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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅲ【キャルマール編】

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〈8〉 強すぎる光


 翌朝になって、隣の独房のジュセルに迎えがやって来た。その人物を見て、俺は唖然とした。


「頭は冷えたか?」


 壮年の男は、暑そうなマントを肩にかけ、それをバサバサと捌きながら、場違いなこの場所を歩く。その後ろには、護衛らしき男たちが複数控えていた。頭に輝く冠は、偽物ではないだろう。

 ジュセルは不満げに言った。


「冷えた。ここの床、冷たいからな。けど、冷やしてもあっためても変わらないからな」


 どうやら、鍵はもともとかかっていなかったようだ。ジュセルは自ら鉄格子の中から出て来た。そして、国王らしき人物とその他を放置して俺の前にやって来る。そして、看守に向かって言った。


「ここの鍵。早くしろよ」


 すると、国王らしき人物は、すっと赤褐色の眼を細めた。


「何を勝手なことを。罪人の身柄をどうこうする権限など、与えたつもりはないが?」


 ジュセルはそんな言葉に噛み付くように言った。


「この馬鹿親父。こいつはなんにもしてないぞ。金握らされたやつがここに放り込んだだけだろ。しかも、この国の人間じゃない。国際問題に発展するぞ。さっさと事実確認しろよ」


 馬鹿親父。その一言に、俺は固まっていたけれど、ジュセルはにやりと俺に向かって笑った。


「跡継ぎたくないって言ったら、一晩頭冷やして来いって。跡を継がずに国を潰すつもりなら、国家反逆罪だってさ」


 なんだその親子喧嘩は。

 俺は脱力したが、これで外に出られる。そのことは純粋に感謝してもいい。


 そうして、外に出た俺は、あの背の低い衛兵を直々に締め上げ、ユーリを利用しようとしている男の居場所を聞き出した。泣いて謝ったが、そのまま独房へ放り込んでやった。

 父王に説教されながらも、ジュセルは俺に付いて来ると言って利かない。正直に言って、すでに用済みなので、うっとうしいだけだった。けれど、来るなと言っているゆとりもなく、俺はユーリのいる屋敷へ向かった。



 屋敷と拘留所は、実はそう遠くない。あの市場を左に抜けるか、右に抜けるかという程度だ。

 シズレという、香辛料を専門に扱う商人の屋敷らしい。半ば走るような足取りで進む俺の後を、ジュセルは何とか付いて来た。自国の王子が界隈をふら付いていても、誰も気付かない。案外、そんなものなのかも知れない。

 その白い壁の屋敷の前に差しかかった時、アーチを一人のメイドが抜けて来た。手にはかごを持っている。まだ若く、入り立てなのか、制服が似合っていない。買出しを頼まれたのだろう。


「お、丁度いいな。事情を訊いて来てやるよ」


 ジュセルはそう言って、メイドの横にぴたりと付いた。にこにこと笑顔で話しかけているが、メイドはうっとうしそうに顔をしかめた。あの軽い口調が余計な警戒心を抱かせたのだろう。ジュセルがどういう人間だか、メイドに見抜けるわけがない。

 やっぱり無視され、メイドはジュセルから顔を背けて歩き出す。メイドの背後から、ジュセルが俺に向けて腕で大きなバツを作っている。別に、最初からあてにしてない。

 俺は、メイドの正面に立つと、その腕を引いて路地の隙間に滑り込んだ。

 とっさに悲鳴を上げそうになるメイドの口を手で塞ぎ、そして言った。


「少し、話がしたい」


 怯えた様子のメイドの口から手をずらし、頬を撫でる。メイドがぞくりと身震いするのがわかった。俺は、正面からまっすぐにその黒い瞳を覗き込む。幼さの残る顔が見る見るうちに赤くなった。


「あの家では、今、何が起こってる? 教えてくれないか?」


 壁に手を付け、メイドの耳に息を吹きかけるようにして、なるべく甘い響きでささやく。メイドの震えが、おもしろいくらいによくわかった。


「あ、あ、そ、その、お嬢様が縁談を嫌がって駆け落ちしてしまって……そしたら、旦那様はいきなり、すごくきれいな女の子を連れて来て、今、その女の子がお相手の方とお見合いしているの。先方に気に入られたら、養女にするって……」


