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「それでね――」
女同士でだべって盛り上がる、アフター5のファミレス。残業も無し、仕事はすっきり片付けて後はのんびり無意味な自由時間だ。
「でさあ、彼がね――」
気楽そうに言うね、あんた。
「もう、彼ったら、どエスでさあーー」
どエス、ね。
どうせ口が悪いか態度が大きいか、そのくらいなんでしょ。本当の意味でのサディストって意味じゃあないんでしょ。いいね、気楽で。
「もう、彼氏ったら」
彼氏――私にとっては恐怖を伴う言葉だ。居ないわけじゃない。というより、その彼氏こそ、私にとっての最大の脅威とも言える相手なのだ。
私、佐藤花子(仮名)の彼氏、鈴木太郎(仮名)。
この男こそが現在の私にとって、身の毛もよだつ恐怖の対象と言える。そう、恐ろしい。ひたすら彼は恐ろしい存在だった。
「ねえねえ、花子の彼氏って――」
来た――その話題に触れるたび、私は心臓がすくみ上がるような思いだった。
「んー、彼、ね」
私は曖昧な笑顔で相槌を打った。
「どんな人?」
「そーねー――」
そんなの居ない、とは言えない私、結構見栄っ張りだし、嘘つきたくない性格でもある。
「かっこいい?」
「人にもよるかも知れないけど、自分的にはそう言っても嘘じゃないかなー」
「やさしい?」
「――」
私は言葉に詰まった。
「え、えーと――」
空虚な笑顔で答える私、自分がどういう精神状態にあるのか、殆ど把握できていない。
「んー、や、やさしい、かな?」
「へー」
「普段は、ね……」
私の曖昧なごまかし笑いに、意味深な迷いを察した一同が少し複雑な好奇心を漂わせた。
「ねえ、どういう事?」
「え、いやあ、そのお……」
なんて説明したらいいのか。
「もしかして、DV?」
「時々急に切れて暴力振るうとか?」
「あ、あのう、そういうのじゃなくて……」
一座の同情とも野次馬根性とも付かぬ興味津々たる注目にさらされた私は、身を硬くして言葉を捜す。
「あ、あの、ね……」
人には言いたくない。できたらもうここで勘弁して欲しいところだが、皆、心配と好奇心とを微妙に交えた目線で私を注視している。どうも引き下がるわけには行かないというような雰囲気ビンビンであった。
「えー、なんていうか……」
息の浅い語調で、私はなんとか切り抜けようと考えている。
「あのさ、個人的な事に立ち入るみたいだけど……」
だったらこのまま忘れて欲しいんだけど、というのが私の今の本音である。
「もしもさ、深刻な事になってるんだったら――」
「そうよ」
「我慢してたら取り返しの付かない事になるわよ」
「あ、あの、そうじゃなくて……」
皆、すっかり私をDV被害者に仕立て上げているようだ。そういう訳ではないのだけどね。
「そうじゃなくて、えー……」
なんと答えればいいんだろう。私も困ってしまう。
「相談にのるからさ、正直に言って」
言えねえよ。恥かしくて正直に言えるか、こんな事。
「あ、あのさ、そういうことじゃなくて、その……」
ええい、もういいから、その気持ちだけで充分だから。
「あの、趣味って言うか……」
私も何か答えなければ皆、解放してくれそうに無い。
「その、そういう……あの……プレイが……彼……」
「え」
一同、目を丸くして声を失った。
「もしかしして、彼、サディスト?」
声を潜めて、皆息を呑むような雰囲気で私を注視している。
「……そんな感じ、かな」
うわあ、っとばかりに無言で彼女たちは盛り上がる。
「ねえねえ、どんな感じ?」
やや遠慮がちに、しかし物凄い期待を秘めた声調子で私に聞いてくる。
「どんなって……」
どう説明すればいいの?
言葉を濁した私の態度から、漸く何かを察してくれたのか、それ以上誰もあえて深くは追求しようとしない。
「すごいね」
なにがすごいの、といいたいが、ここはぐっと堪える。さっさとこの話題から手を引いてほしい。
「SMって、どんなかしら」
SM?
ふ、あんたたち、何も分かってないね。そんなありきたりなもんじゃないよ。その程度だったら、どれだけ幸せだろう。
そんな常識の範囲内に収まるような話じゃないってば。