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僕の太陽と君の月  作者: 五十鈴 りく
Ⅰ【スード編】
1/39

〈1〉閉ざされた世界

 それはあまりに突然で、けれどいつか来るという予感はあった。

 それが、今日だった。



 私、ユーリ=オルファニデスは、世界地図の片隅にひっそりとしか載らないような小国に生まれ育った。


 この国、アリュルージ王国は、ブルーテ諸島という島国の集まりの、ちょうど真ん中に位置する、君主制の小国だ。領土は諸島中で最も狭く、人口も少ない。

 そんなこの国は、諸島の中で最も難しい場所と言えるだろう。

 何故かというと、アリュルージは他のすべての島国に隣接している。

 ペルシ、レイヤーナ、キャルマール、シェーブル、スード、五つの国に囲まれているのだ。

 つまり、この国ひとつでブルーテ諸島の均衡が崩れる。

 過去に、戦乱の火種となったことも、一度や二度ではない。


 そうして、諸島会合の中で、アリュルージに対する不干渉が、他の五国間で取り決められた。

 このアリュルージが鎖国となってしまったのも、無理からぬことではある。

 けれど、この狭い島国に、自らの力で国を支えて行く力はない。

 鎖国開始から三十年。持った方だと思う。

 今、この国のあり方を考える時期に来てしまったのだ。



 私がその重要な会議の席に呼ばれたのは、単に貴族だからというわけではない。

 この国の貴族は、私有地を除けば、領土といえるほどの土地はなく、ほとんどが資産や過去の功績による家柄を示すような身分でしかない。だから、私も侯爵家の人間ではあるけれど、私にはあまり関わりのないことだと思う。


 それでも私がこの場にいることができるのは、先生のお供だからだ。

 ラスタール先生。

 この、御年七十八歳の矍鑠かくしゃくとした老人が、私の先生であり、この国唯一の軍師だ。

 鎖国に不干渉条約。軍師など必要ないかに思われるかも知れないが、軍事力は外敵に対するだけのものではない。内にだって、盗賊も出ればや反乱も起こる。もちろん、外敵に対しても、備えは必要だ。

 条約が破られないなどと、緩んだ考え方をしていては、いざという時には滅ぶしかないのだから。


 私は、その唯一の軍師に師事する、唯一の軍師見習いだった。

 仮にも侯爵家の人間が、軍師見習い。

 よく許しが出たと思われるかも知れない。

 父上はもちろんいい顔をしなかったし、兄上たちには散々、家の恥だと罵られた。

 けれど、それでも父上が私のわがままを許して下さったのは、ある思惑があったからだ。

 私は、それを承知でここにいる道を選んだ。


 家の中に閉じこもり、本を読む日々。

 それが、気付けばそれだけでは物足りなくなってしまったのだから。

 知りたいと思うこと。

 それが、私はどうしても止められない。

 世の中は、私の知らないことであふれている。そのひとつひとつを知るたび、自分の小ささを知る。

 先生の下で勉強を始めた私は、毎日が楽しくて仕方がなかった。


 ただ、先生が地図を広げると、私は自分の望みが馬鹿げていることだと思いながらも、その望みを捨て切れなかった。

 いつか、外の世界を見たいと。この閉ざされた国の外を。

 それがどんなに困難なことか、理解した上で切望していた。


 だからこの時、鎖国をこのまま続けて行くことに限界を感じ始めた、陛下を初めとする方々の意見が、私には最初で最後のチャンスのように思えた。


「――故に、このまま現状を維持すれば、国民の負担は重くなるばかりだ。何を第一に考えるか、それは間違いなく国民の生活だ」


 厳かな会議の席で高らかにそう仰られたのは、この国のお世継ぎ、グラン=ルパータ=アリュルージ王太子殿下だ。二十六歳になられた殿下は、穏やかな国王陛下とは対照的に、主義主張のはっきりとされた方だ。そんな殿下だから、陛下もとても頼りにされている。


「もちろんだ。だからこそ、慎重にならねばな」


 品のよい、控えめな王冠を白髪の上に頂いた陛下は、何度もうなずかれた。


「近隣の情勢調査から始める。まずはそれからなのだが……」


 ラスタール先生はそう言って、長い白ひげを撫でられた。その言葉を受け継いだのは、宰相のクラセネフ様だった。神経質な仕草で眼鏡を押し上げられる。


「セスト。セスト=カリュメット。お前が適任だろうな」


 セスト様。優秀な政務官で、宰相の右腕と呼ばれている。四十歳になるかならないかという年齢の割には若く見える。くせのある波打った髪に、穏やかな細い目をしていて、一見ぼんやりとしているが、実際は切れ者だ。

 だから、クラセネフ様の発言に、誰も異を唱えなかった。

 そして、ラスタール先生は、うずうずしていた私を見やる。


「ユーリ、お前も調査に行きたいのだろう?」


 ぎくりとした。

 先生はすべてお見通しだ。だから、私はもう隠さなかった。


「もちろんです。ぜひともお供させて下さい」


 その途端、ものすごく強い視線に射抜かれた。明らかに、怒っている。

 私は、そっちを向きたくなかったけれど、仕方なく顔を向ける。


 殿下の隣に控えた青年。

 鳶色の短髪を後ろにゆるく撫で付け、髪と同色の鋭い眼から私に視線を投げ付けていた。

 腰には長く、やや幅のある剣をき、鍛錬を積んで引き締まった体躯を、黒地に赤の縁取りのある団服に包んでいる。

 殿下のお気に入りと評判の騎士であり、私の二つ年上のいとこでもある、リトラ=マリアージュだ。


 私の叔母とマリアージュ男爵との間の一人息子なのだが、父上は格下の家に嫁いだ叔母のことをあまりよく思っておらず、私たちとリトラを会わせてくれたのも、私が五歳になった頃だった。

 そして、彼は十五の頃に騎士見習いになった。驚くような速度で頭角を現したという。

 自分にも他人にも厳しい人だ。

 だから、私にも身のほどを知れと言いたいのだろう。


 国の命運がかかった、大事な役目だ。興味本位のお前の出る幕ではないと。

 国民の生活を豊かにする。もちろん、そのための調査だ。

 わかっている。それを第一に考える。

 でも――。

 

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