〈10〉 どうすれば
俺は、ジュセルの後を歩く。
レイヤーナの城はごちゃごちゃしていて、俺はあまり好きじゃない。豊かな国だからこうなのかも知れないが、無駄だらけだと思う。
周囲を見回しながら歩いていた俺に、ジュセルはわざとらしく嘆息してみせた。それでも俺が放っておくと、またそれを繰り返す。うっとうしくなって、つい口に出した。
「言いたいことがあるなら、早く言え」
すると、ジュセルはすぐに食い付いて来た。
「キャティの態度、どう思う?」
「お前との結婚が心底嫌なんだという態度だな」
正直に言ってやると、目に見えて落ち込んだ。
「やっぱり?」
確かに美少女だったけど、ああいうタイプの何がいいのか、俺にはわからない。そんなことを考えていると、ジュセルはぽつりと言った。
「俺と結婚すると、キャルマールに行かなきゃいけなくなるから嫌だって言われた。結婚したかったら、婿に来いって」
仮にも王太子に何を言う。しかも、真に受けるやつもどうかと思う。
「そんなことで、跡を継がないとか騒ぐなよ……」
今になってようやく、国家反逆罪の謎が氷解する。
「あの姫がどれだけ嫌がろうと、選べないのはわかってるだろ。嫌がりながらも、お前のところに来るしかない。いちいち真に受けるな」
すると、ジュセルはぼんやりと庭園の方を見やった。その焦点の合わない視線を、馬鹿だと思う。
「それはそうなんだけど、やっぱり、好きな子に嫌がられるのってつらいだろ。少しでも好きになってもらいたいし。でも、俺の下、弟はまだ三歳だし、やっぱり継がないって選択は難しいんだよなぁ。……なあ、どうしたらいいと思う?」
どうしたらいい、なんてことは、俺が知りたい。
「知るか、そんなこと」
突き放すと、ジュセルはえー、とぼやいた。
「ものの数秒でメイドを腰砕けにしたくせに?」
「変な言い方するな!」
俺が殺意を込めてにらむと、ジュセルは不満げだった。
「……本気で手に入れたい相手ほど、手に入れられない。誰だってもがいてる。別にお前だけが特別じゃない」
なんでこんなことを言ってしまったのかと思う。少し、どうかしていた。
「ふぅん。ユーリは手強そうだね」
俺がもう一度にらむと、ジュセルは笑った。
「じゃあ、お互いにがんばろうか」
海賊まで引くような俺の眼力が、どうしてだかこいつには利かないようだ。
そうして、王族の護衛を務める騎士の鍛錬場を遠くから眺めた。さすがに、統率が取れているし、動きは洗練されている。けれど、服装もそうだが、傍目にどう見えるかにこだわりすぎている。
騎士道精神だとか、そういったものにやたらうるさいんだろうな、と思う。
高潔に命を散らすことを美徳とするようなやつらとは、仲良くできそうもない。
俺たち小国は、もっとなりふり構わず、勝つことに貪欲でなければならないから。
あれは、違う種類の生き物だ。
隣国のペルシは軍事国家だが、長らく友好的な関係が続いているのだろう。内乱の平定の助けだと言いながら、シェーブルにちょっかいをかけるゆとりがあるのもそのせいだ。
アリュルージには、国の位置という動かせない問題がある。
スードは王を災厄の人柱にするという悪習がある。
キャルマールは海に山に、賊の多い国で、そのために傭兵稼業が盛んになり、他国から流れ着いて来る者が多いという利点はあるものの、やっぱり内情は不安定だ。
シェーブルは、国王不在の今、レジスタンス組織が多く活動し、荒れに荒れている。
ペルシを除くと、この国は諸島で最も恵まれているように思う。
その後、俺たちは城を適当にふら付いて戻った。会話に花を咲かせていた女性陣、特に姫が途端に顔を歪める。
「まあいいわ。ユーリは私のお部屋に泊まらない? お付の人は、ジュセルの従者のところでいいわよね?」
お付の人というのは、俺のことらしい。ユーリは複雑そうに苦笑している。
すると、ジュセルがにやりと嫌な笑みを見せた。
「キャティ、従者じゃないぞ。こいつはリトラ。ユーリの旦那だ」
「!」
ユーリが一瞬、泣きそうな顔をした。まだその設定を引っ張るのかと。
姫は途端に俺に対して態度を改めた。
「あら、そうだったの? それは失礼しました。素敵な奥方で幸せね」
そんなことを言う。それが少しおかしかった。
「まあ、そんなわけだから、二人はひと部屋でいいよ」
ジュセルの一言で、ユーリは悲鳴を上げそうになるのを、口元を押さえてこらえたように見えた。完全にトラウマになったようだ。
姫は少しだけ頬を染め、うーん、とうなる。
「そうね。でも、残念。一緒に湯殿に入ったり、眠ったりしたかったのに」
これは後から聞いた話だが、レイヤーナの人間はきれいなものが好きで、だから姫は初対面のユーリをすぐに気に入ったらしい。
そして、ユーリは姫の発言にすかさず食い付いた。
「わ、私もそうしたかったの! ここにいる間はそうしたいな!」
まあ、そうだよな、と俺は冷静に思う。
「そう? じゃあ、奥方をお借りするわね」
と、姫は俺に微笑む。どうぞ、としか言えない。
そんな俺たちのやり取りを、ジュセルは腹を抱えながら笑いをこらえていた。後で殴ろうと思う。




