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今、日本中大変な時ですが……
彼ったら、この趣味何とかならないかしら?
私、佐藤花子(仮名)の彼、鈴木太郎(仮名)の趣味--それは拷問である。
「人間--いや、あらゆる生物の感覚の中で、最も原始的で普遍的な、つまり最終的な本能と言うべきものって、何かわかる?」
最初、彼がこのような話題を口にしたとき、私は全く何が何やら見当も付かなかった。
「それはね、痛覚だよ」
へえー--その時は、ただ彼の言葉を漠然と聞き流すだけだった私。今考えてみれば、愚かだったかも知れない。だけど、誰も私の迂闊さを責める事なんてできないわよ。だって、常識で考えても、変わった趣味、と言うか、寧ろ凄く高尚な、知性と教養を感じさせるような話題だと思ってしまうもの。
「拷問の歴史は、そのまま人類の歴史と言っても良いくらい奥が深いんだ」
真面目な顔して、しかも熱心に話し続ける彼の姿に、私も正直見入ってしまった。正直、怖かったのも本当だけど。いや、この時の感覚こそが、私の人間としての正常な本能だったのかも知れない。
「だけど、やっぱり暴力って……」
「暴力じゃないよ」
私の言葉に、彼はきっぱりと言い切った。
「拷問は暴力じゃない。人間の知性と行動力、そして忍耐をも極限まで奮い起こす、文化なんだよ」
「へえ--」
私は思わず引いてしまった。
彼の拷問に対する興味は並々ならぬものがった。知識も豊富で、拷問の種類から歴史、或いはどのような場合にどうやって行われるか、そのときの社会状況まで、事細かく語る、一種の文明論なんて領域にまで達する、教養とも言える趣味である。
その話に、私も聞き入ったりしている。
「拷問ていうのはね--」
話の内容と言うより、少年のように、目をキラキラさせながら語る彼の姿に、私は魂を引き付けられてしまった。考えてみれば、これがそもそも不幸の始まりだったんだよね……
「本当の拷問ていうのは、被験者に怪我をさせちゃダメなんだ」
「ふーん--」
何気なく彼の話に聞き入っている私、この時は全くその恐ろしさに気づいていない。
「どんなに苦痛を与えても、出来るだけ無傷の状態を保つこと。勿論、自分の身体が損壊してゆくことについて精神的な恐怖を覚えるから、これも当然責め苦として有効な手段だけれど、可能なら傷害が残るような方法は避けたいのが、本当に高度な拷問なんだ」
「へえ--」
私は何も考えず、彼に言ってしまった。
「もし、傷跡とか残らないんだったら、それも面白いかも」
この何気ない一言が破滅への一歩だった。