。

 キャティはローズ・イースを侍女に預けた。お茶会に持って行くと枯れてしまうから、活けておいてほしいと。


 

 その場はすでに、半分以上が埋まっていた。私たちが最後のようだ。

 私とキャティは、それぞれリトラとジュセル王子にエスコートされてその場におもむく。

 この国の王子は、数名が不在で、今この国にいるのは、四名だ。


 第一王子、つまり王太子のラディーク様、第二王子のクルート様。第四王子のマルーシュ様、第七王子のキュール様。つまり、第三、五、六王子は不在。ちなみに、キャティのお気に入りのお兄様は五番目らしい。

 それから、姫がもう一人。ただいま十歳だそうで。けれど、あまりこういう場は好きではないのか、機嫌が悪い。キャティの姉上様はすでに嫁がれたそうだけれど、他国にではなく、降嫁されたそうだ。


「これはこれは、美しいご婦人だ」


 私に向けてそう仰ったのは、第四王子のマルーシュ様だ。二十代後半くらいだと思う。すでにご結婚もされていて、奥方が隣にいるというのに、そんなことを言う。けれど、奥方は少しも動じず、興味がないと言わんばかりだった。

 マルーシュ様の視線が少し痛くて、私は繋がったままのリトラの腕に力を込めてしまった。こんな時だけ頼るのはいけないことだと思いながらも。


「ご招待頂き、光栄です。私は、勿体なくもジュセル王子と友人関係を結んで頂いております、リトラ=マリアージュと申します。こちらは妻のユーリです」


 リトラは場をわきまえた挨拶をする。やればできるんだ。

 けれど、妻とか言われると、やっぱり顔が強張ってしまう。


「そうか。確か、スードの貴族だという話だったな。ジュセル王子とはどこで?」


 王太子のラディーク様がそう仰った。年齢は四十歳くらい。視線が鋭い。リトラといい勝負だ。きっと、厳しい方なのだろう。ご夫人を三人連れている。それから、お子様だろうか。十代前半の男の子と女の子がひとりずつ。


「三年前、勉強のためにキャルマールを訪れた時、城下を視察されていた殿下と意気投合いたしまして」


 内心、意気投合した覚えなんてないけどな、とか思ってそうだ。

 そうして、私たちは席に着く。

 会話の内容は、キャティや夫人たちには微塵も興味がないもの。けれど、私たちには重要な話が飛び交う場だった。


 レイヤーナにとっても、ペルシの動向は常に気を抜けないのだという。だから、第三王子は近隣の海域まで哨戒に出ているそうだ。

 スードもペルシの隣国だ。同じように心配だろうと話を向けられ、リトラはそつなく返事をした。

 私も会話に加わりたかったが、夫人は誰一人として口を挟まなかったので自粛した。ここはリトラに任せるしかない。


 けれど、夫人の他にも会話に加わらない方がいた。

 第二王子のクルート様だ。どうやら、もともとおとなしい方のようだ。夫人はおらず、ひっそりとお茶をすすっている。まだ十五歳の末弟のキュール様や、他国のジュセル王子でさえ、時折発言されているのに、誰よりも存在感がなかった。

 まあ、七人もいれば、仕方がないことなのかも知れないが。


 アリュルージの王子は王太子殿下お一人。この大所帯は、私たちには不思議な世界だ。

 ちなみに、キャティたち女性陣はお菓子に夢中である。キャティは自分が食べておいしかったのか、小さなカップケーキをクルート様に勧めた。クルート様はそれを受け取り、にっこりと微笑む。無邪気なキャティがかわいいのだろう。キャティは、一番のお気に入りは五番目でも、他の兄妹とも仲がよいようだ。


 そうこうしているうちに、二時間くらいの時間が経った。

 そろそろ、リトラの猫かぶりも限界だろう。目付きが据わりそうで、私は時々リトラをテーブルの下で小突いていた。

 そんな時、クルート殿下が激しくむせ返った。


「クルート兄様、また発作ですか?」


 キャティが駆け寄る。発作というからには、体が弱いのかも知れない。

 クルート様は答えず、更にむせ続け、少量だが血を吐き出した。それを見て、キャティが悲鳴を上げる。夫人たちもそれに続いて悲鳴を上げた。


「誰か! 典医を呼んで参れ!」


 ぐったりとしたクルート様のそばで取り乱して泣き出したキャティを、ジュセル王子が抱き止めた。

 美しく思えたこの国の闇を、私は垣間見た。

  

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