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第四章 答えのない関係

「言ってくれて、ありがとう」


その一言を聞いた瞬間、世界がすこしだけ軟らかくなった気がした。

けれど、その後に続く静寂は、決して「全部大丈夫だよ」と言ってくれているわけではないことも、美由紀はわかっていた。


日向は、それ以上何も語らなかった。

質問も、肯定も、否定もない。

それは、受け止めようとしている証にも、距離を測ろうとしている証にも見えた。


ベンチに並んで座ったふたりのあいだには、風の音だけが流れていた。


**


日向から連絡が来なくなったのは、その日からだった。


メッセージを送れば既読はつく。けれど返事はない。

電話をかける勇気はなかった。

沈黙は、美由紀の胸にじわじわと染み込んできた。


(そうだよね、やっぱり無理があるよね……)


理解のある人だと思った。

けれど、それと恋愛感情や親密さが両立するとは限らない。


「あなたは何も悪くない」

そんな言葉がもし返ってきたとしても、関係が終わるのなら、それは変わらない。


**


週末。雨が降った。

カフェ・オルフェの窓辺の席で、美由紀はひとり紅茶を啜っていた。


「彼とは……どうなったの?」


マスターの恵梨香は、グラスを拭きながら静かに尋ねた。

美由紀はかすかに笑って、首を振った。


「伝えたら、連絡が来なくなったの。想定の範囲、だよね」


「それでも、伝えたんでしょ? 強くなったじゃない」


「……強く、なれたのかな」


「“強い”って、何かを失っても進めることじゃなくて、

 誰かと繋がることを、怖くても選びなおすことなんだよ」


その言葉は、どこかで聞いたような、でもまったく新しいものとして胸に響いた。


**


日向から連絡が来たのは、その翌日だった。


「ちゃんと話せなくてごめんなさい。時間が欲しかったんです」


「一緒にいたときの美由紀さんが、嘘じゃなかったってことだけは、信じてます」


「また会えますか?」


画面の文字を見つめているうちに、美由紀の視界は再びにじんでいた。

流れる涙は、少し熱かった。

それは、痛みではなく、少しだけ希望の熱だった。


**


再会の日、ふたりはカフェではなく、美術館のロビーで落ち合った。


「……来てくれて、ありがとう」


日向は以前より少しやつれて見えた。

けれど、その眼差しはまっすぐだった。


「美由紀さんのこと、今もよくわからない。でも……“わからないから終わり”ってしたくなかった」


「わからないままでも、隣にいられるかな?」


美由紀は頷いた。

言葉ではない、震えるような想いがそのうなずきに込められていた。


答えはない。

でも、いまこうして同じ場所に立っていることが、

どんな答えよりも確かな「関係」なのだと、二人は知っていた。

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