表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅲ【キャルマール編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/39

〈9〉 できない約束

 俺は、ユーリを残して部屋を出た。

 扉の奥から、ユーリのわあわあ泣いている声がもれて来る。


 ただ。

 けれど。


 目の前で泣かれても、俺は少しも悪いとは思わなかった。

 消えない傷になればいい。

 俺が苦しんできた分、お前も苦しめと、ひどいことを考えた。



 この完全な拒絶を予測してなかったわけじゃない。

 わかり切っていた反応だ。

 俺が必死で保って来た距離を、勝手だとなじる。

 俺から見れば仕方がないことでも、ユーリには納得できないんだろうか。



 会う機会を減らしても、まったく会わないというわけには行かなかった。俺が大人になるように、ユーリも子供から女になる。たまに会う時ほど、それを強く感じた。

 ユーリがきれいになったとほめそやす声が、たまらなく嫌だった。


 手に入らないとわかっているのに、吹っ切れたとも言えない。

 中途半端に想いを残して接していた。いつこうなってもおかしくなかった。

 受け入れられない気持ちのこの先には、何が待っているんだろう。

 もっと拒絶されて諦めるか、どこまでも想い続けるか。

 それは、まだわからないけれど。



 ただ、今だけはしばらくそっとしておこうと思う。

 とりあえず、廊下に座り込んだ。どれくらいかそうしていると、部屋の中からガタン、と大きな物音がした。さすがに嫌な予感がして、俺は部屋の中へ踏み入る。

 途端に、真っ赤な眼をしたユーリと目が合った。ただ、ユーリの立ち位置が問題だった。


「何やってる……」


 窓を開き、半分乗り越えている。ここは二階だ。

 俺に見られてばつが悪そうに、ユーリはぼそりと言った。


「別に」


 別にじゃないだろ。

 もしかして、俺が廊下にいるから、窓から逃げ出そうとしたんだろうか。二階だから、やろうと思えばやれるかも知れないが、それは一般人の場合だ。ユーリは、自分で思っている以上に運動神経が悪いんだ。ダンス一曲踊る間に、何回足を踏むと思ってる?

 俺は大きくため息をついた。


「落ちるから、止めておけ」


 そう言って歩み寄ると、ユーリは目に見えて怯えた。わかっていても、やっぱりこたえる。


「近付かれたくなかったら、自力で戻れ」


 すると、ユーリはそのままの姿勢でうつむいた。そして、ぽそりと言う。


「……もう、あんなことしないって約束してくれるなら」


 俺は、その途端に笑った。失笑と言った方がいいのかも知れない。


「できない約束はするなって言ったじゃないか」


 その一言で、ユーリは目に見えておかしくなった。


「できないっ? できるでしょ! なんで? なんでできないとか言っちゃうんだよ!!」


 最近、神経が図太くなったと思っていたけれど、こういうことに関しては平常心を保てないようだ。相手が俺だからかも知れないが、そんな取り乱し方がおもしろい。


「とりあえず、本気で危ないから」


 俺が歩み寄ると、ユーリはもう一度びくっと体を強張らせ、自分のいる場所も忘れて後ろに引こうとした。バランスを崩すのは当たり前だ。とっさに手首を捕まえる。そして、こちら側に引き寄せた。


「放してよ!」

「放したらどうなるか、わかってるのかっ?」


 状況をわきまえず、ユーリは暴れる。俺の手を振り払おうともがくあまり、勢い余って窓ガラスに手を突っ込みそうになる。俺はとっさに、窓ガラスとユーリの手の間に、自分の手を滑り込ませた。

 カシャン、と音を立て、区切られた窓ガラスの中央が崩れる。軽く切っただけだったけれど、俺の血を見てユーリは我に返ったようだ。急におとなしくなった。


「……ごめん」


 それ以上暴れるのを止め、素直に部屋に入る。そして、荷物の中から傷薬と包帯を探して来ると、そっと俺の手に触れた。うつむいたまま、ハンカチで血をふき取る。俺は無言で作業するユーリのうなじに視線を落としていた。