 途切れ途切れにメイドは答えた。


「養女?」

「え、ええ。どこから連れて来たのかわからないけれど……旦那様はお金を積めばなんとかなるっていうお考えの方だから、お金で雇われたのかしら……」


 なるほど。

 俺がメイドを解放すると、メイドはその場に崩れた。残念ながら、後のことまでは知らない。


「師匠って呼ぼうか?」


 ジュセルが俺にキラキラとした眼を向けて来たので、俺は思い切り顔をしかめた。



 遠慮なく屋敷に踏み込むと、庭園にユーリの姿を見付けた。オレンジのドレス姿で、にこやかに微笑んでいる。対する男は、冴えないやつだった。見ていてイラッとする。

 俺はそのまま歩み寄ると、振り向いたユーリの腰に手を回し、そのまま引き寄せた。


「え、リトラ?」


 ユーリは俺がここにいることに驚いた風だった。まあ、そうだろうが。

 冴えない男は唖然と俺を見たが、俺がにらむとすぐにうつむいた。


「帰るぞ」


 また、平和的な解決が遠のいたとか言われると思ったが、ユーリは素直に微笑んだ。


「そうだね」


 予測しなかったその笑顔に、俺は不意を突かれたような気分だった。

 ユーリは冴えない男に言う。


「連れが迎えに来ましたので、私はこれで帰ります。セジルさん、ココさんがどうするかはわからないですけど、いつかセジルさんにぴったりの方が現れることを祈っていますよ」


 それから、俺を見上げる。顔が近い。


「ちょっと着替えて来るよ。待ってて」

「ん、ああ……」


 俺が手を放すと、ユーリはパタパタと駆けて行った。

 その間に、俺は冴えない男をにらんでみた。


「あいつに惚れたとか言うなよ」


 すると、冴えない男は首がもげそうなほど、強くかぶりを振った。


「ま、まさか。無理だよ。彼女は太陽みたいに強すぎる光で、僕には近付けそうもない。そんな気、全然起こらなかったよ……」


 こいつの言うことは正しい。

 俺にだって、ユーリは強すぎる光だから。

 ただ、俺は、眩くても目を背けられず、焦げ付くしかないけれど。



 それから、しばらくして、普段着のローブに着替えたユーリが戻って来た。あのシズレとかいう男と夫人がついでにいる。二人は冴えない男に何度も頭を下げ、それでも、冴えない男は怒るよりもほっとしたような笑顔を浮かべていた。

 ユーリが俺のところに戻ると、ジュセルがニヤニヤとしながら俺たちを交互に見た。


「いや、おもしろいなぁ。見てて飽きない」


 俺がじろりとにらんでも、ジュセルは動じなかった。正体がわかってみると、納得したけれど。


「あの、こちらは?」


 と、ユーリは首をかしげる。


「ジュセル=ルーザ=キャルマール。よろしく、ユーリ」


 さすがに、ユーリも唖然としていた。



 ジュセルは俺たちを城へ誘ったが、俺はもう疲れ果てていた。嫌だと断る。普通の宿でゆっくりしたい。

 つまらないとごねるジュセルに、明日お伺いしますから、とユーリが勝手に返事をした。

 それで納得したらしく、俺たちはようやく解放された。

 ただ、そのすぐ後に、俺はジュセルの言葉に従っておけばよかったと思ってしまう。



「ひと部屋しか空いてない?」


 ユーリは、宿の受付でそう言った。宿のオヤジは悪びれもせずに答える。


「今の時期、市場にやって来る客が多いからね。急に来て空いてるだけマシだよ」

「なるほど」


 そううなずくと、ユーリは俺を振り返った。


「ひと部屋あればいいよね」

「…………」


 そういえば、旅に出てから初めて陥る状況かも知れない。



 俺はこの時、一晩牢で過ごしたせいか、ユーリのせいか、かなり疲れていた。もう、どうでもいいと思いながら、とりあえず宿の風呂へ向かう。ユーリは部屋のソファーで本を読み出していた。ああなると、人の話は聞かないので、俺は黙って部屋を出た。



