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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅲ【キャルマール編】

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〈7〉私にできること


 それからしばらくの間、リトラは機嫌が悪かったのかも知れない。

 確証はないけれど、そう思った。

 そりゃあ、旅は横道にそれたし、客船に置き去りになっていた荷物を探し出すのに苦労したから、仕方がないけれど。



 キャルマール王国の王都で、私たちは賑やかな市場にいた。それは港の中にあり、新鮮な海産物や輸入品が多く並び、活気に満ち溢れている。おこぼれを期待しているのか、猫や鳥の姿が多く見られた。

 売り込みの声がぶつかり合う中、行き交う人々を私はなんとなく目で追った。


 このキャルマールは赤毛の人が多いように思う。それを見るたび、私は少し落ち着かない気分になった。まさか、リニキッドにあんなことをされると思わなかった。

 からかわれただけなのに、あそこで平常心を保てなかったのは、正直に言って不覚だった。まだまだ、修行が足りない。

 軍師として、揺るがない冷静な心と、相手に読み取られない表情が必要なのに。


 私がため息をつくと、隣のリトラが何か冷ややかな目線を向けて来る。けれど、何かを言うわけではない。だから、単に機嫌が悪いのだと思う。

 けれど、私が造船の専門書を手に取り、急いで立ち読みしようとすると、よほどものほしそうに見えたのか、買ってくれた。私はそれが嬉しくて、リトラの機嫌が悪いのも忘れて思わず飛び付きたくなったほどだ。さすがにそこまではしないけれど、心を込めて礼を言う。


「ありがとう、リトラ」


 リトラはほんの少し表情を柔らかくしたように思う。それからしばらくして、リトラは急にある店の一角で立ち止まった。何か、気になるものでも並んでいたのだろうか。


「どうしたの?」


 リトラは店先をじっと眺めている。腕を組んで、真剣な表情で悩んでいる風に見えた。

 ただ、その眺めているものがとても意外だった。こういった場所に並ぶようなものだから、そんなにも高価なものではないけれど、貴金属の類だ。リトラは、そういうものを付けるタイプじゃない。

 そこで、店の店主は私とリトラを見比べ、そして言った。


「贈り物ですね」

「ん……」


 曖昧に返事をしている。

 誰か、そういったものを送りたい相手がいるのだろうか。私は気付かなかったけれど、いてもおかしくない。

 いつか私が嫁ぐように、リトラだって誰かと結婚するのだろうし。

 私がぼんやりと考えていると、リトラは買い求めたそれをポケットにしまった。私は少し興味がわいて問いただそうとした。けれど、その時、荒々しい足音がして、私たちは急に周りを取り囲まれた。


「!」


 とっさに、リトラは私を背後に庇った。その広い背中から覗き見ると、私たちを囲んでいるのは、衛兵のようだった。赤と白の制服に、黒く丸い帽子。細く長い棒をリトラに向かって突き付けた。

 そして、背後の男性に向かって言う。


「この男で間違いありませんか?」

「ええ」


 ゆったりとした足取りで近付いて来る中年男性は、ひと目で裕福だとわかる。黒々と光った頭髪と口ひげ。上下がそろいの生地のスーツに革靴。目は一見穏やかそうだ。

 リトラは多分、威圧するような視線を向けたのだろう。男性と衛兵は少し後ろに下がった。

 事情もわからないのに、印象を悪くしてどうするんだ。


「リトラ、駄目だよ」


 私はその背を叩いておいた。

 男性と衛兵は、気を取り直して会話を再開する。


「私の家で盗みを働いたのは、間違いなく彼です」


 私は唖然とした。ここへは来たばかりだっていうのに。

 けれど、衛兵はなるほど、とうなずいた。


「確かに、凶悪な顔付きですね」


 誤解なのに、そんなことを言われた。誰か、似た人と間違われてしまったのだろうか。

 私はリトラの陰からそっと表に出た。


「あの、きっとそれは何かの間違いだと思います。私たちはここへ着たばかりですから、あなたのご自宅がどこにあるのかも存じ上げませんし」


 すると、男性は何故かにやりと笑って衛兵に耳打ちをした。衛兵も笑ってうなずく。


「話は後で聴こう。……連れて行け」

「ええ!」


 正直、探られてまずいことが沢山ある。ここをどうやってやり過ごすべきかと思案する。

 リトラは、ここで暴れるのは得策ではないと判断したのか、剣を取り上げられてもおとなしくしていた。


「ユーリ」


 名前を呼ばれ、私が振り返ると、リトラは私の服のポケットに何かを滑り込ませた。本物の身分証明など、見られたくないものだろう。


「大丈夫だ、すぐ戻る」


 考えがあるのかないのか、リトラはそう言って私に背を向けた。

 けれど、何かが変だ。それくらい、すぐにわかる。明らかに連れである私は取り残され、リトラだけが連れ去られる。周囲の人々の視線が、リトラと私と交互に向けられた。


「君はこちらで事情を聴こう」


 背後から私の肩に手を乗せ、その男性は言った。


「事情、ですか。むしろ、お聴かせ願いたいのはこちらの方ですね」


 私はそのままの姿勢で、声を落ち着けてそう言った。それから、ゆっくりと振り返り、まっすぐにその男性の黒い眼を見据えた。男性は、満足そうにうなずく。


「私はアルジャン=シズレ。ユーリというのが君の名だね?」

「ええ」

「では、ユーリ。こちらへ」


 とにかく、付いて行くしかない。

 今はただ、リトラが暴れないか、それだけが心配だった。



 私が連れて行かれたのは、まあ上流家庭の屋敷だった。けれど、シズレに爵位はないような気がした。多分、商人だろう。

 青い屋根と白い壁の屋敷の前に、広くはないけれど、行き届いた庭園がある。季節の花々は美しいけれど、私の目に留まったのは、飾り気のない木だった。深い緑の茂るその常緑樹の姿に、私は胸の奥から込み上げて来る感情をどうにかして飲み込んだ。



 中に通された私を待ち構えていたのは、シズレの奥方だった。ドレスの裾を持ち上げ、パタパタと足音を響かせて廊下を走って来る。婦人が廊下を走ってはいけないと、誰もたしなめなかった。

 それくらい、夫人は取り乱していた。そして、私の姿を認めるなり、眉根を寄せた。


「この娘? 確かに、姿はいいけど、髪が短すぎるわ」


 そんな夫人を納得させようと、シズレは声を落ち着けた。


「そんなもの、どうとでもなる。気品もあるし、これ以上の娘はなかなか探せないぞ」

「そう、だけれど……」


 私をそっちのけにして、夫婦で会話を進める。私は冷ややかに言った。


「事情を説明して頂けるのでは?」


 シズレと奥方は、私の声に棘を感じたのだろう。一瞬体を強張らせ、それからうなずいた。


「ああ、君に頼みがある」


 さすがに立ち話はないだろうと思っていたのに、シズレはそのまま言った。


「頼み?」

「そう。『彼』がどうなるかは、君次第ということだ」


 なるほど。  

 よくわかりました。  


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