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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅱ【海賊編】

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〈6〉 ウサギ>狼

 進んでも進んでも、ルキャン号は影も形も見えなかった。確かに、この鈍重な船とは違う。

 一日が経過し、このまま追いかけ続けるのは得策ではないと思えた。


「おい、どうにかしておびき出せないのか?」


 俺はクラムスにそう言った。


「あいつらは、海賊船が民間の船を襲うと、いつの間にか近付いて来てる。邪魔をするばかりか、海賊船のお宝までかすめ取って行く」


 つまり、方法はそれしかない。


「だったら、さっさと民間の船を襲いに行け」

「それが民間人のセリフか」

「海賊より、たちが悪い……」


 ぼそぼそと声が上がるが、俺は眼で黙らせた。


「あのな、俺たちは今、負傷者の方が多いんだ。襲いたくても無理だな」

「振りだけだ。おびき出せればそれでいい」


 俺に何を言っても無駄だと気付いたのか、クラムスは嘆息して手下に指示を出した。最後に一言、あんな船、襲うんじゃなかったと言い残して。



 甲板に上がれば、不快な潮風が肌を撫でた。この不安定な足場に、潮の匂い、日差し、どれをとっても、俺にはよさがわからない。船の上で生活し続けるなんて、考えただけでぞっとする。

 ぼうっと何もない海を眺めていると、飽き飽きして来た。早く帰りたい。


 今頃、ユーリは何を思い、どう過ごしているのか、考えると気が変になりそうだ。

 だから今は、何も考えない。昨日からあまり飲み食いしていないし、眠りも浅かったので、逆に神経が研ぎ澄まされている。今なら、海賊の親玉程度に負ける気はしない。



 どれくらいかそうしていて、ようやく別の船に出会った。俺たちが乗っていた客船よりも一回り小さい。貨物船だろうか。まるで華がない、質実な造り。こっちの船もぼろいから、いい勝負だが。

 ずんぐりとして、亀のように渋い色合いの船体に、ブラーム号は近付いて行く。けれど、クラムスは本気で手を出せばこちらが危ういことをわかっているのか、貨物船に併走するだけで何も仕掛けない。