 俺は風呂に入りながら色々と考えた。けれど、やっぱり、ロビーの長椅子の上で寝るしかないかという結論に達する。

 そして、部屋に一度戻るために廊下を歩いていると、食堂の方から賑やかな声が聞こえて来た。随分と活気がある。

 ただ、そちらに顔を向け、俺は愕然とした。

 赤ら顔のオヤジどもに囲まれたユーリが、赤い顔をしてグラスを傾けている。


「おい! 何してる!」


 俺はとっさに怒鳴って食堂の中に踏み込んだ。俺の剣幕に、周囲のオヤジどもがさっと引いた。ユーリは、とろりとした眼を俺に向けたが、よくわかっていないらしく、もう一度グラスを口に運ぶ。俺はその手をつかんで止めさせた。そして、オヤジをにらみ付ける。すると、その中の一人が言った。


「え、いや、そのコが、連れに飲ませたいから、おいしいお酒がほしいって。どれがおいしいか、自分で確かめてみるといいって言ったら……」


 ユーリにしてみれば、俺が疲れているだろうと思っての善意だったんだろう。けれど、結果的には厄介ごとが増えただけだ。俺は思い切りため息をついた。


「お前が食前酒に飲むような代物とは違うんだ。こんな安酒、お前にはきつすぎる」


 んー、とユーリは小さくうなった。


「戻るぞ」

「やだ」


 子供か、お前は。


「いいから来い」

「いーや」


 赤い顔をして、俺の手を振り払おうともがく。俺は頭に血が上って行くのを感じた。ユーリの手を放すと、暴れるユーリを体ごと抱え上げる。


「やだやだ!」


 脚をバタバタと動かして抵抗する。酒癖がこうも悪いとは、知らなかった。

 俺は階段を上がり、二階の部屋の中へ戻った。明かりを灯していないので、薄暗い。とりあえず、ユーリをベッドの上に下ろした。

 すると、ユーリは俺をにらみ付ける。


「リトラの馬鹿!」


 俺のためだったと言いたいのだろう。


「……俺のためなら、何もしないで部屋にいろよ」


 その言葉が、ユーリは気に食わなかったらしい。


「リトラの馬鹿!」


 二度も言うな。

 涙目で俺の胸板をこぶしでぽかぽかと連打する。ほんとに、子供みたいだ。別に痛くはないが、俺は嘆息してユーリの腕を止めた。力で敵うはずもなく、ユーリは自由の利かなくなった腕を揺すって、更にわめく。


「やだ! 放してよ! 触らないで!」


 触るなと言う。

 その一言が、俺の中の何かを壊した。冷え冷えとした感情に襲われ、俺はユーリの手を放した。ユーリはようやく、ほっとしたようだった。


 俺は、扉のそばに置かれていた水差しから、グラスに水を注ぐ。ユーリはそんな俺の姿を黙って見ていた。俺が戻ると、水がほしかったようで、俺に向かって手を差し出して来た。ユーリに礼を言われる前に、俺はそのグラスの水を目の前で煽る。


 ユーリは、差し出されると思っていただけに、がっかりした。そして、意地悪をされたと思ったのか、恨みがましく俺を見上げて来る。

 空のグラスをベッドに放り、ユーリの首筋に手を差し入れる。とっさに後ろに引こうとした顔を捉え、俺は口の中に残った生温かい水をユーリの口の中に注ぎ込んだ。合わさった唇の奥から、ユーリのうめく声が微かにもれ、俺が唇を放すと、ユーリは激しくむせた。

 涙を浮かべてむせ続けるユーリに、俺は冷ややかに言った。


「これで目が覚めたか?」


 ユーリは無言のまま、ゆっくりとシーツに包まる。そして、頭も出さず、ピクリとも動かないままになった。


 俺は、その晩、部屋の外へ出てやるようなことはしなかった。

 明日の朝、ユーリがどう出るつもりなのか、それを確かめるために。

 

 十八歳のユーリですが、ここでは未成年ではないと思って下さい。

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