「でも」


 ぽつりとこぼす。


「私は……」


 その後に続く言葉を、俺はまだ聞きたくなかった。


「この旅が終わるまで、それは言わなくていい」


 ユーリが顔を上げる。


「今は、曖昧な状態でいたい。ああいうこと、少なくとも急にはしないから」


 俺の言い方に納得しにくかったのか、戸惑いがちに、それでもうなずく。

 左手に、不恰好に巻かれた包帯が、今は愛しかった。



 それで、こうなった以上、この時を満喫しようかと思う。

 俺は、ジュセルのもとを訪れる前に、フレリアが発行した身分証明書をユーリの眼前に突き出した。ユーリはぼんやりとそれを眺め、それから耳まで赤くなった。


「何これ! なんで? なんで僕らが夫婦なの! どうなってるの!」


 取り乱すと、僕とか言う。子供の頃の俺の真似は、大人になって直ったと思ったのに。


「文句なら、フレリアに言えよ。でも、その方が都合よくことが運ぶのは事実だろ」


 以前のユーリなら、顔色ひとつ変えず、男女の二人旅だし、その方が自然で合理的だと言ったように思う。それだけ意識してくれるのは、ある意味進歩だ。

 俺は市場で買った安物の指輪を、ユーリの左手の薬指にはめる。


「小道具」


 途端にユーリは不安な顔をした。


「なんで? なんでサイズぴったりなの!」

「見ればわかる」

「見ただけでわかる人の方が少ないよ! どんな目をしてるんだよ!」


 パニックになって騒いでいるユーリを見ていると、何か急に笑いがこみ上げて来た。そんな様子がかわいくて仕方がないなんて言ったら、また逃げられるだろうか。

 くくく、と笑いをもらしていると、ユーリは少し驚いた風だった。


「……そんな風に笑うの、久し振りだね」


 そうかも知れない。

 押し殺していた感情をさらけ出したら、随分すっきりした。そのせいだろう。




 本来なら、簡単に立ち寄れるような場所ではないけれど、俺たちは王城へやって来た。

 周囲を水路に囲まれた城に行く前に、橋を渡る。そして、大きく重い城門の前にいた番兵は、俺たちの姿を認めた途端、すぐに門を開いた。話が通っていたのだろう。


 女官に案内され、ジュセルの自室へ通される。仮にも王城だが、どちらかといえば華美を抑えた造りのように思う。アリュルージよりも大きいけれど、どこか質実だ。

 部屋の中で待っていたジュセルは、俺たちを見て、ぱっと顔を輝かせた。

 昨日のような適当な格好ではないので、一瞬誰だかわからなかったほどだ。長い髪を絹のリボンでまとめ、堅苦しそうな濃紺の詰襟を着ている。金糸で縁取られたそれは、似合っていなくもなかった。


