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「湯加減、どう?」

彼が私に聞いてくる。いやーん、そんな事……もう、エッチ。


「熱くない?」

だったらあ、一緒に入りましょうよ、なあんて。


「もう少し温度を上げてみるね」

--って、お前、ホントに一緒に入ってみろよ。


「大丈夫?」

大丈夫に見えるか?


「無理してない?」

無理してるわよ!


現在私は湯船に浸かっている。その様子を、彼は用心深そうに見守っていた。

風呂の温度は約46度。正直言って、かなり熱い。私は熱い風呂が好きな方だが、これほど熱いお湯にもうかれこれ20分近く入っているのだ。既に体力の限界を感じる。


嗚呼--やっぱりこうなるのか……私は、自分の運命を呪い、断りきれない優柔不断さを憎まずにいられない想いだった。

今夜のメニューは美女(ねえ、ちゃんとここで突っ込んでる?私が直面してる状況、そしてこれから起こる悲劇を思えばそんくらいやってよね!)の煮出し、人間柳川鍋で御座います……



「喉渇いてない?」

ああ、確かに。


「うーん」

切羽詰ったこの非常事態に在って、笑顔を見せて彼に愛想を振りまいている自分が、健気と言うよりハッキリ言えばアホに思える。

「ちょっと、乾いたかな?」


わざとらしく小首をかしげながら答える私、我ながら何をカワイコぶっとるんだ。


言われるまま、無意識に私が蛇口に手を伸ばすと。

「あ、待って」

彼はそそくさと風呂場を後にした。

何しにいったんだろ、と怪訝に思ってると--


「お待たせ」

彼はペットボトルを手に、再び姿を現した。


「はい、ミネラルウォーター」


あ、あのね……


「冷蔵庫で冷やしといたんだ」

私の為に?わざわざ?


マメね……あなたの優しさに、私ゃ涙が出てきそうだ。


良く冷えたミネラルウォーターが汗を搾り切った体を潤し、私は一息つくような想いだった。


「どう、元気になった?」

「う、うん--」


まるっきり悪びれた感じの無い、純粋な笑顔に、私の感情が解けるように和らいだ。


ああ、いつも流されるんだ、この笑顔に。



「--無理してない?」

彼は先程と同じ質問を繰り返す。無理してます、はっきり言って。

しかし、私の口から出た言葉は--


「--もう少し、頑張れるかな?」


何で頑張るんだよ……ああ、いやだ。こんな自分が心底嫌いだ!


「良かった--」

彼は思いやりのこもった笑顔で言った。


ああ、なんて素敵な笑顔なの。そんなあなたの優しさに満ちた表情が、私を気遣う一言一言が、破滅に誘う罠だと知りつつ落ちてゆく、愚かな私……


茹だってきた私は既に意識が朦朧としている。


味噌汁の具になって、熱いお湯の中で苦しそうに口開ける、アサリやシジミの気持ちが良く分かるよ。ああ、きっとこの先、一生、貝の味噌汁食えねえだろうな、私……これが旅先でひなびた温泉宿の五右衛門風呂だったら風情もあるんだけど、マンションのバスルームで情緒もへったくれもないもんだわ。

彼は、真剣な眼差しで釜茹での責め苦に耐える私を見守ってくれている。

こんなひたむきな表情で見詰められたら、私も頑張らざるを得ないじゃないか……



「大丈夫--?」

心配そうに聞いてくれる彼。


「うん、まだ、ね」

「良かった……」

良くねえよ!安堵に胸を撫で下ろすな!ハッキリ言って、もう限界なんだよ、私ゃ。


ああ--いよいよ頭がクラクラして来た。


「ホントに、大丈夫?無理してない?」

ああ、あんたはなんて優しいの……私、あなたのその澄み切った瞳を見るだけで、頑張れちゃう気がする。頑張るなよ、私……

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