 そんな海賊船の様子は、不気味極まりなかっただろう。貨物船の乗組員たちは、なんとかしてブラーム号を引き離そうと試みていた。


 そして、しばらくすると風上からあの帆船の影が見えた。俺は寄りかかっていた手すりから弾かれたように体を浮かせる。

 まだまだ遠いと思っていたのに、気付けばすぐそこにまで差し迫っている。確かにこの速度では、まともに追いかけていたら無理だっただろう。


「もう俺に譲れるような財宝なんか積んでないくせに、身の程を知らないやつらだな。そう立て続けに動くなよ。こっちだって忙しいんだ」


 顔に傷のある、赤毛の男が甲板の上から偉そうに声を張り上げた。俺は一瞬、目の前が暗くなるような感覚を覚えた。あの男が、ユーリに触れたのかと。


「全部お前のせいだろ! 死神がこの船にとり憑いたじゃねぇか!」


 クラムスが男にそう叫んだ。

 それは俺のことかと舌打する。


「意味のわかんねぇことを」


 赤毛の男は、そうぼやいている。俺はクラムスの隣に向かった。クラムスは、手下に指示を出す。


「こいつが、お前に用があるんだとよ。俺たちは知らねぇから、後は好きにしろよ」

「ん? 誰だ、そいつ?」


 海賊の風体はしていない俺を、男は不思議そうに眺めた。クラムスの手下が、船に橋をかける。ルキャン号は特にはね付けることもなく、それを許した。

 俺は一人、橋を渡って行く。向こうの船に単独で降り立った時、口を開いた。


「お前がここの船長、リニキッド=アルスか?」

「そうだ」


 リニキッドがそう答えた直後、橋が外された。ブラーム号は厄介払いができて喜んでいるのだろうが、動向が気になるようで、走り去らずにそこにいる。


「お前から、ものすごい殺気が伝わって来るんだが、俺には身に覚えがねぇな」


 そう言いながらも、まだ余裕を保っている。確かに、手強い相手かも知れない。けれど、この時の俺に他の選択肢はなかった。

 腰の剣を抜き、リニキッドに向かってまっすぐに突き付ける。


「連れを返してもらおうか」


 リニキッドはしばらく、俺の言葉の意味がわからなかったようだが、理解するとすぐに口を歪めて笑った。


「……ユーリのことか?」

「馴れ馴れしく呼ぶな」


 俺はそう吐き捨てて踏み込んだ。リニキッドは後ろに引くと、手下が放り投げた武器を器用に受け、俺の剣先を捌いた。右手にレイピア、左手にダガー。やりにくい相手だ。


「ユーリは家族みたいな連れって言ってたが、お前を見てると、どうも違うようだな」


 こいつの口からユーリのことを語られたくない。その口を塞ぐため、俺は細かく剣を閃かせる。

 速さを重視し、浅く斬り込む。この型のすべてを捌き切れたやつは、団内で数えるくらいしかいない。海賊風情に遅れを取るつもりはなかった。


 リニキッドの腕をかすめる。白いシャツに血が滲むけれど、それだけだった。

 最後の一撃を、リニキッドはレイピアとダガーを交差させて受け止める。少しだけ息が上がっていた。


「あのウサギみたいな娘は、こんな狼みたいな男をそばに置いてるのか。危なっかしいにもほどがある」


 俺はリニキッドを憎しみを込めてにらみ付けると、するりと身を引き、そしてまた構えた。

 その時、


「リトラ!!」


 俺の名を呼ぶ声がした。

 一瞬、それに気を取られそうになった。けれど、まだ勝負はついていない。そちらを振り向くよりも先に、剣を構え直した。リニキッドも、俺から目を離さずにいる。


 ただ、その時、軽い足音が俺たちの重々しい空気に割って入った。ユーリは、抜き身の俺とリニキッドの間に立つという危ない行為を平然とした。そして、俺に顔を向けると、いきなり怒鳴った。


「リトラ! ちゃんと話はしたの?」

「は?」

「事情を聴いてから剣を抜いたのかって訊いてるんだよ!」


 聴くわけないだろ、そんなもの。口に出して言ったわけではないのに、ユーリは更に言った。


「この船の人たちは、私を助けてくれたのに、どうしてリトラがここで暴れてるの? どうしてこう、みんな先に話し合おうとしないんだ!」


 すると、ユーリの背後のリニキッドがぼやいていた。


「それ、俺にも言ってるだろ?」


 それから、ユーリは俺に歩み寄ると、俺の剣を握っている手をつかんだ。


「早く片付けて」

「あのな……」

「いいから、早く」


 そして、振り向くと、リニキッドにも言った。


「リニキッドも」

「なんで俺まで怒られるんだか」


 何故か、ユーリは海賊の親玉相手に平然としている。

 俺は改めてユーリを見た。俺の知るユーリとどう違うのか。

 今は怒りでつり上がった赤い瞳。固く結ばれた艶やかな唇。薔薇色の頬。特別な変化は見られない。


「……お前、無事だったのか?」


 ぼそ、と俺が問うと、ユーリは首をかしげる。


「今頃、何? 見たらわかるよね?」


 すると、ユーリ以上に俺の問いの答えを理解したリニキッドが言った。


「もう少し怯えるなりしてれば、まだかわいげもあったのにな。曲がりなりにも海賊船で、船内見せろだの、航海日誌読ませろだの、好き勝手してたぞ。ほんとに、どういう神経してるんだか」

「うん、すごく勉強になったよ」


 ほんとに、どういう神経だよ。

 途端に疲れを感じた。張りつめていたものが急に途切れてしまう。

 俺はユーリの右肩に手を置くと、その薄い左肩に額を付けた。


「リトラ? もしかして、具合が悪いの?」


 おろおろとしたユーリに、リニキッドが言った。


「だから、お前が思う以上に、連れはお前のことを心配してるって言っただろ」


 海賊のくせに、まともなことを言う。


「え? あ、うん、ごめんね?」


 全然心のこもっていない謝罪をするユーリに、俺は腹が立った。けれど、その変わらない様子にどれだけ安堵したか、多分ユーリは何もわかってない。



 そして、俺たちは結局、リニキッドの世話になるしかなかった。海賊船のくせに、堂々と町に船を着ける。海賊なんて、捕まったら断頭台だろうに。


「それが、そうでもないんだよ。リニキッドは、この海域を国の許可をもらって航海してるんだ。海賊船以外を襲わず、他の海賊をけん制するために、国に雇われてるってこと」


 海賊といっても、色々なやつらがいるようだ。ちなみに、ブラーム号はさっさと消えたし、リニキッドも追わなかった。


 そのリニキッドだが、ユーリに手を出さなかったことを俺は最大に評価した。そう、悪いやつじゃないようだと、気が緩んでいた。多分、疲れすぎていたせいだ。

 別れ際、波止場の上で、リニキッドはユーリに手招きする。隣には、まだ体のできていない子供の下っ端がいた。


「お世話になりました。どうか、元気でね」

「うん、ユーリも」


 子供が笑って挨拶する。そんな様子を、俺がぼんやり眺めていると、リニキッドは何故か一瞬だけ俺の方を見た。そして、ユーリに視線を戻す。


「ところで、乗船料がまだだよな」

「あ、そこはリトラに言って下さい」


 確かに、払えと言うのなら、多少は仕方がない。めちゃくちゃに吹っかけられない限りは、俺も妥協する。

 けれど、リニキッドはにやりと笑った。


「まけておいてやるよ。お前が払えるものでいい」

「え?」


 ユーリの肩に手を伸ばし、リニキッドは自分の方へ引き寄せる。俺にはユーリの後頭部しか見えなかったが、リニキッドが長身を屈め、ユーリにキスをするのを、黙って見過ごしてしまったことになる。


「だから、知識と経験は別だってな。お前はもっと、自分が女だってことを意識しろ」

「……っ」

「最後に、お前のそういう顔が見れて清々した。後は、お前の決意を後悔させる男が現れることを祈っとく。ただ、あいつはちょっと、お前には……」


 俺は再び、殺意を抱いた。

 

 今更ですが、火薬のない設定です。

 後々収集がつかなくなるので……。

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