不明な話者
株式会社サンライズ企画部では、半年前から会議の文字起こしにAIツールを導入していた。オンライン会議の音声を自動で認識し、発言者ごとに分けて議事録を作成する。便利な機能で、議事録作成の手間はほとんどなくなった。
田中がその日担当していたのは、週次の定例会議だった。参加者は三人。田中、山本、佐藤。いつもと変わらない、三十分ほどの短い打ち合わせだった。
会議が終わると、AIが自動で議事録を生成し、田中のメールに送られてくる。田中はいつものように、内容を軽く確認するだけのつもりで開いた。
議事録の冒頭には、参加者の一覧が表示されるようになっている。
〈参加者〉 ・田中 ・山本 ・佐藤 ・不明な話者(1)
田中は首をかしげた。会議には三人しかいなかった。画面共有でも、招待リストでも、参加していたのはこの三人だけだ。それなのに、一覧の最後に、覚えのない項目が加わっていた。
〈不明な話者(1)〉
本文を確認すると、発言そのものは、田中、山本、佐藤の三人分だけだった。不明な話者の発言は、どこにも記載されていない。ただ参加者としてカウントされているだけの、名前のない一行。
田中はAIツールの誤認識だろうと考え、開発元にサポートを求めるほどのことでもないと判断した。マイクのノイズか何かを、話者として誤って検出したのだろう。そう納得することにした。
翌週の定例会議も、参加者は同じ三人だった。会議が終わり、田中は少し身構えながら議事録を開いた。
〈参加者〉 ・田中 ・山本 ・佐藤 ・不明な話者(1) ・不明な話者(2)
今度は二人に増えていた。田中は本文を隅々まで確認した。三人分の発言記録の合間に、時折、発言者の欄が空白になっている行があった。内容は記されているのに、誰が話したのかが、そこだけ抜けている。
〈発言者不明〉「――それでいいと思います」
田中はその発言の内容に、覚えがなかった。会議中、そんな発言をした記憶はない。山本にも佐藤にも確認したが、二人とも同じように、その一文には心当たりがないと答えた。
田中は念のため、会議の録音データそのものを聞き返した。音声には、田中、山本、佐藤の声しか入っていなかった。誰の声でもない発言が、なぜかテキストとしてだけ、議事録に残っている。AIが、聞こえないはずの何かを、律儀に文字へ変換していた。
三週目の会議では、不明な話者は三人に増えた。
〈参加者〉 ・田中 ・山本 ・佐藤 ・不明な話者(1) ・不明な話者(2) ・不明な話者(3)
田中は開発元のサポート窓口に連絡した。担当者は丁寧な調子で対応してくれたが、原因については、要領を得ない返答しか返ってこなかった。
「マイクの近くにいた人数を、誤って多めに検出することは、まれにございます。ただ、今回のように継続して増えていくケースは、こちらでも例がなく――」
原因不明のまま、対応は保留になった。田中はそれ以上、追及するのをやめた。会議自体は、いつも通りに進んでいる。実害があるわけでもない。ただ議事録の参加者欄だけが、少しずつ、賑やかになっていくだけだった。
四週目の会議が終わった夜、田中は一人でオフィスに残り、議事録を開いた。
〈参加者〉 ・田中 ・山本 ・佐藤 ・不明な話者(1) ・不明な話者(2) ・不明な話者(3) ・不明な話者(4) ・不明な話者(5)
一気に、二人分増えていた。田中は嫌な予感を覚えながら、本文をスクロールした。発言者不明の行が、これまでよりも、はるかに多くなっていた。
〈発言者不明〉「田中さん」 〈発言者不明〉「田中さん、いらっしゃいますよね」 〈発言者不明〉「……」
田中は椅子から立ち上がった。会議中、そんな呼びかけを受けた覚えは、まったくなかった。だが議事録には、田中の名前を呼ぶ発言だけが、発言者不明のまま、いくつも並んでいた。
田中は録音データをもう一度確認した。何度聞き直しても、田中、山本、佐藤の声以外は、一切録音されていない。それでも文字だけが、聞こえなかったはずの声を、確かに拾っていた。
田中は上司に相談し、このツールの使用を一時中止する提案をした。上司は面倒がりながらも承諾し、翌週からは手動で議事録を作ることになった。
その翌週の会議に、AIツールは起動していなかった。マイクも接続していない。ただの、三人だけの打ち合わせだった。
会議の途中、田中のパソコンから、通知音が一つ鳴った。使っていないはずのAIツールから、メールが届いていた。
〈議事録が完成しました〉
田中は青ざめながら、それを開いた。使ってもいない文字起こしの議事録が、そこにあった。
〈参加者〉 ・田中 ・山本 ・佐藤 ・不明な話者(1) ・不明な話者(2) ・不明な話者(3) ・不明な話者(4) ・不明な話者(5) ・不明な話者(6)
さらに一人、増えていた。本文には、これまでで一番長い、発言者不明の発言が続いていた。
〈発言者不明〉「定例会議」 〈発言者不明〉「次回も参加します」 〈発言者不明〉「起動しなくても」
田中はパソコンを閉じた。会議室には、田中、山本、佐藤の三人しかいない。それは間違いない。マイクも切ってある。それなのに、部屋のどこかから、キーボードを打つような、かすかな音が、一度だけ聞こえた気がした。




