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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅲ【キャルマール編】

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〈8〉大丈夫?

 リトラと会った後は、外へ出してもらえなかった。

 さすがに、リトラも牢に入れられたのは初めてだろう。

 いつもの仏頂面が、相当にこたえているように見えた。

 だから、私ががんばらないとと思う。



 私は今、娘さんの部屋に留まっている。娘さんの名前はココさんというらしい。

 ちなみに、家出中だそうで。

 縁談が嫌で逃げたと。目下捜索中らしい。私にはその気持ちがわからなくもなかった。

 縁談のお相手は、取引先のご子息だという話だけれど、年齢がココさんよりも十四歳ほど上らしい。会う前から嫌だと言って、気が付いた時には家を抜け出していたそうだ。


 この場合、話をまとめるよりも、相手に嫌われて断られた方が丸く収まるような気がするけれど、それは駄目だという。商売に影響する、と。

 娘さんの幸せよりも、家のこと。

 部外者の私が口を挟む問題ではないけれど。

 まあ、あれこれ考えても仕方がない。相手に会ってみてから対策を練ろう。向こうの出方次第だ。



 私は用意されたドレスを手伝ってもらって着込む。オレンジのふわりとしたシルエットに、ビーズがキラキラと光っている。アクセサリーの類は、あまり好きではないけれど、耳と首と髪を飾り立てられた。

 最近、こういう格好をしなくて済んで、実は内心喜んでいたのに、こんなところで苦しいコルセットにまた締め付けられるなんて、ほんとについてない。

 鏡の前でおかしなところがないか、くるりと回って確かめ、それから勝負に挑む。


 そして、屋敷の広間で待っている、そのお相手に会いに出向く。

 開かれた扉の先にいたのは、シズレと奥方と、そのお相手と、使用人が数名。私は心を落ち着けて微笑んでみせた。


「初めまして。あなた様がセジル=マルケス様ですね。ココリア=シズレです。ようこそお越し下さいました」


 ドレスの裾を持ち上げて一礼する。


「あ、えっと、初めまして」


 ガタ、と音を立てて男性は立ち上がった。

 三十代前半、おとなしそうな男性だ。どちらかといえば地味な顔立ちだけれど、とても優しそうに見える。顔が赤くて、緊張しているのも見て取れた。


 私は使用人に引かれた椅子に腰を下ろす。セジルさんの正面だ。

 さて、こういう時、どのようにして振舞えばよいのか、正直に言って私にそんな引き出しはない。男性の気を引かなければいけないような状況に、今まで陥ったことはない。

 とりあえず、笑ってごまかしておく。社交場では笑ってさえいれば、それで問題なかった。

 セジルさんもこういった時、何を話したらいいのかわからないのだろう。うつむきながら、時折私の方をちらりと見るだけだった。会話という会話にはならない。


「ええと、セジルさんのお父上は先見の明があり、とても商才にあふれた方だ。セジルさんもいずれはその跡を継がれる。お前にはまたとない良縁だろう?」


 シズレが早口でまくし立てる。けれど、それを聴いた瞬間に、セジルさんはひと回り小さくなった。


「娘は、私たちが甘やかしたせいですが、世間知らずで、商売のことなど何もわかりません。セジルさんのお家ような大店へ嫁げたなら、私共も安心です」


 夫人も、そんなことを言う。セジルさんは、はあ、と小さく言った。

 仕方がないな、と私は立ち上がった。


「お父様、お母様、私、セジル様と庭をお散歩して来てもよろしいですか?」


 一瞬、警戒の色がシズレに現れる。別に、逃げないのに。


「あ、ああ、いいとも。行っておいで」


 セジルさんは慌ててテーブルを越えて来る。途中、テーブルの脚を蹴飛ばしてしまったのを、私は微笑ましく感じた。



 中庭に出たところで、監視の目が光っているのは痛いほどに感じられた。それを表に出さないように努めながら、私はセジルさんの隣を歩く。私はヒールを履いているので、視線はほぼ同じ高さだった。


「お気を悪くなさらないで下さいね」


 私がそう言うと、彼はえ、ともらした。


「父は、セジル様のお父上の話を出されましたが、あれではセジル様自身に目を向けていないと言っているも同然です。居心地の悪い思いをされたのではないかと……」


 優秀な父親だというのなら尚のこと、引け目を感じるだろう。この気の優しそうな人なら、それを口には出せないと思った。

 セジルさんはかぶりを振り、苦笑する。


「いいんだよ、そんなこと。実際に、僕では父に遠く及ばないから……」


 きっと、セジルさんのような人は、リトラがいたら、イラッとするとか言われるのだろう。

 けれど、私にはそういった自信のなさがわからなくはない。だから、そっと言った。


「あなた様はあなた様のやり方で、ご自分の速度で前に進まれたらよろしいと思いますよ」


 及ぶ及ばないなんて、先に決めることじゃない。否定され続けるだけの根拠にもならない。

 お前は女だから家の役に立たないと、私だって兄には言われ続けた。役に立てるとしたら、それは名家に嫁ぐことだけだと。お前自身には、なんの力もないのだから、と。

 存在を否定する言葉には、救いが必要だ。

 私がもらった、あの時のように。


「そう言ってくれて、とても嬉しいよ。ありがとう」


 セジルさんは穏やかに微笑んだ。やっと、緊張が解けて来た気がする。だからこそ、言う気になったのだろう。


「ところで、君は本当は誰なのかな?」


 あっさりとばれてる。

 まあ、シズレ夫妻と私は似ていないし、少し考えたらわかるのかも知れない。


「ココさんの代理です」


 正直に答えたら、セジルさんはため息をもらした。


「先に、家の者が調べた報告書に目を通してあったんだ。ココさんの風貌と、君は似ても似付かないし」

「まあ、そうでしょうね」


 まとめる前にばれてしまった場合はどうしたらいいのだろう。これが失敗になるのなら、リトラは大丈夫だろうか。


「代理って、やっぱり嫌がってるってことだね」

「そのようですね」


 私がそう答えると、セジルさんはショックを受けたようだった。


「会ったこともないのに、親が決めた相手なんて、誰だって嫌です。セジルさんだから嫌だという意味ではないですよ」

「そ、そう、だね……」

「はい。押し付けられるのは嫌なものです。もっと時間をかけて、相手を知り、自分を伝えれば、話は違うかも知れませんが。セジルさんは、ココさんと結婚するつもりがありましたか?」

「え? ごめん、わからない」


 正直だ。断り切れなかったのか、流されただけなのか。


「ココさんが戻られたら、きちんとお話をしてみるべきですね。ココさんと同じくらい、あなたの気持ちも大切にされて下さい」


 この時の私は、人事だからそう言えた。

 

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