蕾
「ねえ、恋バナしない?」
そう私に話しかけてきたのは中学からの親友の愛莉。肩まで伸ばした、茶色がかった綺麗な黒髪。ぱっちり二重で華奢な体。友達もそれなりに多くて、誰とでも仲良くできる。人並みに恋して、正直私なんて全然釣り合ってない。私は生まれてこのかた彼氏なんてできたことがない。それどころか好きな人すらできたことがない私に恋バナ、なんて人選ミスにも程がある。だから多分、愛莉に彼氏ができないのは私なんかに相談してるからだ。
「好きな人でもできた?」
「ビンゴ!誰かは教えないけどね」
照れてるのか、少しにやけずらをしていた。
「知ってる。いつもそうだもん」
「てゆーか、恋バナとか好きな人いない時にしても面白くないよね?」
「それ私に聞く?」
「あわ、そうだった。陽夏は私と恋バナするの楽しくない?」
少しわざとらしい気がした。私を試しているような、そんな悪戯心を感じる。
「いや、結構好きだよ。恋してる愛莉がかわいいっていうか。自分じゃ思いもしない考えが聞けるって言うか」
「なんか、むかつく!」
むくれて、私の肩をぽんっと叩く。
「やば、私部活行かないと。あ!明日部活オフになったの。だから一緒に帰ろ。待っててね」
「わかった。私もそろそろ部活行こうかな。吹部より早く終わるだろうから先帰っちゃうね」
「じゃね!陽夏」
「うん、じゃあね。また明日」
やっぱり愛莉は可愛くて、私とは天と地の差がある。
私は写真部で愛莉は吹奏楽部。中学の頃はずっと一緒に帰宅部をしていたのに、私と違って明るくて活発な愛莉は、入学早々できた新しい友達に誘われて吹奏楽部に入ってしまった。私も何か部活に入らないと、愛莉との埋められない差がよりあらわになる。そう思って入ったのが写真部だった。部員は六人。一年生は私含めて二人で、二年生四人、三年生はいない。いわゆる過疎部活だったし合わなかったら退部すればいいと思ってあまり深く考えずに入った部活だったけれど、実は結構気に入っている。
写真部と、あとなんだっけか。活動日が被っていないからあまり見かけない茶道部と文芸部。それと運動部のミーティングルームしかなくて、ミーティングルームが使われることは滅多にないから写真部のある別棟はいつも静かだ。
部室が目に入り、扉をがらりと開ける音が嫌なほど響く。
「あ、やっと来た!東ちゃん」
「こんにちは、七瀬先輩。今日はあれでしたよね。えっと、その、あれ」
「アルバムの整理ね。一緒にやる?」
七瀬先輩が首を傾げる動きに合わせて、綺麗な紺色の髪が揺れた。
「いえ、日下部とやろうって約束しちゃったので。また別の活動で一緒させてください」
「ふーん。仕方ないな〜東ちゃん可愛いから、許してあげる。あと、敬語じゃなくていいっていつも言ってるのに。一歳しか変わらないんだよ?私東ちゃんみたいにしっかりした子に敬語使われるほどできた人間じゃないし」
「なんかこう、つい癖で。頭ではやめようと思ってるんですけど…」
「そういうとこも東ちゃんらしくて好きだよ」
二年生の一色七瀬先輩。よく無愛想だって言われることが多いし、先輩付き合いとかも苦手で、元はといえばそのせいで中学では帰宅部だった私に入部してからずっと優しくしてくれている。たまに二人きりで遊びに行くこともあるくらいだ。今では部活に入って良かったと思える大きな理由になっている。
「こんにちは〜」
「日下部っ──」
がらりと扉を開ける音は、自分の時よりもずっと価値があるように思えた。
唯一の同学年の部員である日下部結城。クラスはたしか愛莉と一緒だったはずで、私にとって数少ない友人の一人だ。
「日下部、今日遅かったね。掃除?」
「そうそう掃除。でもそんな遅くないだろ。東、せっかちだからな」
日下部は揶揄うように、にひひと笑った。
「せっかちじゃないって。それを言ったら日下部はマイペースすぎるから!」
思わず強く言い返してしまう。
「よく言われんだけど、俺だって必死に生きてんだかんな?あーもうここで話してても仕方ないし、アルバム整理始めちゃおうぜ」
日下部と話していると、時間が知らぬ間に過ぎていることが多い。写真部が活動を終えるのは基本的に五時半頃なのだが、今日は年に一回のアルバム整理ということもあり六時を迎えようとしても二年生の先輩から何も声をかけられなかったのだ。いや、鍵を閉めておくように言われていたかもしれないが、二人きりの部室を後にするためには当然の事だからどちらでも関係ない。
窓の外を見ると、もう空が薄暗くなっていた。夏の空気を残しながらも、肌寒い空気が肌をかすめる。日下部とは家の方向が逆だ。だからいつもは一人で帰ったり、七瀬先輩と帰ったりすることが多い。だけど、日下部が行こうと思えば私の家の方向で途中まで帰れるからとついてきたから、今日は日下部と一緒に帰る流れになった。
日下部と話していると不思議な気持ちになる。楽しくて、ずっと話していたくて、四六時中を共にしたいような。
「じゃあ、俺こっちだから。また学校でな」
だから、二人きりの時間を終わらせたくなかった。
「待って。やっぱ、待って」
「ん、どうした」
日下部はきょとんとこっちを見ている。
「私、遠回りしたい気分だから。やっぱり日下部の家の方まで行くよ」
「え、それなら俺が東の家の方に」
「なんでよ。私が遠回りしたい気分って言ってるのに」
日下部との時間を終わらせたくなかった。困らせちゃったかもしれない。
けどさ、私、実は結構自己中だから。
△▼△▼
「───陽夏さ、昨日結城くんと一緒に帰った?」




