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第二章 揺れる距離感

美由紀は、その日からしばらくのあいだ、日向のことを考えていた。

名前だけでなく、声の調子や、目を伏せる仕草までも。

そのどれもが、まだ何も知らないまっさらな好奇心でこちらに向けられていた。


日向から連絡先を聞かれたとき、美由紀はほんの少し躊躇して、それでも交換に応じた。

彼はどこまでも礼儀正しく、それ以上を求めるそぶりはなかった。


二人は何度かメッセージを交わし、ごく自然な流れで次の土曜、またあのカフェで会う約束をした。


**


「今日の服、かわいいですね」


二度目のカフェで、開口一番にそう言った日向の言葉に、美由紀は思わず目を逸らした。


ワンピース。白のカーディガン。

頑張りすぎない、けれど女の子として“見られる”ことを意識したコーディネート。

鏡の前で何度も迷った末の姿だった。


「……ありがとう。でも、ちょっと恥ずかしいな」


「どうして? とっても似合ってますよ」


その声に、なぜか心がざわついた。

「似合ってる」という言葉にこめられた意味を、美由紀は測りかねていた。


(私の“見た目”が? “女の子らしさ”が? それとも、“美由紀”として……?)


日向は、自分が“男”であることを知らない。

戸籍も、身体も、生まれたときに与えられた性も。

美由紀はそれを隠している。否、語る準備がまだできていない。


けれど同時に、彼との距離が縮まることを望んでいる自分がいる。


(もし、全部を話したら、彼はどう思うんだろう……?)


**


数日後、メッセージのやりとりの中で、日向が唐突にこう尋ねてきた。


「美由紀さんって、“自分らしさ”ってどうやって見つけましたか?」


画面の文字を見つめながら、美由紀の指は一瞬止まった。

その問いはまるで、自分の核心を刺すようで。


(“自分らしさ”……それを探して、私はここまで来たんだ)


「探してる途中かな。でも、“演じる”ことと、“わたしである”ことが、必ずしも矛盾しないんだって、少し前に気づいたの」


送信ボタンを押すと、日向からすぐに返事がきた。


「すごく、わかる気がします。美由紀さんって、そういう言葉を自然に持ってるんですね」


その返信を見つめながら、美由紀は息をひとつ、ゆっくり吐いた。


このままでいていいのか。

それとも――。


胸の奥で、遠く微かな揺れが、波紋のように広がっていた。


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