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婚約者の「三十分」で、私の十六年は終わったので  作者: たま


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2/3

中編

数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。

拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。

聖域の崩壊と、新たな盤面


放課後の「戦時報告」


キャサリンが向かったのは、校門ではなく、学園の最上階にある「生徒会特別応接室」でした。そこには、彼女の兄であり、次期侯爵家当主であるエドワードが待っています。

「早かったね、キャサリン。万年筆は買えたのかい?」

「いいえ、お兄様。その必要はなくなりました」

キャサリンは淡々と、アーサーが今日何分遅れ、その理由が何であったか、そして先ほど彼に告げた決別を報告しました。エドワードは優雅に紅茶を啜りながら、細められた瞳に冷徹な光を宿します。

「なるほど。子爵家の分際で、我が妹を雪空……いや、図書室の冷気の中に一時間も放置したわけだ。しかも、あの『寄付金枠』で入学したリリーという娘のために」

エドワードは手元のベルを鳴らしました。

「事務局に連絡を。子爵家への教育支援金の停止、および彼らが寄生している我が家系の商権すべてを引き揚げる手続きを。……ああ、それからアーサー君の『特待生推薦』も取り消しだ。時間を守れない人間に、我が校の模範となる資格はない」


翌朝の「地殻変動」


翌朝、学園の空気は一変していました。

登校したキャサリンは、いつも以上に背筋を伸ばし、一分の隙もない完璧な装いで廊下を歩きます。

対して、アーサーは悲惨でした。

昨夜、父親から「侯爵家から絶縁された! 何をしたんだ!」と、聞いたこともないような怒声で詰め寄られた彼は、隈の浮いた顔でキャサリンに縋り付こうとします。

「キャサリン! 待ってくれ、昨日のことは……!」

しかし、彼の前を遮ったのは、キャサリンではなく、昨日まで彼を「次期侯爵の義弟」として崇めていた取り巻きの生徒たちでした。

「おい、アーサー。キャサリン様に気安く触れるなよ。家柄を弁えたらどうだ?」

社交界という名の戦場において、「寵愛を失った者」への仕打ちは残酷です。昨日までの親友たちは、冷たく彼を排除しました。


「可哀想な私」の終焉


そこへ、騒ぎを聞きつけたリリーが駆け寄ってきました。いつものように潤んだ瞳、震える肩。彼女はキャサリンを「加害者」に仕立て上げるための最強の武器を携えていました。

「キャサリン様! 酷すぎます……アーサー様をいじめないで。私が悪かったの、私が具合が悪かったから、彼は優しくしてくれただけで……っ!」

周囲の視線が集まります。リリーは「持たざる者の弱さ」を盾に、キャサリンを「傲慢な令嬢」に仕立て上げようとしました。

キャサリンは、ふっと静かに笑いました。その微笑みは、十六歳の少女とは思えないほどに深く、慈悲深いものでした。

「リリーさん、勘違いしないで。貴女に怒っているわけではないの。むしろ感謝しているわ」

「え……?」

「貴女のおかげで、私は『自分を大切にしない男』を、人生の早い段階で処分することができたもの。……アーサー、貴方が守りたかったのは、この『自分一人の力では立っていられない少女』でしょう? おめでとう。今日から貴方は自由よ。家も、財産も、将来の地位も失ったけれど、その代わりに、彼女を支え続ける『時間』だけはたっぷり手に入ったのだから」


動き出した時計


キャサリンはリリーの横を通り過ぎる際、彼女の耳元にだけ聞こえる声で囁きました。

「……ねえ、リリー。貴女が依存していたのは、アーサー自身? それとも、アーサーの後ろにある『私の実家の影』かしら? これからが楽しみね」

キャサリンはそのまま、王室のサロンへと優雅な足取りで去っていきました。

残されたのは、真っ青な顔で立ち尽くすアーサーと、自分の「武器」がもはや通用しなくなったことに気づき、震え出したリリーだけでした。

キャサリンの懐中時計が、カチリと音を立てました。

奪われていた三十分を取り戻す、彼女の本当の人生が、今始まったのです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

誤字脱字のご連絡ありがとうございます。

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