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「それじゃ」

ギチッ、また少し、手と足が離れてゆく。


「どう?」

彼が用心深く聞いてくる。


「うーん--」

正直ちょっとばかり苦しいのも事実、でも、まだギブアップするほどじゃないわね。

「大丈夫よ」

勤めて明るく答える私に、彼も笑顔で答えてくれる。ああ、この笑顔に触れるとまた少し頑張れちゃうパワーが沸いてきたみたい。


「このくらいだったら、辛抱できるわ」

この寝台、ただ水平方向に体を伸ばすだけじゃなくて、少し折り曲げるような形に動いているらしい。彼によると、手足を引っ張るだけよりもこの方が人体に満遍なく力が分散されるので、一部に痛みが集中しないんだって。なるほど、考えてるわねえ。なんて感心している自分がつくづくバカだったと、今は後悔する事仕切りであった。



「それじゃ」

またしても私の手足が上下に伸びる。


「大丈夫?」

「平気」

表面上は気楽に答えたものの--いや、実はかなりきつくなってきてるのよ。


「ねえ--」

彼が少し不安そうに聞いてくる。

「本当に、大丈夫?」

ああ、彼ったら、そんなにも私のことを--

「苦しかったら無理しなくてもいいんだよ?」


「ううん」

いじらしい私は根性を入れなおしながら言った。

「まだ我慢できるわ。本当に苦しくなったらちゃんと言うから」

ああ、この頑張りがいよいよ本格的な苦痛との戦いの始まりであった。

ギチッ--またしても寝台が動き、私の手足が上下に離れてゆく。


「--大丈夫よ」

心配そうな彼に、痩せ我慢しながら私は言った。しかし、内心は違う。いくら精神が根性振り絞っても、肉体の方は既に限界を訴え始めている。


「それじゃ」

またしても寝台は無情に作動する。

私の額から汗が滲み出している。どうしよう、もう止めようって言おうかなあ……


「ねえ、本当に大丈夫?」

どうやら私は彼の目から見ても大分参っているのが判るらしい。そうね、正直限界かも……

「御免ね、僕の為にこんな--」

ああ、なんて優しいの、あなたって。


「いいんだってば」

この期に及んでまだ強がってる私、後で考えてもどうかしてたわ……

「もう少し、もう少しだったら--」


だが、私は既に極限状態だった。



”チャ、チャ、チャチャッチャチャチャチャチャチャ、チャ、チャ、チャチャッチャチャチャチャチャチャ--”

耳元に、軽快なれど力強い牧歌的なリズムが蘇って来た。


”ズビズバー!”

”パパパヤー!”

この非常事態で脳内に響く歌は、トイレの紙様とか灰色のカラシといった当世の流行歌ではなく、左卜全大先生が歌われた、老人と子供のポルカだった。


”やめてけれ、やめてけれ、やめてけ~れ、ゲバゲバ”

ああ、やめてけれ~--まさしく私の今の心の叫びそのものだった。


”おお、神様、神様、助けてパパヤ~”

助けて~!



「--良かった」

瞼を開いた私の目に映ったのは、心配そうな彼の顔だった。

「気が付いたんだね?」


--私、気絶してたんだ……何でそこまでがんばったんだろうか。

きっと、愛--だと信じたい……


「良かった……」


彼は優しく私を抱きしめてくれた。ああ、私って幸せ者……



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