「やっと来た。遅かったな」


 それでも、喋り方は昨日と同じだ。なんでこんなに砕けてるんだろう。


「申し訳ございません。少々、込み入った事情がございまして……」


 優雅な所作で礼をするユーリに、その込み入った事情が説明できるならしてみろ、と俺は悪態をつきたくなったけれど。

 幸い、ジュセルは突っ込まなかった。


「まあいいや。二人とも、座りなよ」


 にこにこと椅子を勧める。それから、茶を所望し、それがいれられると話を再開した。


「ええと、二人はスードから来たんだっけ?」

「そうだ」


 俺が即答すると、ジュセルはふぅん、と言った。


「それにしては、リトラは信仰心のかけらもなさそうだね」

「…………」


 モルド教の経典ぐらい、目を通しておくべきだったが、慌しくてそれどころじゃなかったとも思う。

 ジュセルは笑顔を消さないまま、更に言った。


「で、二人は夫婦なんだよね? 新婚ほやほや」

「はい」


 ユーリは歯切れよく返事をしたように思えるが、表情が貼り付けたように見えた。普段なら、もっとうまくごまかしただろうが、今日は特に無理なんだろう。

 初対面の時は道楽息子にしか見えなかったジュセルだが、今こうやって相対してみると、こいつは馬鹿ではないようだ。


「スード出身にも、新婚さんにも見えないんだよね。でも、別に害はなさそうだし、面白そうだし、個人的にはいいんだけどさ」


 ユーリは嘆息した。諦めたのだろう。


「駄目ですね。殿下にごまかしは通用しないようです。……これからお話しすることは、殿下個人にお話しすることとして、今はまだご内密にお願いできますか?」

「うん、いいよ」


 その受け答えの軽さに不安が残るが。

 俺は仕方なく、アリュルージの身分証明書を差し出した。ジュセルはそれを食い入るように眺めている。


「アリュルージ。そうか、あそこから来たんだ?」


 独り言のように言う。


「はい。アリュルージ国民が国外へ出ることはめったにありませんが、禁じられているわけでもありません。それでも、国外で身動きが取りづらいのは事実なので、知り合ったスードの皇族の方が、事情を察して作って下さったのが、もうひとつの身分証明書なのです」

「なるほどね。外の世界の情勢を知りたくなったの? それなら、開国を検討しているってことだね」


 跡を継ぎたくないと駄々をこねていたくせに、そんなことを言う。


「そうなります。閉じこもったままの状態を、平和と言えるだけのゆとりが、いつまで持つのかわかりません」

「うん。外交に積極的になるのはいいと思うよ。ただ、こっちには不干渉条約があるから、表立ってなにかしてあげられることはないかな。まあ、不干渉条約の第一は、武力干渉で、それ以外は大した問題じゃないように思うけど」


 それから、ジュセルはうんうん、とうなずいた。


「スードとうちに立ち寄ったのなら、後はシェーブルとレイヤーナ、ペルシだよね」

「はい。ですが、ペルシには行きません。最初からそう決めてあります」


 ペルシは、諸島一の軍事国家であり、過去にアリュルージに侵略の手を伸ばして来た回数の多い国だ。もし、付け込まれるような隙を見せたら、後に響く。隣国のレイヤーナから情報を手に入れるだけに留めようというのが、上の意見だ。


「なるほど。じゃあ、次はシェーブル? あそこ、今は内戦も多くて危険だから、あそこも避けた方がいいんじゃないか?」


 俺とユーリは顔を見合わせたが、結論は出ていた。


「それでも、少しだけ立ち寄ります」


 ジュセルは生温い紅茶を飲み、それから言った。


「そっか。じゃあ、その後でレイヤーナに行くなら、俺が先に行って話を付けておこうか?」

「え?」

「レイヤーナに俺の婚約者がいるから、会いに行くついでに、二人が城に滞在できるように、適当な理由を付けて頼んでおくよ。とりあえず、俺は十日後に出発するから、その後でレイヤーナ城を訪ねておいでよ」


 俺は思わず、ジュセルをじっくりと不躾に見た。


「なんで、そんなことを?」


 ジュセルはにやりと笑った。


「遅かれ早かれ、アリュルージはそういうことになる予感はしてたよ。だったら、ことがうまく運べばいいと思うし。それに、俺の婚約者を二人に会わせてみたいのもあるかな」


 最後の一言が、しまりのない顔だった。のろけたいのか。

 けど、こいつは跡を継ぎたくないんじゃなかったのか。よくわからないやつだが、悪意はない。

 ユーリもそれは感じたようで、素直に話を受けた。


 次の二人の行き先はシェーブル王国ですが、その辺りはまた別のお話ですので、ここでは触れません。

 シェーブル王国が舞台になっている『Full of the moon』のどこかに二人は登場します。読まれなくても問題はありませんが。

 ちなみに、あちらは三人称です。

 次はレイヤーナ編になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